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第9巻「仮面の盗賊団の戦い」

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第2章 話し合い

4.歴戦・1

 ロムド国の西に広がる大荒野。その中にぽつんと存在する魔の森の泉のほとりに、勇者の少年少女たちが集まっていました。食事を終え、後片付けもすんで、今は話し合いを始めようとしているところでした。

「さて、それじゃいよいよ旅の計画だな。行き先はどこだ?」

 とゼンが言ったので、メールが肩をすくめました。

「せっかちだね。それを決めるのに話し合いをするんじゃないか」

「どこに行くのも自由ってのは、かえって行き先を決めにくいものよねぇ」

 とルルも言います。

 フルートは考える顔をしました。

「ぼくたちの目的ははっきりしてる。世界中を恐怖と絶望で支配しようとしているデビルドラゴンを倒すことだ。でも、その方法がまだわからない。それを見つけるために旅をするんだ」

 さっきまで幸せと不安の狭間で大揺れに揺れていたフルートは、ゼンに励まされて、今はもうすっかり落ちついた表情になっていました。穏やかですが確実な口調で話し続けます。

「それには、ただ闇雲に歩き回ってもだめだろうと思うんだ。デビルドラゴンに勝つ方法の予想を立てて、それを探しに行かなくちゃいけないんだよ。そのために、これまでの戦いを振り返ってみよう。何か奴を倒す手がかりが見つかるかもしれないから」

「ワン、これまでのおさらいですか。いいですね」

 とポチが尻尾を振りました。ポポロも黙ってうなずきます。

 そこで、一同は泉の岸に座り込んで話を始めました。泉の水面では、ずっと泉の長老が彼らを見守り続けています――。

 

「そもそも、始まりはこの魔の森の泉だったんだ」

 とフルートが口火を切りました。

「金の石の勇者のことは、伝説としてぼくたちの町に伝わっていたし、この金の石のことも知られていたけど、その本当の目的は誰も知らなかった。有名になりたい人や、金の石の不思議な力を手に入れたい人がたくさん魔の森にやってきたけど、誰も泉までたどり着けなかったんだ」

「すべてわしが追い返したからの」

 と泉から長老が口をはさんできたので、フルートはちょっと笑いました。三年半前、大怪我をして死にかけたお父さんを助けるために、フルートは金の石を求めて魔の森に入り込みました。その時、どんなふうに長老から追い返されそうになったか思い出したのです。

 ポチが言いました。

「ワン。でも、フルートは金の石を手に入れることができたんですよね。他の誰にもできなかったことを、フルートがやりとげたんだ」

 フルートは穏やかに首を振りました。

「ぼくの力じゃないよ。金の石の方で、ぼくを選んだんだ。どうしてぼくなんかを勇者にする気になったのか、ぼくにはわからないんだけど――」

 言いながら胸の上のペンダントを見ます。ペンダントの真ん中では小さな石が金色に光っています。生き物のように自分の意志をもった魔石で、本当の名前は聖守護石と言います。小さな少年の姿で現れることもありますが、このときには石の精霊の少年は姿を見せようとしませんでした。

 すると、ゼンが言いました。

「なんでおまえが勇者に選ばれたのか、俺たちはわかるような気がするけどな。金の石の勇者ってのは、世界中の人や生き物を守る勇者だ。本当にとことんお人好しでなくちゃできねえし、おまえみたいなどうしようもないお人好しは、二千年に一人もいねえんだからな」

「それ、どういう意味さ」

 むっとしたようにフルートが聞き返しました。

「別に。言ったとおりの意味だ。でもまあ、とにかく先に進もうぜ。おまえは金の石の勇者になった。そして――黒い霧の沼の戦いが起こったんだよな」

「ワン、この戦いでゼンとぼくがフルートと出会ったんですよ」

 とポチが得意そうに尻尾を振ります。

 

「このロムド国を突然黒い霧がおおったのは、ぼくが金の石と出会って二ヶ月後のことだった」

 とフルートはまた話し出しました。

「ずっと太陽が顔を出さなくなったのも大変だったけど、霧には闇が含まれていて、その影響で、国中の人や生き物がおかしくなり始めたんだ。それで、国王陛下は金の石の勇者をロムド城に呼んだ。城の一番占者のユギルさんが、その霧を払えるのは金の石の勇者だけだ、って占ったから――」

「ユギルさんは金の石の勇者が闇から世界を救うことも占いで知ってたんだろ? それで、ロムド王の側近だったゴーリスがシルの町まで来ていたんだよね?」

 とメールが言ったので、フルートはまたちょっと笑いました。思い出し笑いです。

「そう。でも、そんなにすごい人だなんて、ぼくたちは全然知らなかったんだ。あの頃のゴーリスはいつもお酒ばかり呑んでいて、だらしなく酔っぱらってるか、すごく怖そうな顔で町の中や外をふらふらしてるかの、どっちかだったから。ゴーリスは、魔の森から金の石の勇者が現れるのを待ってたんだよな。本当に、十年もの間ずっと……」

