魔法使いのジーヤ・ドゥやザカラス王に力を貸していた黒幕は、デビルドラゴンだった――。
オリバンとユギルがもたらした知らせに、フルートたちは愕然としました。誰も、予想もしていなかったことです。
けれども、それで納得がいくことが、いくつもありました。ザカラス王が城に向かってくる侍女を怪しいと思いながらも、それが金の石の勇者の一行だと気がついていなかったこと。ロブ・コラムが馬車で待つ丘はいち早くザカラス兵に見張られていたのに、丘陵地に逃げ込んだ一行にはなかなか追っ手がかからなかったこと……。ザカラス側の情報の把握のしかたには、妙なむらがありました。
金の石の精霊は、フルートを闇の怪物から守るために、闇の目には彼らの姿を見えないようにしてきました。同じ力が、デビルドラゴンの監視からも、彼らを隠し続けていたのです。
今、ポポロはフルートたちから離れてザカラス城へ戻っていました。もう、デビルドラゴンの目から彼女を守るものはありません。どんなにメーレーン王女そっくりに変身していても、絶対に正体を見破られているはずでした。
「ルル! 風の犬だ!」
とフルートは叫びました。
たちまちルルが変身しました。巨大な風の獣が林の中に現れると、ごおっと風がわき起こり、落ち葉を雪のように降らせ始めます。
「俺たちも行くぞ! ペガサス、俺たちを乗せろ!」
とゼンが誰も乗せていないペガサスに向かってどなりました。天の馬が、青い目を光らせながら答えます。
「地上の人間など背中に乗せるのはまったくもって耐え難い。だが、おまえたちを一度乗せるのも二度乗せるのも同じことだ。今回、おまえたちは闇を引き連れていない。もう一度私に乗ることを許そう」
「って……あんた、闇の声の戦いのときにもあたいたちを乗せてくれたペガサスなの?」
とメールが驚くと、ペガサスが言いました。
「そうだ。今度は私の背中で口喧嘩するんじゃないぞ。あまりうるさいと放り出すからな」
「ちぇ。そっちこそ、今度は俺たちを落っことすなよ」
とゼンは口をとがらせました。闇の声の戦いのとき、彼らはペガサスに空の上から振り落とされたのです。
フルートは風の犬のルルへ、ゼンとメールとポチはペガサスの背中へ――勇者の一行はそれぞれに別れ、今にも飛び立とうとしました。目ざす先はザカラス城です。
「フルート!」
ごうごうとうなる風の音の中、オリバンが叫びました。その腕の中には紺色のドレス姿のメーレーン王女がいます。
それを振り向いて、フルートは、ちょっと笑いました。
「王女様は確かにお渡ししましたよ。ぼくらはポポロとトウガリを助け出しに行ってきます」
メーレーン王女が、はっとした顔になりました。何か言いたそうにフルートを見つめます。フルートはそれへほほえんでから、行くぞ! と仲間たちに言おうとしました。
すると、突然ユギルが呼び止めました。
「勇者殿――!!」
フルートは思わず驚いて振り向きました。
「なんでしょう?」
いつものユギルらしくない、せっぱ詰まった響きがあったのです。
すると、ユギルはとまどったように目を伏せ、一瞬の間を置いてから、頭を振りました。
「いえ……なんでもございません。皆様方の上に、光のご加護がありますように」
子どもたちのために祈る声は、静かすぎるほどに静かでした。フルートは首をかしげました。
すると、ペガサスの上からポチが、くん、と鼻を鳴らして、驚いた声を上げました。
「ワン、いったいどうしたんですか!? ユギルさんがそんなに悲しい匂いをさせるなんて!」
子どもたちも驚きました。この青年が悲しむ様子など、彼らは見たことがありません。
すると、ユギルは静かに言い続けました。
「いえ、本当になんでもございません。皆様方の助けを待つ方々の元へ、早くおいでくださいませ――」
けれども、その美しい顔は長い銀髪の陰に隠れていて、誰にも表情を見せていませんでした。
フルートはルルから飛び降りました。真剣な顔でユギルに駆け寄ります。
「他にもまだ何かあるんですね? なんです!?」
占者の青年は何も答えません。ただ沈黙だけが流れます。
「ユギルさん!!」
それを見かねてオリバンが答えました。
「ディーラで、ラヴィア夫人が伏せっているのだ。今朝から意識が戻らなくなっている」
「殿下!」
とユギルが叫びました。とがめる声です。けれども、それを無視してオリバンは話し続けました。
「ラヴィア夫人は高齢だ。魔法医でもその病を癒すことはできない。ラヴィア夫人の命を救えるのは、フルートの金の石だけなのだ」
たちまちフルートは顔色を変えました。胸に下がったペンダントの先で、あらゆる怪我や病気をたちまち癒す魔法の石が輝いています……。
「勇者殿はザカラス城へ行かなくてはなりません!」
とユギルは強い口調で言いました。
「わたくしの予感がそう告げております。早く行かなくては、助けが間に合いません。お行きください、勇者殿! ポポロ様をお救いください!」
「でも――それじゃ、ラヴィア夫人に間に合わないじゃないのさ!」
とメールが言い返しました。「作法をおぼえなさい! ここは宮中ですよ!」と叱りつける声が思い出されます。厳しいラヴィア夫人に、メールたちはただ頭を抱えて逃げるしかありませんでしたが、決して嫌いではなかったのです。厳しさの陰に深い思いやりを持つ人なのだと、子どもたちはちゃんと気がついていたのでした。
フルートは唇をかみました。侍女のふるまいや礼儀作法を身につけるために、フルートは三日三晩ろくに休むこともなく稽古をしました。ラヴィア夫人は、高齢にもかかわらず、それにずっとつきあってくれたのです。夫人が体調を崩して病気になったのは自分のせいに違いない、と考えます。
フルートは迷うように目を閉じ――次の瞬間、また目を開けて、自分の首から鎖を外しました。金のペンダントをオリバンに差し出して言います。
「これをラヴィア夫人のところへ持っていってください」
「金の石なしでザカラス城へ行くというのか?」
と驚くオリバンに、フルートは言いました。
「それしか方法はありません。先生が元気になられたら、すぐにペンダントを持ってぼくを追いかけてきてください。ぼくたちは先に行って、ポポロたちを助け出します」
オリバンの隣でメーレーン王女が息を呑みました。灰色の瞳を大きく見張っています。
「なりません!!」
とユギルは強く繰り返しました。心の中では別のことを思っていても、それは口に出さずにフルートを説得します。
「金の石がなくてはデビルドラゴンにかないません! 石をお持ちください! 先生もそれをお望みです。自分のような年寄りにかかずらっていないで、なすべきことをするように、と言っておられたのです――!」
すると、フルートはふいに、にっこり笑いました。驚くユギルに穏やかに言います。
「ぼくは子どもだから、大人みたいに冷静に割り切るなんてことはできません。先生がなんておっしゃっていたって、先生に死なれてしまうのは絶対に嫌です。金の石をお渡しします。これで先生を治してあげてください」
と金の石のペンダントを、今度はユギルに差し出します。
ユギルは迷いました。フルートと金のペンダントを見比べ、少年が揺らぐことのない顔つきをしているのを見て、ためらいながらペンダントへ手を伸ばします――。
とたんに、パチッと金色の火花が散り、ユギルの指先に鋭い痛みが走りました。思わず手を引っ込めた拍子に、ペンダントが地面の枯れ葉の上へ落ちます。
すると、そこからわき上がるように人が姿を現しました。
それは、夜目にも鮮やかな黄金色の髪と目をした少年でした――。