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第8巻「薔薇色の姫君の戦い」

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69.白い風・2

 「どうしてだよ?」

 とゼンはフルートに尋ねました。いぶかしむ声です。フルートと王女が一緒にいるのを見てポポロが悲しんでいる、とゼンが言ったとたん、フルートは、そんなわけはない、と否定したのです。

 他の仲間たちは岩場の避難所にいます。二人の少年だけが、雪と風の吹きすさぶ林の中に立っていました。あたりはますます冷え込んできて、地面に雪が積もり始めています。

 フルートはゼンから目をそらしました。白くなっていく地面を眺めたまま、何も言いません。ゼンは思わず一歩踏み出しました。

「おい、なんで黙ってんだよ。照れてんのか? それとも自分に自信がねえのか? そんなに認めたくねえなら、俺が言ってやらぁ。――ポポロはおまえが好きだ! 前に俺を好きだったとかなんとか、そんなのはもう関係ねえや。ポポロは今じゃおまえだけを見て、おまえだけを――」

「やめろ、ゼン」

 とフルートは言いました。厳しいほど堅い声でした。ゼンは驚いて黙りました。

「もういいよ。そんなこと言われても、ぼくには……」

 そこまで言って、フルートが唇をかみます。

 ゼンはますます驚きました。ポポロもフルートを好きだったのだとわかったら、フルートは喜んでいいはずでした。手放しで喜ばなくても、照れるとか、信じられない顔をするとか――そういう反応を見せるならば、納得もいくのです。ところが、フルートは打ち消すように、もういい、と言います……。

 

 背を向けて皆のところへ戻ろうとするフルートを、ゼンは思わずつかまえました。力ずくでまた友人を向き直らせます。

「こら、答えろよ! なんでそんな迷惑そうな顔しやがる? おまえだって、ずっとポポロが好きだったんだろうが。俺があいつを好きで、あいつが俺を好きだとわかっていたって、やっぱりずっとあきらめられないでいたんだろう? それなのになんで――」

 フルートはまた目をそらしました。ゼンを振り切ろうとしますが、怪力の友人の手を振りほどくことはできません。

 その様子に、ゼンは、かっとなりました。

「この――馬鹿野郎! 俺はな、おまえがいるからポポロをあきらめたんだぞ! おまえが本気でポポロを好きだったから! ポポロだっておまえが嫌いじゃなかったから! だから、おまえのそばにポポロを置いてやりたかったんだ――!」

 すると、フルートは答えました。

「誰もそんなことなんか頼んでない」

 余計なことをした、と言わんばかりの口調です。

 ついにゼンの堪忍袋の緒が切れました。フルートを近くの立木にたたきつけてしまいます。フルートは魔法の鎧を着ているので痛みも怪我もありませんが、押さえ込まれて動けなくなりました。

 そんな友人に拳を突きつけて、ゼンは言いました。

「言えよ。なに考えてやがる。ポポロを泣かせておいて平気なのかよ? それとも、王女といちゃついて見せて、ポポロに今までの仕返しをしてるのか――?」

 ゼンは、どなるよりも危険な低い声になっていました。爆発の一歩手前まで来ているのです。

 けれども、フルートの方も、かっと青い瞳に怒りをひらめかせました。いきなり右手の拳を、ゼンの顔にたたき込みます――。

 

「ンのぉ……!!」

 ふいを突かれてまともに殴り飛ばされたゼンが、逆上して跳ね起きました。フルートに飛びかかって地面に押し倒し、力任せに殴りつけようとします。その腕の下で、フルートが叫びました。

「ゼンに何がわかる!!」

「なにぃ!?」

 ゼンがすさまじい形相になります。

 けれども、フルートはどなり続けました。

「君に何がわかる!? ぼくがどんなにこらえてるか、想像もできないくせに!! ポポロを抱きしめたくても――どんなに、どんなに抱きしめたくても――必死で耐えてるんだ!! そんなぼくの気持ちがわかるか、ゼン――!?」

 ゼンは意外そうな顔になりました。友人を押さえ込む力がゆるみます。

「どういうことだ……?」

 とたんに、フルートはまた顔をそむけました。雪が積もる地面に押し倒されたまま、口をつぐんでしまいます。ゼンはまた顔をしかめると、ぐいとフルートを引き起こしました。

「言えよ。聞いてやらぁ」

 雪を巻き込んだ白い風は二人の周りを吹き続けていました。吹雪です。林の枝を鳴らし、空に泣くような声を立てながら荒れ狂っています。

 同じ風に顔をたたかれながら、フルートは長い間黙っていました。ゼンがとうとう待ちきれなくなって、もう一度立木に押しつけて迫ろうとすると、ようやく口を開いてこう言います。

