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第9巻「仮面の盗賊団の戦い」

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7.道

 泉のほとりに立つ勇者の少年少女たちに、明るい日差しが頭上から降りそそいでいます。

 泉の長老が静かに言いました。

「そろそろ出発する方が良かろう。ここは一年中初夏が留まる場所じゃが、一歩外に出ればそこは真冬の世界じゃ。北の大地ほどではないが、荒野の真冬も厳しい。日が暮れる前に宿にたどり着かなければ、命に関わるかもしれんぞ」

 フルートはうなずきました。長老の言うとおりだったのです。

「まずラトスの町に行こう。この近くで一番大きな町だよ。そこで宿を取って、行き先を決めて、旅支度も整えることにしよう。長旅になるからメールやポポロの馬を準備しなくちゃいけないし、メールはちゃんと装備しなくちゃいけないからね。――とりあえずこれを着て、メール」

 とフルートは自分のマントを脱いでメールに手渡しました。メールはいつもの袖無しのシャツに半ズボン、サンダル履きという格好をしています。そのままでは真冬の荒野であっという間に凍えてしまうに違いなかったのです。フルート自身は暑さ寒さを防ぐ魔法の鎧を着ているので、マントを渡してもまったく平気でした。

 

「気をつけていくのじゃぞ」

 と長老はフルートに言い続けました。

「デビルドラゴンはそなたたちを探し続けておる。闇の竜がたった一つ恐れるのが金の石の勇者だからじゃ。どんな手段を使っても倒そうとしてくるぞ。しかも、そなたは闇の怪物の集団からも狙われておる。そなたの中に願い石が眠っていることを、闇がらすが欲深い怪物どもに吹聴したからの……。金の石を決して手放さぬことじゃ。金の石は、闇の目からそなたたちを隠し続けておる。怪物どもがすぐ近くまで来て、己の目や耳や鼻でそなたたちを見つけない限り、そなたたちが闇に見つかることはない。石の守りの力の中にいるのじゃぞ」

 フルートと仲間たちはうなずきました。立ち上がり、装備を整え直し、泉の広場の片隅から馬たちを呼び戻します。ポポロはフルートの馬の上に、メールはゼンの馬の上に乗ります。ラトスの町まで少年たちと相乗りで行こうというのです。ポチとルルは、フルートの馬の前の籠に一緒に収まりました。少々窮屈でしたが、荒野には雪が降り積もっていて、犬たちが自分の足で歩くには不都合だったのです。

 

 すると、泉の長老がまた言いました。

「そなたたちが森を出たら、わしはこの森を閉じることにする」

 少年少女たちは驚きました。シルの町のすぐそばにあって、いつも彼らが集合する場所になってくれていた魔の森です。それを閉じるというのは……? ととまどうと、長老は続けました。

「森は消えるわけではない。だが、わしは森を今よりもっと深い場所へ隠す。そなたたち人の目には見えなくなってしまうじゃろう。その代わりに、わしは今度はフルートの町を守ってやることにする。そなたの家族や友人知人が大勢住む町じゃ。放っておけば、いずれデビルドラゴンから目をつけられ、人質に取られてそなたたちが追い詰められることになるからの」

 フルートは真っ青になりました。今の今までそんな危険性は考えたこともありませんでしたが、確かに長老の言うとおりでした。フルートのお父さんやお母さん、シルの町の人たちを人質にされたら、フルートには手も足も出せなくなってしまうのです。

 すると、ゼンやメールも顔色を変えて騒ぎ出しました。

「ってことは、俺の故郷の北の峰もやばいってことか!?」

「あたいの父上の島もデビルドラゴンに狙われるかもしれないわけ!?」

 泉の長老が穏やかにそれに答えました。

「ゼンの家族や仲間のドワーフたちが住む北の峰は、すでに天空王が守り始めておる。渦王の島は、海共々、渦王と海王が力を合わせて守っておるから、これも心配はない。ポポロとルルの故郷は天空の国じゃから、デビルドラゴンに手出しはできん。影の竜が光の国に入り込むことは不可能じゃからな。そなたたちの家族や知人は、わしらが必ず守ってやろう。そなたたちは心配せずに自分たちの道を捜すのじゃ」

 力に充ちた長老のことばでした。フルートたち全員は、思わず深々と頭を下げました。いつも彼らを気にかけ、力を貸し続けてくれる自然の王たちに、心から感謝をします。

「みんなを――よろしくお願いします」

 フルートは、はっきりとそう言いました。

 

 少年たちが馬に乗りました。黒い毛並みの黒星の上にはゼンとメールが、茶色の毛並みのコリンの上にはフルートとポポロ、そして鞍の前の籠にポチとルルが乗り合わせます。

 そんな自分たちの姿を見て、急にメールがくすっと笑いました。

「なんか懐かしいね、この組み合わせ。闇の声の戦いの時みたいじゃないさ。あの時も、フルートとポポロ、ゼンとあたいが同じ馬だったよね。もっとも、あの時はもっとぎくしゃくした感じだったけど。ゼンとフルートがずっと喧嘩してて――」

