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第9巻「仮面の盗賊団の戦い」

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第3章 行き先

8.地図

 「うひゃぁ、まいった! ものすごい吹雪になってきたぞ!」

 ゼンがそう言いながら宿の部屋に入ってきました。毛皮の上着を着た全身が雪まみれになっています。続いてメールも入ってきましたが、やはり、吹きつけてきた雪で毛皮のコートが真っ白になっています。最後に入ってきたポチに至っては、白い雪の塊が自分で動いているようでした。

「まあ、すごい」

 と部屋の暖炉の前に座っていたポポロが目を丸くしました。ポポロはルルの毛並みをすいていたので、手にブラシを持っていました。ゼンとポチがその隣に突進します。

「冷えた冷えた! 気温そのものは大して低くねえんだけどよ、風がものすごくて先がまったく見えねえ。まるで北の大地のブリザードみたいだぜ」

 とゼンが暖炉に手をかざします。

「いらっしゃい、ポチ。雪を落としてあげる」

 とポポロが子犬を引き寄せてブラシをかけ始めました。ルルが一緒になってポチの雪をなめてやります。

 ここはラトスの町でした。この近辺では一番大きな町で、フルートが住んでいたシルの隣町にあたります。前日そこに宿を取った一行は、旅の支度を整えるために町に買い物に出ていたのでした。

 まだ午後も早い時間でしたが、窓の外は薄暗くて、目をこらしても何も見ることができません。時折雪が音を立てて窓ガラスに吹きつけてくるだけです。ひっきりなしに聞こえる風の音は、たくさんの獣がほえながら駆け回っているようでした。

 テーブルに向かっていたフルートが言いました。

「ここは荒野の中の町だからね。とにかく風が強いんだ。吹雪の荒野に出て行ったら、あっという間に場所がわからなくなって遭難しちゃうよ」

 その目の前で大きなカップが湯気を立てているのを見て、ゼンが立ち上がりました。

「何飲んでたんだ?」

「ハチミツ湯。飲んでいいよ」

「お、ありがてえ!」

 ゼンは即座にフルートの前からカップをひったくると、一気に飲み干しました。うめえ! とまた声を上げます。

 フルートは、部屋の真ん中で毛皮のコートから雪を払い落としているメールに声をかけました。

「君の分のハチミツ湯も宿の人に頼もうか?」

「あたいはいいよ。この恰好だから、それほど冷えてないんだ」

 そう言うメールは、フードが着いた長い毛皮のコートを着て、足には毛皮で裏打ちされた革のブーツをはいています。ラトスの町に来てから買い求めたものです。ただ、その下は、やっぱりいつもの袖無しのシャツに半ズボンという服装でした。

「まあ、なんとか暖かそうな恰好になったわよね」

 とルルが言うと、メールは肩をすくめました。

「重いし窮屈だから、ホントは好きじゃないんだけどさぁ。こんな天気に出くわすんなら、しょうがないよね」

 温暖な海の中の島で暮らしてきたメールには、服をたくさん着込むこと自体が苦痛になるのです。ゼンがあきれたように言います。

「あったりまえだ。雪や冬を甘く見るな。町の中にいたって、行き倒れて凍死しちまうぞ」

 ゼンの方は北にある山で猟師をしています。冬場の自然の厳しさは充分知っていました。

 

 メールはそれには答えずに、フルートの前のテーブルをのぞき込みました。そこには一枚の羊皮紙が広げられていました。羊皮紙というのは、羊の皮を薄くのばして作った紙のことです。

「何見てたんだい? ……地図?」

「うん。これからのことを考えていたんだ」

 とフルートが答えます。

 彼らは二つのグループに分かれて買い物をしていました。ゼンとメールとポチのグループと、フルートとポポロとルルのグループです。必要な物のリストに従って店を回ったのですが、フルートたちの方が先に買い物が終わったので、フルートは宿の部屋でこれからの旅路を検討していたのでした。

 ゼンが言いました。

「昨日書き出したものはだいたい買い終わったし、商品は吹雪がやんだら届けてもらうことにしてある。後は本当に行き先を決めるだけだな」

「うん、ポポロとメールの馬も買えたよ。気性の良さそうな綺麗な馬さ。これでどこにでも行けるようになったんだけどね――」

 フルートはちょっと苦笑しました。先にルルが言っていたことばではありませんが、どこにでも行けると思うと、逆にどこに行ったらいいのかわからなくなって、なかなか行き先が決められなくなってしまうのです。

 メールは地図をのぞき続けていました。

「これ、ロムドの地図だよね……。あたいたち、ロムドの国の外にも行くことになるんだろ? この地図じゃ足りないんじゃないかい?」

 フルートはまた苦笑しました。

「それはその通りなんだけど、このあたりでロムドの外の地図は売っていないんだよ。というか、地図そのものを売ってる店があるかどうか……。地図って高価なんだよ。これはぼくが勇者になったときにロムド王からいただいたものだけど、まともに買おうと思ったら、ぼくの家族が半年ゆうに暮らせるくらいのお金が必要になるんだ」

