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第8巻「薔薇色の姫君の戦い」

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第18章 真相

72.招霊占い

 「一口に占者といっても、占いの方法にはいろいろあるもんさ」

 まだ少年だったユギルに向かって、師匠の占者がそう話したことがありました。師匠といっても男性ではありません。男顔負けのたくましい体格をした、マグノリアという女性で、人からはマギーと呼ばれていました。

「あたしやあんたは象徴を占盤に見て、その有り様や変化を読み解くことで占うけどね、カードが示す絵や文字で読み解く者もいれば、特殊な道具でそれをする者もいる。水晶玉を使う奴は二通りだね。象徴を読んでいることもあれば、具体的な映像そのものを映して見ていることもある。鏡で占う奴は、だいたいが映像派かねぇ。でもね、占いのやり方はさまざまでも、元になる力は皆同じなのさ。占いの目と呼ばれる心の中の力だ。これで、過去や現在や未来のできごとを感じ取って、さまざまな媒介の上に具体化するんだよ。どのくらい具体化できるかは、占者の力による。そして、それをどの程度正確に読み解けるかも、その占者の能力次第なのさ」

 そこまで言って、マグノリアはユギルを見ました。にやっと男のように笑ってみせます。

「あたしやあんたは、そういう占者の中でも優秀なほうさ。象徴を見る目も、読み解く力も、両方揃っているからね」

 それを聞いて、ユギルは肩をすくめました。まだ十五かそこらの年齢だった頃です。浅黒い整った顔に、年相応の表情を浮かべながら言います。

「マギーはまあ、そうだと思うぜ。なにしろこのジャウル一有名な占者なんだからな。でも、俺のことまで持ち上げてくれなくていいさ。俺はただの占者見習いだよ」

 ユギルはまだロムド国王に仕えていませんでした。最低の階層である貧民街で長く暮らしていたので、ことばづかいも態度も粗雑です。輝く銀の髪も、まだ肩のあたりまでしか伸びていませんでした。

 すると、マグノリアが声を上げて笑いました。

「別にお世辞なんか言ってやしないさ。弟子にそんなもん言ってどうする。あたしはただ、事実を話しているだけだよ。あんたやあたしには、出来事をかなり正確に読み解く力がある。それは事実で、誰にも動かせないことさ。でもね、それだって、いつもいつも調子がいいとは限らないんだよ。こっちだって生身の人間だからね。体調やら、そのときの気分やらで、いつもの力が出せないことだってある。そんなときには、他の方法のほうがよく見えるってことだってあるのさ」

 だから、こうやって他の占いの方法も教えてやってるんだよ、と師匠の女占者は続けました。その目の前には、さまざまな占いの道具が並んでいました。カードや水晶玉といった、ユギルもよく知っている道具もありましたが、これまで一度も目にしたこともないような、奇妙なものもたくさんありました。

「これは? 動物の骨か?」

 とユギルはひび割れた大きな骨を指さしました。骨の上には、なにやら記号のようなものがびっしりと書き込まれています。

「牛の骨だね。これに文字を書いて火に放り込んで、その焦げ具合やひびの入り具合で占うんだよ。東のユラサイの占術さ。人の骨でこれをやるところもあるよ」

 とマグノリアは答え、少年のユギルが思わず顔をしかめたのを見て、また、あっはっはっ、と声を上げて笑いました。

「まあ、そういうのには、手を出さないにこしたことはないけどね。うまく占わないと、あっという間に悪霊が寄ってくるからね。これもそうさ」

 そう言ってマグノリアが示したのは、一枚の黒い紙でした。銀のインクで文字や数字、いくつかのことばが書き込まれています。「はい」と「いいえ」の二つの単語が大きく目立っていました。

 

 ああ、とユギルはうなずきました。

「それは知ってる。よく下町でえせ占い師が使ってたぜ。占いの霊を呼ぶとか適当なことを言って、客から占いの内容を聞き出して、目の前で石を動かしてみせるんだ。『だれそれと結婚できますか』に『はい』とか、『商売が成功するだろうか』に『いいえ』とかな。占い師によっては、はったりのきく奴もいたから、そういう奴のところは繁盛してたぜ」

