冬でも緑の草におおわれ、花が揺れる魔の森の泉の広場。そこに輪になって座り込んで、少年少女たちは話し合いを続けていました。彼らが話題にしているのは歴戦の思い出です。
「次にあったのは、闇の声の戦いよ。私は、フルートを恨む気持ちをデビルドラゴンにつけ込まれて、魔王になりかかったの――」
とルルが言いました。茶色い毛並みの頭で深くうなだれています。
結局、ルルは魔王にはなりませんでした。フルートたちの助けで闇から光に立ち返り、本物の勇者の一員になったのです。けれども、闇に心奪われた罰として、ルルは生涯、その時のことを忘れられなくなっていました。罪悪感も心の痛みも何もかも、まるでたった今の出来事のように、ありありとよみがえってきてしまうのです。
すると、ぺろり、とポチがルルの顔をなめました。
「ルルは、今はぼくたちと一緒にいますよ。大事なのは、昔じゃなくて今なんだもの。それでもう充分なんですよ」
ほんの小さな子犬の姿なのに、まるで何十年も生きてきた大人のようなことを言います。ルルが涙の光る目を細めました。
「ま、本当に生意気ね、ポチ。……でも、ありがとう」
と泣き笑いの顔でポチの顔をなめ返します。
「闇の声の戦いで、ぼくたちは真の敵がデビルドラゴンだと知った」
とフルートが言いました。自然と厳しい声になっていました。
「影だけの存在のデビルドラゴンは、闇の心を持った生き物を依り代(よりしろ)にして、その生き物を魔王に変える。魔王はデビルドラゴンから絶大な魔力をもらう代わりに、この世界を地獄に変えていこうとする。そんな魔王を倒しても、デビルドラゴンはただ依り代を離れていくだけなんだ。また次の依り代を見つけて、魔王を生み出してくる。やっぱり、大元のデビルドラゴンを倒すより他、本当の解決はないんだ……」
「闇の声の戦いかぁ。マジできつかったよな」
とゼンが溜息をつくように言いました。こちらもひどく真剣な表情になっています。デビルドラゴンは人の持つ闇につけ込んでくる怪物です。フルートもゼンもそれぞれの心に抱える闇を暴かれ、本当にぎりぎりのところまで追い詰められたのです。フルートに至っては、ルルと一緒に肉体的にも極限まで追い込まれてしまいました。深刻さと凄惨さにおいて、この時ほど厳しい戦いはありませんでした。
二人の少年はどちらからともなく顔を見合わせると、静かに笑い合いました。どれほど時間が過ぎても、過ちといさかいの記憶が消えてなくなることはありません。けれども、それを越えてきたからこそ、二人はこうして無二の親友でいるのです――。
「その次に起きたのが北の大地の戦いだった」
とフルートは話し続けました。落ちついた声です。
「この時、デビルドラゴンが魔王にしたのは、クアローの森のオオカミだった。家族を皆殺しにした人間をものすごく恨んでいて、北の大地の雪と氷を溶かして異常気象を引き起こして、それで全人類を滅ぼそうとしていたんだ」
すると、メールが、ちっと舌打ちをしました。あまり女の子らしいとは言えないしぐさです。
「あたいたちは全員、オオカミ魔王にさらわれちゃったんだよね。そして、魔王に力を奪われちゃったんだ。ああ、今思い出してもいまいましい! あたいの花使いの力で魔王があんたたちを殺そうとしているのを見たときには、もうはらわたが煮えくり返りそうだったよ!」
同じように魔王に力を奪われたポポロとルルが、何度もうなずいて同意します。
けれども、フルートは、それとは別のことに注目していました。こんなことを言い出します。
「魔王の戦い方だけどさ、いくつかの特徴があると思わないかい? まず、依り代になった生き物や人の持つ能力を引き継いでる……。最初に登場した魔王の正体はゴブリンだったけど、魔法や闇のドラゴンのエレボスを使って攻撃してきた。オオカミ魔王の方は動物を操って攻撃させるのが得意だった。ルルは他の怪物はほとんど使わずに、自分が黒い風の犬になって襲ってきたよね。これは、依り代になった者が持っている力によって違ってくる部分だと思うんだ」
「それはその通りね」
とルルがうなずきました。
「ゴブリンは闇の怪物だから、基本的に闇魔法が得意だったし、闇の怪物たちにも強い支配力を持てたのよ。それに比べて、私は元が光の国の生き物だから、闇の怪物をうまく使えなかったわ。オオカミ魔王は、野生の動物だったから、同じ動物を操るのが上手だったみたいね」
「ユキオオカミを使ってきたり、バジリスクを使ってきたり、他にも熊やら鳥やらユキヒョウやら――ほんとに数え切れないほどの動物を繰り出してきたもんなぁ」
とゼンが腕組みして納得します。
そんなゼンに、フルートは尋ねました。
「それじゃ、逆に、どの魔王にも基本的に共通してる戦い方はなんだと思う?」
「あん? 魔王に共通してる戦い方――? 手から黒い闇魔法を撃ち出す魔弾か?」
