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第8巻「薔薇色の姫君の戦い」

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第26章 冬至祭り

100.控え室

 フルートたちはペガサスや風の犬や花鳥に乗って、ザカラス城からロムド城へ帰ってきました。

 金の石の勇者の一行がメーレーン王女を救出に城を出発してから、すでに半月以上が過ぎていました。暦は十二月の下旬。翌日はもう冬至です。季節はこれから本格的な冬に向かいますが、人々は昼が夜より長くなり始める日を光が闇に打ち勝ったと考えて、冬至を賑やかに祝うのでした。

 ロムド城でも、冬至祭りの準備で大忙しでした。城の人々の大部分は、今回ロムドとザカラスの間で起きていた事件を知りません。メーレーン王女が長らくロムド城を留守にしていたのも、祖父のザカラス王の招きでザカラス城へ遊びに行っていたものと信じていました。もちろん、フルートやオリバンたちがザカラス城へ行ったことも、そこで何をしてきたかも、皆は知りません。ザカラス城が崩壊寸前になり、王が死んだことさえ、まだ人々の耳には入っていなかったのです。この知らせが噂となって、人の口伝いにロムドに届くまでには、まだしばらくの時間がかかるのでした。

 忙しく祭りの飾り付けをする城の人々を見ながら、フルートたちはただ黙っていました。報告はロムド王やリーンズ宰相やゴーリスたち、ごく数人の重要な人々に行っただけです。真実はあまりにも大きく深刻だったので、うかつに話すわけにはいかなかったのでした。

 夕方までにロムド城は華やかに飾られました。冬至は翌日ですが、その前の晩から祭りを祝うのが習慣です。夕方からは冬至祭りの祝典が開かれました。大広間は光を象徴する何万本ものろうそくで真昼のように照らされ、常緑樹の葉の間で金や銀の飾りが輝きます。それらは星や月、太陽の形をしています。冬至祭りには、冬の後に来る春を待ちこがれる気持ちも込められているので、たくさんの色とりどりの花も、大広間を飾っていました。

 ――本当は、城の花はすべてメールが花鳥にしてザカラスへ持って行ってしまっていたのです。けれども、そのメールが、日中また花鳥で花を連れ帰ってきました。しかも前よりも数が多いくらいです。城の侍女や下男たちは嬉しい悲鳴を上げながら、大急ぎで花を会場に飾ったのでした。

 

 冬至祭りの前夜祭では光と闇の劇が行われるのが慣例でした。闇に打ち負かされ、黒い闇の怪物に呑み込まれた光を、輝く翼を持った光の軍勢が駆けつけて助け出す、という象徴的な物語です。美しい衣装を着けた役者たちが、大広間で王たちや大勢の貴族たちに劇を見せている間、フルートたちは大広間に続く控え室で話をしていました。

 そこに集まっていたのは、フルート、ゼン、メール、ポポロ、ポチ、ルルの四人と二匹の勇者の子どもたち、オリバン、ユギル、ゴーリスの三人の要人たち、それに、赤と黄と緑の衣装に鈴付き帽子をかぶり、派手な道化の化粧をしたトウガリです。祭りだというので、フルートとゼンとオリバンは装備を外し、普段より少し華やかな服装をしていました。メールはいつも通りの色とりどりの袖無しシャツにウロコ模様の半ズボン姿、ポポロも、今はもうバラ色のドレスを脱いで、いつもの黒い星空の衣に着替え、髪をお下げに結っていました。夜の色の衣の上で、星のような光がまたたいています。

 祝いの日でもいつもと同じ灰色の長衣を着たユギルが、静かに話していました。

「今回のことは、メノア王妃様とメーレーン王女様には、ザカラス王が亡くなったことだけをお知らせしました。アイル皇太子は、今回の一件にザカラス王が関与していたことを内密にしたいと考えています。すべては、魔法使いのジーヤ・ドゥが城を乗っ取ろうと企んだことにして、ザカラス王は己の不行き届きを恥じて自害したことにするようです」

