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第8巻「薔薇色の姫君の戦い」

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第14章 真実

56.早朝

 夜が明けました。

 街道沿いにあるクナコの町は霜で真っ白におおわれていましたが、朝日が当たるとたちまち霜は消え、屋根や石畳が濡れるだけになりました。空が青くなっていきます。今日も天気は良くなりそうです。

 通りに面した店が、一軒、また一軒と鎧戸を開けて開店の準備を始めていました。家の前の通りを掃除して、天蓋を張り、その下に商品を並べていきます。

 すると、そんな一軒の前に二人の子どもが立ちました。長身の少女と、背はあまり高くないものの、がっしりした体つきの少年です。白と茶色の二匹の犬を連れています。

 店の掃除をしていた女主人が、じろりと子どもたちに目を向けました。

「なんか用かい? まだ店の開く時間じゃないよ」

 クナコはザカラスでも屈指の大きな町ですが、それだけに不良少年のグループも多く、あちこちで万引や窃盗を繰り返しています。女主人の声も自然と厳しくなっていました。

 すると、少年の方が口を開きました。

「買ってもらいたいものがあるんだ。けっこういい品物だぜ」

 大人相手に、いやにふてぶてしい言い方をします。女主人は体を起こして改めて子どもたちを見ました。

 少女は、冬だというのに半ズボンをはき、薄手のシャツの上に大きな男物の上着をはおっていました。かなりの美人で、緑色に染めた髪を後ろで一つに束ねています。少年の方は全体的に薄汚れていますが、よく見ると、非常に仕立ての良い服を着ていました。貴族が着るような刺繍のある服で、絶対にこの少年にはふさわしくありません。

 なんとも奇妙な格好の二人に、女主人は心でうなずきました。はぁん、やっぱり泥棒小僧どもかい……。

 

「買ってもらいたいものってのはなんだい? お見せよ」

 と女主人は言いました。この店は雑貨や衣類から食料品まで幅広く扱うよろずやでしたが、その裏で盗品の売買を行っていたのです。不良少年たちも、時々自分たちが盗んだ品物を持ち込んできます。こういう対応には慣れていたのでした。

 少年が手を突きだして握っていたものを見せました。バラの形をした金のブローチで、全体に細かい彫刻が施され、花びらの部分には美しいバラ水晶が埋め込まれています。

「おやまあ」

 と女主人は思わずあきれました。すぐにブローチを手にとって、つくづくと眺めます。

「こりゃこりゃ……相当な代物じゃないか。どっから盗んできたんだい? 貴族の屋敷かい?」

「あれ、ここってそういうことを詮索する店だったわけ?」

 と少女が鋭く聞き返しました。

「嫌ならいい。別の店に行くだけだ」

 と少年も女主人からブローチを取り上げようとします。

 女主人は急いでブローチを握り直しました。

「あわてるんじゃないよ……。もちろん詮索する気なんかないさ。あたしもこの商売は長いけどね、これほどの上玉にはめったに出会わないから、ちょっと驚いただけだよ」

「そんならサービスしてよね」

 と少女がちゃっかりと言います。

 ふふん、と女主人は笑いました。子どものくせに自分と対等に渡り合おうとする二人を面白そうに眺めます。

「いいだろ。で、金と物と、どっちにしたいんだい?」

 盗品のブローチは買い取るから、代金は金と物品のどちらが良いか、と聞いてきているのです。

「ほしいもんがあるんだ。食料品とかマントとか……それと交換だ」

「ふぅん。いいだろ、入って好きなのを好きなだけ選びな」

 実際のところ、少年たちが持ち込んできたブローチは相当な値打ち品でした。この店の品物を店ぐるみ代金として支払ったとしても、まだおつりが来るほどだったのです。女主人が気前よくなるのも当然のことでした。

 少年と少女は女主人の後について店に入っていきました。店の入り口にうずくまった犬たちが、通りに警戒するような鋭い視線を向けましたが、それに気がついた人間は誰もいませんでした――。

 

 三十分後、風の犬に変身したルルは、背中にゼン、メール、ポチの二人と一匹を乗せて空を飛んでいました。同じ背中には、山のような食料品や衣類も積み込まれています。メーレーン王女のブローチと引き替えに手に入れたものです。

