「勇者フルートの冒険」シリーズのタイトルロゴ

第8巻「薔薇色の姫君の戦い」

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91.願い

 「フルート! フルート、フルート――!!」

 ポポロは叫んでいました。

 闇の竜が作り出す暗い世界の中で、魔法使いの少女はバラ色の光の壁を作り、その中で自分を守り続けています。光の壁の外で、デビルドラゴンがポポロを待ち構えています。その前で、闇が一つの光景を映していました。地下牢のフルートとトウガリの様子です。

 フルートを襲う敵が替わっていました。ザカラス兵はひとり残らず闇の怪物に生気をすすられて倒れ、今はその怪物がフルートめがけて無数の触手を伸ばしているのです。

「ク、ク、ク。いたナ。オマエが、金の石の勇者だナァ」

 フルートは、とっさに左腕の盾を構えました。触手が盾にはじき返されます。怪物は一瞬触手を引っ込め、またすぐに勇者を捕らえようとしました。

 その隙にフルートはロングソードを炎の剣に持ち替えました。怪物に向かって思いきり剣を振ります。切っ先から炎の弾が飛び出し、怪物を火だるまにします。地下牢に絶叫が響き渡ります。

 ポポロは、ほっとしました。頬を流れる涙をぬぐうことも忘れて、闇の中の少年を見つめ続けます。フルートは牢のベッドに駆け寄り、必死でトウガリを抱き起こそうとしていました。またすぐに別の闇の怪物が襲ってくるのはわかっています。傷ついたトウガリを抱えて逃げだそうとしているのでした。

 そんなフルートにトウガリが言いました。

「無駄だ……俺はもう助からん……。俺なんかより、もっと大事なことがあるはずだぞ……それをやりに行け……」

 フルートは首を振りました。兜をザカラス兵にむしり取られて、むき出しになった頭で、金髪が激しく揺れます。

「見捨てません! 絶対に見捨てたりしません!」

 血を吐くような想いを込めた声で繰り返します。

 トウガリが腫れ上がった顔を歪めました。笑ったのです。

「だから、おまえは馬鹿だと言われるんだ……。おまえは、何をしに来た……? 俺を助けに来たわけじゃ、ないだろう……?」

「トウガリも助けに来たんです! トウガリだって、ぼくたちの仲間だ!」

 とフルートは叫び続けました。何があっても考えを変えない、あの強い口調です。

 すると、トウガリが重ねて尋ねました。

「俺の他に、助けたいのは誰だ? ……ポポロか?」

 とたんに、少年はぎくりとしました。顔色が変わります。トウガリが、また笑いました。

「おまえは、ポポロのこととなると、本当に正直だな……。ならば、なおさらだ。早く行け、フルート……。おまえの姫君が、おまえの助けを待っているぞ……」

 

 ポポロは思わず息を呑みました。おまえの姫君、とトウガリが言ったことばに、どきりとしたのです。単なることばのあやだとわかっているのに、何故だか急に胸がどきどきして息が苦しくなってきます。目を見張ったまま、闇の中のフルートたちを見つめてしまいます。

 フルートは顔を大きく歪めていました。少女のように優しい顔は、今にも泣き出してしまいそうに見えます。

「ポポロは……ポポロは、大事です……。だけど、トウガリだって、やっぱり大事だ……」

 ポポロは胸が詰まるような気がしました。両手で口をおおい、ただただフルートを見つめ続けます。

 おいおい、とトウガリが言いました。苦笑いするような声でした。

「……人間に、手は、二本しかないんだぞ……。その手でつかめる分量は、決まってるんだ……。つかみきれないときには、どっちが大事かを考えろ……。俺か、ポポロか、どっちか選べと言われたら……そんなのは考えるまでもなく、決まっているだろう……」

 トウガリの声がとぎれました。長い話に息が続かなくなったのです。ぜいぜいと苦しそうに息をします。息をするたびに顔が歪んでいます。拷問でぼろぼろになった体は、大きく呼吸するだけで激しく痛んでいたのです。

 フルートはまた頭を振りました。

「決められません! どうしても決められません! ぼくは――どっちも助けたいんだ!!」

「……欲張りめ……。そんなことを言っていると、どちらも助けられなくなるぞ……」

 トウガリがまた笑いました。フルートは頭を振り続けます。

 

 ポポロは、バラ色の光の中でいつの間にか座り込んでいました。夢のように広がるバラ色のドレスの中で、泣くことも忘れて、闇の中の少年を見上げ続けます。

 デビルドラゴンが光の壁の外から話しかけてきました。

「ヤハリ、ふるーとハとうがりヲ見捨テラレナカッタナ。マッタク優シイ勇者ダ。ソノ優シサガ命取リニナル。――城ニ闇ノ怪物ガ大量ニ入リ込ンダ。モウジキ、アソコニモ殺到スルゾ。ふるーとハとうがりヲ置イテ逃ゲラレナイ。闇ノ怪物ニ食ワレルシカナイノダ」

