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第8巻「薔薇色の姫君の戦い」

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第21章 反撃開始

82.怪物

 風の犬のルルに乗ったフルートと、ペガサスに乗ったオリバンは、押し寄せてくる闇の怪物と戦い続けていました。

 襲いかかる怪物を、ルルが片っ端から風の刃で切り裂いていきます。頭や翼を切られて動けなくなった怪物を、フルートの炎の剣が貫きます。ペガサスが、前から迫る怪物を翼の風で押し返し、後ろから飛びつこうとする怪物を蹴り飛ばします。それでも飛びかかってくる怪物を、オリバンの聖なる剣が切り捨てます。リーン、と涼やかな音が響くと、怪物が黒い霧になって消えていきます……。

 けれども、怪物は後から後から現れました。まるで暗い夜空から無尽蔵に生み出されてくるようです。キィヒィヒィ、と怪鳥のような声が夜空に響き渡り、黒い翼が空中をたたきます。

「オリバン!」

 とフルートは思わず声を上げました。数匹の怪物がオリバンにいっせいに飛びかかったのが見えたのです。黒い翼の陰にオリバンの鎧が見えなくなります。

 が、次の瞬間、聖なる剣の音と共に怪物たちが飛び散るように消えました。夜空の中に、白いペガサスに乗ったオリバンの姿がまた現れます。

「そっちこそ気をつけろ! 来るぞ!」

 とオリバンがフルートにどなり返しました。行く手から、十匹近い怪物が群れをなして飛んできていました。

 すると、ルルが笑いました。

「馬鹿ね、集団で来てくれるなんて! まとめてやっつけてくれって言ってるようなものじゃない」

 ルルがひゅぅぅ……と空気を切り裂く音を立てると、怪物の体が次々まっぷたつになっていきました。鋭い風で真空を作り出して敵を切り裂く風の刃です。

 悲鳴を上げ、空中で再生を始めようとする怪物に、フルートが振り向きざま炎の剣を振りました。怪物は撃ち出された炎の弾に包まれて、絶叫を上げながら落ちていきます。地上に着いた頃には完全に燃え尽きて、灰も残りません。

 

 やがて、さすがの怪物たちも目に見えて数が少なくなってきました。怪物にさえぎられて見えなかった行く手の空が、また見え始めます。もう少しだ――と誰もが思ったとき、こんな声が響き渡りました。

「金の石の勇者はここだぁ! 願い石を持った勇者はここにいるぞ!」

 耳障りな叫び声でした。カァカァというカラスの鳴き声が重なっているように聞こえます。

「金の石を持っていないぞ! 願い石をほしい奴は、今が勇者を食うチャンスだぞぉ! 早い者勝ち! 早い者勝ちだぁぁ! カァァァ――!!」

「闇がらす!」

 とフルートは叫びました。ルルが声のする方へ急上昇します。その目の前から一羽の大きなカラスが飛び去っていきました。大声であたりへ呼びかけながら、たちまち姿を消していきます。

 フルートは真っ青になりました。闇がらすは騒動を好む闇の生き物です。闇の怪物に呼びかけてフルートを襲わせては、仲間同士で奪い合って殺し合う様を眺めて喜んでいるのです。

 フルートは駆けつけてきたオリバンに言いました。

「早くこの場を離れないと! ものすごい数の怪物が来ます! 大砂漠でもそうだったんだ――!」

「よし、急ごう」

 とオリバンが答え、一同は西へとまた飛び始めました。行く手をふさごうとする怪物を、次々と消滅させていきます。

 すると、ひときわ大きな怪物が進行方向に現れました。

「ドラゴンね。でも翼は二枚だわ」

 とルルが言います。

「なんであろうと切り捨てて道を拓くだけだ」

 とオリバンが先に飛び出し、ドラゴンに真っ正面から切りかかっていきます。

 

 ところが、ドラゴンの直前でペガサスが大きく身をかわしました。急上昇します。その金色の尾のすぐ下を激しい炎が吹き抜け、何十メートルも飛んで、後ろを飛んでいたフルートたちを直撃しました。フルートとルルは炎は平気ですが、驚きを隠せませんでした。行く手に現れたのはファイヤードラゴンだったのです。

 再びオリバンが急降下して切りつけようとしていました。ドラゴンが頭を上げ、また炎を吐こうとします。フルートは叫びました。

「危ない、オリバン!!」

 思いきり振った剣の先から特大の炎の弾が撃ち出され、ドラゴンが吐いた炎に真横からぶつかってはじき飛ばしました。飛び散る炎と火の粉の中、ペガサスがまた羽ばたきを繰り返して、その場から離れていきます。

 とたんに、ドラゴンが言いました。

「あれぇ、逃げられちゃった。邪魔しないでほしいなぁ、勇者くん」

 フルートたちはいっせいにぎょっとしました。ファイヤードラゴンが口を利いたからではありません。その声が、よく知っている人物のものだったからです。

「ランジュール!?」

 驚いている一行の目の前で、巨大なドラゴンは羽ばたきを繰り返していました。夜の中でウロコが暗いオレンジ色に光っています。

 すると、その頭上にひとりの人物が姿を現しました。赤い長い上着を着込んだ細身の青年です。細い目を糸のようにいっそう細めて、うふふ、と笑います。

「ご名答ぉ。勇者くんとは一日ぶり。皇太子くんとは、んー、黄泉の門の前やシェンラン山脈では直接会わなかったんだから、それこそ、願い石の戦いのとき以来かぁ。一年ぶりだね、お久しぶりぃ。皇太子くんは、いっそうりりしくなって男前が上がったよねぇ。ますます惚れちゃうなぁ。ふふふふ」

