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第9巻「仮面の盗賊団の戦い」

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6.定め

 定め、という泉の長老のことばに、フルートはどきりとしました。さっき、茂みの陰でゼンと話したことを思い出して、なんとなく後ろめたい気持ちになります。定めに逆らって自分の幸せを探そうとしていることを責められたような気がしたのです。

 そんなフルートに、長老は静かに話し続けました。

「勇者というと、剣を持って戦い、敵を切り伏せていくもののように思われるかもしれんが、金の石の勇者の本当の役目はそうではない。勇者を選ぶ金の石は、人を守りたいと想う純粋な気持ちが結晶化して実体となったものじゃ。だからこそ、人を守るのにふさわしい人物を勇者に選ぶ――。先ほど、そなたは金の石がなぜ自分を勇者に選んだのかわからない、と言ったな。答えはそれじゃ。そなたには誰よりも強い守りの心がある。それは敵を切り伏せなぎ倒すような激しい力ではない。だが、そなたは、どんな者であっても受け入れ許し、守ろうとする。これは誰にでもできるようなことではない。すなわち、己を捨てて他者のために尽くすということじゃからな」

 そして、長老は急に何かを思い出す顔になりました。遠い目を頭上の空に向けて話を続けます。

「二千年前の光と闇の戦いにも、金の石の勇者はいた……。初代の勇者じゃ。やはり人々を闇を守ろうと勇敢に戦った。戦闘力という面では、こちらの勇者の方がフルートよりよほど強力じゃっただろう。デビルドラゴンが率いる闇の軍勢を追い詰め、もう少しで撃破するまでに至ったのじゃ。だが、かの勇者は敗れた。金の石が願い石の力でデビルドラゴンを消滅させようとした時、一度はその願いに同意しながら、最後の最後で自分の願いを語ってしまったからじゃ。この世の覇者、全世界の王になりたい、という自分自身の願いをな……。金の石の勇者に課せられているのは、あまりに重く純粋な定めじゃ。人には残酷なまでにの。だが、フルートは特に強い守りの心を持っていて、己を他者に捧げることに少しのためらいも抱かぬ。――だからじゃ。だから、金の石はフルートを勇者に選んだのじゃよ。今度こそ本当に、世界中を闇から守り救おうとしての」

 

 少年少女たちは、何も言うことができませんでした。

 それは、先にゼンがからかい半分でフルートに言っていたことと同じでした。フルートは二千年に一人も現れないようなお人好しだから金の石の勇者に選ばれたんだぞ――。つまりは、そういうことなのです。世界にもまれに見るほど、純粋に人を守ろうとすることができる少年だからこそ、金の石はフルートを選んだのです。

 ですが、長老のことばには、彼らを思わず沈黙させるものがありました。目には見えない重苦しいものが、それぞれの心の中に深く沈み込みます。

 己を捨てて他者を守るために選ばれた、守りの勇者。

 それはつまり、フルートには自分の幸せを求めることが許されていない、ということになります……。

 

 ふいに、ポポロが宝石のような瞳から涙をこぼし始めました。長老に向かって言います。

「そんな――そんなの、おかしいわ! それじゃ、守ろうとするフルートだけが、一人で苦しまなくちゃいけなくなるもの。守りの勇者だけが誰からも守ってもらえなくなるもの。全世界のために、一人で犠牲にならなくちゃいけないだなんて――そんなの悲しすぎる! フルートだって人間よ! 一緒に幸せになっていっていいはずだわ!」

 普段は本当におとなしくて引っ込み思案なはずのポポロが、必死で叫び続けていました。絶対に行かせまいとするように、フルートの腕を強く強く抱き続けます。ポポロ、とフルートはつぶやきました。その顔は赤くなったままです。

 

 すると、ゼンが突然立ち上がり、拳を握ってわめき出しました。

「おい、精霊! 金の石の精霊! 今すぐここに出てきやがれ!!」

 どなっている相手は、フルートの胸の上のペンダントです。金の石が静かに光り続けています――。

 と、次の瞬間、泉の上の長老の隣に淡い金の光がわき起こり、その中から小さな人影が姿を現しました。あきれるくらい鮮やかな黄金の髪と瞳の少年です。

「なにさ、ゼン」

 と落ちついた声で言います。金の石に宿っている精霊でした。

 ゼンはわめき続けました。

「こんちくしょう! なんでおまえまで水の上にいるんだよ!? こっちに来い!!」

「いやだ。なんだか君に殴られそうだからね。なんの用だと聞いているんだよ」

 金の石の精霊は冷静さを崩しません。

「おまえ――本当なのかよ!? 本当に、フルートを光にしてこの世界を守るために、フルートを勇者にしたのか!? 最初っからそのつもりだったのかよ!?」

 ゼンは責める口調になっていました。

 金の石は初め、ただ勇者の一行を守り怪我や病を癒すだけの魔法の石でした。フルートの呼びかけに応えて闇を倒していたのですが、いつのまにか呼びかけなくても聖なる光を放つようになり、やがて精霊となって彼らの前に現れるようになりました。鮮やかな金の髪と瞳に異国風の服を着た、小さな少年の姿です。

