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第9巻「仮面の盗賊団の戦い」

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2.少女たち

 空から魔の森へ白い生き物が急降下してきました。蛇のようにとぐろを巻きながら、金の泉のほとりに下り立ちます。

 とたんに、ごうっと風が巻き起こり、周囲の木々が激しく揺れ出しました。やってきた生き物は、頭と前足こそ犬の形をしていますが、半ば透き通っていて、十メートル以上もある長い体をしています。体全体が風でできているのです。その中を白い霧のようなものが揺らめきながら流れていきます。風の犬と呼ばれる魔獣でした。

 と、その体が急に縮み始めました。巨大な異国の竜のような姿から、あっという間に普通の犬になってしまいます。長い茶色の毛並みの中に銀色の毛を光らせた、綺麗な雌犬です。それと同時に、森に吹き荒れていた風もやみました。木々のざわめきが収まっていきます。

「ワンワン、ルル、待ってましたよ! 会いたかった!」

 子犬のポチが嬉しそうに雌犬に駆け寄っていくと、雌犬は、ふふん、といかにも年上らしい笑い方をしました。

「大げさねぇ、ポチ。ロムド城で別れてから、まだ半月もたってないじゃないのよ」

 と人間の少女の声で答えます。この雌犬は天空の国のもの言う犬で、ポチと同じように人のことばで話すことができるのでした。

 雌犬は首に銀糸を編み上げたような細い輪をはめていました。同じような首輪をポチもつけていますが、首輪にはまった石の色が違います。ルルの石は青、ポチの石は緑です。風の首輪と呼ばれる魔法の道具で、この力で二匹は風の犬に変身することができるのでした。

 

 ルルのかたわらには一人の少女が立っていました。赤い髪をお下げに結い、黒っぽい灰色のコートを着込んでいて、はにかむように少年たちを見つめています。宝石のような緑色の瞳の、かわいらしい少女です。天空の国の魔法使いのポポロでした。

 少女を見たとたん、フルートが顔を赤らめました。何も言おうとしません。ポポロの方も、頬をぱっと赤く染めると、恥ずかしそうにうつむきました。そんな二人に、ゼンがあきれた声を出しました。

「なに二人で照れてやがんだ。そらフルート、久しぶりでまた会えたんだぞ。ポチみたいにポポロに駆け寄って、抱きしめてやれよ」

「えっ」

 フルートは本気でうろたえました。久しぶりって、たった半月足らずじゃないか、と、さっきルルが言ったことを焦って繰り返します。一方の少女の方も、髪の色と同じくらい赤い顔になって、一歩二歩と後ずさってしまいます。

 前回の薔薇色の姫君の戦いで、ポポロはようやくフルートに告白することができました。ところが、フルートは遠慮深くて物静かだし、ポポロの方は極端に引っ込み思案な性格をしています。想いが通じ合った後でも、なかなか積極的にはなれません。

「ほんとにもう。この二人ったら、相変わらずよね」

 とルルは頭を振りました。ルルにとって、ポポロは幼いときから一緒に育った妹のような存在です。好き合っているのになかなか進展しない二人に、ひどくじれったい想いをしているのでした。

 

 すると、泉の長老が話しかけてきました。

「両親はそなたを快く送り出してくれたようじゃの、ポポロ」

 ポポロはすぐに泉を振り返ると、老人に向かって丁寧におじぎをしました。ルルも一緒になって頭を下げます。

 泉の長老はポポロの真新しいコートを見ていました。

「それはそなたの母上の手作りじゃな。母の愛が込められておる」

 たちまちポポロはにっこりしました。

「はい。魔法は使わないで、お母さんが自分の手で縫って作ってくれました。――とっても暖かいんです」

 とドレスを広げるように、両手でコートを広げて見せます。襟元にリボンがあるだけで余計な飾りはまったくついていませんが、一針一針丁寧に縫い上げられています。

 すると、その拍子に、コートの下に着込んだ服が見えました。それが赤い上着とスカートという格好だったので、少年たちは驚きました。

「ポポロ、その服!?」

「黒くないじゃねえか!」

 ポポロたち天空の国の魔法使いは、普段、星空の衣と呼ばれる長衣を着ています。夜のように黒い生地に星のきらめきが宿った美しい服で、着ている者を魔法から守る力があります。ポポロは魔力が強すぎるので、自分の魔法の影響を受けてしまわないためにも、星空の衣は絶対に必要なのですが――。

 すると、ポポロがまた笑いました。かわいらしい笑顔が広がります。

「これ、星空の衣よ。でも、黒い色をしているとあたしが魔法使いだとすぐにわかってしまって良くないだろうから、って、お父さんが魔法で色と形を変えてくれたの」

「この他にも何通りかの色やデザインに変わるのよ」

 と足下からルルが得意そうに言い添えます。ポポロのお父さんは強力な魔法使いです。長旅に出る娘を想って、守りの魔法を服にかけてくれたのでした。

 へぇ、と少年たちは感心しました。フルートが、また顔を赤らめながら言います。

「黒い星空の衣も綺麗だけどさ、その格好もかわいいよ。よく似合ってる」

 ポポロもまた真っ赤になると、ありがとう、と恥ずかしそうにつぶやきました。そのまま近づくことも離れることもできずに、二人ただ向き合ってたたずんでしまいます。

「ったく、いい加減にしやがれ」

 とぼやいたゼンに、ポチが笑いました。

「ワン、妬かない妬かない。メールだってもうすぐ到着しますよ」

「こ、この野郎! 俺が言ってんのはそういう意味じゃねえぞ! メールなんか関係ねえ――」

 

