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第8巻「薔薇色の姫君の戦い」

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83.ファイヤードラゴン

 ポポロは闇に映し出されたフルートの姿を震えながら眺めていました。

 暗い夜空ですが、魔法の力なのか、ルルに乗ったフルートをはっきりと見ることができます。オリバンをファイヤードラゴンの前に置き去りにして、フルートは泣くより辛そうな表情をしています。ポポロは涙をこぼしながらそれを見つめ続けました。

「ふるーとハ金ノ石ヲ持ッテイナイ。石ハぜんタチト共ニでぃーらヘ向カッタヨウダナ」

 とデビルドラゴンが冷静な声で言いました。ようだな、と曖昧な言い方になったのは、闇の竜が金の石の場所を見通すことができないからでした。石が聖なる結界で周囲を守っているので、闇の目にはその様子がわからないのです。

 金の石がフルートの手元にないことは、さっき闇がらすも言っていました。なぜ、とポポロは思わず尋ねました。

「でぃーらニハ病気ノ女ガイル。王宮ノ礼儀作法ノ先生ダ。ふるーとニモ縁アル人物ナノダロウ? ソレヲ助ケルタメニ石ヲ手放シタヨウダ。マッタク愚カナコトダ」

 ポポロは真っ青になりました。ラヴィア夫人のことなのだとすぐに気がついたのです。また思わず声を出します。

「ラヴィア夫人を病気にしたのはおまえなの、デビルドラゴン!?」

 フルートが竜の巧妙な策略に深くはまっているように感じて、自分までが苦しさを感じてきます。フルート、来ちゃだめよ、と心の中で繰り返します。

 デビルドラゴンは答えました。

「私デハナイ。ダガ、時ト場ハ、自ラノ意志ヲ持ッテ移リ変ワル。今、世界ハ闇ニ味方シテ動イテイルノダ」

 ポポロはいっそう青ざめました。世界が自分の意志を持って闇に味方している、という考え方は、すぐにはぴんときませんでしたが、いろいろなことがフルートたちに不利な方向へ動いているのだ、ということはわかりました。やることなすこと、なにもかもがまずい方向へ動いていってしまう時というのは、確かにあるのです……。

「金ノ石ナシデ闇ノ怪物ニハ勝テナイ。ふるーとハ間違イナク死ヌゾ」

 と闇の竜はささやきつづけていました。

「間モナク怪物タチガ殺到スル。見殺シニスルノカ、ぽぽろ?」

 ポポロは首を振りました。また顔をおおってしまいます。押さえた両手の内側を、また涙が濡らし始めました――。

 

 夜空の中でオリバンとファイヤードラゴンが戦っていました。

 ドラゴンが吐く炎をペガサスがかわし続けています。それを追ってドラゴンが長い首をねじり、また火を吐きます。ペガサスとドラゴンの二組の翼が空を打つ音が激しく響き渡っています。

「ちょっとぉ。そんなにちょろちょろ飛び回らないで、ボクの炎につかまりなよ、皇太子くん! 燃やしてあげられないじゃないかぁ」

 とドラゴンに乗り移ったランジュールが文句を言います。その頭上を飛び越えながら、オリバンは答えました。

「ご免こうむる。そんなことをしたら、私はロムドに戻れなくなるからな。未来の王として、そんな無責任な真似はできん」

「今だって充分に王として無責任じゃないか、キミ! 未来のロムド王が国をほったらかしにして、ザカラスなんかにしゃしゃり出てきていいわけぇ? 勇者くんを逃がして身代わりになろうとするしさぁ」

「身代わりではない。あいつの後ろ盾になっているのだ」

 とオリバンが答えます。

「あいつは世界を守る勇者だからな。その勇者を守るということは、つまり世界を守るということだ。世界の平和なくしてロムドの平和はありえない。私は王としての務めを果たしているだけだ」