「高っけえ!」

 とゼンが叫びました。

「俺たちドワーフも地図は持つけどな。もっと安いぞ。地面深くまで複雑に坑道を掘るから、地図は絶対に必要なんだ。高かったらどうしようもねえや」

「ワン。でも、北の峰のドワーフは洞窟の外には出ないから、やっぱり世界の地図は持っていないでしょう? 地図は写すのにも専門の技術が必要だから、なおさら高価になるんですよ」

 とポチが言います。フルートたちの住む世界に、印刷の技術はありません。いわゆる「紙」もありません。地図も本も、人が原本を見ながらペンとインクで羊皮紙に書き写していくので、大変な貴重品になるのでした。フルートたちは学校で教科書を使って勉強しますが、それも国費で準備した本を生徒に貸し出しているのでした。

 

「まあ、高くてもいずれは世界の地図を手に入れなくちゃいけないんだけど」

 とフルートはロムドの地図を見ながら言いました。

「今はとりあえず、これを見ながら行き先を決めるしかないよね。幸い、ぼくらは今までにも何度もロムドの外に出ているから、どっちの方角に何があるかくらいはわかっているし」

 そこで仲間たちは地図をのぞき込みました。背が届かないポチとルルは、椅子に上がり、テーブルに前足をかけて地図を見ます。

「一応、隣の国の名前ぐらいは書いてあるな。ロムドの東隣がエスタ王国で、西隣がザカラス王国だ。どっちにも行ったよな、俺たち」

 とゼンが言うと、ポチが尻尾を振って笑いました。

「行ったどころか! どっちの国も魔王やデビルドラゴンから救ってますよ、ぼくたち」

 エスタ王国は風の犬の戦いの舞台、ザカラス王国はつい先日の薔薇色の姫君の戦いの舞台でした。

 フルートは地図の上の方を指さしました。

「ロムドの北にあるのは黒森。獣と怪物が棲んでいる大きな森だ。その先に、ゼンたちドワーフが住んでいる北の峰がある。一方、ロムドの南は湿地帯。その手前にメデューサの棲む闇の神殿の沼があった。今は一面の花畑だ。そのそばに、エルフの賢者が住んでる白い石の丘もある。そこから東に行くと、国境には闇の森がある。数え切れないほどたくさんの怪物が棲んでいる森だ。ここも、ぼくたちは越えたよね……。南の国境にはとても高い山脈がある。さらに西の方の国境にも山脈がある。山としてはなだらかな方だけれど。魔金の大鉱脈があるジタン山脈は、この中の一部だ。ロムドは周囲を山や森に囲まれている国なんだよ」

 ロムドの地図には、彼らが訪れて知っている地名がそこここにありました。金の石の勇者がこの世に現れて三年半。その間、彼らは闇と戦うために、本当に国内至るところを冒険して回ったのでした。

 

「で? この地図にない外側はどういうふうになってるのさ?」

 とメールが尋ねました。フルートは地図の上の指を東の方へ滑らせました。

「エスタ国の先には、クアロー国、そして黄泉の門の戦いの時にぼくとポチが越えた大砂漠があって、魔女が城を構えていたシェンラン山脈がある。その先はユラサイの国だ」

「じゃ、北は?」

 とメールがまた尋ねると、今度はゼンが答えました。

「北の峰のさらに北は冷たい海だ。その向こうに北の大地があるぞ」

「ふぅん。あたいたち、そっちにも行ってたんだね。……ザカラスのもっと西にあるものは、あたいにもわかるよ。海だ。あんたたち人間はユーラス海って呼んでるけど、それは東の大海のことだ、って以前教えてくれたよね」

 自分の故郷にゆかりある場所に詳しいのは、ゼンもメールも同じでした。

 ルルが地図を見ながら言いました。

「となると、私たちがまだ全然行ったことがないのは、ロムドの南の方ってことになるわね? 湿地帯や国境の山脈を越えた先。ここには何があるの?」

 フルートはちょっと首をかしげました。

「いろいろ。中央大陸は広いからね。大きな国も小さな国も森も山も荒野もある。ぼくにも、どんな国や場所があるのか全部はわからないよ。で、その先には南大陸があるんだ」

 すると、ポポロが言いました。

「南大陸は、ロムド城の赤の魔法使いの故郷ね……。ユギルさんのお父さんも、南大陸の人だったらしいんですって」

「ワン、南大陸は暗黒の大陸とも呼ばれてます。どのくらい大きいのか、どういう人たちが住んでいるのか、よくわからないんです。赤の魔法使いのような、不思議な魔法や術を使う種族も大勢いるっていう話ですよ」

 一同は、黒い肌に縮れた短い黒髪、猫のような大きな金の瞳をした赤の魔法使いを、それぞれに思い出しました。浅黒い肌に長い銀髪のユギルも思い出します。強力な魔法使いや占者を生み出す南大陸に、なんとなく心を惹かれます――。

