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第9巻「仮面の盗賊団の戦い」

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3.祝宴

 やがて、マグロは勇者の一行にいとまごいをしました。

「では、私はこれで失礼いたします。皆様の上に大いなる海と空の守りがありますように」

 メールはうなずき返しました。

「ここまで送ってくれてありがと。父上に追及されたら、あたいに脅かされて無理やり魔の森まで運ばされた、って言うんだよ」

 と渦王の命令に背いてしまった魚を心配します。マグロは、わかりました、と言って水に潜ると、そのままもう戻ってはきませんでした。泉の底の魔法のトンネルをくぐって、海へ帰っていったのです。

 

 澄んだ水の底に黒い魚の姿が見えなくなると、少年少女たちは立ち上がって互いを見ました。金の鎧兜のフルート、毛皮の上着を着て弓矢を背負ったゼン、黒っぽいコートを着たお下げ髪のポポロ、袖無しシャツに半ズボン姿の長身のメール、そして、白い子犬のポチと茶色い毛並みの雌犬のルル――。いつもの仲間がそこに集合しています。

 すると、彼らは誰からともなく小さく吹き出しました。やがて、全員が声を合わせて笑い始めます。

「とうとうみんな揃ったね」

 とフルートが嬉しそうに言うと、メールがうなずきました。

「いよいよ世界に出発だよ。素敵じゃないのさ!」

「何が起きるかしら?」

 とルルが言いました。心配しているのではなく、旅の始まりをわくわくと楽しみにしている声です。ワン、とポチがほえました。

「何が起きたって、きっと大丈夫ですよ。だって、この顔ぶれだもの」

 まだ年若くても、彼らの持つ能力と戦闘力は半端ではありません。彼らは金の石の勇者の一行なのです。

 ポポロも笑顔でうなずいています。

 

 すると、ゼンが言いました。

「これからの旅の打ち合わせをするのは当然だけどよ――その前に食事にしねえか? まずは食え、だ。祝宴と行こうぜ」

「祝宴!?」

 と一同は驚きました。いったいなんの? と聞き返してしまいます。

 ゼンは、にやりとしました。

「もちろん、新年のお祝いだ。年が明けて三日たっちまったけど、まだ充分新年のうちだろう。それと、俺とフルートの誕生祝いも一緒だ。俺は今月の半ばには十五歳になるし、フルートは先月のうちに誕生日が来て十五になってたからな。薔薇色の姫君の戦いでばたばたしていて祝い損ねたから、ついでに今やっちまおうぜ」

 笑いながら指さす先の空き地で、たき火が燃えていました。その上で鍋がぐつぐつと音を立て、火の熱が届く地面には鳥の丸焼きがいくつも棒に刺して突き立ててあります。鳥はもうこんがりと色よく焼き上がっています。

 思わず歓声を上げた仲間たちに、ゼンは得意そうに続けました。

「ここに到着するまで猟をしながら来たんだ。丸焼きは鴨(かも)だ。脂がのってるぞ。ついでにケーキも焼いてある。夏の間に作った干しアンズが焼き込んであるから、うまいぞ」

 ゼンは少年ですが、もう一人前の猟師です。しとめた獲物は自分でさばいて調理するので、料理人としての腕前もなかなかです。仲間たちはまた歓声を上げました。皆、家を出る前に朝食はすませてきましたが、それでも盛大に腹の虫が鳴きました。

 

「ねえさぁ、誕生祝いは今回だけのつもりかい? あたいの誕生日は三月なんだけど」

 とメールがゼンに言いました。文句をつけるような口調です。

 すると、ルルとポチも言いました。

「あら、それなら私の方が早いわ。私は来月十六歳になるのよ」

「ワン、ぼくは六月が誕生日ですよ。十二歳になるんです」

 フルートもポポロを見て言いました。

「君は十一月が誕生日だったよね。まだもう少し先のことだけど」

 口々にそれぞれの誕生月を言いながら、期待の目でゼンを見つめます。

 ゼンは叫ぶように答えました。

「ああ、わかったわかった! おまえらの誕生日の時にも、ちゃんとまたごちそうを作って祝ってやるよ。それでいいんだろう!?」

「そう来なくちゃ!」

 仲間たちは三度目の歓声を上げました。笑い声がはじけ、泉のほとりに明るく響き渡りました――。

 

