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第9巻「仮面の盗賊団の戦い」

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第1章 集合

1.魔の森

 荒野を進むフルートたちの行く手に、魔の森が近づいてきました。冬でも葉を落とさない木がぎっしりと生い茂り、ねじれた枝を広げています。ろくに植物も育たない荒れ地の中で、そこだけがまるで緑の結界に包まれているようです。

 実際、その森に足を踏み入れた人間は、森に棲みつく獣や怪物たちに襲われ、得体の知れない恐怖感に捕らわれて、たちまち森から逃げ出してしまいます。人を寄せつけない魔法の森なのです。フルートが怪我をしたお父さんを助けるためにこの森に入り込み、怪物や恐怖に打ち勝って癒しの魔石を手に入れたのは、もう三年半も前のことでした。その時から、フルートは世界を救う金の石の勇者になったのです。

 森は今はもうフルートたちを追い返そうとはしません。ごく当たり前の森のように、目の前に静かに広がるだけです。金の石の勇者たちは、魔の森から受け入れられているのでした。

 

 ポチは鞍の前に取り付けた籠からずっと行く手を見ていましたが、ふいに伸び上がると、耳をぴんと立てました。

「ワン、ゼンですよ、フルート! ゼンが森の入り口で待ってる!」

 半ば雪におおわれた森の前に一人の少年が立っていました。背は低いのですが肩幅の広いがっしりした体格で、毛皮の上着を着込んでいます。上着の下から青い胸当てがのぞき、背中の後ろには大きな弓と矢筒が見えます。

「ゼン!」

 フルートは歓声を上げて馬の脇腹を蹴りました。馬が雪を蹴って駆け出し、あっという間に森にたどり着きます。

 ところが、フルートが馬から飛び下りたとたん、ゼンがどなりつけてきました。

「遅っせえぞ、フルート! こんなに近くにいるのに、なにぐずぐずしてやがったんだよ! こちとら昨夜のうちに到着してたんだ。待ちくたびれたじゃねえか!」

 その声はしゃがれています。フルート同様、声変わりの最中なのです。口では盛大に文句を言っていますが、満面の笑顔でいます。

 フルートもたちまち笑顔になると、ゼンに抱きつきました。小柄なフルートですが、人間の血をひくドワーフの友人よりは、ほんの少し長身です。それを抱き返したゼンの方は、もう大人のように太い腕をしています。そのまま互いに頭を寄せ、声を合わせて笑い出します。

 すると、ワンワン、と馬上の籠からポチがほえました。

「そんなところで男同士で二人きりの世界に浸ってないで。早くぼくも下ろしてくださいよ」

「なんだと、この生意気犬」

 ゼンがむっとした顔になりました。子犬の首の後ろをつかんで、生まれたての猫の子のように、ひょいと馬から下ろしてしまいます。ポチは息が詰まりそうになって目を白黒させました。

「ワン、相変わらず乱暴だなぁ」

「るせぇ。ちゃんと下ろしてやったんだから文句言うな!」

 ドワーフの少年と子犬の間でたちまち口論が始まってしまいます。いつもの光景です。

 フルートはまた笑い出しました。

「メールやポポロたちは?」

 と尋ねると、ゼンはすぐに口喧嘩をやめました。

「まだだ。でも、もうじき到着するだろう。泉のところで待っていようぜ」

 ゼンがピイと短く口笛を吹くと、森の中から一頭の馬が現れました。大きな黒い馬で、額に白い星があります。フルートはまた歓声を上げました。

「黒星だ! 久しぶりだね。願い石の戦いの時以来だ!」

 フルートのお父さんは牧場で働いているので、フルート自身も馬や牛にはとてもなじみがあります。ゼンの愛馬を人のように抱きしめてなでてやると、フルートの馬のコリンやポチも近づいてきて、体をすりつけました。黒星は嬉しそうに鼻を鳴らすと、フルートや馬たちに首を何度もすり寄せて挨拶を返しました。

「走り鳥は親父たちが猟で使うし、長旅には向かねえからな。こんな時には、こいつの方が頼りになるんだ」

 とゼンが自慢そうに黒星の背をたたきました。そのことばがわかったように、黒馬がまたブルル、と鼻を鳴らします。彼らにとっては馬も立派な旅の仲間なのでした。

 

 フルートとゼンとポチは魔の森に入りました。雪は森の中にも積もっていますが、枝が天井のようにおおいかぶさっているので、それほど量は多くありません。馬は軽々と進んでいきます。

 その鞍の上で揺られながら、少年たちは話し続けました。

「ゼンはいつ北の峰を出てきたの? 黒星で来たのなら四、五日はかかったはずだろう? 年が明けないうちに出発したんだね」

 とフルートが言うと、まあな、とゼンが返事をしました。

「先月の二十九日に出てきた。家にいたのは三日間だったな」

 彼らはつい十日ほど前まで、薔薇色(ばらいろ)の姫君の戦いのために王都のロムド城にいて、家族に別れの挨拶をするために、一度それぞれの家に戻ったのでした。

「お父さんやおじいさんは淋しがってなかった? 急にゼンが旅に出るって言い出してさ」

 とフルートはまた尋ねました。

 彼らはこれまでにも何度となく冒険の旅に出ては、闇の敵と戦いを繰り広げてきました。けれども、それはいつも行って帰ってくる旅でした。どれほど日数がかかっても、どれほど戦闘が激しくても、子どもたちは冒険が終われば必ずまた親たちが待つ家に帰っていったのです。

