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第8巻「薔薇色の姫君の戦い」

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98.王たち

 たくさんの花が咲き乱れるザカラス城で、フルートとポポロはゼンたちにからかわれて、顔を真っ赤にしていました。やっと再会できて、言いたいことも互いに山ほどあるというのに、どちらも口をきくことができません。ポポロが床から立ち上がるのに、フルートがぎこちなく手を貸しただけです。その姿はほほえましいのですが、同時にとてもじれったくて、仲間たちは、やれやれと苦笑いをしました。

 けれども、すぐにゼンが声を上げました。

「さぁて、ポポロもトウガリも助け出したことだし、そろそろロムド城に戻ろうぜ! こんな危なっかしい城はもうたくさんだ!」

 すると、大きな羽音がして、崩れ落ちた壁の外にペガサスたちが舞い降りてきました。純白の翼を打ち合わせながら、城の中にいる一行に声をかけてきます。

「我々を呼んだか――?」

「いいタイミングだ」

 とゼンがにやりとします。

 天の馬たちは三頭いました。さらに風の犬のルルとメールの花鳥もいます。分乗すれば、全員が空を飛んでロムド城まで戻れそうでした。

「フルートとポポロは一緒にルルに乗るんだよ」

 とメールが決めつけると、ゼンが言い加えます。

「で、俺とメールは花鳥な。それ以外は絶対に誰も乗せねえぞ」

「ワン。お邪魔する気はないですよ。ブタにかみつかれたくないもん」

 とポチがあきれたように言い返しました。中央大陸には、恋する二人の邪魔をするとブタにかみつかれる、ということわざがあるのです。

 

 ひとしきり笑ってから、オリバンが真面目な顔になってユギルに尋ねました。

「それで――デビルドラゴンはどうなった?」

「象徴が見えないのではっきりとは申し上げられませんが、おそらくザカラス城から去ったのだろうと思われます。これまでのような、恐ろしい予感がしなくなりましたので」

 とユギルが答えると、ポポロが隣から言いました。

「デビルドラゴンはいなくなりました。ジーヤ・ドゥも。お城の中のどこにも見当たらないわ」

 フルートは驚きました。

「デビルドラゴンはともかく、ジーヤ・ドゥが見当たらないってのは――」

 言いかけて、フルートは口をつぐみました。なんとなく、闇の竜と手を組んだ魔法使いのたどり着いた先が見えたような気がしたのです。

「気配を感じませんね」

 とユギルが静かに言いました。

「城の中だけでなく、この世界中のどこにも、ジーヤ・ドゥの存在の気配は感じられません」

 少しの間、一同は何も言いませんでした。ユギルのことばの意味をかみしめます。やがてトウガリが子どもたちに言いました。

「畑にはまいたものしか実らない、って奴だな。良い種をまけば良い見返りがあるが、悪い種をまけばそれ相応のものを収穫するはめになる。どんなにうまくいっているように見えても、悪いことをしている奴は、いつか自分がやってきたことで報いを受けるんだ。――間者なんかをやっているとな、そういう例は嫌と言うほど見ることになるんだ」

「よく覚えておこう」

 と未来のロムド王が生真面目に答えました。

 

 崩れかけたザカラス城に朝の光は差し続けていました。風が花の香りを運び、緑の葉をざわめかせ続けています。城の外から聞こえてくるのは、ペガサスが繰り返す羽ばたきの音だけです。

 ところが、ふいにそのペガサスたちが離れていきました。羽音が上空に遠ざかります。一行が驚いていると、階段を人が上がってくる気配がして、どなり声が響きました。

「やはり、貴様たちのしわざか、金の石の勇者ども――!!」

 恰幅のよい初老の男が階段の上に立っていました。ザカラス王です。雪のように白い髪とひげは変わりませんが、その立派な服はほこりにまみれて、あちこちが裂け、いつも頭に載せている宝冠もどこかに失われていました。

 ザカラス王は城が崩れかかったとき、他の多くの者たちと同じように、倒れてきた物の下敷きになったのです。大怪我をしたのですが、城に金の光があふれたとたん、傷も痛みもすっかり治ってしまったのでした。それを察してゼンが顔をしかめました。