 祝宴はとても楽しいものになりました。

 ゼンが鳥やケーキを切り分け、シチューを全員に配ります。

「へへ、北の大地で食ったウィスルの豆シチューをまねて作ってみたぞ。ユキエンドウやトナカイの肉は手に入らなかったから、普通のエンドウ豆と鹿の燻製肉を使ったけどな。けっこう近い味になったぜ」

 とゼンがまた得意そうに講釈します。

 料理はどれも味が上々で、しかも、たっぷりとありました。少年少女たちは舌つづみうち、何度もおかわりをしては、賑やかにしゃべり笑い合いました。どの顔も本当に明るくて屈託がありません。これから当てのない旅に出るというのに、不安を感じている様子もまったく見えません。彼らは互いの力を知っています。どれほど困難に思える旅でも、みんな一緒にいればきっと大丈夫だと信じているのです。

 泉の長老は水の上に立ち続けていました。ゼンは長老にも料理を勧めたのですが、わしはそなたたちと食べるものが違うから、と言って、ただ食事をする少年少女たちを見守っています。水の色をしたその瞳は深く優しいまなざしをしていました。

 

 ところが、やがてふと顔を上げたルルが、驚いた声を出しました。

「あら、フルートは!?」

 いつの間にか、金の鎧兜の少年が仲間たちの間から姿を消していました。誰も気がつかないうちに泉のほとりからいなくなっていたのです。

 一同は飛び上がりました。半月ほど前、ロムド城で、フルートがたった一人で行ってしまおうとした時のことを思い出して、全員が真っ青になります。

「フルート! フルート――!?」

 すると、泉の上から長老が森の茂みを静かにさし示しました。

「フルートはあそこじゃよ」

 仲間たちはいっせいにそちらへ駆け寄り、茂みの向こう側をのぞき込んで、思わずはっと足を止めました。

 そこにはフルートが座り込んでいました。鎧を着た背中を向けて、片膝を抱えています。何かを考え込んでいるようですが、その後ろ姿がいやに淋しげに見えて、仲間たちは声がかけられなくなりました。とまどって顔を見合わせてしまいます。

 

 ゼンが他の者たちにそこで待つように合図をして、茂みを越えていきました。

「どうした、フルート? 急にいなくなるから、みんな心配してるぞ」

 と話しかけます。

 フルートはちょっと顔を上げて、横に立つ親友を見上げました。

「別に願い石を呼び出そうとかしてるわけじゃないよ……大丈夫さ」

 と薄い苦笑で答えます。その顔がやっぱり淋しそうで、ゼンは見つめ返してしまいました。隣に座りながら、それじゃどうした? と改めて尋ねます。

 フルートは少しの間、何も言いませんでした。ゼンも黙っていました。フルートは自分の想いを口にすることが苦手です。こんな時にはフルートが自分からことばを見つけて話し出すまで待つしかないのだ、とゼンは知っていたのでした。

 やがて、フルートがぽつりと言いました。

「怖くなったんだよ……」

「怖い?」

 ゼンは驚きました。フルートがこれから出発する旅や闇の敵を恐れているのでないことは、聞くまでもなくわかります。見た目は小柄で穏やかでも、人々を守るためになら、フルートは信じられないほど勇敢になるからです。自分の命を惜しむことさえしません。

 すると、フルートはまたしばらく黙り込み、ためらうように、こう言いました。

「なんだか、本当に幸せだからさ……こんなに幸せでいていいのかな、って……」

 ゼンはさらに驚きました。

「なんだよ、それ? 俺たちが幸せでいちゃいけねえってのかよ!?」

「君たちはもちろんいいんだよ。でも、金の石の勇者はね……」

 そこまで言った後は、また薄い苦笑を浮かべて黙り込んでしまいます。膝を抱えたまま森の奥を眺めるフルートは、やっぱりとても淋しそうに見えました。

 

