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第8巻「薔薇色の姫君の戦い」

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71.捕らわれ

 ガチャガチャと金属のふれあうをさせながら、兵士たちが山を登ってきました。黒い鎧兜で身を包んだザカラス兵です。葉の落ちた林の中を見回しています。金属音は、彼らの鎧の継ぎ目が歩くたびにぶつかり合っている音でした。

「いたか!?」

 と後方の兵士が前に呼びかけました。

「子どもの足だ! そんなに早く進めるわけはない! よく探せ!」

 と別の兵士が言います。一人、他のザカラス兵より立派なマントをはおり、その肩に階級章をつけています。中隊長でした。

 兵士たちは林の中へさらに目をこらし、ロムド国のある東の方角を眺めました。

 すると、ガサッと近くの茂みが鳴りました。ザカラス兵たちは、いっせいにはっとすると、茂みに駆け寄り剣を抜きました。一人の兵士がどなります。

「そこにいるのは誰だ!? 出てこい!」

 返事はありません。出てくる者もありません。

 剣を構えながら、二人の兵士が茂みに近づいていきました。彼らは自分たちが追っているのが金の石の勇者の一行だと知っています。見た目は子どもでも、闇の敵も倒すほどの戦士たちです。不用意に近づくようなことはせず、剣の先で茂みをつつきます。

 とたんに、その奥から少女の悲鳴が上がりました。

「や、やめてください! 危ないですわ!」

 という抗議の声も聞こえてきます。

 兵士は目を丸くして茂みの中をのぞき込み、やがてその中から一人の人間を引き出しました。バラ色のドレスに同じ色のコートと帽子を身につけた、プラチナブロンドの少女です。

 これはこれは、と中隊長はわざとらしいほどうやうやしく少女へお辞儀をしました。

「メーレーン王女様であられますな。こんな場所でお一人でどうされました?」

 皮肉な笑いを含んだ、少し意地の悪い声でした。王女がここにいる理由が、中隊長には予想できていたのです。けれども、王女は気にする様子もなく、素直に答えました。

「メーレーンは勇者様たちに言われたのです。行く手が安全かどうか調べてくるから、ここに隠れていなさい、と。もう何時間にもなりますわ。メーレーンはすっかりお腹がすいてしまいました」

「それはいけませんな。おい、王女様に何か召し上がるものをお出ししろ」

 と中隊長は部下たちに命じ、兵士たちがあわてて荷袋から食料を出すのを眺めながら、横手の林の奥へ行きました。

 葉を落とした枝に一羽のツグミが留まっていました――。

 

「メーレーン王女を発見しました、ジーヤ・ドゥ様」

 と中隊長はツグミに向かって言いました。茶色の翼に黒っぽい体の鳥が、小さな頭をかしげて隊長を見ます。すると、その咽から年の行った男の声が流れ出しました。

「ご苦労。金の石の勇者の一行は倒したのか?」

「いいえ。王女の近くにはおりませんでした。どうやら、我々が追ってきていることに気がついて、王女を置き去りにして逃げたようです」

「逃げた?」

 ツグミがいぶかしそうな声を上げました。そのまま、しばらく黙り込みます。

 今、中隊長が話している相手は鳥ではありません。ザカラス城にいる魔法使いのジーヤ・ドゥが、鳥を仲介にして話しかけ、隊長のことばを聞いているのです。鳥が沈黙しているのは、その向こうで魔法使いが考え込んでいるからに違いありませんでした。

「後を追いますか、ジーヤ・ドゥ様」

 と中隊長は言いました。王女の話では、勇者の一行が王女と別れてから時間はたっているようでしたが、向かう先はロムド国に決まっていたので、東へ追い続ければ、やがて一行にも追いつくだろうと予想がついたのです。

 すると、ツグミが答えました。

「いや、深追いはしなくていい。陛下はメーレーン王女を誘拐犯から保護できればそれでよいとお考えだ。今すぐ空飛ぶ馬車を差し向ける。中隊長が同乗して、王女を城までお連れしろ」

「了解いたしました」

 鳥の向こうに姿までは見えないと承知しながら、中隊長はうやうやしくお辞儀をしました。隊長が敬意を払っていることは声の調子で伝わっているでしょう。ジーヤ・ドゥは最近、国王陛下からお呼びがかかることが多く、近いうちにザカラス城一の有力者にのし上がるだろう、ともっぱらの噂です。そんな魔法使いに売り込めるときに売り込んでおかなくては、と中隊長は考えていました。

 そして、中隊長とツグミの会話を、王女に化けたポポロが魔法使いの目でじっと見ていました。声までは聞き取れません。ポポロの魔法使いの耳は、目と違って、特定の人の声しか聞き取ることができないのです。ですが、どんなやりとりをしているのかは、隊長の口の動きや表情を見れば、だいたい読み取ることができました。隊長がフルートたちの後を追うことをやめたらしい、とわかって、ポポロは本当にほっとしました。その拍子に、思わず涙をこぼしそうになって、あわてて我慢をします――。

 

 やがて、ザカラス城から迎えの馬車がやってきました。地上ではなく、空の上から林の中の空き地へ下りてきます。それは黒塗りの馬車でした。引き具と扉の金具は金、扉の上のザカラス王室の紋章も金でできています。

 空飛ぶ馬車を引いているのは二頭の馬でした。普通の馬よりも一回り大きく、全身灰色の毛並みをしています。長いたてがみは黒く、目は赤く、背中にはコウモリに似た巨大な黒い翼があります。

 馬たちは地面に降り立つと、荒々しく地面を蹴り、頭を上げていななきました。その激しい声に、ポポロは思わずすくみました。それは、怒り狂って吠える牛の声のようだったのです。

