シャラーン、シャララーン……と響き渡る音に、仲間たちも目を覚ましました。ベッドから飛び出し、部屋中にまぶしくあふれる金色の光と、それを放つ金の石を眺めます。
シャラララーン……
ガラスの鈴を振り鳴らすような音を三度響かせて、金の石は静かになりました。強い光が、すうっと吸い込まれるように収まって、また元通り穏やかな金色に戻ります。
全員は互いの顔を見合わせました。灯りを消した部屋は暗いのですが、金の石が淡く皆の顔を照らし続けています。
「金の石が鳴ったってことは、どこかに魔王が生まれたってことだぞ。デビルドラゴンめ、闇の心のヤツを見つけて取り憑きやがったな」
とゼンが言いました。真剣な声です。
「今度魔王になったのは何者? どこに現れたのさ?」
とメールが尋ねます。フルートは首を振りました。
「わからない……。金の石はただ、この世界に魔王が現れたのを感じ取るだけなんだ。今度はどんなものが魔王に変えられたのか、どこの場所にいるのか、そこまではわからないんだよ」
まったく手がかりのない状態では、ポポロも魔法使いの目で見通すことはできません。一同は、静かに光り続ける金の石をまた見つめてしまいました。言いようのない不安と焦りが彼らの間に広がります――。
すると、ポチがワン、と口を開きました。
「フルート、さっき何か言いましたよね。ロキ、って言ったように聞こえたけど……」
耳の良い子犬は、フルートのつぶやきを聞きつけていたのでした。
フルートはうなずきました。驚いた顔をする仲間たちに言います。
「金の石が呼ぶ直前に夢を見たんだ。アリアンが出てきて――」
「あの子を守って、って言ったんでしょう?」
とルルが突然口をはさんできました。ポポロも言います。
「あたしも同じ夢を見たわ。アリアンは、あの子が捕まってしまうって言って、泣いていたの」
「ワン、それはぼくも見ましたよ」
「あたいもさ」
とポチとメールも口々に言います。ゼンが肩をすくめました。
「なんだ、じゃ、全員が同じ夢を見たんだな。おい、フルート。これは夢じゃねえぞ。アリアンが本当に俺たちに呼びかけてきたんだ」
フルートはまたうなずきました。真剣そのものの顔で金の石を見下ろします。アリアンからの呼びかけと、魔王の復活。これが偶然の一致のはずはありませんでした。
少しの沈黙の後、メールが言いました。
「ねえ、アリアンが言う『あの子』って、本当にロキのことなの?」
フルートとゼンとポチは、思わず顔を見合わせました。暗がりの中、淡い金の光が彼らを照らし続けています。
「そうかもしれない……」
とフルートは答えて、それきりまた口を閉じました。ゼンとポチも何も言いません。
メールは眉をひそめました。首をかしげるようにしながら、あえて強い口調で言います。
「でもさ、ロキは死んだんだよ。北の大地の戦いの時にさ」
フルートたちはやっぱり何も言いませんでした。ただ唇をかみ、目を伏せます。
ロキはもういません。オオカミ魔王に絶体絶命に追い詰められたフルートたちを救うために、聖なる光を呼び出し、その光の中に溶けていったのです。ロキは闇の民でした。闇のものは聖なる光に耐えることができません。彼らの耳の底に、北の大地に吹き荒れるブリザードの音がよみがえってきました。深すぎる痛みが心を貫きます……。
そんな少年たちの表情を、ポポロとルルは、はらはらながら見守っていました。この話題はいつも少年たちをひどく悲しませます。なので、少女たちもこのことは口に出さないようにしていたのです。
メールもそれはわかっていました。承知の上で、あえて言い続けます。
「死んだはずのロキをさ、どうしてアリアンは、守ってくれ、なんて言ったんだい? 黄泉の門をくぐって死者の国にでも行けって言うわけ? そんなのできるわけないじゃないか」
言いながら、確かめるような目で少年たちを見つめ続けます。こういう時、相手が答えるまでは絶対に逃がさないのがメールです。
ゼンが重い口を開きました。
「ロキは……生まれ変わったのかもしんねえんだよ……人間にな」
少女たちは驚きました。今までそんな話は一度も聞かされていなかったのです。本当なの!? と聞き返すと、今度はポチが答えました。
「ワン、本当かどうかはわからないです。でも、ロキが北の大地で消えていったその日、シルの町で男の子の赤ちゃんが生まれたんです。その子のお父さんとお母さんは、夢の中で長い黒髪の綺麗な少女に会っていて、そのお告げで、赤ちゃんにロキって名前をつけていたんですよ……」
