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第8巻「薔薇色の姫君の戦い」

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85.装備

 勇者の一行を乗せたペガサスは、ロムド城の上に舞い降りました。石造りの屋上に蹄の音を響かせます。

 その背中から、子どもたちが次々と飛び降ります。

「俺は装備を調えてくる! ペガサス、ここで待ってろ!」

 とゼンがどなれば、メールも言います。

「あたいは城中から花を集めてくる! ここから先、あたいは花鳥で行くよ!」

「ワンワン、ぼくはピランさんを探します!」

 ポチの目的は、傷ついて壊れた風の首輪を、エスタ国の鍛冶屋の長に直してもらうことです。それこそ時間がありません。全員はたちまち屋上から城の入り口へ飛び込み、階段を駆け下りて、それぞれの目的地へ向かいました。

 

 ゼンはロムド城の中に準備された自分たちの部屋に飛び込みました。

 長く留守にしていた部屋には火の気も灯りもありません。けれども、ドワーフの血を引くゼンは夜目が利きます。暗さなどものともせず、自分のベッドの下から装備を取り出しました。青い胸当て、青い丸い盾、大きなエルフの弓と白い矢が入った魔法の矢筒……。

 それらの防具や武器をベッドの上に並べて、ゼンは、にやりとしました。

「待たせたな。やっとおまえらの出番だ。行くぞ」

 そのとき、窓の外で雲が切れました。夜空で星が輝いています。ひときわ明るく輝いているのは、戦の神の象徴と呼ばれている惑星でした。赤いその光がゼンの胸当ての上に映ります。

 ゼンはずっと着ていた下男の上着を脱ぎ捨てると、手早く防具を身につけ始めました――。

 

 メールは城の廊下の真ん中で立ち止まりました。長い廊下を燭台の明かりが照らしています。壁や廊下の曲がり角には、冬だというのに、たくさんの花を生けた花瓶が飾られています。メールは、思わずにんまりました。彼女は花使いです。花さえあれば、無敵なのです――。

 静まりかえった真夜中の廊下で、メールは両手を高くかざしました。城中に気持ちを大きく広げながら、澄んだ声で呼びかけます。

「花たち! 花たち、聞こえるかい!?」

 すると、壁際の花器の中で花が震え出しました。ざわざわと音を立てながら茎や葉が揺れ、花が小刻みに花びらを震わせます。

 メールは手をかざしたまま、また、高らかに呼びかけました。

「おいで、勇敢な花たち! あたいと一緒に闇と戦っておくれ――!!」

 とたんに、花がいっせいに茎を離れました。小さな鳥か虫の群れのように、集団になって空中を飛び始めます。ざあぁぁ……と雨のような音がわき起こります。

 花は城の遠い場所からも駆けつけてきました。城中の廊下や階段が、花の飛ぶ音でいっぱいになります。城中に土砂降りの雨が降っているような騒々しさです。

 色とりどりの花に混じって、特に色鮮やかな一群が飛んできました。赤やピンクのバラの花です。かぐわしい香りを放ちながら、メールの手の上で渦を巻きます。集まってきた花たちは、まるで雲か虫の大群のようでした。

 

 すると、バラの花を追って階段を駆け上ってきた人がいました。寝間着の上にガウンをはおった金髪の貴婦人です。その顔立ちは、メーレーン王女にとてもよく似ています。メノア王妃でした。

「何ごとですの!?」

 と王妃は驚いて叫びました。王妃はその夜、何故だかなかなか寝付けなかったのです。ベッドの中でまんじりともせずにいると、部屋に飾ってあったバラの花が突然宙に浮かび、ひとりでに開いた扉から通路に飛び出していったので、びっくりして後を追ってきたのでした。

 メールはメノア王妃に笑いかけました。

「花を借りるよ、王妃様。それから、メーレーン王女はちゃんとラヴィア夫人の屋敷まで送り届けたからね。元気だから安心しな」

 海の王女だというのに、メールのことばは本当にぶしつけです。けれども、王妃はそれを怒ることもなく、メールの手元で花が巨大な集団になっていく様子に目を見張っていました。王妃様! と遅れて駆けつけてきた侍女たちが、同じように花の群れに驚いて立ちすくみます。