「ったく、金の石も相手を見て癒せよな。こんな奴、治してやる必要ないじゃねえか」

 それは無理な注文というものでした。

 オリバンがいきなり腰から剣を抜きました。輝く切っ先をザカラス王に突きつけます。

「会いたかったぞ、ザカラス王。貴様に言ってやりたいことは山ほどある。我が国にあった鉱脈を狙って、幼い頃から私の命を狙い続けたこと、世界を救う勇者であるフルートたちを殺そうとしたこと、実の孫であるメーレーンを誘拐したこと、我が国の大事な家臣を拷問にかけたこと、ポポロを監禁してその魔力を利用しようとしたこと――。数々の悪行に、もう言い逃れすることはできないぞ。我々と一緒にロムドへ来てもらおう。大衆の面前で、その罪状を明らかにしてやる」

 オリバンはどなることさえしていませんでした。剣を突きつけながら、迫力のある低い声で言います。

 ザカラス王の怒りの表情が、すっと冷静になりました。氷のような薄水色の目でオリバンを見ます。

「ロムドの皇太子か。己の立場もわきまえず、よくもこんなところまでやってきたものだ。よほど命が惜しくないと見える」

 とたんに、ゼンとメールが言い返しました。

「へっ、やれるもんならやってみろ、ザカラス王。おまえが兵士たちを呼び集める前に、お前を折りたたんでペガサスの荷物にしてやる」

「そうそう! おかげで花には不自由してないからね。ペガサスに縛りつける花のロープも充分あるよ!」

 そのことばに合わせるように、周囲から花が咲いた蔓がするすると蛇のように伸びてきます。

 フルートも即座にロングソードを抜いてオリバンと並びます。

 

 ザカラス王は少しもあわてることなく答えました。

「今とは言っておらぬ。ザカラスもまだ終わってはおらぬ。ザカラスは力ある国だ。わしがある限り、ザカラスはまだまだ大国になっていく。それが王としてのわしの務めなのだ――」

 オリバンやフルートたちはザカラス王を見つめました。冷酷な王が、初めて薄い笑いを浮かべていました。それは、ぞっとするような、底暗く冷たい笑顔でした。自分と自分の国以外のものは、何も目に入っていないのです。

 オリバンが言いました。

「国とはなんだ? 貴様の守っているものはなんだ? ザカラスという名前と城の宝物庫だけが、貴様の言う国ではないのか? 貴様の国には人間はひとりも住んでいないぞ。そんなものは、国ではない!」

「なんとでも言え。ロムドの青二才。貴様も王になればわしの言うことがわかるであろうよ」

 ザカラス王は冷ややかに笑い続けます。そんな隣国の王に、オリバンは剣を向け続けました。

「私は絶対にそんなものにはならない。私が守るべきものは国民だ。そのために、国土を守るのだ。――私にそれを教えてくれたのは、金の石の勇者だ」

「オリバン」

 思いがけないことを聞いたように見上げるフルートへ、ロムドの皇太子はうなずき返しました。

「お前はいつだって人を守っている。人を守ることが世界を守ることだと知っている。国王もまた、それと同じことなのだ」

 ふん、とザカラス王はあざ笑いました。

「つきあっておられんな。出直してこい、ロムドの皇太子。次は、ザカラス全軍で、貴様とロムドを蹂躙してやる」

「なんだとぉ!? てめぇ、城を助けてもらった恩も忘れやがって――!」

 オリバンより先に、ゼンがいきり立って飛び出しました。ザカラス王をつかまえようとします。

 とたんに、王が飛びのきました。階段の壁に張り付いたと思うと、次の瞬間、その姿が階段から消えていました。隠し扉があったのです。ゼンとオリバンとフルートは壁に飛びつきました。

「ちきしょう!」

「逃げるな、ザカラス王!」

 あわてて壁をたたき、隠し扉を開けるスイッチを探しますが、彼らには見つけることができません。

 

 すると、ユギルが静かに言いました。

「お待ちを、皆様方――現れます」

 何が、と聞き返す間もなく、彼らの前で階段の壁がぽっかりと開きました。そこからまたザカラス王が姿を現します。王は両手を上げていました。いつも冷酷な顔が青ざめています。

「な……なにをするつもりだ……」

 それは、目の前にいるフルートたちに向けられたことばではありませんでした。王は自分の背後を見ています。

 階段の横に現れた隠し通路から、王に続いて出てきた人物がいました。贅沢な服を着た痩せた男で、青年と呼ぶには少しとうが立っています。ザカラス皇太子のアイルでした。

「も、もうおやめください、ち、父上――我々はま、負けたのです――」

 痩せた顔に神経質そうな表情を浮かべ、ことばにつまづきながら、皇太子は言いました。

 ザカラス王はそれには答えず、自分の背後を見つめ続けていました。長い間、父王に反論することさえできなかった、優柔不断なザカラスの皇太子――。その彼が、今、両手に短剣を握って父の背中に突きつけていたのでした。

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