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第8巻「薔薇色の姫君の戦い」

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63.魔法使い

 初老の男がザカラス城の通路を歩いていました。痩せた中背の体に黒い長衣をまとい、フードをはずした頭には髪の毛が一本もありません。頬のこけた彫りの深い顔に、年齢に似合わない野心的な目を光らせています

 時刻はもう夜の十時を回っていました。静まりかえった通路を衛兵だけが往来しています。王ももう私室に引っ込んでしまっていたので、黒衣の男は王の部屋の扉をたたき、そのままじっと待ちました。

 すると、扉が開いて、中から薄絹の服を着た美しい娘が現れました。王の愛妾の一人です。部屋の中を振り向いて声をかけます。

「魔法使いのジーヤ・ドゥ様ですわ、陛下」

「通せ」

 と奥から冷ややかな声が答えます。娘は男を中に引き入れ、自分は部屋の中の扉から隣の部屋へ移っていきました。王と魔法使いの会話に口をはさんではいけない、立ち会ってもいけないと承知していたのです。

 ザカラス王は恰幅のよい体に寝間着とガウンを着込み、分厚い羽布団を何枚も重ねたベッドに起き上がっていました。ひざまずいて頭を下げるジーヤ・ドゥに、珍しく笑うような目を向けます。

「こんな時間にやってきたところを見ると、連中の行方がわかったのだな、ドゥよ?」

「左様でございます、陛下」

 と黒い衣の魔法使いは答えました。わざとらしいほどうやうやしい口調でした。

「今日の昼過ぎに、ロムドへ向かう街道の北側の丘陵地で魔法の爆発がありました。間違いなく、金の石の勇者の一行のしわざでございます。連中は徒歩で丘陵地を越えながら、ロムドへ戻ろうとしております」

「メーレーンも一緒なのであろうな」

 とザカラス王は念を押すようにまた尋ね、魔法使いがうなずくのを見て、即座に言いました。

「兵を差し向けよ。連中を捕まえるのだ」

「御意」

 と魔法使いはまた頭を下げ、即座に王の前から退出しようとしました。王の許可なしに行動を起こすことはできません。けれども、王が命令を下したのに、いつまでもぐずぐずしていることもまた、王の怒りを買ってしまうのでした。

 

 すると、王がそれを引き止めるように、また尋ねました。

「ドゥ。そなたの優秀な間者は、今どこにいる?」

 ジーヤ・ドゥは振り返り、うやうやしくまたお辞儀をして答えました。

「それをお話しすることだけはお許しを、陛下。極秘で行動中だとしか、申し上げることができません」

 すると、王は責めるような口調になりました。

「何故そなたの間者は金の石の勇者の仲間たちも同行していると気づけなかったのだ。わかっていれば、連中を城に引き入れるようなことはしなかったのだぞ。その前に連中を全滅させられたのに」

 ジーヤ・ドゥはおそれいったように、いっそう深く頭を下げました。

「いかに優秀な間者であっても、調べられることには限界がございます……。連中は、なんらかの術を使って自分たちの姿をくらましております。今回も、山中で連中が魔法を使わなければ、居場所はまだつかめないところでございました」

 ふん、とザカラス王は尊大に鼻を鳴らしました。

「さっさと連中を逮捕しろ」

 ジーヤ・ドゥはまたお辞儀をして、急いで王の前から退きました。

 

 通路を通って自室に戻ったジーヤ・ドゥは、一人きりになると低い含み笑いをもらし始めました。

「まったく……愚かな王であることだ」

 と自分の君主をあざ笑います。頬のこけた顔には、またはっきりと野心の表情が現れていました。

「ジタン山脈など王にくれてやる。こちらは、もっと大きな力を手に入れて、ザカラスだけでなく大陸中をわしのものにするのだ。――だが、そのためには、やはり連中を捕まえなくてはならんな」

 一瞬、ぎらりと熱く目を光らせた後、魔法使いはまた冷静な表情に戻りました。部屋の奥へと呼びかけます。

「伝声鳥!」

 奥の止まり木に数羽の鳥が留まっていましたが、その中から茶色の鳥が飛び立って、ジーヤ・ドゥの前のテーブルに降り立ちました。ツグミです。つぶらな黒い瞳で魔法使いを見上げます。

「連隊長ところへ飛べ。勇者の居場所を伝えるのだ」

 とジーヤ・ドゥが言うと、ツグミは、ぱっと翼を広げて、ガラスのはまっていない天窓から部屋の外へと飛び出していきました。伝声鳥は魔法の生き物です。ザカラス軍の連隊長の元まで飛んで、ジーヤ・ドゥのことばを伝える媒介になるのでした。

 それを見送りながら、魔法使いはまたつぶやきました。

「見ておれ、金の石の勇者。邪魔なおまえは必ず消し去ってみせるからな」

 魔法使いが声を上げて笑い出したので、止まり木に残った鳥たちがいっせいに羽を広げ、おびえたようにばたつきました。

 窓の外を木枯らしが吹き抜けていきます。空には月もない闇がどこまでも広がっていました――。

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