「勇者フルートの冒険」シリーズのタイトルロゴ

第9巻「仮面の盗賊団の戦い」

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10.闇の気配

 その気配は突然やってきました。

 ポポロが急に顔を上げ、馬の脇腹を蹴ってフルートの馬に並びます。

「フルート、それ――!」

 とポポロが指さしたのは、フルートの鎧の胸当てでした。その隙間から金の光がもれています。光が明滅しているのを見て、フルートもはっとしました。あわてて首にかかった鎖を引っ張ってペンダントを引き出します。透かし彫りの真ん中で、金の石が強く弱く光っていました。音は聞こえません。脈打つように光っているだけです。

「闇の敵だ!」

 とフルートは声を上げました。金の石は、闇の敵が近づいてくると、金の光を明滅させて知らせるのです。フルートは願い石を求める闇の怪物たちから狙われています。フルートを捜す怪物が、すぐ近くまで来ているのかもしれませんでした。

「みんな、もっと近くに寄って」

 とポポロが言いました。ささやくような声になっています。

「金の石が闇の目からあたしたちを隠してくれてるから、そばにいれば大丈夫よ。声や物音を立てなければ見つからないわ」

 そこで少年少女たちは馬から飛び下り、くつわをつかんで自分の馬を抑えました。籠の中から、ワン、とポチが短くほえます。馬たちに、静かにしているように、と話しかけたのです。馬たちはおとなしくなり、あたりが急にしんと静かになります。晴れ渡った雪原に鳥の声だけが響いています……。

 

 すると、彼らが進む街道の先から、影のようなものが現れました。ふわりふわりと空を飛んできます。

 それは、大きな目玉でした。後ろに蛇のように長い白い尾を引き、ゆっくりと荒野の上を飛んでいます。間違いなく闇の怪物です。

 少年少女たちはいっそう身を寄せ合いました。近づいてくる目玉を見つめてしまいます。血走った眼球がぎょろぎょろと動き、自分たちの方を向くと、さすがの彼らも背筋が冷たくなります――。

 やがて、低い声が聞こえてきました。ひとりごとのようにこう言っています。

「金の石ノ勇者……金の石ノ勇者はドコダ? 食ってヤロウ。呑み込んでヤロウ。骨モ皮モ髪の毛モ……願い石モ……何モ残さずゼンブ俺のモノ」

 フルートは顔色を変えました。やはり、自分を狙っている怪物だったのです。金の石を握っていた手を放し、思わず背中の剣を引き抜こうとします。

 とたんにゼンがその手を抑えました。何も言わずに、ただ首を振って見せます。メールが緊張しながら敵をにらみつけています。ポポロがフルートの腕に両腕を回して抱きしめます――。

 

 目玉の怪物は、彼らのすぐ近くまで来ました。ほんの二、三歩動けばまともに出くわす場所を、ゆっくりと飛び過ぎていきます。

 けれども、怪物はフルートたちに気がつきませんでした。その大きな瞳はまったく別の方角を見ています。雪の上に落ちる怪物の影が、ふわふわと動きながら遠ざかっていきます。通り過ぎていったのです。

 少年少女たちは振り向きました。怪物の白い尾が、風に流されるようになびいているのを見送ってしまいます。怪物の姿は次第に小さくなり、やがて雪の街道の向こうへと見えなくなっていきました。

 

 とたんに、フルートがまた、はっとしました。

「あいつはどこに行くんだ? ラトス? それとも――シルか!?」

 自分が宿を取った町、自分の家族たちが住む町を心配します。

 すると、遠い目で道の彼方を見ていたポポロが言いました。

「大丈夫。怪物は街道からそれたから、ラトスには向かわないわ。……シルの町も大丈夫よ。泉の長老が聖なる力で町を守っているのが見えるの。闇の怪物は近づくことさえできないわ」

 フルートは安堵して、剣の柄にかけていた手をようやく下ろしました。もう一方の腕はポポロに堅く抱きしめられています。それに気がついてフルートが思わず赤くなると、ポポロも我に返って、ぱっと手を放しました。ご、ごめんなさい、つい……と真っ赤になって謝ります。