 ドラゴンが一瞬、攻撃をやめました。あきれたようにオリバンを見ます。

「ほぉんと、相変わらず、めちゃくちゃ真面目な王子様だなぁ。……まあ、そういうところがステキなんだけどさ」

 うふふ、と艶っぽい笑い声を立てます。オリバンはまた思いきり顔をしかめました。

「とにかく、あいつには手を出させん! とっととあの世へ行け、ランジュール!」

「やぁだよ。キミたちを殺すまでは、ぜぇったいに行かないよ」

 何故だか、ランジュールの口調は歌うように聞こえます。炎が夜空を焦がし、ペガサスを包もうとします。白い翼が羽ばたいて、炎を押し返しながら逃げていきます。

 そうしながら、オリバンたちはファイヤードラゴンの背後に回りました。コウモリのような翼が羽ばたきを繰り返す大きな背中へ、オリバンが聖なる剣を振り下ろします。剣がオレンジのウロコと皮膚を切り裂きます――。

 

 鈴のような音が鳴り渡りませんでした。

 ファイヤードラゴンは悲鳴を上げましたが、霧散することもありません。ただ傷口から血を吹き出しただけです。

「痛いなぁ。ひどいじゃないか、皇太子くん」

 とドラゴンが振り返り、驚いた顔をしているオリバンに言いました。

「あのね、ファイヤードラゴンは闇の怪物じゃないんだよぉ。だから、聖なる剣で切られても平気なの。あ、ついでに言うと、ボクももう闇のものなんかじゃないからねぇ。金の石の光に焼かれて浄化されたんだから」

「浄化されてそれでは、たかがしれている」

 とオリバンは言い、さらに剣をドラゴンに振り下ろしました。また血しぶきが上がります。

「霧と消えなくても、通常攻撃は食らうのだろう。早くあきらめて死者の世界へ行け!」

「行くさ。右手に皇太子くんの魂、左手に勇者くんの魂を抱えてねぇ。ふふふ。両手に花ってのは、このことだよねぇ」

 いくら切りつけられても巨大なドラゴンには弱る様子はありません。オリバンは歯ぎしりして、さらに深く切り込もうとしました。

 とたんに、ペガサスが口を開きました。

「冷静に、王子。敵のペースにはまり始めているぞ」

 オリバンは、はっと我に返ると、すぐにペガサスと共にドラゴンから離れました。

 今まさに特大の炎を吐こうとしていたドラゴンが、うふん、と笑いました。

「さっすが。熱くなりかけても、すぐまたそうやってクールに戻るんだもんねぇ。やっぱり、これは絶対にキミを殺してあげなくちゃ。これがボクの愛情の表現。受けとってよねぇ」

 また炎が飛んできました。オリバンはそれをかわすと、大真面目で答えました。

「ご免こうむるとさっきから言っている。どうせ受けとるなら、麗しい女性からの愛情が良い」

 ドラゴンは、くすくすと笑い出しました。

「いるのぉ、そんな女性? キミからそういう色っぽい匂いは全然してないけどなぁ」

「見つけるさ。私も、メーレーンもな。金の石の勇者たちは世界を駆けていく者たちだ。我々のような国に縛られる人間にはつなぎ止めることができない。彼らには彼らにふさわしい相手がいるように、我々もいつか、自分たちにふさわしい相手を見つけてみせるぞ」

「うん? キミ、なんの話をしてるの?」

 ランジュールには皇太子の言っている意味がよくわからないようでした。オリバンは口元を歪めて笑いました。

「なんでもない、ただの独り言だ。――さあ、今度こそとどめだ。昇天しろ、ランジュール」

「嫌だってばぁ。だいたい、天国のほうでボクのことは遠慮してくるさ」

「よくわかっている。貴様の行く手で待つのは地獄の業火だ。そこでしっかり浄化されてこい」

 ひらめく剣をドラゴンがかわし、首をねじって炎を吐きます。ペガサスの翼がまた空中を打ちます。炎の下をかいくぐって、オリバンがドラゴンに切りかかっていきます。ドラゴンが長い尾を振り回して、オリバンとペガサスを横殴りにしようとします――。

 

 そのとき、突然別の怪物が間に飛び込んできました。ドラゴンの尾をまともに食らって吹っ飛んでいきます。それがオリバンとペガサスを守る形になりました。

「あれ?」

 とドラゴンはランジュールの声で驚き、あたりを見回して、あーあ、と溜息をつきました。

「ほらぁ、のんびり話なんかしてたから、闇の怪物たちが到着しちゃったじゃないかぁ。見てよぉ、あの数!」

 夜空の四方八方から、彼らに向かって押し寄せてくる無数の影がありました。雲が切れ目の星空を背景に、人とも獣ともつかない奇怪な姿を浮かび上がらせます。闇の怪物の大集団でした。