 ゼンは、どん、と乱暴に地面を拳でたたきました。友人をにらみつけて言います。

「どこのどいつだ、そんな寝ぼけたことをぬかしやがるのは!? なんで金の石の勇者が幸せになっちゃいけねえんだよ!?」

「言われたわけじゃないよ。ただ……今までがずっとそうだったからさ」

 とフルートは答え、すぐには意味が呑み込めずにいるゼンに、静かに笑いながら話し続けました。

「思い出してみてよ……。ぼくらが何かを楽しもうとすると、いつだってそれが邪魔されたじゃないか。北の峰の山小屋に集まった時には、女の子たちを北の大地にさらわれたし、ジュリアさんの懐妊のお祝いに行った時には王宮の陰謀に巻き込まれた。出産のお祝いに行った時には――ついこの間だったよね――君を黄泉の門に連れ去られそうになったし。いつだってそうなんだ。ぼくたちが楽しむために集まろうとすると、必ず何かが起きる。それも、とんでもなく危険な事件ばかりだ。まるで……金の石の勇者は、そんな自分の楽しみや幸せを求めてはいけないんだ、と言われてるみたいにさ」

 ゼンはたちまち顔を怒りに染めました。前より激しく地面を殴りつけます。

「そんなはずあるか、馬鹿!! ただの偶然だぞ!」

 すると、フルートはさらに静かな声になって続けました。

「ロムド城で、占者のユギルさんが言っていたんだよ……。この世には大きな意志のようなものが宿っていて、それが世界を動かすことがあるんだ、って。それは光でも闇でもなくて、ただ、こうするように、っていう定めを人に示してくるらしい。……ぼくだってさ、自分の幸せを探そうとしたことはあるんだ。闇の声の戦いの後、ぼくたちだって自分自身を幸せにしていいよね、ってルルと約束して。だけど」

 フルートの顔がふいに歪みました。自分の膝を堅く抱え込み、じっと森の奥をにらみながら、うめくように一言つぶやきます。

「ロキを死なせちゃったんだ――」

 

 ゼンは思わずことばを失いました。茂みの後ろで見守る他の仲間たちも、どきりとします。

 ロキは北の大地で出会った闇の民の少年です。小ずるくひねくれたふりをしていても、本当はとても素直で甘えん坊な彼でした。姉を助けようとフルートたちと共にひたすら北を目ざし、オオカミ魔王と戦い、彼らを守るために聖なる光の中に消えてしまったのです……。

 フルートは話し続けていました。その声には嘆きも悲しみもありません。

「いつでもそんなふうだから、それが定めなのかと思っていたんだ。金の石の勇者はみんなの幸せを守るのが役目だから、自分が幸せになろうとすると、とたんに罰を受けるんだろう、って……。金の石の勇者としての役目を果たせ、って言われてるような気がしていたんだよ」

 ゼンはますます何も言えなくなりました。フルートは深く静かな顔をしています。もう本当に長い間、そんなふうに考え続けていたのです……。

 

 すると、フルートが急にくすりと笑いました。抱えた膝を見つめながら続けます。

「ぼくは今、ものすごく幸せなんだよ。これからどこへ行くのかもわからない、霧の中にいるような状況なんだけどさ、ぼくには君たちがいて、一緒に旅をしていくことができる。デビルドラゴンを倒すその時まで、ずっと一緒なんだ。きっと大変な旅にはなるんだろうけど、それでも嬉しくて嬉しくて――だから――怖くなったんだ。こんなに幸せに感じていて大丈夫なんだろうか、って……」

 傷つきやすい少年の横顔が、幸せと不安の間で揺れ動いていました。感じる幸せが大きければ大きいほど、不安も強くなってしまうのです。

 ゼンは親友を見つめ続けました。そんなのは考えすぎだ、と言ってしまうのは簡単です。けれども、フルートは金の石の勇者です。背負っているものは、確かに、常人には計り知れないほど大きくて重いのです……。

 

 しばらく考えてから、ゼンは口を開きました。

「幸せは千の顔を持つんだぜ」

 フルートは不思議そうな顔をしました。意味がわかりません。

「俺たちドワーフのことわざだよ。幸せってのは誰にでも訪れる、っていう意味だ。たとえ貧乏人だろうが金持ちだろうが、いいヤツだろうが悪党だろうが、子どもだろうが大人だろうが、年寄りだろうが、どんなヤツにだって幸せは顔を向けてくれるんだ。幸せの女神には一万の顔、なんて言うこともある。ま、ホントにそんな女神がいたら不気味だけどな」

