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第8巻「薔薇色の姫君の戦い」

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94.瓦礫(がれき)

 城の裏庭で、ゼンとメールとオリバンとユギル、そして二頭のペガサスは立ちつくしていました。目の前にそびえるザカラス城がみるみる崩れていきます。大小の岩が城壁から裏庭にも落ちてきます。メールが広げた花の天井が受け止め、跳ね返しています。先に城内に駆け込んでいったポチは戻ってきません。

「あいつらはどこだ!? どこにいるんだ!?」

 とゼンは振り返りました。そこに立つ青年を、焦りと怒りと信頼がごちゃ混ぜになった目でにらむように見上げます。

「ユギルさん――フルートはどこだ!?」

 銀髪の青年は色違いの目を細めました。何か見えないものを探るようなまなざしをして、やがて一カ所を振り向きます。

「勇者殿はあちらです」

 その細く長い指が指し示したのは、地下牢のある建物でした。そこも城と同じように崩れ続けています。

 とたんにゼンは駆け出しました。降りかかる岩も不気味に続く振動もかまわず、まっすぐ建物に向かいます。入り口をくぐって中に飛び込んだとたん、その上に建物の壁が崩れてきました。

「ゼン!!」

 仲間たちは仰天して駆けつけました。建物は入り口が崩れた壁に完全にふさがれてしまっています。

「ゼン! ゼン――!!」

 とメールが悲鳴のように呼ぶと、その奥からゼンの返事がありました。

「大丈夫だ。階段がある。このまま行くぞ」

 それっきり、もう何も聞こえなくなってしまいます。

 メールは思わず涙ぐみ、すぐに口をぎゅっとへの字に曲げました。あたりを飛び回っていた花に向かって叫びます。

「花たち! 別の入り口を見つけとくれ! 急いで――!」

 

 ゼンは建物の階段を地下に向かって駆け下りていました。その胸の上で魔法の金の石が強く弱くまたたき続けています。闇の敵がそばにいるのです。

 階段を下りきると、そこは瓦礫の山でした。たくさんの怪物が落ちてきた天井に押しつぶされています。その状態でも、闇の怪物はまだ生きているのです。うめくような声が無数に聞こえ、岩の隙間で黒い爪のはえた腕がもがいています。

 崩れ落ちた天井は、部屋をすっかり埋めて行く手をふさいでいました。その下に怪物たちと一緒にフルートも押しつぶされているような気がして、ゼンはぞっとしました。地響きと共に地下牢が揺れ、また天井がザーッと崩れてきます。階段の下に残された空間が、いっそう狭くなります。

 ゼンは大声を上げました。

「フルート! おい、フルート!!」

 すると、一瞬の間を置いて、瓦礫の山の向こうから返事がありました。

「ゼン?」

 フルートの声でした。ゼンは歓声を上げました。

「生きてたな、この馬鹿! 無事か!?」

「無事だよ。でも、トウガリが大怪我をして動けなくなってる。金の石は?」

「ここにあるぞ――」

 ゼンが答えたとき、また音を立てて天井が崩れてきました。ゼンは頭に岩の直撃を食らい、思わずうめいてよろめきました。

「どうした、ゼン!?」

 瓦礫の向こうでフルートが焦った声を上げます。ゼンは顔を歪めながら踏みとどまりました。金の石がすぐに傷を癒しましたが、頭から額に流れた血はそのまま残ります。

「なんでもねえよ――! 今、そっちに行く! 待ってろ!」

 ゼンは瓦礫の山に飛びつきました。大小の岩のかけらを片っ端からつかんで後ろへ放り出していきます。フルートのところへ通り道を作ろうというのです。

 すると、そのすぐ隣に淡い金の光がわき起こりました。黄金の髪に瞳の小さな少年が姿を現します。

「気をつけろ、ゼン。この下にいるのは闇の怪物だぞ」

 精霊のことばが終わらないうちに、瓦礫を跳ね飛ばして怪物が立ち上がりました。岩に半分以上つぶされた姿のままでゼンに襲いかかってきます。

「人間ダ――生気ヲよこせ! 怪我ヲ治すんダ――!」

 黒い闇の触手がゼンに伸びてきます。とたんに強い光が輝き、怪物が触手ごと霧散しました。金の石が光ったのです。

「ありがとよ」

 と笑ってみせるゼンへ、金の石の精霊はにこりともせずに答えました。

「聖なる光は石の下までは届かない。油断するな」

 