 うなりを上げて渦を巻く花を見上げて、メールがつぶやきました。

「うーん、ちょっと足りないかな……。冬だもんなぁ」

 すると、それを聞きつけて、メノア王妃が声をかけてきました。

「あなたはメールですわね。金の石の勇者の仲間の。これから戦いに向かうのですか?」

 メールは王妃を見ました。一瞬だけ、青い瞳に考える表情をひらめかせ、短くこう答えます。

「そう。ザカラス城へ闇を倒しに行くんだよ」

 自分が生まれ育った城の名前を言われて、王妃はまた目を見張りました。真っ青になって両手を頬に当てます。そんなしぐさもメーレーン王女にそっくりです。

「メール、メーレーンは無事に戻っていると言いましたね? では――では、トウガリは? メーレーンを訪ねて、ザカラス城へ行ったのです!」

 メールは思わず花から目を離して王妃を見つめてしまいました。トウガリのペンダントにこっそり隠されていた王妃の肖像画を思い出します。王妃はトウガリの気持ちに気がついていたんだろうか、と考えてしまいます……。

 王妃は答えを待っていました。本気で自分の道化の心配をしています。

 メールは言いました。

「トウガリはつかまってるよ。ポポロもさ。だから、あたいたちはそれを助けに行くんだ」

 王妃は息を呑みました。さらに青ざめながら、思いついたように言います。

「温室! 中庭の温室です、メール! あそこになら、冬でも花がたくさん咲いていますわ! あれを連れて行きなさい!」

 いけません、王妃様! と侍女たちが声を上げました。あそこで育てているのはお城を飾るための花です。それを持って行かれてはお城の花が。間もなく催し事もありますのに……と口々に言います。

 とたんに、王妃が侍女たちを叱りつけました。

「花よりも城よりも、人のほうが大事です! メール、ポポロもつかまっているのですね? では、私の父上も同じですね? お願いです。皆を助けてあげてください。花はいくらでもお使いなさい。他に入り用なものがあれば、それも準備しましょう」

 真剣な顔をしている王妃に、メールはちょっとほほえみました。ポポロたちを捕まえたのは、あんたの父親のザカラス王だよ、と言いかけた声をそっと呑み込みます。王妃は澄んだ目をしています。冷酷なことで有名な自分の父親さえ、信じて案じているのです――。

「わかった。できる限りのことはするから。他にほしいものはないよ。あたいは、花さえあればそれで充分なんだ」

 とメールは言うと、集まった花に向かって叫びました。

「花鳥におなり! 中庭の温室へ行くよ!」

 ザーッと音を立てて花が動き、目の前に一羽の鳥が現れました。色とりどりの花が集まってできた、花鳥です。ただ、その大きさは、やっとメールが背中に乗れる程度でした。その上に飛び乗って、メールは廊下を飛んで行きました。花の香りを残して、たちまち階段の下へ見えなくなってしまいます。

「お願いしますわ、メール」

 とメノア王妃は祈るように手を組み合わせました。

 

 ポチは階段を駆け下り、通路を駆け抜けながら、ピランの匂いを探し続けていました。通路はうなりを上げながらあちこちから飛んでくる花でいっぱいです。メールが呼び集めているのです。

 すると、その音を聞きつけて飛び出してきたゴーリスと、ばったり出くわしました。フルートの剣の師匠は、真夜中でも服を着て、腰には大剣を下げていました。いつもの通り、上から下まで黒ずくめの格好です。

「ポチ、何ごとだ!?」

 とゴーリスが子犬に駆け寄って尋ねました。ワン、とポチは吠えました。

「装備を整えに戻ってきました! ピランさんはどこですか!?」

「ピラン殿なら地下の仕事場だ。まだ起きているだろう」

 子犬は即座に地下に向かって駆け出しました。ゴーリスが並んで走り、ざっといきさつを聞き出します。

「そうか、デビルドラゴンが……」

 と言ったきり、ことばが続けられなくなります。先にザカラス城に向かったというフルートと皇太子の身を案じます。

 一方、子犬は地下の扉をくぐるなり、ワンワンワン、と激しく吠えたてて大声で呼びました。

「ピランさん! ピランさん――!!」

「なんじゃ、騒々しい」

 と鍛冶場の奥から返事がありました。金属のように光る緑色の服を着た、小さな老人が姿を現します。その灰色のひげは、地面にひきずりそうです。

 ポチは老人の前に走っていって言いました。

「ワン、ぼくの風の首輪が壊れました! お願いです、すぐに直してください! フルートたちを助けに行かなくちゃいけないんです!」

「そりゃまた急だな。何ごとじゃい」

 とピランは面食らってゴーリスを見ました。剣士が答えます。

「ザカラス城にデビルドラゴンがいる。ポポロがつかまっているんだ」

 たちまちピランは顔つきを変えました。即座にポチにかがみ込んで、風の首輪を眺めます。

「風の石が傷ついとるな。これじゃ確かに変身はできんじゃろう……。だが、これは今すぐには直せんぞ。材料を集めんと」

 ポチは、たちまち悲しそうな顔になりました。やっぱり自分は風の犬になれないのです。フルートたちのために戦うことができないのです――。

 