 と茶目っ気のあるしぐさで肩をすくめて見せてから、ゼンはまた続けました。

「とにかく、幸せってヤツはえこひいきなんかしねえ。それが幸せだとわかる心さえあれば、ちゃんと誰にだって幸せは来るんだ。おまえは世界一幸せになりたい、なんて欲張ったりはしてねえだろ? 仲間といつも一緒にいて楽しく過ごしたい、って考えてるだけだ。そんなのは願って当然の幸せだぞ。誰だって幸せになっていいんだ。金の石の勇者だって、それは同じなんだよ」

 フルートは目をそらしました。不安そうな顔が、そうなんだろうか、ととまどう気持ちを伝えています。ゼンは苦笑しました。本当に、いつも全然自分を大切にしようとしない友人です……。

 少し考えた後で、ゼンはまた話し出しました。

「俺は、めいっぱい幸せってヤツを求めるぞ。確かに俺たちは金の石の勇者の一行だから、厳しいこともつらいことも山ほど起こるし、最後にはデビルドラゴンと一騎打ちして、こっちが負けちまうのかもしれねえけどよ――」

 フルートが、はっとしたようにゼンを見ました。フルートにとって、仲間たちは何よりも大切な存在です。真っ青になってそれを否定しようとします。

 ゼンはまた苦笑いしました。

「やっぱり俺たちのことを心配してやがったな。俺たちがどうにかなりそうで、それで怖かったんだろう。相変わらずだなぁ、おまえは――。ま、とにかくだ、そんな可能性があるんなら、さらに一生懸命幸せを探すべきだと俺は思ってんだよ。確かに、俺たちは普通のヤツらより長生きできないかもしれねえ。デビルドラゴンと戦って死ぬのかもしんねえ。だったら、なおのこと俺たちは幸せでいなくちゃならねえんだよ。そうすれば、死ぬときにだって、ああ、幸せな人生だったな、って満足して逝けるじゃねえか」

 フルートは親友を見つめてしまいました。何も言うことができません。ゼンは少しも陰りのない、明るい瞳をしています。

 

 すると、ゼンが今度は、にやりと笑いました。茶目っ気たっぷりの顔でこう続けます。

「とは言え、本当はデビルドラゴンに殺されてやるつもりなんか毛頭ねえけどな。最後に勝つのは俺たちだ。絶対にあの鬱陶(うっとう)しいヤツをぶっ飛ばして消滅させて、で、平和になった世界で俺たち全員も幸せになってやるんだ。目ざすは大団円、超ハッピーエンド! 何がなんでも、そこまでたどり着いてみせるから、そこんとこ、おまえもよく覚えとけ!」

 あきれるほどに前向きで、力に充ちたゼンのことばでした。

 とうとうフルートも吹き出しました。声を上げて笑いながら言います。

「うん、いいな……。超ハッピーエンドを目ざそう。みんなで幸せになっていこう。ぼくはもう誰も死なせない。そのために旅に出るんだ」

「おう。で、幸せになっていく中には、おまえもしっかり入っているんだからな、フルート。俺たちだって、絶対におまえを死なせねえぞ。幸せになるのは、みんな一緒なんだ。定めがなんだ。くそくらえ! 誰だって――金の石の勇者だって誰だって、幸せになっていっていいんだよ」

 うん、とフルートがうなずきました。笑顔のまま、そっと親友の広い肩にもたれかかります。ゼンはそれに腕を回して抱き寄せました。やっぱり笑顔で言い続けます。

「幸せを探していこうぜ。今度こそ、本気でな。みんな一緒なんだ。絶対に見つかるに決まってる」

 うん、うん、とフルートはうなずきました。まるで自分自身に言い聞かせるように、何度も何度も……。

 

 メールとポポロ、そしてルルとポチが、茂みの陰からそんな二人の様子を見守り、会話を聞いていました。黙って顔を見合わせると、うなずき合って、少年たちと一緒に笑顔になります。

 泉のほとりには日差しが降りそそぎ、花が咲き、蝶が舞っていました。緑の梢がざわめき、小川がせせらぎの歌を歌い続けます。一歩その外に出れば、広がっているのは、雪が降り大地が凍りつく、厳しい真冬の世界です。けれども、ここには確かに明るい希望の季節があるのでした。

 さわやかな風が、勇者の少年少女たちをなでながら吹き過ぎていきました――。

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