「ゼンは――メールを不幸にするってわかっていたら、メールと婚約していられるかい?」

 ゼンは目を丸くしました。いきなり話題を自分たちのことに振られて、話の道筋が見えなくなってしまいます。

 すると、フルートは続けました。

「ぼくには、それがわかってるんだ……。ぼくは金の石の勇者だ。魔王が復活するたびに戦って、最後にはデビルドラゴンと対決することになる。どの戦いにだって、ぼくが生きて勝てる保証なんかない。守りたいと思うけど、本当に守りきれるかどうか、そんなのは誰にもわからない。ぼくが死ぬかもしれない。君たちが死ぬかもしれない。ポポロが死ぬことだって――。ぼくはポポロを幸せにできない。最後にポポロを悲しませるってわかっているのに、好きだと言うことなんか――ぼくにはできないよ――」

 おい、とゼンは思わず声を上げました。あっけにとられてしまっています。

「おまえ……まだそんなことを考えてやがったのか? 何度も言って聞かせたじゃねえか。俺たちは最後まで一緒なんだよ。デビルドラゴンに勝てるかどうかわかんねえって言うけどな、おまえが勝たなかったら、そんときには俺たちだって一蓮托生だ。生きるも死ぬも、みんな一緒なんだよ」

 それに、とゼンは続けました。

「どうしておまえとポポロが一緒になって不幸になるってわかるんだよ。おまえはユギルさんみたいな占い師じゃねえだろ。そのユギルさんだって、未来は変わっていくもんだ、確実な未来なんかない、って言ってたんだ。ポポロを大切にするのはいいけどな、おまえ、心配のしすぎだぞ」

 フルートはまた目をそらしてしまっていました。吹雪の荒れ狂う林の中を遠く見つめています。

「ぼくの中には願い石がある――」

 とフルートは言いました。吹雪のすすり泣きがそれに重なります。

「ぼくを食べようと、闇の怪物が休みなく襲いかかってくる。本当に、いつ襲ってくるかわからない。ぼくのそばにいたら一緒に怪物に襲われる。ポポロはものすごい魔法使いだけれど、魔法はたった二回しか使えない。それを使い切っちゃったら、彼女は本当に、普通の女の子なんだよ」

 はあ、とゼンは思わず溜息をつきました。フルートの頑固なことは、仲間の中でも極めつけです。一度こうと思いこんでしまったら、何をどう言ったところで、考えを変えようとはしないのです。何でも良くできて器用に見える友人が、実は非常に不器用なのだということを痛感してしまいます。

「馬鹿だな、フルート」

 とゼンは思わず言いましたが、フルートは何も答えませんでした。

 

 フルートとゼンが岩場に戻ったとき、雪はやみ、風ももうほとんどおさまっていました。

 少女たちと犬たちが、防水布の屋根の下からはい出して、少年たちの帰りを待っていました。

「フルート!」

 と王女が金の鎧の少年を見て駆け出しました。嬉しそうな笑顔で駆け寄って、また腕に飛びついてしまいます。フルートは、どきりとした顔になり、思わずポポロの方を眺めました。紺色のドレスの少女は、誰よりも後ろの場所で、ひっそりと横を向いていました。小さな姿が淋しげです。

 メールがゼンに言いました。

「遅かったね。何してたのさ」

 と言いながらわきに引っ張っていって、小声で尋ねます。

「で、フルートは?」

 ゼンは肩をすくめました。

「ダメだ。相変わらず、めちゃくちゃ頑固なヤツだぜ」

「――頑固で、どうしてああなんのさ」

 とメールは納得いかない顔をしました。岩場の前で、王女はフルートの腕に抱きつき、ポポロはぽつんと一人でいます。

 すると、フルートがポポロに話しかけました。

「追っ手は大丈夫だった?」

「あ……う、うん……」

 ポポロがあわててうなずきます。二人がかわしたことばは、たったそれだけでした。

「雪がやみましたわ。また歩くのでしょう?」

 とメーレーン王女がフルートに話しかけました。本当に嬉しそうな、とびきりの笑顔です。

 フルートは、静かにそれにほほえみ返しました。

「そうですね、王女様……。あとは天候も回復するだろうから、今日は歩けるところまで歩きましょう」

 そう言いながら、フルートは、そっと王女の手の中から自分の腕を引き抜きました。あら、と王女が驚き、たちまち悲しげな顔をしましたが、それには気がつかないふりをします。ポチとルルの二匹の犬が、そんな人間たちを見て、頭を寄せて何かを話します。

 雪がやんでも、空は相変わらずどんよりと曇っていました。冷たい風がまた、泣くような声を立てて林の中を吹き抜けていきました……。

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