荒野は見渡す限りの雪景色でした。
純白の大地が青空との境界線まで続き、降りそそぐ日の光にきらめきます。冷え切った空気が痛いほどに張りつめています。寒い寒い朝です。
フルートは旅姿で馬に乗っていました。日差しがマントからのぞく金の鎧兜を光らせ、背中につけた剣をくっきりと浮かび上がらせています。小柄な少年には不似合いな大きな黒い剣と、細身の銀のロングソードです。敵と戦って命を奪うための武器は、照らす光が明るいほど、濃く暗い影に縁取られます。
「それじゃ、お父さん、お母さん」
とフルートは言いました。いかめしい姿とはうらはらな、少女のように優しい顔をしています。口調もとても穏やかですが、その声は少しかすれています。変声期に差しかかっているのです。
「ぼくたち、行くからね。時々手紙は書くつもりだけれど、書けなくなることもきっとあると思う。でも、心配しないで。ゼンたちと一緒なんだから」
フルートの両親は雪の中に並んで立っていました。その後ろに小さな家があります。その家で生まれ育った彼らの息子は、今、金の石の勇者として、仲間たちと共に世界へ旅立とうとしています。まだやっと十五歳になったばかりの息子です。どれほど心配するなと言われても、それは無理な相談でした。
すると、馬の鞍の前に据え付けた籠(かご)から、真っ白な毛並みの子犬が伸び上がりました。人間の少年の声で話しかけてきます。
「ワンワン、お父さんお母さん、ぼくも一緒にいますよ。ぼくは絶対にフルートから離れません。だから、安心してください」
「ポチ」
フルートの両親は手を伸ばして籠の中の子犬をなでました。人のことばを話せる賢い子犬は、彼らのもう一人の息子です。優しい目で見つめながら答えます。
「そうだな。よろしく頼むぞ」
「あなたも気をつけるのよ、ポチ。これからますます寒くなるわ。風邪なんてひかないようにね」
「ワン、それこそ大丈夫ですよ。だって、ぼくは犬だもの。寒いのも雪も大好きなんです」
子犬は得意そうに言って、二人を安心させるように尻尾を大きく振りました。フルートの両親は思わず顔をほころばせると、もう一度子犬の頭をなでました。
フルートは馬にまたがったまま、軽く手綱を握って、そんな両親を見ていました。これから世界に出て行くというのに、気負った様子は少しもありません。両親に見上げられると、にこりとほほえんで見せます。
フルートのお父さんが静かなほほえみを返しました。息子とよく似た笑顔です。
「ぼくが自分の家を離れて旅に出たのは十七の時だった。おまえはそれよりも早く旅立つことになったな。だが、おまえには仲間がいる。みんなで助け合って行くんだよ」
フルートはうなずき、ポチはまた尻尾をいっぱいに振りました。そう、彼らにはすばらしい仲間たちがいます。だからこそ、こうして世界へ旅立とうとしているのです。
「この後、どこへ行くのか決まったの?」
とフルートのお母さんが尋ねてきました。フルートは首を振りました。
「ううん。とにかく魔の森で落ち合って、そこでこれからの行き先を決めることにしてるんだ。ゼンが間もなく森に到着するって、昨夜ポポロが魔法使いの声で教えてくれたからね。今朝にはゼンもポポロとルルもメールも、みんな魔の森に集合するはずなんだ」
「気をつけるのよ。近くを通ることがあったら、必ず顔を見せてちょうだいね」
「何かあったときには、いつでも戻ってきなさい。おまえたちの部屋の窓には鍵をかけずにおくから」
とお父さんも言います。
フルートはうなずいて、優しい両親を見つめました。
「それじゃ、お父さんもお母さんも、体には気をつけてね」
「おまえたちの上に神様の加護と金の石の守りがあるように」
お父さんが旅路の無事を祈ってくれます。フルートは手綱を握り直しました。ポチが鞍の前の籠に収まります。
少年と子犬を乗せた馬が荒野に向かって歩き始めました。一面の銀世界の中を進み出します。最初の目的地は、荒野の彼方に黒々と見えている魔の森です。
すると、お母さんが声を上げました。
「フルート! ポチ――!」
少年と子犬は振り返りました。自分たちを見送っている両親を見て、フルートがまた、にこりと笑います。
「行ってきます」
ワンワンワン、とポチも元気にほえます。
再び背を向けて進み出した息子たちを、両親は見送り続けました。子どもたちはもう振り返りません。
フルートのお母さんが、つぶやくように言いました。
「あの子たちは闇の竜を倒す方法を見つけに行くんだと言っていたわ。そんなこと、本当にできるの……?」
「わからないな」
とお父さんが答えました。もの思う声でした。
「闇の竜は人の心に闇がある限り存在し続けると聞いている。この世から闇を消すことなど、はたしてできるのかどうか。でも、そんな不可能に見えるようなことにも、あの子たちは挑戦を始めたんだ。それなら、ぼくたちはあの子たちを信じてやろう。いつかきっと探し求めるものを見つけて、この世界に平和をもたらしてくれる、とね――」
人より小柄で華奢な息子です。荒野を遠ざかっていく後ろ姿は、本当に頼りないほど小さく見えます。それでも、フルートはためらうことなく進んでいました。ただ行く手の森を見つめながら、まっすぐ前へ進み続けます。
お母さんが涙をこらえるように目を閉じて夫に身を寄せました。お父さんがその肩を抱きます。親である彼らにできることは、もう何もありませんでした。たった一つ残されているのは、ただ子どもたちの無事と幸せを祈ってやることだけです。
お父さんは次第に小さくなっていくフルートたちの後ろ姿を見つめ続けました。雪におおわれた荒野はどこまでも広がり、日の光に銀にきらめきます。そのまぶしいほどの輝きの中に、お父さんはふと、息子の姿を見失いました。もうどこを探しても見当たりません。緩やかな丘を越えて向こう側に行ってしまったのです。
「おまえたちの上に神の加護あれ」
お父さんは静かにまた祈ると、そっと目を閉じました――。