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第8巻「薔薇色の姫君の戦い」

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109.結末

 ロムド城の城壁のすぐ下で、少年と少女たちは立ち続けていました。

 ゼンがフルートの目の前で泣いています。ポポロは後ろからフルートにすがったまま、やはり涙をこぼしています。その三人を、花鳥から降り立ったメールとポチとルルが見つめています。朝日にきらめく雪野原は彼らの前に広がり、風が吹き渡っていきます。

 行くな、とうなだれるゼン。あなたが好き、あなたのそばにいたいの、と言ってくれるポポロ。仲間たちの想いが、まっすぐフルートに伝わっていました。フルートの胸を震わせ、心の奥底から熱く激しいものを引き出してきます。フルートの頬の上を大粒の涙が流れていきます。

 フルートは左腕でゼンを、右腕でポポロを、抱きしめました。そのまま二人を抱き寄せます。

「ゼン……ポポロ……」

 咽が詰まるような気がして、声が出なくなりました。フルートは、泣き続ける二人の肩に顔を伏せ、いっそう強く抱きしめました。涙と共に、胸の底からひとつのことばがわき上がってきます。

 うめくように、フルートは言いました。

「ぼくは……ぼくは、生きたい…………」

 何故そんな言い方になったのか、自分自身でもわかりません。頭ではなく、心が紡ぎ出したことばです。

 フルートは震えながら言い続けました。

「ぼくは、生きたい……。君たちと一緒に、この世界で生きていきたい……。生きたいよ。ずっと、一緒に……」

 それだけを言い切って、ついにフルートは声を上げて泣き出しました。

「フルート」

 ゼンとポポロは顔を上げました。自分たちを抱いたまま、激しくむせび泣くフルートを見つめます。

 すると、ポポロが笑顔になりました。まだ涙は止まりません。それでも、宝石のような瞳を輝かせて、にっこりと嬉しそうに笑います。またフルートに抱きついてしまいます。

 ゼンも笑いました。太い腕を親友に回して強く抱き返し、自分の涙を拳でこすってから、後ろを振り返ります。そこには、メールとポチとルルがいました。メールとルルは笑い泣きの顔、ポチは白い尻尾をちぎれるほどに振り続けています……。

 

 そこへ、城壁の門をくぐって、ようやくオリバンとユギルが駆けつけてきました。雪の中で抱き合い、泣いている少年と少女たちを見ると、足をゆるめ、立ち止まって肩で息をします。二人も精一杯に走ってきたのです。安堵の顔でフルートを眺めます。

 すると、フルートのすぐ前に淡い金の光がわき起こって、小さな少年が姿を現しました。フルート、と声をかけます。

 フルートは顔を上げて、金色の少年を見ました。まだ大粒の涙を流しながら言います。

「ごめん、精霊……。ぼくは、やっぱり行けないよ……」

 金の石の精霊は、ちょっと首をかしげてそんなフルートを見つめました。

「だから、ぼくは最初から言っている。他にもきっと道がある。それを探そう、って。ぼくの言うことを聞かないで、光になる、と言い張っていたのは君だぞ、フルート。本当に――君は石よりも頑固なんだからな」

 苦笑いするような、あきれているような、精霊の声でした。

 フルートは泣き笑いをしました。

 すると、金の石の精霊の隣に赤い光がわき起こり、願い石の精霊も姿を現しました。赤い髪を高く結ってたらし、火花のように輝くドレスをまとっています。

 一同は、はっとしました。ゼンがフルートの前に飛び出して背中にかばい、ポポロが、奪われまいとするようにフルートの腕を強く抱き直します。メールとオリバンは身構え、犬たちがウゥーッとうなります。

 願い石の精霊は黙ってフルートを眺めていました。その美しい顔には、なんの感情も浮かんでいません。

 金の石の精霊が、またちょっと首をかしげて、それを見上げました。

「悪いね、願いの。結局、用もないのに呼び出してしまってさ」

「私の役目は、人の願いをかなえることだ。願いがないならば、それが生まれるまで待つだけのこと」

 それだけを答えて、精霊の女性は姿を消していきました。赤い光が炎のように揺れ、たちまち薄れて見えなくなります――。

 

 赤い光が完全に消え去ると、金色の少年はフルートを振り向きました。

「願い石はまた君の中に眠ったよ。ということは、君はまた闇の怪物たちから狙われるってことだ」

 フルートは顔色を変えました。一瞬で泣くのをやめ、あわててポポロを自分から放そうとします。

「だめっ!」

 ポポロが叫んで、ぎゅっと腕を引き止めました。ゼンが精霊の少年をにらみかえします。

「俺たちが守るさ。絶対に闇の怪物なんかに食わせたりしねえ」

「君たちには無理だよ。守りきれない」

 金の石の精霊の口調はいつも冷静です。なんだとぉ! とゼンが怒りかけても、少しもあわてずに続けます。

「だから、ぼくはもう眠りにつかないことにする。ぼくが目覚めていれば、フルートを闇の監視の目から隠すことができるし、闇の怪物がフルートを見つけて襲ってきても撃退できるからね」