 楽しそうに笑いながら、オリバンに向かって投げキッスまでしてきます。オリバンは顔を歪めて最高に不愉快そうな表情になりました。

「貴様が幽霊になってこの世に戻ってきたというのは本当だったのだな! なんの用だ!?」

 そう、ランジュールは実体ではありません。半ば透き通った体の向こう側に、夜空が見えています。上空を風が吹き出したのか、雲が急速に流されて、切れ間からかすかに星がのぞき始めていました。

「なんの用って、そんなの決まってるじゃないかぁ」

 とランジュールはにこにこしながら答えました。とぼけた笑顔ですが、細められた目だけは、隠しようのない残忍さを浮かべていました。その目で楽しそうにオリバンとフルートを見つめ続けます。

「ボクがこの世に戻ってきた目的は、たった一つ。生きてる間に殺せなかったキミたちを、今度こそ殺してあげるためなんだよぉ。今までは勇者くんだけだったから手は出さなかったんだけどさ、ようやく皇太子くんも来てくれて二人揃ったからねぇ。いよいよボクの望みを叶えるときが来たってわけさ」

「今はそんなことにつきあっている暇はない。出直してこい」

 とオリバンは答えました。いつも以上にぶっきらぼうな声です。

 ランジュールは、ふふ、と笑いました。

「ここに闇の怪物の大群が殺到してくるからぁ? そんなのは承知の上だよ。いくらキミたちでも、金の石なしでそんな大群を撃退できるはずないからねぇ。そいつらにキミたちが殺される前に、ボクが殺してあげようと思って、こうして出てきたんだよ。ね、筋が通ってるだろう?」

 言いながら、ランジュールはかがみこみ、自分が乗っているファイヤードラゴンの頭にふれました。とたんに、フルートたちはまた、ぎょっとしました。ランジュールの腕がドラゴンの頭の中にどんどんめりこみ始めたからです。腕だけでなく、足も体も溶けるようにドラゴンの中に入って見えなくなっていきます。

 頭だけ最後までドラゴンの頭上に出して、ランジュールは、にやりとしました。

「幽霊って便利だよぉ。こうやって、強い魔獣に乗り移って操れるんだから。この子、もとはザカラス城で飼われていたんだけどねぇ、操ってた魔法使いたちをぱっくりやらせて、ボクが横取りしちゃったんだ。すっごく強くて、かわいい子だよぉ。ねぇぇ、ファイちゃん」

 ファイちゃんというのが、ランジュールのつけたファイヤードラゴンの名前なのは間違いありません。ドラゴンの首には、ザカラス城で飼われていた名残の太い首輪がありました。

 

 ドラゴンの中にランジュールがすっかり見えなくなりました。

「それじゃ、いくよぉ、勇者くんと皇太子くん。今度こそ、見事にボクの魔獣で殺されてよねぇ」

 ランジュールの声と共に、またすさまじい炎が吹き出されてきます。フルートが炎の弾をぶつけて防ぐ暇もありませんでした。ペガサスが大きく羽ばたいて、かろうじてそれをかわします。

 ドラゴンの頭上に舞い上がりながら、オリバンがどなりました。

「先へ行け、フルート! こいつは私が倒す! 闇の怪物の大群が来る前に、おまえはザカラス城に行くんだ!」

「そんな、オリバン――!」

 フルートが首を振ると、オリバンはさらに強い声で言いました。

「おまえは何をしに行くのだ、フルート!? おまえの敵はランジュールや闇の怪物ではないはずだぞ! ザカラス城へ行け! ポポロを助け出すのだ!」

 フルートは声が出なくなりました。オリバンがいる夜の空。デビルドラゴンにポポロが追い詰められているザカラス城。どちらも見捨てることができない場所で、どちらへ向かったらいいのかわからなくなってしまいます。炎の剣を握りしめたまま、激しく迷います。

 すると、オリバンがまた叫びました。

「ルル、行け!!」

 フルートは、はっとしました。とっさにルルを引き止めようとします。

 けれども、風の犬の少女は、ごうっとうなりを上げると、猛烈な勢いでその場を離れました。西へ、ザカラス城へと飛び始めます。

「ルル、戻って! オリバンが――!」

 とたんに、ルルが言い返しました。

「だめよ、オリバンの言うとおりになさい! あなたが行く場所はザカラス城! 早くしないとポポロが殺されるかもしれないのよ!」

 フルートは胸が締めつけられるような想いに襲われました。思わず後ろを振り向きます。

 彼らの後を追いかけようとしたファイヤードラゴンを、オリバンとペガサスがさえぎっています。ドラゴンが吐いた炎を、ペガサスがまたかわします。

 フルートは、自分がどうしようもなく情けなくなって、思わず泣き出しそうになりました。オリバン、と夜の空へ叫びます。

 すると、オリバンの返事が聞こえてきました。

「見損なうな、フルート! こう見えても、私はロムドの皇太子だ! 人を守る役目にあるのは、おまえだけではないのだぞ!」

 オリバンの声と姿が急速に遠ざかっていきます。フルートはそれを見つめ続けました。オリバンはランジュールが乗り移ったドラゴンを、その場に足止めしています。オリバンが握る剣が夜の中にきらめいて見えます。

 フルートは唇をかむと、涙ぐんだ目を行く手に向け直してにらみつけました。手の中の炎の剣を、強く強く握りしめます。

 その横顔は、自分自身が傷つくよりも、もっと苦しそうな表情をしていました――。

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