 すると、そんなポチにピランが手を伸ばしました。とたんに、首輪からぽろりと緑の風の石が外れて、ピランの手に落ちました。

「ワン! な、なにを――!?」

「わしに預けておけ。直しておいてやる。代わりと言っちゃなんだが、ちょうど面白い石があるぞ。これをはめてやろうな」

 そう言いながら、ピランは仕事場の奥から別の石を持ってきました。鈍い銀色に光る丸い石です。それをポチの風の首輪に留めつけます。

「風の呪文を編み込んだ首輪だから、石の魔力とぶつかってしまうが、数分間くらいなら役に立つじゃろう」

 と言われて、ポチは目を丸くしました。

「ワン、これはどういう力の石なんですか?」

「それはな――」

 ピランが、ひそひそと子犬に耳打ちをします。聞くうちに、子犬の耳がぴんと立ち始めました。

「ワン、なんだか面白そうだなぁ」

 と笑うような顔になって言います。

「さてさて、鍛冶屋の長殿はどんな力をポチに授けたんだ?」

 とゴーリスが言います。緊迫した場面なのに、つい興味津々の顔になっています。

 ポチは元気に尻尾を振りながら言いました。

「ワン、それじゃこの石をお借りします、ピランさん! 急ぐので、これで失礼します!」

 と鍛冶場からまた飛び出していきます。

 すると、ゴーリスの声が追いかけてきました。

「勇者たちと共に光あれ!」

 ワンワンワン、とポチは答えました。短い祈りの中に、彼らの無事と勝利を願ってくれる気持ちを感じ取ります。ゴーリスは国王の命令がなければ戦いに駆けつけることができません。それは、彼らと共に行くことができない剣士の、精一杯の声援でした。

 

 ポチが城の屋上に駆け戻ると、ちょうどゼンも戻ってきたところでした。青い胸当てと盾をつけた上から短いマントをはおり、背中にはエルフの弓矢と矢筒を背負って、完全に装備を整えています。自信満々な顔つきになって、笑って見せます。

「準備はいいぞ。行こう」

 ワン、と答えてポチがゼンに飛びつき、屋上で待っていたペガサスに一緒に乗ります。すると、城の中庭から激しい羽音がして、大きな鳥が舞い上がってきました。メールを乗せた花鳥でした。翼の端から端まで五メートルあまりもある立派な姿をしています。

「お、そっちも完璧だな」

 とゼンが声をかけると、メールがにこやかに答えました。

「メノア王妃のおかげだよ。温室の花をもらえたんだ」

「ワン、みんな応援してくれてますね。さあ、急がなくちゃ」

「おう。行け、ペガサス!」

 大きな羽音を立てて天馬が空に舞い上がりました。メールの花鳥が、それに並びます。

 すると、そこへまた別の羽音が聞こえてきて、空の彼方からもう一頭のペガサスが現れました。その背中には、銀の髪をなびかせた青年が乗っていました。

「陛下のお許しを得ました。わたくしもザカラス城まで参ります」

 とユギルは言いました。

「わたくしにはまだ象徴は見えません。ですが、吉凶の予感だけはつかめるのです。きっと、ザカラス城でお役に立てると思います」

「マジで心強いな!」

 とゼンは笑顔になりました。

「さあ、これで準備は万端だ! あとはフルートたちに追いついて――闇の竜を思いっきりぶっ飛ばしてやろうぜ!!」

 陽気なほどのゼンの声に、やっほう! とメールの歓声が重なりました。ワンワンワン、とポチが吠え、ペガサスたちまでが空にいななきます。

 上空では強い風が吹き続けていました。空をおおっていた雲が急速に流れていきます。

 彼らの行く手で雲が切れ、黒い夜空が広がり始めました。それは、澄んだ星々が明るく輝く、美しい冬の空でした――。

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