「その少女って――アリアン?」
とルルが尋ねました。ポチはとまどって、目をそらしました。確証は何もありません。そうかも、と答えるしかないのでした。
フルートが目を伏せながら言いました。
「ぼくたちがシルの町に戻った日、その子は両親と一緒に自分の町に帰っていった。お母さんがシルの出身で、赤ちゃんを産むのに実家に戻っていただけだったんだ。ちょうど、ぼくのお母さんに挨拶に立ち寄ったから、ぼくたちもその子に会うことができた。トジー族の恰好をしていた時のロキみたいに、茶色い髪と灰色の目をしていたよ……。なんだか、どう考えていいのかわからなくなって、その子が乗った馬車を見送っていたら……声が聞こえたんだ……」
「声?」
とポポロが聞き返しました。その緑の瞳はフルートの表情を見つめ続けています。
「うん……。待ってて、って……。ぼくたちとまた一緒に戦えるように急いで大きくなるから忘れないで、って……」
それきり、フルートも黙り込んでしまいました。重い沈黙が暗い部屋を充たします。
ふいに、ゼンがどさりとベッドに腰を下ろしました。髪の毛をかきむしって言います。
「俺たちは三人ともその声を聞いたんだよ。だから、ロキが人間に生まれ変わったような気がしたんだ。闇の民のままだとあいつは金の石のそばに寄れねえ。聖なる光を浴びたらまた消えちまうからな。だから、それが平気な人間になったのかもしれねえ、ってフルートやポチと話したんだ。なんか、いかにもあいつらしいような気がしたしな」
その隣にフルートが腰を下ろしました。静かにまた話し出します。
「だけど、ぼくはそのうちに、あの声はやっぱり夢だったのかもしれない、って思うようになったんだ……。もしかしたら、あれは本当にロキの生まれ変わりなのかもしれない。だけど、生まれ変わったら、それはもう、ぼくたちの知ってるロキとは別人なんだよ。そう思いたくないばっかりに、ぼくたちは一緒に同じ空耳を聞いたのかもしれない、ってね……。やっぱりロキは死んでしまったんだ。もう戻ってこないんだ、って、やっとそんなふうに考えられるようになって……」
またことばを詰まらせたフルートを、ゼンが隣から小突きました。
「あいつは本当に生まれ変わったんだよ! で、人間として生きてんだ! 優しい母ちゃんや父ちゃんと一緒にな――。今はもう幸せなんだから、それでいいじゃねえか!」
フルートは何も言いませんでした。いつまでも消えることのない自責の念が、その横顔に浮かんでいます。あの時、自分がもっとしっかりしていれば。金の石の勇者として、もっと強く魔王と対抗することができれば。そうすれば、ロキは死なずにすんだのに。アリアンだって、たった一人の弟を失うことはなかったのに――。どうしても、そんなふうに考えてしまうのです。
ポチがフルートの膝に飛び乗って、黙ってその顔をなめました。
メールは、ふーっと溜息をつくと、両手を細い腰に当てました。
「まったくもう。そういうことは、もっと早くあたいたちにも話しなよね。あんたらだけで責任感じてないでさ……。とにかく、ロキの生まれ変わりかもしれない、ってあんたたちやアリアンが考えてる子どもがいるわけだ。で、アリアンが夢に現れて、その子を守ってくれ、って言ってきたと思ったら、金の石が魔王の復活を知らせてきた、と――。これって、どういうことだろうね? アリアンは、闇があの子を捜してる、って言ってたよ。ひょっとして、デビルドラゴンがロキを見つけ出して、魔王にしたってことかい?」
とたんに、フルートがぎょっと顔を上げました。真っ青になっています。
ゼンがどなりました。
「んなわけあるか! あいつはあの時生まれたばかりだったんだぞ! 今だってせいぜい一歳半くらいだ! そんな子どもを魔王にしてどうするってんだよ!?」
とたんに、部屋の壁が隣の部屋からドン、とたたかれました。夜中に騒ぐな、うるさいぞ、と、隣の泊まり客から叱られたのです。彼らは、はっとすると、声を潜めて話し続けました。メールが少年たちを見つめながら言います
「じゃあ、答えは一つだ。ロキを捜してるのは、復活した魔王だよ。魔王もロキが人間に生まれ変わったと思ってるんだ。それで、もう一度ロキを捕まえようとしてるんだよ」
少年たちはまた声を失いました。フルートは、自分の胸の上で光り続ける金の石を見つめます。
遠い彼方から、またブリザードが吹き荒れる音が聞こえたような気がしました――。