 一同は驚きました。

 金の石は戦いがすめば、いつも、次にまた魔王が復活してくるまで眠りにつきました。世界を滅ぼすほどの危険が迫ったときにだけ目覚めるのが、金の石のはずなのに――。

「いいのか? そんなことして、おまえ大丈夫なのかよ?」

 とゼンは思わず聞き返してしまいました。なんとなくですが、金の石にとって、戦いのない時に休むことは必要なのじゃないか、という気がしたのです。

「デビルドラゴンは必ずまたフルートを狙う」

 と精霊は淡々と言いました。

「フルートに願い石を使わせまいとしてね。今回のように、魔王が復活していなくても、フルートは狙われるかもしれない。金の石の勇者は世界を守る。そして、ぼくはそんな勇者を守る石だ。デビルドラゴンにフルートを殺させるわけにはいかないよ」

「金の石……」

 フルートは少年を見つめました。見た目は本当に幼い子どものような精霊です。

 すると、精霊が大人のように肩をすくめました。

「だから、フルート、ひとりで無茶はしないことだ。ゼンが言うとおり、みんなで探せばいい。道はきっとあるはずだから」

 淡い金色の光がわき起こって、その中に少年の姿が吸い込まれるように消えていきました。

 けれども、光が消えた後も、フルートの胸の上でペンダントの石は金色に輝いていました。静かに揺れ続けています――。

 

 オリバンが近づいてきました。ものも言わずにフルートの金髪の頭に手を載せ、じっと見下ろします。そうしていると、大人と子どもほどの身長差があります。フルートが見上げると、オリバンは初めて口を開きました。

「馬鹿者が……。あまり友だちに心配をかけるな」

 静かな声でした。ことばはぶっきらぼうなのに、何故だか優しくさえ聞こえてきます。

 フルートはほほえみ返しました。

「すみません」

 オリバンも笑顔になると、フルートの頭をなでて金髪をくしゃくしゃにしました。その大きな手の下で、フルートはまた笑いました。幸せそうな笑顔でした。

 

 それを見ていたゼンが、ふいに、よぉし! と大声を上げました。驚く仲間たちに向かって陽気に言います。

「決めた! 旅に出ようぜ、みんな! 願い石を使わないでもデビルドラゴンを倒す方法を見つけるんだ!」

 一同はまた驚きました。フルートがあわてて言います。

「旅に出るって――家はどうするのさ!? みんな、帰らなくちゃならないだろう!」

「一度帰って家族に断って、で、旅に出る」

 きっぱりとゼンが言いました。うんうん、と自分だけで納得してうなずいています。フルートは、ますますあわてました。

「そんな……! だめだよ! みんな家で心配してるのに。デビルドラゴンを倒す方法だって、そんなに簡単に見つかるわけないんだよ――!」

「じゃあ、おまえはこれからどうするつもりでいる?」

 とゼンが鋭く聞き返しました。

「金の石は守ってくれてるが、それでも闇の怪物はおまえを狙う。それがわかっているのに、おまえ、シルの町にいられるのか? おまえのことだ。親父さんたちや町の人たちが危ない、って言って、ひとりで旅に出るに決まってらぁ」

 フルートは思わず顔を赤らめました。願い石に願うことをやめると決めたばかりです。まだこの先のことまで考えてはいませんでしたが、ゼンに言われてみれば、確かにそのとおりでした。

「おまえをひとりでなんか行かせられるかよ。おまえを放っておいたら、いつまた、やっぱり願い石に光にしてもらって、なんて考え出すかわかんねえからな。俺たちが一緒に行ってやる。どこまでも、ずっと一緒にな。そして、他の道を見つけようぜ――!」

 ゼンの声は陽気で元気です。あてのない旅なのに、不安などみじんも感じさせません。

 メールが歓声を上げました。

「いいね、行こう! 島で王女修業や花嫁修業してるよりずっと素敵じゃないか!」

「ワン、ぼくはいつだって、どこに行くのだってフルートと一緒ですよ!」

 とポチが尻尾を振りながら言えば、ルルも笑います。

「ふふ、これからはみんなずっと一緒にいられるわね」

 あれよあれよと決まっていく話に、フルートは驚いてとまどっていました。自分の腕にまだしがみついていたポポロを、心配そうに見てしまいます。

 すると、ポポロが言いました。

「あたしは、ずっとフルートのそばにいるって決めたのよ」

 にっこりとほほえんで、いっそう強くフルートの腕を抱きしめます。フルートは思わず真っ赤になりました。

 

 占者のユギルが、振り向いてきたオリバンに静かに言いました。

「旅立ちですね。時が充ちたのです――。勇者の皆様方の上に、光と正義の加護がございますように」

 と少年と少女たちに向かって、深く頭を下げます。長い銀の髪が揺れて下がります。

 とまどい続けていたフルートが、すっと表情を改めました。真剣な目でユギルを見つめ、占者にうなずかれて、うなずき返します。これが彼らに示された未来なのだと納得したのです。

 自分を見つめる三人と二匹の仲間たちを見回しながら、フルートは言いました。

「よし、行こう。デビルドラゴンを消滅させる方法を見つけに――世界へ!」

 少年と少女たちの上に笑顔がはじけました。

 皆は抱き合い、歓声を上げ、そして空を見上げました。雪が降り止み朝日が降りそそぐ空は、青く晴れ渡っています。

 城壁の門が音を立てて大きく開きました。ピランの知らせを受けた大人たちが、城の中から彼らの元へ駆けつけてくる姿が見えました――。

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