「言ったろう。占いは占者の能力次第なんだよ」

 とマグノリアが言いました。節くれ立った大きな手に透き通った水晶の小石を取り上げて続けます。

「本物の占者は道具を選ばないのさ。これだって、その気になれば、かなり正確に占うことができるんだよ。これは招霊占いとか降霊占いとか呼ばれるものだけれどね、実際には、占っているのは占者自身さ。それも、占いの目よりもっと深い場所にある、占いの根底の力を使うんだ。直感力って言ってもいいかね。かなり原始的な占術で、それだけに危ない方法でもある。占いの答えと一緒に、すぐに、その辺をうろついている低級悪霊を呼び寄せちまうからね。あたしやあんたは占いの力が強いだけに、呼び寄せる悪霊も強力になりやすい。あまり道具も必要なくて手軽な占いだけれど、人骨占い同様、これにも手は出さないのが無難だろうね――」

 

 いつまでも占いの力が戻ってこないことにユギルが焦り、ザカラス城へメーレーン王女救出に向かった勇者たちの様子をなんとかして知りたい、と願ったとき、ふと記憶の底からよみがえってきたのが、師匠とのこのやりとりでした。

 占いの力が何らかの原因で弱まったときには、他の占い方のほうがよく見えるかもしれない、と師匠のマグノリアは語りました。まるで、今のこの状況を先読みしていたようです。ひょっとしたら、本当にそうだったのかもしれません。未来をとてもよく見通していた師匠でした――。

 他の占いの道具はすでにほとんど試していましたが、危険だから手を出さない方がよい、と言われていた招霊占いのことは、そのときまでまったく思い出していませんでした。ユギルは今ではロムド城の一番占者になり、その占いの力も、少年の頃とは比べものにならないほど強力になっています。悪霊を呼ぶという占術は、ユギルの身に危険を招くかもしれません。ですが、試せる方法はそれしかありませんでした。しかも、この占いは、失われている占いの目ではなく、もっと大元の直感力を使うのです。ユギルは、ずっと予感だけは感じ続けていました。直感力は失われていないのです。試してみる価値はありました。

 

 ユギルは皇太子のオリバンと共に部屋を片付け、招霊占いに必要な道具を揃えました。銀の文字を書き込んだ黒い紙と、ペブルと呼ばれる水晶の小石です。オリバンには、聖なる剣を構えて備えてもらいました。悪霊が呼び寄せられたときに、即座に退治してもらうためです。

 占い始めてすぐに、ユギルはこの方法が正解だったことを知りました。質問するたびに、ペブルが紙の上を滑り、正しい答えへと動き出したからです。実際に答えているのは、ユギル自身の無意識の中に埋もれている占いの力です。けれども、それは外から見ると、まるで目に見えない霊がペブルに宿り、ユギルの手を答えへと導いているように見えるのでした。

 そして、本当に霊が集まり始めました。牙の大きな黒い犬、頭のない馬、腐りかかった姿の死霊……さまざまな悪霊がユギルの部屋に現れ始めます。紙を載せたテーブルが音高く鳴り、机がひっくり返り、隣室ではベッドから布団や枕が飛び出します。ユギルたちが部屋を片付けなければ、飛び回る物にユギルたちが襲われる場面もあったかもしれません。

 悪霊が姿を現すたびに、オリバンが聖なる剣をふるいました。鈴に似た音が響き渡ると、悪霊は霧散し、超常現象はおさまります。その中で、ユギルは次第に集中力を高め、確認のためのわかりきった質問から、本当に知りたい質問へと、問いかける内容を変えていきました。