 今回の旅は、それとは違っていました。行く先は広いこの世界です。そのどこを訪ねることになるのか、今はまだ見当が付きません。いつか家にまた帰れる日が来るのかどうかさえ、誰にもまったくわからないのです。

 ゼンは肩をすくめました。

「別に。親父なんてただ『行ってこい』って言っただけだぜ。じいちゃんは『やっぱりわしの孫だ』って笑ってた。じいちゃんも若い頃には世界中を旅して回ってたからな」

「ぼくのお父さんも若い頃、中央大陸をあちこち旅したんだよ。お父さんには、仲間みんなで助け合って行きなさい、って言われたよ」

「相変わらず理解あるよなぁ、おまえの親父さん。それにひきかえ、俺の親父と来たら、薄情なんだかなんなんだか。気をつけていけ、の一言くらいあってもいいと思うぞ」

 フルートは思わず吹き出しました。

「ゼンったら。こんな当てもない旅に黙って出発させてくれること自体、すごく理解してくれてるってことじゃないか」

 そう言われてゼンも、にやりと笑い返しました。無口な父親が本当は誰より息子を思いやってくれていることを、ちゃんと感じていたのです。

 フルートの鞍の前の籠からポチが振り返って言いました。

「ワン、必ず見つけ出さなくちゃいけないですね、デビルドラゴンを倒す方法を。それが、お父さんやお母さんたちの気持ちに応える、たった一つの方法ですよ」

 ゼンはまた肩をすくめました。

「るせぇな、この生意気犬め――と言いたいとこだが、本当にその通りだよな。今はまだ何をどうしたらいいのかわかんねえけどよ、でも、見つけるためには、とにかく出発してみなくちゃならねえんだもんな」

「みんなで一緒にね」

 とフルートが付け足します。ゼンはまた笑い出しました。

「おう、みんな一緒にだ! メールやポポロたちももうじき到着するぞ。あいつらより遅れて来たと思われたら面白くねえや。急ごうぜ!」

 そこで少年たちは馬を走らせ始めました。雪をかぶった木々の枝は重く垂れ下がり、馬の蹄の響きに揺れて雪を落とします。舞い上がる粉雪の中、少年たちは駆け続けました。目指す先は、森の中央にある金の泉でした――。

 

 やがて、何か目に見えないものをくぐり抜けるような感触がして、周囲の空気が変わりました。冷え切っていた冬の大気が、一気に柔らかく暖かくなります。雪が消え、代わりに緑の草と花が地面をおおいます。花は青と白の星のような形です。

 冬から初夏に変わってしまった森の中に、丸い広場のような空間が広がり、その中央に大きな泉がありました。大小の金色の石に縁取られた内側から、澄んだ水がこんこんと湧き続けています。水は泉の一方からあふれ出し、小川になって森の中へと流れていきます。その川のほとりでも草や花が揺れ、色鮮やかな蝶や薄い羽根のトンボが飛び回っています。

「ワン、泉の長老だ」

 とポチが泉を見ながら言いました。美しい水面に、まるで地面の上に立つように、一人の老人がたたずんでいたのです。光の加減で金にも銀にも青にも見える、不思議な色合いの長衣を着ています。その輝くように白い髪とひげは長く、先端は足下の泉で水に溶けて見えなくなっていました。

 フルートは急いで馬から下りると、地面に下ろしたポチと一緒に深々と頭を下げました。老人はこの魔の森と金の泉を二千年以上に渡って守ってきた魔法使いで、偉大な自然の王の一人です。いくら敬意を払っても、払いすぎるということはなかったのです。

「よう来た、フルート、ポチ」

 と泉の長老が言いました。水底から響くようなおごそかな声です。

 フルートはもう一度深く頭を下げてから、長老に向かって答えました。

「いつもぼくたちに集まる場所をお貸しくださって、本当にありがとうございます。ぼくたちはこれから家を離れて、デビルドラゴンを倒す方法を見つけに世界へ出ようと思います」

 フルートの金の鎧の胸では、ペンダントが揺れていました。草と花の透かし彫りを施した金の縁飾りの中で、金色の小さな石が光っています。守りと癒しの力を持つ、聖守護石と呼ばれる魔石です。フルートはこの泉のほとりで、この石と出会いました。フルートに金の石の勇者になる運命を教えてくれたのは泉の長老です。本当に、もう三年半も昔のことになります。

 長老が静かに言いました。

「金の石の勇者が背負う役目は大きく、その定めは限りなく重い。だが、そなたはそれに正面から立ち向かう道を選んだ。行くが良い、フルート。そなたの仲間たちもすぐにここに到着するぞ」

 

 すると、ポチが急に耳をぴくりと動かしました。ひゅうひゅうと風を切る音が空から響いてきたのです。見上げた目に、青空の中をこちらへ向かって飛んでくる白いものが映りました。まるで幻の竜のような不思議な生き物です。

 ワン! とポチは高くほえました。

「ルルだ! フルート、ゼン、ルルたちが来ましたよ!」

 少年たちもすぐに空を見上げて、白い生き物を見つけました。蛇のように長い体をしていますが、頭と前足は犬の形をしています。近づくにつれて、その背中に乗った小さな人影もはっきり見えてきます。風に吹かれて後ろにひるがえっているのは、赤いお下げ髪です。

「ポポロ!! ルル――!!」

 フルートとゼンは、青空に向かって大きく歓声を上げました。

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