 闇は離れた場所にある地下牢を目の前に映し続けています。デビルドラゴンが言うとおり、新たな怪物が地下牢に入り込んできました。先に倒された仲間の悲鳴を聞きつけ、血の臭いに誘われて、わらわらと階段を下りてきます。壁をすり抜け、石の床をすり抜けて入り込んでくるものもあります。獣に似たもの、虫に似たもの、人に似たもの、そのどれにも似ていないもの――異様な姿の怪物たちが、真っ黒な集団になって押し寄せてきます。

 フルートは青ざめて剣を構えました。背後には身動きできないトウガリを守り続けています。押し寄せる闇の敵は、ひとかたまりの黒い巨人のようにも見えます。フルートに向かって、すさまじい声で叫びます。

「いたなぁぁ、金の石の勇者ぁぁぁ……!!! 願い石を、よこせぇぇぇぇ……!!!」

 フルートは目を細めました。覚悟を決めた顔で剣を握りしめ、黒い集団が襲いかかってくる瞬間を待ちかまえます。

 怪物たちはフルートを前にして牽制しあっていました。先のものを後続のものがつかんで引き止め、引き戻し、入れ替わり立ち替わりしているのです。それは黒い雲がその場で激しく渦を巻いているようにも見えました。

 けれども、それは束の間の均衡です。まもなく黒雲は崩れて、怪物たちがどっとフルートに襲いかかってくるのです。

「サア、ぽぽろ」

 とデビルドラゴンが言いました。

「ふるーとヲ助ケルノダ。ソコカラ出テコイ」

 その声に誘われるように、ポポロは立ち上がりました。バラ色のドレスの裾が揺れます。怪物の集団は地下牢の半分以上を埋め尽くしていました。残されているのは、フルートとトウガリがいる牢の奥の狭い空間だけです。逃げ道はどこにもありません――。

「サア」

 とデビルドラゴンがまた言いました。

「ソコカラ出ロ。ソシテ、私ヲ受ケ入レロ」

 フルートを死なせてはいけない。そのことだけでポポロの頭の中はいっぱいでした。祈るように両手を組むと、肩をふるわせて泣き出します。ごめんなさい、フルート……ごめんなさい。ごめんなさい……。心の中で謝り続けながら、光の壁の外に出て行こうとします。

 そこでは、黒い闇の竜が羽ばたきながら待ちかまえています――。

 

 すると、そのとき別の誰かが、ごめん、と言う声が聞こえました。

 それはフルートでした。目の前をおおいつくす闇の怪物を見上げながら、フルートは顔を歪め、歯ぎしりをしながらつぶやいていました。

「ごめん、ポポロ……。助けに行けなくて、ごめんね……」

 ポポロは立ちすくみました。少年の頬を流れていく悔し涙を見つめます。

 そのとたん、ポポロの胸に想いがあふれました。

 フルートのそばに行きたい!

 助けに行けなくてごめんね、と泣く少年の元に駆けつけて、「フルート、あたしはここよ」と言ってあげたい――!

 そんな強い気持ちです。

 

 羽ばたきながら待っていた竜が、意外そうな声を出しました。

「ドウシタ、ぽぽろ。早ク出テコイ」

 ポポロは首を振りました。赤い髪がバラ色の光を返して輝きます。

「だめよ……」

 と震える声で言います。

「だめなの……。おまえの力を借りてしまったら、あたしは魔王になってしまうもの。フルートのところへ行けなくなるもの……。それじゃだめなの。だめなのよ――」

「デハ、イツマデモ、チッポケナぽぽろノママデイタイノカ? 魔法ヲ自分デこんとろーるスルコトモデキズ、思ウコトモロクニ話セズ、タダ泣キナガラ見テイルコトシカデキナイ、臆病ナ自分ガイイトイウノカ?」

 デビルドラゴンのことばは残酷です。ポポロの心の奥底を突き刺して、潜む想いを暴きたてます。

「ふるーとニ似合ウ自分ニナリタイノダロウ? ソウスレバ、オマエハ本当ノ気持チヲ打チ明ケラレルノダロウ? ソノタメノチカラヲ、オマエハ求メテイルノダロウ、ぽぽろ――?」

 ポポロはまた泣き出していました。泣きながら激しく首を振り続けます。

「力はほしいわ……強くなりたい! だけど――だけど――今は、そんなの関係ない! あたしがフルートにふさわしくなくたってかまわない! フルートが王女様を好きでも、誰を好きでもいい! あたしは、フルートのところに行きたいの! フルートが心配してくれる、このあたしのままで――あたしは、フルートのそばに行ってあげたいのよ!!」

 ドン、と音を立てて、ポポロの周りを囲むバラ色の光が広がりました。爆風が暗雲を追い払うように、周囲から闇を吹き払っていきます。デビルドラゴンが吹き飛ばされ、見えない壁にたたきつけられます。

 次の瞬間、ポポロは明るい空間に立っていました――。

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