「勇者たちをつけ狙う者の正体はなんでしょうか?」

 けれども、この質問に自ら答えを見いだすことは、ユギルには難しいようでした。石が動かなくなってしまったので、ユギルは質問のしかたを変えました。

 「狙っているのは王でしょうか」と具体的に尋ねると、石は『はい』の答えへと動きました。ザカラス王が金の石の勇者の一行を警戒していることが確実になりました。

 「魔法使いでしょうか」と尋ねたのは、王女を誘拐した際に、魔法の力が働いたのを感じたからです。これも答えは『はい』でした。おそらく、ザカラス王に古くから仕える魔法使い、ジーヤ・ドゥの仕業だろう、とユギルは見当をつけました。

 ジーヤ・ドゥが勇者たち魔法で捕らえようとしているのではないか、と心配しましたが、それに対する答えは『いいえ』でした。呪いに関しても、答えは『いいえ』です。けれども、ユギルが「闇の敵ですか」と尋ねたとたん、ペブルは大きく『はい』へ動き、そのまま砕けて散りました。占いの場は不安定です。闇について尋ねたとたん、闇そのものとつながって、占いの場に暗い力を招き込んでしまったのでした。

 悪意が水晶の破片となってユギルの手を傷つけました。流れ出た血が、何かに操られるように、黒い紙の上に召還の黒魔法の呪文を描きます。その中から現れたのは、黒い色よりなお暗い、闇の怪物の前足でした。

 オリバンがすばやく飛び出して、聖なる剣でそれを消滅させました。けれども、闇はまだ占いの場とつながり続けていました。次の怪物の手が現れ、オリバンの隙を突いて、ユギルの体をわしづかみにしたのです。

「ユギル!!」

 オリバンはまた怪物の手に切りつけようとしました。

 ところが、それより早く、怪物の手はユギルを引き寄せました。猛烈な力です。生身の人間のユギルには、とても抵抗できません。

「ユギル、逃げろ――!」

 オリバンは叫び続け、占いの場になっている黒い紙を切り捨てようとしました。けれども、そのとたん暗い光が爆発するように広がり、オリバンをはじき飛ばしました。同じ光が、まるで扉のように、暗い入り口を開きます。その中心から伸びているのは、かぎ爪のついた黒い怪物の前足です。ユギルを闇の底へ引きずり込もうとします。

 

 ユギルは抵抗しました。体は闇の力にまったく逆らうことはできません。ただ心だけで、必死に踏みとどまろうとします。闇に連れ去られるわけにはいかないのです。ユギルがそんなことになれば、もう勇者たちを救える者はいなくなってしまうのだと、ユギルの直感力が告げていました。

 心の中でもがきながら、ユギルは気がつかないうちに、一つの名前を繰り返していました。

「マギー……! マギー……!」

 女師匠をその名で呼んだ遠い日々がよみがえってきます。あっはっは、となんでも屈託なく笑い飛ばす、頼もしい声と明るい笑顔も浮かんできます。その幻の声を聞き、幻の笑い顔を見つめながら、ユギルはもう一つの名で師匠を呼びました。

 遠い遠い日。この世を去っていく師匠の手を握りしめ、たった一度だけ口にした呼び名です。

「――――!」

 

 すると、マグノリアが笑いながら言いました。

「なんだいユギル。いい年した大人になったってぇのに、何をそんなに情けない顔してるのさ。闇に呼ばれそうになったときには、相対する力を呼べ、って何度も教えただろう? 闇に対抗するものは光だ。闇が大きいならば、それに対抗できるくらい強い光の力を呼ぶんだよ――」

 ユギルは、はっとしました。師匠の幻はもう消えていました。ただ、目には見えない暖かなものが、まとわりつくようにユギルの周りに漂い、今にも闇に吸い込まれそうなユギルを引き止めていました。

 ユギルは目を上げると、窓の外に見える灰色の空に向かって叫びました。

「光よ! 光の王よ! おいでください、天空王よ――!!」

 たちまち雲が切れ、そこから光が差しました。淡く弱い冬の日差しでしたが、まっすぐに窓から差し込んで、ユギルと怪物の手を照らします。

 とたんに、すさまじい怪物の悲鳴が上がりました――。

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