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第8巻「薔薇色の姫君の戦い」

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95.救出

 瓦礫と土砂に半ば埋まった地下牢で、フルートは戦い続けていました。

 目の前の瓦礫から、次々と怪物が這い出し立ち上がります。岩に押しつぶされ傷ついた体が、みるみるうちに元に戻っています。闇の怪物の再生力は驚異的なのです。

 フルートの後ろの壁には吊りベッドがあって、大怪我をしたトウガリが身動きできずに横たわっていました。フルートがその場を離れれば、怪物はトウガリにも襲いかかっていきます。フルートは炎の剣を構えてベッドの前で戦い続けました。自分の前に敵が群がってきても、兜をなくしてむき出しになった頭に攻撃を受けても、必死でトウガリを守り続けます。

 剣をふるうたびに、切り裂かれ炎の弾を食らって怪物が燃え上がりました。狭い地下牢の空間がどんどん熱くなっていきます。そんな中、フルートの視界が次第にかすみ始めました。頭と顔に受けた傷から血が流れ、額からは汗もしたたってきます。血と汗が目の中にまで流れ込んできたのです。目をこすりたいのに、そんな余裕さえありません。怪物たちはフルートの剣が鈍った瞬間を狙って飛びかかろうとしています。

 そのとき、怪物たちの後ろの瓦礫から、ずしん、と音を立てて岩が転がり落ち、少年の声が飛び出してきました。

「フルート! ――フルート!!」

 闇の怪物たちが驚いたように振り向きました。背後から敵が現れたのかと思ったのです。その隙にフルートはまた剣を大きく振りました。目の前の怪物たちがなぎ払われ、燃え上がっていきます――。

 ゼンが狭い穴の向こう側から精一杯に手を伸ばしていました。穴をくぐり抜けることができないのです。ゼンは金の石のペンダントを握りしめていました。その手も顔も血で真っ赤に染まっています。

 フルートは執拗に襲いかかってくる怪物を切り捨てながら駆け寄り、穴に飛びつきました。

「ゼン、血だらけじゃないか!」

 すると、瓦礫の穴の向こうでドワーフの少年は、にやっとしました。ふてぶてしい笑顔で言います。

「ばぁか。おまえこそ血まみれだろうが」

 フルートは思わず泣き笑いしそうになりました。頼もしい親友にうなずき返し、穴の中へ手を伸ばします。思いきり伸ばした手の先に、ゼンの手のぬくもりとペンダントの堅い手応えを感じます。

 フルートは腕を穴から引き抜くと、振り向きざま、ペンダントを高くかざしました。

「金の石――!!」

 

 澄んだ金の光が地下牢に輝き渡り、部屋中にいた闇の怪物たちがみるみる消え始めました。悲鳴を上げ、もだえながら、火に投げ込まれた蝋細工のように溶けていきます。同じ光はフルートの頭や顔の傷も癒しました。痛みがたちまち消えていきます。

 すると、後ろのベッドで、おっという声が上がり、トウガリが驚いたように起き上がりました。あれほどひどかった拷問の傷が跡形もなく消えていました。また動くようになった腕や足を、目を丸くして眺めます。

 金の石はますます強く明るく輝き続けます。ゼンが手にしていたときの何十倍もの明るさです。あまりまぶしくて、まともに見ていることができません。

 その光の中、地下牢に崩れ落ちた瓦礫の中から、蒸発するような音が次々と響き始めました。下敷きになった怪物が、隙間に差してきた聖なる光に消滅しているのです。やがて金の光が静かに収まったとき、地下牢から怪物は一匹残らず姿を消していました。

「おい、フルート! 大丈夫か!?」

 ゼンが瓦礫の穴を広げて、ようやくこちら側へやってきました。まだペンダントをかかげたままのフルートに駆け寄ります。

 すると、その横にまた金の石の精霊が姿を現しました。小さな姿で腰に両手を当て、ちょっと首をかしげてフルートとゼンを見上げます。

「ま、なんとかかろうじて間に合ったってところだね。本当に君たちにははらはらさせられるよ」

「るせぇ。ちゃんと間に合ったんだから文句言うな」

 とゼンはむっとして言い返し、フルートは穏やかな笑顔になりました。

「ありがとう、金の石。助かったよ」

 精霊の少年は、ちょっと肩をすくめると、何も言わずに消えていきました。その様子は、あきれているようにも、深く安堵しているようにも見えました――。

 

 すると、トウガリがベッドから立ち上がりました。拷問で折られた手も足も、指の骨もすっかり治っています。傷も跡形もなく消えて、ただぼろぼろになって血に染まった衣類が拷問の痕を留めているだけです。元通りの痩せて背の高い姿で、大げさに身をかがめ、二人の少年へ道化のお辞儀をして見せます。

「勇敢で石頭な勇者殿と、友情に厚くて無鉄砲なドワーフ殿に心より敬意を。あの状況を本当に何とかしてしまうのだから、まったくあきれるばかり、いや、感心するばかりです。不可能を可能にすることは、まさしくこのことですな。――感謝するぞ、二人とも」