「なに。ハルマスではあれ以上の闇の怪物を相手にしたぞ」

 と言いながら、オリバンは剣を構え直しました。迫ってくる敵のどこを突けば突破できるだろう、と黒い影の薄い場所を探します。

 すると、暗雲のように押し寄せてくる怪物の中から、特に速いものたちが飛び出して、我先にオリバンに襲いかかってきました。

「いた! いたぞぉ! 金の石の勇者だ!」

「俺が先だ! 俺のものだぞ!」

「やめろ! あいつは俺が食うんだ――!」

 口々にわめき、先を飛ぶものに追いついて襲いかかり、空から蹴落として自分が先に行こうとします。

「ほぉんと、馬鹿な連中。皇太子くんを勇者くんと勘違いしてるよ」

 とファイヤードラゴンは肩をすくめました。ドラゴンが肩をすくめる様子など、なかなか見られるものではありません。

 オリバンは剣をふるいました。襲いかかってくる闇の怪物を次々と切り捨て、霧散させていきます。白く輝くペガサスの姿は、闇夜の中の格好の目印でした。遠くからざわめくような怪物たちの声が伝わってきます。

「いたぞ――」

「イタゾ」

「金の石の勇者ダ――」

「手に入れろ!」

「食ってやれ!」

「引き裂いテ、願い石ヲ取り出すんダ!」

 オリバンはもう何も言いませんでした。ただひたすらに怪物相手に戦い続けます。ペガサスが上へ下へと飛び回り、怪物をかわし、怪物に迫り、時には自ら怪物を蹴り飛ばします。

 けれども、怪物の数はあまりに多すぎました。空の彼方から、うんかのように後から後から押し寄せてきます。どれほどオリバンが勇敢に戦っても、倒しきれるはずはありませんでした。

「やれやれ、嘘つきな王子様だなぁ。これが勇者くんの身代わりでなくて、なんだって言うのさ」

 とファイヤードラゴンはつぶやきました。羽ばたきながら、皇太子が怪物に取り囲まれていくのを眺めます。

 

 すると、一匹の怪物が金切り声を上げました。

「もらったぞ、金の石の勇者ぁ! 貴様は俺のもんだぁぁ!」

 大きな怪物が触手でペガサスとオリバンを捕らえていました。無数の触手を持つ怪物です。別の触手では、それを奪い取ろうと襲いかかってくる他の怪物たちを次々に捕まえています。触手の付け根に頭はなく、ただ鋭い歯の並ぶ口だけがありました。触手を縮めてペガサスごとオリバンを食いちぎろうとします――。

 ぼっ、とファイヤードラゴンは怒ったように小さな火を吐きました。

「ちょっとぉ、皇太子くん、そんなのに捕まってどうするのさ? そんな低級怪物に食われてあげるつもりぃ?」

 けれども、オリバンはそれに答えるどころではありません。自分やペガサスに絡みつく触手を必死で切り落としています。触手は聖なる剣にすぐに霧散しますが、新しい触手が後から後から伸びてきて、オリバンの腕や体に絡みついてきます。ついには、身動きさえ取れないようにしてしまいます。

 ぼっとまたドラゴンが火を吹きました。たまたま近くにいた怪物が、その炎に巻き込まれて燃えていきます。

「まったく、冗談じゃないなぁ」

 とドラゴンは独り言を言いました。

「あんなヤツらに食われてやるってぇ? ロムドの王子様が? ダメダメ、彼はボクのものさ。他の誰にも渡さないよぉ」

 ドラゴンは口を開けました。オリバンに殺到していく怪物たちに向かって、巨大な火の柱を吹き出します。怪物たちはあっという間に火だるまになり、悲鳴を上げて空から落ちていきました。

 オリバンを捕らえて食おうとしていた怪物も、体の後ろ半分が消えていました。高温の炎の直撃を食らって、一瞬で燃え尽きたのです。触手がオリバンやペガサスからずるりと外れ、燃え残った体が空から落ちていきます。

 オリバンは驚きました。ファイヤードラゴンが炎を吐くたびに、闇の怪物たちが次々に燃え上がります。

 空の彼方からは、まだまだ闇の怪物が押し寄せてきます。

 けれども、空に白く浮かぶペガサスとオリバンの周りからは、確実に、怪物の数が減り始めたのでした――。

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