 ふっと、フルートは口をつぐみました。

 勇者は時が至らなければ現れない存在でした。ゴーリスが待ち続けた十年間、フルートもシルの町でずっと暮らしていて、ゴーリスとは何度も顔を合わせていたのですが、お互いにまさかそんな巡り合わせになっているとは夢にも思わなかったのです。どうしようもないことだったとわかっていても、もう少し早く自分が勇者として覚醒していたら、ゴーリスが無駄に待つ時間だって短くなったのに……と思わずにはいられないのでした。ゴーリスは、その十年間、婚約者をずっと待たせ続けていたのですから。ことばにできないものが心にのしかかります――。

 すると、ゼンがフルートの頭を小突きました。

「こら、根暗野郎! 感傷に浸るのは後にして、さっさと先を話せよ。全然進まねえだろうが!」

「なんだと――!?」

 フルートが顔を赤くしました。普段は穏和なフルートですが、親友のゼン相手には、けっこう文句を言ったり怒ったりするのです。

「はいはい、先、先!」

 とメールが笑いながら促しました。ポポロや犬たちも、喧嘩をするほど仲がよい二人を笑って見ています。

 

 フルートは口を尖らせながら話を続けました。

「国の南の湿地帯で霧を発生させていたのはメデューサだった。闇の神殿と呼ばれる廃墟があって、そこで闇の卵をかえそうとしていたから、それをゼンとポチとぼくとで壊したんだ」

「そうそう。フルートの金の石と俺の光の矢でな。白い石の丘のエルフが、俺たちに知恵と道具を貸してくれたんだよな」

 とゼンがまた口をはさみます。一番最初の彼らの冒険です。思い出して、本当に得意そうな顔になっています。

 すると、ポチが考える顔になって言いました。

「ワン、あの頃はまだ知らなかったけれど、ぼくたちが壊したのは、デビルドラゴンの卵だったんですよね――。闇の竜は二千年前の戦いで世界の果てに幽閉されたけれど、少しずつ力を蓄えていて、この世に復活するために、メデューサに闇の卵を育てさせていたんだもの」

 フルートも真剣な顔になりました。

「うん、そうだ……。たくさんの生き物や人の命を呑み込んで育っていた卵だった。あのまま卵がかえっていたら、もうどうやったって、ぼくたちに勝てる方法はなかった、って白い石の丘のエルフからは言われたよね……。今、ぼくたちが戦っているのは、卵が壊れたときにこの世界に入り込んだ、影の存在のデビルドラゴンだ。実体のデビルドラゴンを消滅させることは難しくても、影をこの世から消すことは、きっとできるんじゃないかな」

 仲間の少年少女たちはうなずきました。そう考えれば、不可能のような彼らの挑戦にも、希望の光が見えてくる気がします。

 

「その次は風の犬の戦い――。あたしはこの時から仲間になったのよ」

 とポポロが言いました。いつもおとなしい彼女には珍しく、頬を紅潮させて瞳を輝かせています。強すぎる魔力に振り回されて周りから叱られてばかりいたポポロは、自分に自信というものがまったくありません。いたたまれなくなって天空の国から逃げ出してしまったのですが、フルートやゼンたちと出会い、エスタ国や天空の国を救うために魔王と戦ううちに、ほんの少し勇気を出せるようになったのです。

「で、その後、生き延びて海に逃げ込んだ魔王と戦ったのが、謎の海の戦いだね。あたいがあんたたちに出会った時だ」

 とメールが続けます。その嬉しそうな顔に、ゼンが苦笑いします。

「ああ。ほんとに跳ねっ返りでどうしようもねえヤツだったよな、おまえ。王女のくせに軍勢に紛れ込んで戦いにくっついてきちまうし、親父の渦王とは大喧嘩やらかすし。こっちは、はらはらのし通しだったぞ」

「あ、何さ、その言い方! あたいは戦士だよ。ちゃんと決戦の時にも役に立ったじゃないのさ!」

「どこが。足手まといになってることのほうが多かったぞ、おまえ」

「なんだってぇ!?」

 今にも喧嘩を始めそうな二人に、ポチがあきれたように首を振りました。

「ワン、いいじゃないですか。そのおかげで、メールはぼくたちの仲間になれたんだから。それに、そういう行動的なところがメールの魅力ですよ。メールが渦王の城でおとなしくしてるようなお姫様だったら、ゼンだってメールを好きになったりしなかったでしょう?」

「お――な、な、なんだと、この生意気犬!!」

「や、やだな、ポチ。言うじゃないのさ」

 ゼンとメールが真っ赤になってうろたえたので、フルートが声を上げて笑い出しました。この野郎! とゼンが照れ隠しにフルートの頭を殴ります。それを見て今度はポポロが笑います。

 フルートは兜越しにゼンに殴られて少々頭に響いていましたが、思わずにっこりしてしまいました。ポポロは明るく笑っています。その屈託のない笑顔が、何より嬉しく思えたのです。ゼンとメールが仲むつまじくするたびにポポロが淋しい顔をしたのは、もう昔のことです……。

 日差しの降りそそぐ金の泉のほとりに、暖かな時間が流れていました。

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