 地響きは続きます。地上から城が崩れる音が聞こえ続けています。

 必死で瓦礫を取り除きながら、ゼンはまたフルートに話しかけました。

「ルルとポポロはどうしたんだ? だいたい、どうして城が崩れ出したんだよ?」

「ルルはポポロを助けに向かってる。これはポポロの魔法だよ。たぶん、デビルドラゴンから脱出しようとして、魔法を暴走させちゃったんだ――」

 とたんにまた大きな揺れが来ました。

 ポポロの魔法はせいぜい二、三分しか効きません。もう城を壊す魔法は消えています。けれども、一度亀裂が入り、崩れ出した城を止めるものはありません。崩れた壁や天井は、その上の建物を支えることができなくなり、さらに大きな崩壊を招いているのでした。

 ゼンたちがいる地下牢でも、また天井が崩れ落ちました。地下にいてはわかりませんでしたが、牢の上に立つ地上の建物が完全につぶれたのです。崩れた壁の外から、大量の土砂が流れ込んできます。

 とたんに、金の石がまた光りました。押し寄せる土砂からゼンを守ります。

「ちっくしょう!」

 とゼンは歯ぎしりをしました。せっかく岩を取り除いた場所に、また新たな岩が降ってきたのです。瓦礫の壁は、なお厚くフルートとの間に横たわっています。

 闇の怪物がゼンのすぐ隣に飛び出しました。ゼンにつかみかかって食いつこうとします。

「うるせえ! 引っ込んでろ!」

 ゼンは怪物をつかんで投げ飛ばしました。カエルに似た怪物が岩にたたきつけられてギャッとつぶれます。そこへ、金の石がまた光ります――。

 

 瓦礫の向こうで、ごうっと音がしました。フルートが炎の弾をを撃ち出した音です。ゼンは、はっとしました。

「どうした!?」

 と、どなると、少し間があって、フルートの返事がありました。

「ゼン、急げ……! 闇の怪物たちが復活してきた。こっち側にまた出てきてるんだ……!」

 フルートは、はっきりと息を弾ませていました。怪物たちと戦っているのです。

 ゼンはぎょっとしました。さすがの金の石の精霊も、顔色を変えます。

「ぼくを向こう側へ行かせるんだ! フルートのところへ!」

 金の石の本体はゼンの胸の上にあります。フルートのところへ送ろうにも、間には瓦礫の壁が横たわっています。

 向こう側からうなり声が聞こえてきました。怪物の声です。また、ごうっと炎の弾の音がわき起こります。ヒヒヒ、と怪物が笑う声も聞こえてきます……

 ぎりりっとゼンは歯ぎしりをしました。大きく息を吸うと、右手を拳に握って後ろへ引きます。

「ゼン――?」

 精霊の少年が驚いた顔で振り向きます。

 とたんに、ゼンは積み重なった瓦礫を思いきり拳で殴りつけました。怪力のドワーフ族の中でもとりわけ力の強いゼンです。巨大な鉄の槌(つち)でたたきつけたように、岩が砕け、土がはじけ飛びます。

 けれども、同時にゼンの拳も傷つきました。何メートルにも渡って分厚く重なった岩と土です。いくらゼンでも打ち抜くことはできません。骨の砕ける嫌な音がして血が吹き出ます。

 ゼンは顔を歪め歯を食いしばって激痛に耐えました。傷ついた拳を金の石が癒します。すると、ゼンがまた拳を繰り出しました。瓦礫が吹っ飛び、またゼンの拳が砕けます。それをまた金の石が癒します。ゼンが三度拳を振り上げます――

「よせ、ゼン! いくらぼくが癒すからって、無茶をするな!」

 と精霊の少年が叫びました。それでもゼンは瓦礫を殴りつけるのをやめません。あえぎながらどなり返します。

「うるせえ――ここで無茶しなかったら間に合わねえだろうが――! 俺は、おまえをフルートのところへ連れてくって約束したんだぞ――!」

 精霊は目を見張って何も言わなくなりました。ゼンは再生を繰り返す拳で力任せに瓦礫を掘り進んでいきます。そのそばから黒い手や触手が伸びてきます。瓦礫の下の怪物たちがゼンを捕らえようとしているのです。金の石が聖なる光を放ちます。

 瓦礫の向こうではフルートが戦う音が続いていました――。

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