「どうぞ、王女様。ザカラス城へ帰りますぞ」

 と中隊長が馬車の扉を開けながら言いました。バラ色の服を着て、魔法で王女そっくりに化けているポポロを、メーレーン王女と信じて疑いません。ポポロは震え出しそうになるのを懸命にこらえながら、ドレスの裾を握って馬車に乗り込みました。本物のメーレーン王女は、前に一度この空飛ぶ馬車に乗ってザカラス城まで飛んで行っているのです。二度目のはずなのに馬車や馬を怖がる様子を見せては、ザカラス兵たちに怪しまれてしまいます。

「メーレーンは、勇者様たちともう少し一緒に旅をしたかったですわ」

 と、いかにも王女の言いそうなことを残念そうに口にすると、ザカラス兵たちの間から小さな笑いがもれました。中隊長だけが、にこりともせずに言いました。

「ハイキングはもうおしまいです、王女様。陛下が大変ご心配です。城にお戻りください」

「はい、わかりました」

 とポポロは答え、あとは黙って座りました。

「おまえたちは歩いて城へ戻れ。先に行っているぞ」

 と中隊長は副隊長や他の兵士たちに言い残し、御者に命じました。

「飛べ。ザカラス城の、陛下とジーヤ・ドゥ様の元へ急ぐのだ」

 ぴしり、と御者が鞭を振り、空飛ぶ馬がまた牛の吠えるような声を上げました。コウモリの翼を大きく広げて羽ばたくと、黒い馬車はもう空の上に舞い上がっていました。そのまま、西のザカラス城目ざして空を飛び始めます。

 林が遠ざかり、低い山に変わっていきます。黒い鎧兜のザカラス兵たちも、その先を行っているはずのフルートたちの一行も、空から見つけることはできません。

 みんな、無事に逃げてね――。ポポロは心の中で祈り、バラ色のドレスの上で手を組みました。

 

 そして、それと同じ日、同じ時刻。

 東の彼方のロムド城で、ユギルがテーブルに向かっていました。文字や線を描いた黒い紙の上を、ユギルが握る小さな石が滑っていきます。ガラスのように透き通った、ペブルと呼ばれる水晶です。丸みを帯びた平たい楕円形をしています。

 テーブルに向かって座るユギルのすぐ隣には、皇太子のオリバンが立っていました。手に抜き身の剣を持ち、緊張した面持ちでユギルの手元を見つめています。

 ペブルを握るユギルの手が、また動き、静かな声が尋ねました。

「勇者殿たちをつけ狙うものの正体はなんでしょうか」

 何も変化は現れません。水晶の小石はただ紙の上に載っているだけです。

 ユギルは質問を変えました。

「人でしょうか」

 とたんにペブルが動きました。紙の上に文字で『はい』と書かれた場所まで滑って止まります。

 ユギルはまた尋ねました。

「王でしょうか」

 また石が動き、『はい』に止まります。

「魔法使いでしょうか」

 これも『はい』。

 ユギルは少し考えてから、さらに重ねて尋ねました。

「では、勇者殿たちに迫る危険の正体はなんでしょう。魔法ですか」

 すると、今度は『いいえ』へ石が動きました。

「呪いでしょうか」

 やはり『いいえ』です。

 ユギルは慎重に構えながら言いました。

「では、闇の敵ですか」

 とたんに、ペブルがユギルの手を載せたまま、大きく『はい』へ移動しました。そのまま石は突然びりびりと震えだし、ぱん、と音を立てて砕けます。水晶の破片が飛び散り、ユギルの手を傷つけます。

「ユギル!」

 と驚いて叫んだオリバンの目の前で、紅いものが流れていきました。ユギルの手の傷から流れ出た血です。黒い紙の上を筋を描いて走っていきます。

 

 すると、血に濡れた場所から、紙の色よりもっと黒い影が煙のようにわき上がってきました。絡まりねじれながら、やがて、一つの形を作っていきます。それは鋭いかぎ爪のついた真っ黒な怪物の手でした。

 ユギルは、とっさに椅子を倒して立ち上がりました。そのまま後ろへ飛びきます。そこへ、怪物の手が伸びてきました。ユギルを捕まえようとします。

 とたんに、オリバンが剣を振り下ろしました。リーン、と澄んだ鈴の音が響いて、怪物の手が消滅していきます。オリバンが握っていたのは聖なる剣だったのです。

 ところが、そのすぐ後ろにまた別の怪物の手が迫っていました。灰色の衣を着たユギルをいきなりわしづかみにします。

「――!!」

 ユギルは怪物の手をつかんで抵抗しようとしました。が、両手は怪物の中をすり抜けてしまいます。ただ向こうだけが、こちらを捕まえることができるのです。

「ユギル!!」

 オリバンがまた聖なる剣を振り下ろそうとしました。

 その瞬間、ユギルの体が引っ張られました。怪物の手と共に黒い紙の中へと引き込まれていきます。猛烈な力で、とても抵抗することができません。

 またオリバンの呼び声が聞こえました。その声が急速に遠ざかっていきます。目の前に闇の世界が広がります。それは、夜より暗く深い底なしの闇でした。そこに引き込まれたら、もう二度と戻ってこられなくなるのだ、とユギルは直感しました。けれども、闇の力はあまりに強く、どうしても踏みとどまることができません――。

 

 すると、突然あたりが明るくなりました。空をおおっていた雲が切れて、日差しが部屋の中まで差し込んできたのです。

 冬の淡く弱い光が、銀髪の青年と、それを連れ去ろうとする黒い怪物の手をくっきりと浮かび上がらせました。

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