 ゼンが、やれやれ、と肩をすくめて言いました。

「先へ急ごうぜ。あいつの気が変わって、また戻ってきたらやっかいだからな」

 そこで、一行はまた馬にまたがりました。

 空は相変わらず晴れ渡り、鳥がさえずりながら飛んでいきます。けれども、少年少女たちは、なんとなく押し黙ったままになっていました。遠ざかった怪物に聞きつけられそうな気がして、できるだけ静かに、その場から離れていきます――。

 

 その夜、一行は街道沿いの、ポートという小さな宿場町に宿を取りました。食堂で夕飯をすませて部屋に戻ると、入り口の戸に鍵を下ろして、さっそく話を始めます。

「結局、あの後はもう闇の怪物は現れなかったな。あの目玉の怪物一匹きりだったぞ」

 とゼンが言うと、ポポロが答えました。

「あたしたちの姿は、金の石が聖なる力で隠してくれてるから、闇の怪物たちにはあたしたちがどこにいるのかわからないのよ。あの怪物は、たまたまそばを通り過ぎていっただけ……。これからも、金の石がいっしょにいれば、闇に見つかるようなことはないわ」

「でもさ、鬱陶しいよねぇ。あんなのが、あっちこっちにごろごろしてるわけ? いっそひとまとめに退治しちゃおうよ」

 とメールが提案すると、フルートが考え込みながら言いました。

「ぼくたちは闇から隠されている。でも、メールの言うように闇の怪物と戦ったら、そのことで、闇の敵にぼくたちの居場所を嗅ぎつけられるかもしれない……」

 ルルがそれにうなずきました。

「そうね。特に、闇の権化のデビルドラゴンは、同じ闇のものの動きをすべて把握することができるわ。直接は私たちを見つけられなくても、闇と戦うことで間接的に見つけられる可能性は高いわね」

「ワン。デビルドラゴンはフルートを倒そうとして血眼で捜している、って、泉の長老も言っていましたよね」

 とポチも言います。

 一行は黙り込みました。闇の怪物はまったく関係のない人々も襲うかもしれません。けれども、彼らは怪物と戦うわけにはいかないのです。もっと大きな闇を呼び寄せてしまわないために。重苦しいものが彼らの間を充たしました……。

 

 深夜、フルートは夢を見ました。

 どこかわからない、ほの暗い場所に、一人の人物が立っていました。長い黒髪をたらした背の高い少女です。黒いドレスを着て、じっとこちらを見ています。優しいその顔は、信じられないほど美しく整っていますが、額に一本の角がありました。大きな瞳も血のように赤い色をしています。闇の民なのです。

「アリアン」

 とフルートは夢の中で呼びかけました。

 少女は闇の民でも、フルートたちの仲間です。闇のグリフィンのグーリーと一緒に、何度もフルートたちを助けてくれました。

 アリアンは、ひどく悲しそうな顔をしていました。どうしたの? 何がそんなに悲しいの? とフルートは少女に尋ねようとしました。赤い瞳に光るものが揺れています。

 すると、その瞳から涙がこぼれ落ち、アリアンが両手で顔をおおいました。ついに泣き出してしまったのです。長い黒髪と背中が、嗚咽に合わせて震え出します。

 アリアン! とフルートはもう一度呼びました。なぜだか、呼んでも呼んでも声が届かないようなもどかしさがあります。見えない壁が少女との間に横たわっているようです。

 

 すると、アリアンが泣きながら言いました。

「フルート……あの子が見つかってしまう……。あの子が捕まってしまうわ……」

 フルートは、どきりとしました。アリアンが言っているのが誰のことか、聞かなくてもわかる気がしましたが、まさか、という想いの方が勝ります。

 何も言えなくなっていると、アリアンがまた顔を上げました。涙に濡れた目で食い入るように見つめながら叫びます。

「フルート、フルート! 闇があの子を捜しているの! お願い――あの子を守って――!!」

 

 とたんに夢は覚めました。

 フルートはベッドの上に跳ね起きました。そのまま自分の胸元を見つめてしまいます。

 ペンダントの真ん中で金の石が強く輝いていました。暗い部屋の中を真昼のように照らしています。

 シャララーン、シャララーン……とガラスの鈴を振るような音が響き渡ります。

 金の石が強く輝き、聖なる音でフルートを呼ぶ時、世界のどこかでは魔王が復活しています。デビルドラゴンが新しい依り代を見つけて、その生き物を魔王に変えたのです。

 金の光に照らされながら、フルートは茫然とつぶやきました。

「……ロキ……」

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