「不行き届きを恥じて自害だとぉ? あのザカラス王がそんな殊勝なもんかよ!」

 とゼンが声を上げました。この控え室には、彼ら以外には誰もいません。自分たちの思うままのことを口にできるのでした。

「そうやって体裁ばっかり取り繕おうとするんだもん、人間ってのはホントにやだね。見栄っ張りなんだからさぁ!」

 とメールもあきれます。

 すると、ゴーリスが苦笑いしながら言いました。

「まあ、そう言うな。ことはザカラスの存亡にまで関わりかねないことだからな。体裁を取り繕う必要も出てくるんだ。ザカラス城のこともザカラス王のことも、本当に何があったかを正直に言えば、ザカラスは世界中から非難の的になる。我が国も、ことを公にされたらザカラスの責任を追及して、場合によってはザカラスと戦争まで起こすはめになってしまう。王女を誘拐され、皇太子を暗殺されそうになり、領土の一部まで狙われていたわけだからな。そうなれば、ジタン山脈のことも話さなければならなくなる。それは得策ではない、と陛下はお考えなんだ」

 そう話して聞かせる大貴族は、相変わらず黒ずくめの剣士の格好です。子どもたちは、やれやれ、と頭を振りました。何度聞かされても、この大人の社会というものは面倒くさく思えてなりません。

 

 すると、オリバンが太い腕を組んでいいましました。

「ザカラスでは間もなくアイル皇太子が新しいザカラス王になる。戴冠式には私が出席して、ロムドとザカラスの間で改めて和平を結ぶ予定だ」

「あの皇太子がザカラス王かぁ? 大丈夫なのかよ?」

 とゼンが遠慮もなく言います。焦るとすぐにことばにつまずく、頼りなさそうな皇太子の姿を思い浮かべます。

 トウガリが道化の化粧のまま笑って見せました。

「アイル殿下は長らくザカラス王の下で抑圧されてきた。良くも悪くも影響力のありすぎた父親だ。それが自分の上からいなくなって、新王になったアイル殿下がどう行動するかで、ザカラスの将来は決まってくる。まあ、当分ザカラスからは目が離せないな」

「思いやりある良い新王が誕生するか、自分自身の鬱憤を晴らすために圧政を行う悪王が誕生するか。ザカラスの行く道は二つに一つでしょう」

 とユギルも言いました。

「それは占いの結果?」

 とメールが聞き返しました。ユギルは穏やかに笑い返しました。

「いいえ、ただの予感でございます。占いの力は少しずつ戻ってきておりますが、まだごく近い場所の、ほんの少し先の出来事が読めるだけです。まもなく完全に力も回復するとは存じますが」

 占いの力が弱まっていても、占者は少しも自信を失ってはいませんでした。それはもう演技でも強がりでもありません。たとえどんなことが起きたとしても、自分はロムドの一番占者であり、なすべきことをすることができるのだ、と信じられるようになった強さでした。肩から背中へと流れていく長い髪が、部屋の灯りに銀に輝いています――。

 

 大広間から大きな拍手が聞こえてきました。冬至祭りの劇が終わったのです。それを聞きながらオリバンが言いました。

「祭りの席をあまり長く外しているわけにはいかん。戻るぞ、ユギル、ゴーラントス卿」

「おまえらはどうする?」

 とゴーリスが子どもたちに聞きました。フルートが答えます。

「もう少しここにいてから大広間に戻りますよ」

 大勢の貴族たちが集まる華やかな場所は、何度経験しても、やっぱりフルートたちにはなじみません。それよりは、こんなふうに仲間たちだけで集まって話をしている方が気楽でいいのでした。ゴーリスたちはちょっと笑って、大広間へ戻っていきました。後には子どもたちとトウガリが残ります。

 それまでずっと黙っていたルルが、トウガリを見上げて言いました。

「大丈夫なの? ずいぶんひどく拷問されたんでしょう? もう平気なの?」

 トウガリは、にやりとしました。ルルがトウガリを敵の間者ではないかと疑いの目を向けていたのは、もう過去のことです。片手を胸に当てて、ちょっとおどけたしぐさでルルに一礼を返します。

「おかげさまで。金の石の力は絶大だからな。……それに、今回の一件ではメーレーン様もメノア様もずいぶん心配してくださった。俺が元気な姿をお見せしなくては、安心していただけんからな」

 光と闇の芝居が終わった後は、道化のトウガリが大広間に登場して、人々に口上と芸を披露することになっているのでした。

 

 すると、メールがちょっと考え込んでから口を開きました。

「ねえさぁ、トウガリ――トウガリはずっと何も言わないでいるつもりなの? メノア王妃様にさ」

 仲間たちは、思わずどきりとしてメールを見ました。彼らは皆、トウガリがどういう気持ちでメノア王妃に仕えているのか知っています。けれども、それを真っ正面からトウガリに尋ねてしまえるのはメールだけでした。