 

 ところが、ゼンが急に声を上げました。

「ちょっと待て! 大陸ってことは、海の向こうにあるんだな? 海を越えなくちゃ、南大陸には行けねえんだな!?」

 その剣幕に、フルートは目を丸くしました。

「そりゃ海はあるさ。バルス海だ。内海だけど、とても大きいよ。南大陸に行くには、そこを越えるか、ザカラスの西の港からユーラス海を渡るんだ」

「却下だ、却下! 海には近づかねえって言ってんだよ! 渦王に津波を食らわされて捕まっちまわぁ!」

 ゼンにしてみれば真剣なのですが、あまりむきになって言うので、仲間たちは思わず吹き出してしまいました。

「ゼンったら。この際、腹をくくって渦王の島に行ったら? 付き合うわよ」

 と笑いながら言うルルに、冗談ぬかせ! とゼンがどなり返します。メールも苦笑いで言います。

「父上はあの気性だからね……。あたいもしばらくは海に近づきたくないな。島に連れ戻されちゃうよ。海を越えずに行けそうな場所はない?」

 うーん、とフルートは腕組みしました。目の前にある地図をにらんでしまいます。地図にはロムド国の中の場所しか記されていません……。

 

 すると、ポチがふいに耳と尻尾をぴんと立てました。

「ワン、南山脈の向こうにミコンがありますよ! 神の国に一番近い都です!」

「神の国に一番近い都!?」

 仲間たちは驚いて繰り返しました。

「それなに? ポポロたちの天空の国のことかい?」

 とメールが尋ねます。ポチは頭を振りました。

「ワン、違います。南山脈を越えた向こうの山の中にある宗教都市なんですよ。神に仕える人ばかりが住んでいて、神の国に一番近い場所にある都、って呼ばれているんです」

 すると、フルートも言いました。

「そこには光の女神ユリスナイの神殿があって、大勢が修業しながら暮らしているんだ。人のために尽くす、すばらしい人たちばかりが住んでるって聞いてるよ。神官や僧侶になりたい人は、必ずその都に行って修業してこなくちゃいけないんだ」

「人のために尽くす、すばらしい人たちだぁ?」

 ゼンが思いっきり顔をしかめました。

「そんなの、フルートだけで充分だぞ。こいつを改心させるだけでも大変だってのに、こんなヤツが大勢住んでる町だって言うのかよ」

 フルートは口を尖らせました。

「改心って何さ? それに、ぼくは神様に仕えてるわけじゃないぞ」

「わかってらぁ。だからなおさら始末に負えないんだろうが。とにかく俺は好かねえぞ、そんな町。気色悪いぜ」

 

「だけど、ひょっとしたらひょっとするかもよ」

 とルルが言いました。茶色のふさふさした尻尾を振っています。

「光の女神に仕える都なんでしょう? だとしたら、闇に対抗する場所だわ。闇の竜のデビルドラゴンを倒す手がかりがあるかもしれないじゃないの」

 すると、ポポロもうなずきました。

「そうね……。光の女神ユリスナイは、あたしたち天空の民も信仰してるのよ。あたしたちの光の魔法は、ユリスナイが作り出したものだと言われてるの」

「光の魔法を作り出した女神かぁ」

 とメールが感心しました。どん、とゼンを肘で小突きます。

「行ってみようよ! 闇に対抗するのは光だよ! ホントに、何か見つかるかもしれないじゃないのさ!」

 フルートも腕組みをしたままうなずきました。

「そうだね。どのみち、ぼくたちには明確な目的地はないんだ。少しでも手がかりがありそうな場所から回ってみるのが筋だからね」

「ワン、だとしたら道順は……」

 とポチが身を乗り出し、他の仲間たちもまた地図をのぞき込みました。フルートが、今自分たちのいる町を指で押さえ、南へとなぞって見せました。

「このラトスの町からは、大荒野を南下する形で街道が延びてるんだ。これをたどると、国境を越えて、ミコンの都に通じる道に出るよ。ミコンに巡礼に行く旅人が通る街道なんだ」

「神の都かぁ。んとに、なんかぞっとしねえんだけどな」

 ゼンだけはひとり文句を言い続けていましたが、他に行く当てがあるわけでもないので、最後には渋々同意しました。

「案外不信心なのね、ゼン」

 とルルが言うと、ゼンは下唇を突き出しました。

「俺は自分の目に見えるものしか信じねえんだよ。神様に祈ったら御利益(ごりやく)で空から獲物が降ってくるわけでもねえしな」

 いかにも現実主義のゼンらしい言いように、ルルはあきれたように首を振って、それ以上は何も言いませんでした。

 

「さ、それじゃ行き先は神の都ミコンに決まりだよ!」

 とメールが明るい声を上げました。フルートがそれに静かに続けます。

「出発は明朝。明日には吹雪もやむと思う。それまでに旅の支度をしっかり整えておこう」

 仲間たちはいっせいにうなずくと、それぞれ装備や荷物の点検を始めました――。

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