 精霊で現れるようになってから、金の石はますます彼らを助けてくれるようになりました。確かに、フルートと共に光になってデビルドラゴンを倒しに行きたい、と願い石に願おうとしたことはあります。けれども、その願いを撤回してからは、ずっと一貫してフルートを助け、仲間たちまで助け続けてくれたのです。金の石は人ではありませんが、今ではその存在を無視することができない、大事な仲間の一員になっていました。少なくとも、少年少女たちはそんなふうに考えていたのです――。

 ゼンと並んで、メールもどなり始めました。

「精霊! あんた、言ったよね――!? 願い石に願わなくても、きっとデビルドラゴンを倒す方法は見つかる、って! だから、別の道を探そうって! あれは嘘なんかじゃないんだろ――!?」

 メールの声は訴えるような調子になっていました。いつもポーカーフェイスの精霊です。何を考えているのかよくわからないことの方が多くても、想いは自分たちと同じでいると信じたかったのです。

 

 精霊は腰に手を当てて、ちょっと首をかしげました。表情は少しも変えません。冷静そのものの声で答えます。

「確かに、ぼくは一緒に光になってくれる相手としてフルートを選んだよ。ぼくは二千年前、セイロスに裏切られて、砕けて今のような小さな石になった。あの失敗は、もう二度と繰り返さないと決めていたんだ」

 セイロス、というのは彼らが初めて聞く名前でしたが、二千年前に金の石に選ばれたという初代の勇者のことに違いありませんでした。精霊……とつぶやいたフルートを、精霊の少年はじっと見つめ返しました。

「今度こそ、自分の欲や願いより、人々の幸せを守ろうとする者を勇者にしようと考えていた。それには大人は不向きだとも思っていた。人は長く生きる間に、さまざまなしがらみに縛られていくし、欲も願いも深くなっていくのが普通だ。その点、子どもは世界を曇りのない目で眺めることができるし、純粋に世界を守ろうとも考えてくれる。その中でも、フルートは飛び抜けていた。初めて魔の森に来たとき、友だちを闇の蛇から引き離すために、フルートは剣を投げ捨てて一人で走った。わざと松明をともして、蛇を自分の方へ呼び寄せてね。ここまでできる子どもなら、ぼくの願いも理解して、一緒にかなえてくれるんじゃないかと考えたんだ。まあ、本当にそう確信するまでには、ずいぶん観察させてもらったけれどね――」

 精霊はいやに冷ややかな言い方をしていました。見た目は子どもそのものだというのに、ひどく年をとった狡猾な老人のようです。その違和感に少年少女たちはとまどい、思わずことばを失いました。なんとなく、身をひいて精霊から遠ざかってしまいたくなります。そんな一同を見て、精霊が小さく笑いました。皮肉な笑い顔でした。

 

 すると、くすり、とフルートが笑い返しました。人なつこい笑顔を精霊に向けます。

「それにしちゃ、ずいぶん一生懸命ぼくを止めたよね。薔薇色の姫君の戦いでさ――。ぼくの方から光になりに行こう、って誘ったのに。願い石の戦いの時にもそうだ。君の方で願うのをやめたんだよ。どうして? ぼくと君とで力を合わせれば、デビルドラゴンの影どころか、世界の果てに幽閉されている本体まで完全に消滅させて、正真正銘この世界を闇から救うことができるのに」

 とたんに精霊の少年は表情を変えました。口を尖らせてフルートをにらみつけます。そうすると、ひどく年老いて見えていた顔が、急に幼い感じになります。

「君もけっこう意地悪になってきたな」

 と精霊はふくれっ面で言いました。

「ずっと言い続けてるじゃないか。あの願いは取り下げた、って。君を光になる相棒にしようと考えたのは過去のことだ。今は本当に別の方法があるだろうと思っているよ。だいたい――できるわけないじゃないか。君の友だちがこんなに必死になって君を守ろうとしているのに。ぼくは守りの石だ。守りの想いを無視して、君を奪い去るなんてことは――」

 そこまで言って、ぷいと精霊はそっぽを向きました。すねたような、照れたような、そんな表情がのぞいています。

 少年少女たちはあっけにとられ、やがて、笑い始めました。ワンワンワン、とポチとルルが明るくほえます。

 ゼンがポチに言いました。

「おい、変身してあいつをここに引っ張ってこい!」

「ワン!」

 ポチが一瞬で巨大な風の犬の姿になり、泉の上の精霊に風の体を絡みつけて岸辺に運んできました。

「な、何を――!?」

 驚く精霊に、ゼンとメールは笑顔で飛びつき、てんでに小突いたり黄金の髪の毛をくしゃくしゃにしたりしました。精霊の少年はゼンたちよりずっと背が低かったのです。犬に戻ったポチも、ルルと一緒に精霊の足下にじゃれつきます。

「やめろったら!」

 精霊の少年は悲鳴を上げました。こんなふうにべたべたされるのは好きではなかったのです。

 そんな様子を見て、フルートも声を上げて笑い出し、恨めしげな顔をする精霊に言いました。

「君もやっぱりぼくたちの仲間だね、金の石。ずっと一緒だよ。デビルドラゴンを倒す方法を見つけて、世界に平和を取り戻すその時まで、ずっとね」

 とたんに精霊が、ぱっと顔を赤くしたように、少年少女たちには見えました。次の瞬間には、彼らの間から姿を消してしまいます。

「ったく、ほんとに素直じゃねえ精霊だな」

 ゼンが笑いながら言いました。

 金の石はフルートの胸の上で揺れたまま、もう何も答えようとはしませんでした。

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