 トウガリは、流れるような口上から一瞬で地の口調に戻りました。少年たちを見上げる顔は道化の化粧をしていません。素顔のままで、にやっと笑って見せます。

 二人の少年も笑顔になりました。ゼンが言います。

「トウガリも無事で良かったよな。メーレーン王女がえらく心配してたぞ。絶対無事に助け出してくれって」

「メノア王妃様もさ。すごくトウガリを心配してたんだよ」

 と、突然頭上から声が降ってきました。驚いて見上げると、崩れた天井の隙間から緑の髪の少女がのぞき込んでいました。その周囲では、蜂か小鳥の群のように、色とりどりの花が飛び回っています。

「メール!」

 とフルートとゼンは歓声を上げました。メールも満面の笑顔になっています。

「やっと見つけた。あっちの入り口は完璧に崩れちゃってるから、ここから出といでよ」

「出てこいって――簡単に言うなよ。天井までえらく高いじゃねえか」

 とゼンが言い返します。まったくもう、とメールが肩をすくめます。

「ちゃんとロープを下ろしてあげるったら。間もなくそこもつぶれそうだから急ぎなよ」

 天井の割れ目から地下牢へ花をよりあわせたロープがするすると下りてきました。まずはトウガリが上っていきます。地上の瓦礫の中にはい上がっていくと、その手を細い手がつかみました。トウガリを朝日の中に引っ張り上げます。とたんに、銀の輝きが目を打ちました。

 トウガリはあっけにとられて自分を引き上げた人物を見つめました。

「ユギル殿――城の一番占者のあなたがこんなところまで出てくるなんて――」

 銀髪の青年は穏やかに笑い返しました。

「皆様方をお救いする手助けをするようにとの、陛下の勅令を受けて参りました」

 すると、その隣に大柄な青年も立ちました。オリバンです。殿下――と言ったきり、トウガリは完全にことばを失いました。城の一番占者がザカラスまで駆けつけて来たことも驚きでしたが、ロムドの皇太子が直々に彼らを助けに来たことは、輪をかけて信じがたいことだったのです。

 オリバンはトウガリの姿を上から下まで眺めました。拷問のひどい痛手は金の石が跡形もなく癒しました。けれども、裂けてぼろぼろになった衣類やおびただしい血の痕を見れば、トウガリがどんな目に遭ってきたのかは一目瞭然です。オリバンはうなずくと、低い声で言いました。

「無事でなによりだった、トウガリ。おまえが戻れば、父上も母上もメーレーンも、皆が喜ぶ」

 トウガリは一瞬目を細めました。化粧をしていない顔は正直な感情を相手に伝えてしまいます。あわてて顔を伏せ、深く深くお辞儀をします。

「恐れ多いおことばでございます、殿下――ありがとうございます――」

 表情を隠しても、感激に震える声が本心を伝えてしまっていました。

 

 そこへ、花のロープを伝ってゼンとフルートも上ってきました。二人は瓦礫の中からフルートの兜を掘り出してきたのでした。あらゆる衝撃に耐える魔法の兜です。岩の下敷きになっても傷一つついていません。

 外に立つ二人の青年を見たとたん、フルートが歓声を上げました。

「ユギルさん! それにオリバン――無事で良かった!」

 フルートが最後にオリバンと別れたのは、闇の大群が迫り、ランジュールが操るファイヤードラゴンが舞う夜空だったのです。

 オリバンが苦笑いをしました。

「それはこちらの台詞だぞ、フルート。相変わらず自分のことには頓着しない奴だな」

 フルートの傷は消えていましたが、その金髪も顔も、流れ出た血でべったりと濡れていたのです。

 そのとき、地上がまた大きく揺れました。メールが突然足下に開いた穴に呑み込まれそうになって、悲鳴を上げて飛び上がりました。ゼンがとっさにそれを抱きかかえて飛びのきます。他の者たちもあわてて大きく下がります。

 彼らの目の前で地面がめり込むように崩れていきました。地上に残っていた建物が、大穴の中に雪崩を打って落ち込んでいきます。地下牢が完全につぶれたのでした。

「うひゃぁ、間一髪だったな。――いつものことだけどよ」

 メールを腕に抱いて、ゼンはそう言いました。

 

 不気味な地鳴りは続いていました。そびえるザカラス城が崩壊しようとしているのです。壁には無数の亀裂が走り、地鳴りのたびに大小の岩が落ちてきます。

「ポポロ!」

 とフルートは城に向かって叫びました。

「ポポロ、無事か――!?」

「フルート……」

 少女の泣き声がフルートだけでなく、その場にいる全員の頭の中に聞こえてきました。ひゃっほう! とゼンが歓声を上げ、メールが叫びます。

「ポポロ! ぐずぐずしてないで出といで! お城が崩れるよ!」

「そうだ! もうデビルドラゴンはいねえんだろう!? とっとと逃げ出してこいよ!」

 とゼンも呼びかけます。

 すると、遠い彼方でポポロが首を振ったのが、全員に伝わってきました。

「お城が崩れたら――お城の人たちがみんな巻き込まれるわ――! ザカラス王やジーヤ・ドゥだけじゃないの。家来や兵士や侍女や下男や――全然関係ない人たちがたくさんいるのよ――。本当にたくさん。みんな、お城に押しつぶされて死んじゃうわ――。止めたいの! 崩れるのを止めたいのに――どうしていいのかわからないのよ!!」

 少女の激しい泣き声が聞こえてきます。城から逃げ出そうとする気配がありません。

 一同は青ざめ、揺れて崩れ続けるザカラス城を見上げてしまいました。

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