 とたんに、ぴんと張った弓弦(ゆづる)のような声が泉の上に響き渡りました。

「なに? あたいなんかが、どうしたってのさ!?」

 澄んだ水の中から少女の頭が出てきて、しぶきを飛ばします。きらめきながら泉に落ちるしずくの中、海の色の瞳が燃えながらゼンをにらみつけてきます。驚くほど美しくて気の強そうな顔をした少女です。

 ゼンは思わず赤くなると、怒った口調で言いました。

「変なところだけ聞きつけるんじゃねえや、馬鹿。到着してたんなら、早く上がってこいよ」

 泉から現れたのは、西の大海を治める渦王(うずおう)の一人娘のメールでした。海の民を父に、森の民を母に持つ彼女は、水の中を魚のように泳ぎ回り、花使いの魔法を使うことができます。後ろ手に束ねた長い髪は森の民譲りの緑色です。

「馬鹿とは何さ、馬鹿とは。ホント、ゼンは口が悪いんだからさ」

 とメールがぷりぷりしながら泉の岸に上がってきました。小柄な少年少女たちの中、メールだけは一人長身です。冬だというのに、花のように色とりどりの袖無しのシャツにうろこ模様の半ズボン、足には編み上げのサンダルという格好をしています。とても痩せていますが、それでも体のあちこちが丸みやふくらみを帯びて、年頃の娘らしくなり始めていました。

「メール!」

 とポポロが笑顔で駆け寄りました。他の仲間たちも嬉しそうにメールに挨拶します。メールはたちまち機嫌を直すと、にこやかに仲間たちに話しかけました。

「フルートもポチもルルも変わりなかったね。ポポロは素敵な服を着てるじゃないのさ。お母さんたちに準備してもらった? へぇ、良かったじゃないか」

 海の王の娘だというのに、メールのことばづかいは少しも王女らしくありません。しぐさも、なんだか元気の良い少年のようです。

 

 すると、今度は黒い魚が水から顔を出して、人のことばで話しかけてきました。

「おはようございます、勇者の皆様方。お久しぶりです」

「マグロくん!」

 フルートたちはまた歓声を上げました。泉の岸に膝をついて、大きな魚にかがみ込みます。

「久しぶりだね。君も元気そうで良かった」

 このマグロは渦王に仕える魔法の魚で、二年前の謎の海の戦いの時に一緒に魔王と戦った友だちなのです。

 ゼンが笑いながら話しかけました。

「またメールを海から連れてきてくれたんだな。いつもありがとよ」

 すると、マグロが微妙な表情をしました。変わるはずのない魚の顔が、なぜだか苦笑を浮かべたように見えます。

「お連れしたというか……正確には、脱出のお手伝いをしたんですが」

「あん? なんだよ、それ?」

 意味がわからなくてゼンが聞き返すと、メールが答えました。

「あたい、父上と喧嘩してきたんだよ。父上ったら、あたいがみんなと一緒に世界に旅に出るって言ったら猛反対してさ。しまいには海底の岩屋にあたいを閉じこめようとするんだもん。頭にきて、マグロに頼んで島を抜け出してきたんだよ」

 と尖った声で話します。メールが着いた早々ゼンに機嫌悪く当たっていたのは、それが原因だったのです。

 ゼンはあきれました。

「相変わらずだなぁ、おまえら。いいのかよ。この後、当分家には帰れねえんだぞ」

「かまわないさ。あんな横暴親父、知るもんか! あたいの言うことを全然聞こうとしないんだからさ。もう顔も見たくないよ!」

 メールと渦王は決して仲の悪い親子ではありませんが、二人ともよく似た激しい気性をしています。一度ぶつかると猛喧嘩になってしまって、なかなか収集がつかなくなるのです。

 

 クーン、とポチが考え込みました。

「やっぱり原因はあれかもしれないですね。メールは東の大海の王子様と婚約してたのに、それをふって、ゼンの方を選んじゃったから」

「お――俺のせいだって言うのかよ!?」

 ゼンがたちまち真っ赤になります。

 すると、メールがふくれっ面で言いました。

「そんなとこだろうね。あたいが海を離れるのは許さない、って父上は言うんだよ。逆に、ゼンを島に連れてこいってさ。渦王の修業がどうとか結婚式がこうとかいう話もしてたよ」

 メールたち海の民は十四歳になると結婚することができます。メールは間もなく十五です。海の皇女として、次の渦王になる男性と結婚して婿を取る役目があるのでした。

 ゼンは憮然としました。

「ちぇ、俺は北の峰の猟師だぞ。渦王なんかに誰がなるか。勝手に決めるんじゃねえや」

「あたいにそれを言ったってしょうがないだろ。直接父上に会って、そう言いなよ」

「でも、そうすると、渦王とゼンで、ものすごい喧嘩になりそうじゃない?」

 とルルが言いました。メールに劣らず短気で喧嘩早いゼンです。絶対にただでは収まらないでしょう。ゼンはますます苦い顔になりました。

「当分海には近づかねえぞ。うっかり海辺に行ったら、渦王から津波攻撃を食らわされそうだからな」

 すると、ずっと黙って話を聞いていた泉の長老が、穏やかに口をはさんできました。

「さて、それはどうかの。大陸は必ず海に囲まれておる。この世界の三分の二は海じゃ。その海に近づかずに世界を旅することが、はたしてできるかどうか。それに、いずれゼンは渦王の島に行くことになると思うぞ。それも、自分からの」

 ゼンは何も言わずにただ口を尖らせました。その顔は、そんなことあるわけねえ! とはっきり言っていました。

 

 長い間、片想いと両想いが複雑に絡み合った中にいた少年少女たちです。

 ようやくフルートとポポロ、ゼンとメールの組み合わせで落ちついたと思ったのも束の間。やっぱり彼らの恋はスムーズには進展していきそうにないのでした――。

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