 トウガリは、すっと笑顔を引っ込めました。道化の化粧の下に表情を隠して、すました声で答えます。

「言わない? 言っているじゃないか。俺は王妃様付きの道化だぞ。毎日王妃様に話をして笑わせて差し上げるのが俺の仕事だ」

「王妃様に、好きだって言わないのか、ってことだよ」

 メールは本当に単刀直入です。相手が大の大人でも、取り繕うことも逃げることも許しません。

「トウガリはずっと王妃様を愛してきたわけだろ? それこそ、王妃様がロムドに嫁いでくるより前からさ。今回だって、王妃様のためにこんなに命がけで尽くしたのに。それでも、なんにも教えないわけ? それでいいの?」

 トウガリはメールをじろりと見ました。

「大人の話に子どもが首を突っ込むんじゃない」

 と本来の無愛想さに戻って言いますが、メールだけでなく、他の少年少女も犬たちも真剣な目で自分を見つめているのに気がつくと、すぐに苦笑いで肩をすくめました。

「と言いたいところだが、残念ながら、おまえたちももういっぱしな顔つきになってきているな。一人前扱いしてやらなくちゃならんか。――ああ、言うつもりはない。これから何年たとうが、何十年たとうが、王妃様には一言だって言わんさ。この気持ちは、俺が死んだときに棺桶に入れてあの世まで持って行くものだ」

「どうして!?」

 とメールは聞き返しました。思わず強い口調になっていました。

「そんな――そんなのって――あんまり悲しいじゃないのさ! 王妃様は知らないんだろ? トウガリの気持ちに、全然気がついてないんだろ? 最後の最後までそれで、かまわないってわけ!?」

 すると、ゼンも言いました。

「俺は難しいことはわかんねえけどよ……でもよ、トウガリ……そういうのって、死ぬよりつらいことなんじゃねえのか? 好きなのに死ぬまでそれを口に出せねえなんて、俺にはとても我慢できねえぞ」

 他の少年少女たちは何も言いません。けれども、その目はメールやゼンと同じことをトウガリに尋ねていました。

 トウガリはまた苦笑いになりました。

「おいおい、たきつけるなよ。そんなことを本当にしたらロムドがどうなるか、わかっているのか? 仮に――仮にだぞ、俺が打ち明けて王妃様がそれに応えてくれたとしたら、陛下はどうなる? メーレーン様は? 王妃がしがない道化と恋に落ちて国を捨てたとなれば、王宮としてこれほどの醜聞はないぞ。陛下だって、王として俺たちを許すわけにはいかなくなる。陛下の差し向けた追っ手につかまって、俺は極刑、メノア様だって厳罰は免れない。逆に、王妃様が俺の告白を拒絶されたら――こっちの方が充分ありうるがな、そうしたら、今度は俺が王妃様のそばにいられなくなる。王妃様は優しい方だ。たとえ俺のことをなんとも思っていなくても、俺の想いに応えられないことで悩まれてしまう。主人を笑わせるのが仕事の道化が逆に悲しませるようでは、道化失格だ。もう王妃様のそばにはいられんよ。俺が告白すれば、どっちにしろ、俺はメノア様のそばから消えるはめになるんだ。で、だ――そうなったら、その後は誰がメノア様をお守りする? ロムドにメノア様を愛する人々は大勢いる。だが、それと同じくらい、密かにメノア様を憎んで邪魔にしている連中もいるんだぞ。そんな腹黒い連中の手からメノア様を守れる奴は、俺の他にはいないんだ。俺がしたいのは、メノア様を守り続けることだ。メノア様は陛下を慕っておられるし、お子様方との今の暮らしを幸せに感じておられる。その幸せを守り続けることが、俺の本当にしたいことなんだよ」

 普段の姿からは意外なほど、トウガリは饒舌(じょうぜつ)でした。もう自分でも覚えていないほど、繰り返し繰り返し考えて結論づけてきたことだったのです。

 トウガリ……と少年少女たちはつぶやいて、それ以上は何も言えなくなりました。トウガリは道化の化粧の顔で笑っています。

 

 そこへ、召使いが控え室にやってきて、トウガリの出番を知らせました。

 トウガリは鈴つきの帽子をかぶり直すと、フルートたちに、おどけた口調で言いました。

「さあ、おまえたちも大広間に行け。俺の芸を見逃したら、それこそ、きっと一生後悔することになるぞ――」

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