「るせぇ、やなこと思い出させるんじゃねえ!」

 とゼンが乱暴にさえぎりました。あの時、フルートとゼンはポポロを巡っていがみ合い、あわや……というところまで行ったのです。

「なにさ。あたいはただ――」

 メールが口を尖らせて反論しようとすると、ゼンは今度は後ろから腕を回してメールの頭を抑え込んでしまいました。

「いいから黙れ! 今はこうやって落ちついて乗ってんだ。それでいいことにしとけ!」

「だから――! それがいいよね、って言おうとしたんじゃないのさ! 放しなよ、ゼン。あんたってホントにいつも乱暴なんだから!」

「俺が乱暴なのは生まれつきだ。文句があるなら、さっさと西の大海に帰れ!」

「なんだってぇ!? そんなこと、あたいに言っていいと思ってんのかい? ホントに帰るよ!」

「あーあ、帰れ帰れ。うるさいのがいなくなって、せいせいすらぁ」

 けれども、そんなことを言いながらも、ゼンはメールを腕の中から放そうとはしませんでした。いっそう強く抱きしめてしまいます。ちょっとゼン、苦しいったら! とメールが思わず声を上げます。

 フルートの馬の上の籠で、ルルとポチがあきれたように言っていました。

「あっちに乗っていなくて良かった。道々、ずっと見せつけられちゃうところだったわ」

「ワン。ほんとですね」

 それを聞いて、フルートとポポロが吹き出しました。ポポロは鞍の前の方に座り、それを両腕で支えるようにしながら、フルートが手綱を握っています。大切に抱きかかえる形の腕の中で、少女は安心しきって背中を少年に預けていました――。

 

 長老が泉の上からまた少年少女たちに話しかけてきました。

「くれぐれも気をつけていくのじゃぞ。外からの敵に警戒するだけでなく、内なるものにも注意していくのじゃ。……フルートの中には願い石がある。この石は、眠っている時でも常に持ち主に言い続けておる。そなたの真の願いは何か、その願いをかなえてやろう、とな。そうすると、どれほど心強い者であっても、いつの間にか自分の本当の願いを石に語りたくなってくるのじゃ。フルートが、一度は光になることをやめたはずなのに、またそれを願おうとしたのはそのためじゃよ……。これからも、願い石はフルートに問い続ける。定めに逆らって別の道を見つけようというなら、石に負けてはならん。心して行くことじゃ」

 少年少女たちは表情を改めました。真剣な目でフルートを見つめます。ポポロが手を伸ばして、自分を支えているフルートの腕をぎゅっと抱きしめました。

「フルートは行かせません。絶対に、願い石になんて渡しません」

 静かな声ですが、きっぱりと言い切ります。フルートは思わずまた顔を赤らめました。他の仲間たちも大きくうなずいていました。

「行くがよい、勇者たち。そなたたちの旅路は常に光に照らされている。それを進めば、いずれそなたたちは探し求める場所にたどりつくじゃろう。自分を信じて行きなさい」

 少年少女たちは頭を下げて、泉の長老に感謝と別れを告げました。馬の頭を巡らして、泉のほとりから森へと進み始めます。長老は泉の上に立ったまま、いつまでもそれを見送っていました。

 

 やがて、見えない壁をくぐり抜けると、森は初夏から一気に真冬に戻りました。雪が地面をおおい、木々の枝を重くしならせています。一行はそこも通り抜けて、森の外に出ました。目の前には雪の荒野が広がっています。

 とたんに、彼らはなんとも言えない気配を背後に感じました。ぎょっとなって、いっせいに振り返ります。

 そこには何もありませんでした。たった今出てきたはずの魔の森が消えてしまっていたのです。森があったことを示すものは、何一つありません。ただ、雪の中に立つ彼らの足下まで、馬の足跡が短く残っているだけです。

「森が……」

 と言いかけて、フルートは絶句しました。他の少年少女たちも、何も言えなくなって、茫然としました。魔の森は、長老の魔法によって、この世界とは別の遠い場所に隠されてしまったのです。

 森があった場所へ、フルートは黙って深く頭を下げました。仲間たちもそれにならいます。フルートが金の石と巡り会い、仲間たちと何度も集まった魔法の森は消えました。今この瞬間が自分たちの本当の旅立ちなのだ、と誰もが心で感じます。

 行く手には、雪の荒野が銀に輝きながら広がっていました。彼らの前には道はありません。

 少年と少女たちは踏み出しました。傷一つない雪野原に、さくりさくりと音を立てます。

 進んでいく彼らの後ろに、馬の足跡の道が延々とできていきました――。

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