「それもあるけど……もう一つの大きな特徴は、他人の持つ戦闘力を奪って使うことができる、ってことだよ。ゴブリン魔王は、天空の国の人たちの魔力をすべて奪ったし、海では海王や渦王の海の魔力を自分のものにした。オオカミ魔王はポポロの魔力やメールの花使いの力やルルの風の犬の力を奪った。魔王は、そうやって、自分をいっそう強力にすることができるんだ」
すると、ルルがまたうなずきました。
「それも、その通りよ。ただ、これも私はうまくできなかったの。きっと本物の魔王になっていたらできたんでしょうけど……」
そこへメールが口をはさみます。
「もう一人、その力を使わなかった魔王がいるよ。黄泉の門の戦いで復活してきたレィミ・ノワールさ。あの魔女は、自分の魔力だけで勝負を挑んできたよね」
すると、ポポロが言いました。
「それは、あの魔女があたしと勝負することを望んでいたからだわ……。一度、あたしと魔法で戦って負けたことがあったから、何がなんでも自分の魔力であたしたちを打ちのめしたかったのよ」
なるほど、と一同はまた納得しました。本当にプライドが高かった闇の魔女を思い出してしまいます――。
「デビルドラゴンは、実体のない影の存在だから、実際の力はほとんど持っていない」
とフルートは言いました。
「だから、あいつは依り代を求める。でも、強引に依り代を支配することもできなくて、相手の闇の心につけ込んで、自分を受け入れさせるように仕向けるんだ。奴のやり方は本当に巧妙で強力だけど、自分を強く持って心を譲り渡さないようにすれば、デビルドラゴンに乗り移られることはないんだよ」
フルートのことばに、今度はゼンとポポロがうなずきました。二人とも、デビルドラゴンに迫られて撃退した経験があるのです。ゼンは闇の声の戦いで、ポポロは薔薇色の姫君の戦いで――。ポポロにとっては、ついこの間の出来事でした。
「ワン、そのあたりにデビルドラゴンを倒す道があるのかなぁ」
とポチが首をひねると、ルルが考え込みながら言いました。
「世界中の人や生き物たちが心を強くして、デビルドラゴンを拒絶すれば、デビルドラゴンはもう魔王を生み出せなくなるし、闇の心から力を得ることもできなくなって、きっと弱って消滅していくと思うんだけれど……」
とたんにメールが肩をすくめました。
「そんなの、あり得るかい! 人が闇の心を持たないだなんて! ロムド城に集まってきた貴族たちを思い出してごらんよ。どうしようもなく身勝手で意地悪な連中が、掃いて捨てるほどいたじゃないのさ!」
うーん、と一同は頭を抱えてしまいました。メールの言うとおりです。人は必ず闇の心を持つものだし、普通はそういう部分の方がよほど強く表に出てくるのです。自分勝手で他者を陥れることばかり考えている人間たちは、特にそうです。
「世界中のヤツらを改心させて、光の世界をこの世に実現してデビルドラゴンを追い払う――なぁんて方法は不可能だってことだよな。そんなのは幻想だ」
とゼンがあっさりと言い切ります。フルートは苦笑いしましたが、それに異論は唱えませんでした。どんな奇跡が起きたとしても、世界中の人間が正義を守り他人を大切にする善人になるわけなどないことは、フルートもいやというほどよく知っていたのです。
すると、泉でずっと黙って彼らの話を聞いていた長老が話しかけてきました。
「その不可能を可能にする方法が一つだけあるぞ。願い石の戦いでフルートが手に入れた願い石を使うことじゃ」
少年少女たちは、ぎょっと長老を振り向きました。どの顔も青ざめています。ポポロが悲鳴のように叫びました。
「だめ! それだけは、絶対にだめです――!」
行ってしまおうとする人を引き止めるように、隣にいたフルートの腕をつかんで、ぎゅっと強くしがみついてしまいます。フルートが面食らったように、ちょっと赤くなりました。
泉の長老は少しもあわてませんでした。静かな声で話し続けます。
「北の大地の戦いの後、そなたたちは堅き石を求めてジタン山脈へ旅をした。だが、それは願い石と巡り会う旅でもあったわけじゃ。魔石同士は惹き(ひき)合う。フルートの持つ金の石が、願い石を呼び求めておったからの……。願い石は、どんな不可能な願いでも、たった一つだけ、かなえて現実のことにする魔力を持っている。その魔力で、金の石は勇者と共に大いなる光になり、束の間、世界中を聖なる光で充たして、デビルドラゴンを消滅させようと考えたんじゃ。願い石ならば、それができる。デビルドラゴンを倒す手段として、現在たった一つ知られているのは、その方法だけなのじゃ」
「だとしても――!」
ゼンが乱暴に言い返しました。
「俺たちは絶対にフルートにその方法を使わせねえぞ! 願い石にデビルドラゴンの消滅を願ったら、ひきかえに、こいつと金の石も消滅しちまうんだからな! やらせるか! 絶対に、こいつは死なせねえぞ!」
他の仲間たちもいっせいに大きくうなずきました。ポポロがますます強くフルートの腕を抱きしめます。
すると、泉の長老がまた言いました。フルート一人に向かって、静かにこう言います。
「金の石の勇者は世界を闇から守るための存在じゃ。その定めにある勇者なのじゃよ――」