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第8巻「薔薇色の姫君の戦い」

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104.首輪

 え? と少女たちと犬たちはピランを見つめ返しました。

 ノームの鍛冶屋の長は、ポチの風の石の修理が終わったから首輪をよこせ、と言ったのです。

「やだなぁ。首輪はたった今フルートが持っていったよ。すれ違いになっちゃったのかい?」

 とメールが笑い出しました。あらまぁ、とルルもあきれます。

 すると、ピランがけげんそうな顔をしました。

「フルートが持っていった? 何故じゃ?」

 メールは今度は驚きました。

「だって、ピランさんがフルートに言ったんだろ? 石をつけるから首輪を持ってこいって。だから今、フルートがここに来て首輪を――」

「わしはそんなことは言っとらんぞ」

 ピランはますます不思議そうな顔をしながら部屋に入ってきました。

「石の修理が終わったから、取り付けに来てやったんじゃ。そら、これじゃ」

 と手の中に握っていた緑の石を改めて見せます。少女たちと犬たちはまた驚きました。

「ワン、だってフルートは――」

「私の風の首輪もピランさんが点検したがってる、って言って、首輪を二つとも持っていったのよ」

 口々に言うポチとルルに、ピランは首を振って見せました。

「知らん。わしはそんなことは言った覚えもないぞ。だいたい、わしは今朝、フルートにまだ会っとらん」

 一同は本当にびっくりしました。なんだか、わけが全然わかりません。

 すると、目を丸くして話を聞いていたゼンが、すっと厳しい顔つきになりました。部屋に入ってきて仲間たちに尋ねます。

「それで――フルートはどこにいるんだ?」

 少女たちはまたとまどいました。どこに、と聞かれてもわからないのです。てっきりピランの仕事場へ首輪を持っていくのだと思っていたのですから……。

「俺たちは地下の鍛冶場からまっすぐここに来た。でも、途中でフルートには会わなかったぞ。あの馬鹿、どこに行きやがったんだ?」

 ゼンはますます厳しい表情になっています。他の仲間たちは互いに顔を見合わせてしまいました。

 

 すると、ふいに外の通路から足音が聞こえてきました。こちらへ向かって駆けてきます。

 と、部屋の扉が勢いよく開いて、二人の人物が飛び込んできました。オリバンとユギルです。全力で走ってきたので、二人とも息を弾ませています。

「フルートはどこだ!?」

 とオリバンがいきなりどなりました。

「あいつはどこにいるのだ――!!?」

 部屋の中の者たちはまたびっくりしました。ものすごい剣幕の皇太子を見つめてしまいます。その中で、即座に返事をしたのはゼンでした。

「俺たちもあいつを捜してる。どうしたんだよ?」

 声が恐ろしいほど真剣になっています。それに答えたのはユギルでしたが、その声もまた、ゼンに劣らないほど深刻でした。

「たった今、象徴が見えました。金の光がすさまじい輝きの中に呑み込まれる映像です。――わたくしは、これと同じものを以前にも見ております。勇者殿に危険が迫っているのです」

 一同は声が出なくなりました。メールがベッドから飛び降り、そのまま立ちすくんでしまいます。

 同じく立ちすくんでいた黒衣の少女へ、オリバンが言いました。

「探せ、ポポロ! フルートがどこにいるのか探すのだ!」

 少女は我に返りました。まだ魔力は回復していませんでしたが、魔法使いの目は使うことができます。あわててロムド城の中にフルートの姿を探し始めます。

 ユギルが話し続けていました。

「わたくしは、これと同じ場面を、願い石の戦いで皆様方がジタン山脈の地下へ行こうとしたときに、占盤に見たのです。聖なる光があふれて、その中に勇者殿を呑み込もうとしていました。今も、あの時と同じくらいの力を感じております。聖なる光があまりに強すぎて、勇者殿の象徴が消えかかっているのです」

 象徴が消える、ということは、その人がこの世界に存在しなくなるということです。一同が青くなる中、ポポロがもっと青ざめた顔を上げました。

「いない……フルートがお城の中のどこにもいないわ……」

「城の外は!?」

 とオリバンがまた尋ねます。焦るあまりに、本当にどなりつける口調になってしまっています。ポポロは、びくりとすくみ上がると、また必死で魔法使いの目を使い始めました。両手を組み、遠いまなざしで城の周囲を見回し始めます。

 

 すると、フルートの姿が見えました。

 フルートは普段着姿のまま、城の外に出ていました。城壁に沿って、たったひとりで雪の中を歩いています。さくさくと新雪を踏む音まで、ポポロの魔法使いの耳に聞こえてきました。

「フルート!」

 とポポロは呼びました。部屋にいた一同が、はっとそれを見つめます。

「いたか!」

 とオリバンとゼンが同時に声を上げます。

 ポポロは遠い場所にいるフルートに呼びかけ続けました。

「フルート、どうしたの? どこへ行くの?」

 フルートが顔を上げました。声が聞こえたのです。ところが、足を止めようとしません。返事もしません。

「フルート、待って! 本当にどうしたの? どこへ行くの!?」

 ポポロは尋ね続けました。フルートの様子はなんだか変です。さっき部屋に来たときにあんなに照れたのが嘘のように、穏やかな表情をしていました。さくさくと雪を踏みながら歩いていきます。静かな朝です。城壁の周りに人影はありません。

「どうしたんだ!? あいつは何をしてるんだよ!?」

 ゼンがポポロに飛びつくようにして尋ねました。ポポロは首を振りました。

「わからないわ……。城壁の外を歩いているのよ、ひとりで。何も言ってくれないの」

 ポポロの心の底から、得体の知れない不安と恐怖がわき起こってきました。それは以前にも感じたことのある不吉な予感でした。ジタン山脈の地下にあった時の鏡の間が、唐突に思い浮かんできます――。

「フルート! フルート!!」

 ポポロは涙ぐみながら呼び続けました。遠い彼方に見えるフルートの姿を引き止めようと必死になります。

 すると、フルートが立ち止まりました。うつむくように足下の雪を見つめ、それから、ゆっくりとまた顔を上げます。

 その視線の先を見て、ポポロは、はっと息を呑みました。行く手に広がる雪野原に、誰かが立っていました。血のように赤い髪を高く結って垂らし、火花を散らすような赤金色のドレスで身を包んでいます。燃え上がる炎を思わせる、激しい姿の女性でした。

「願い石の精霊!!」

 とポポロは悲鳴のように叫びました。部屋にいた全員が愕然とします。

 ポチが、あえぐように言いました。

「ワン、願い石って――願い石って、まさか――」

 すると、フルートが城の方を振り向きました。遠いまなざしが、部屋にいる自分を見たように、ポポロには感じられました。

 静かにほほえむような表情の中、少年は言いました。

「ごめんね、ポポロ」

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