「確かにいい店だったな。余計なことは言わずに、ちゃんと品物をよこしたぞ。ポチの見立て通りだ」

 とゼンが言うと、ポチがワン、と笑いました。

「匂いでね、わかるんです。ぼく、昔ああいう盗品を扱う店で飼われてたこともあるから」

 歳の割合にいろいろな経験をしてきているのが、この子犬です。

 すると、メールが言いました。

「あの王女様も案外いい子みたいじゃないか。大事なブローチだったんだろうに、金が必要だって言ったら自分からよこしたもんね」

 メールは袖無しのシャツと半ズボンの上に、フルートから渡されたトウガリの上着を着込んでいました。薄茶色の長い裾が風にはためいています。厚手の上着だったので、ちょうどいいコート代わりになっていました。

「なによ。あの子は王女でしょう。ブローチくらい、何十個提供したって、痛くもかゆくもないはずよ」

 とルルが飛びながらつんつんして言いました。相変わらず王女のことは好きになれずにいるのです。仲間たちは思わず苦笑いしました。やっぱり、ルルが風の犬になって王女をロムドまで連れて行くのは無理のようです……。

 

 やがて、一行は街道の北側の丘陵地に下りました。低い山がいくつも連なっている場所です。その浅い谷間に、火をたいて、フルートとポポロとメーレーン王女が待っていました。

 朝日は山の端からすっかり姿を現して、空から谷を照らしていましたが、王女はまだぐっすりと眠ったままでした。たき火と王女を守るようにフルートが立ち、その隣にはポポロが座っています。フルートは今日はもう金の鎧兜を身につけ、二本の剣を背負って、勇者の格好に戻っていました。風の犬のルルが仲間たちを乗せて無事に帰ってきたので、安心したような顔になります。

「お帰り。どうだった?」

「おう、ばっちりだ。食料もマントも手に入ったぜ。鍋も買えたから、すぐに朝飯を作ってやる」

 とゼンは上機嫌でルルから飛び降り、買い込んできた品物を下ろし始めました。メールがポチを抱いて降りながら笑いました。

「夕べはなぁんにも食料がなくて、犬のおやつを食べるはめになったもんねぇ。今朝はまともな食事にありつけそうで嬉しいよ」

「ワン、それでも王女様があれを持っていたから助かったんですよ。あれがなかったら、本当に何も食べるものがなかったんだから」

 とポチが、むっとしたように言い返します。

 前の晩、ザカラス兵が見張る丘から逃れた一行は、夜目の利くゼンや犬たちの案内で北東の丘陵地帯に入り込み、なんとかこの谷間までやってきたのでした。着の身着のままでザカラス城を逃げ出してきた一行です。荷物など何もありません。食べるものさえ何一つなくて、しかたなく犬用のビスケットを分け合って飢えをしのぎました。メーレーン王女は、城を抜け出すときに、ポチとルルのためにビスケットを一袋持ち出していたのです。

 すると、ゼンが言いました。

「あのビスケット、中に肉やらレバーやら蜂蜜やら、えらく栄養のあるもんがいっぱい混ぜ込んであったぞ。人間が食うにしたって上等なくらいだ。王女の犬たちはあれをおやつにしてるってんだから、贅沢なもんだよな」

「今度からぼくらもあれを携帯食にして持ち歩こうか?」

 とフルートが笑います。その全身で、朝日を浴びて金の鎧兜が光っています。もう金髪を結い上げた美しい侍女はどこにもいません。そこに立っているのは、剣を背負い盾を左腕に装備した小さな戦士です――。

 

 そんなフルートを見て、ゼンが満足そうに言いました。

「うん、これでやっと落ち着いた。やっぱりおまえはその格好でねえとなぁ。町でおまえの上着やズボンも買ってきてやったから、後で着替えろよ。魔法の鎧だから袖無しの服や半ズボンでも寒くはねえんだろうけど、素肌に直接鎧を着けると、留め具ですれて動きにくくなるからな」

 大雑把なように見えて、案外と細かいところに気が回るゼンです。

 すると、メールがまた笑いました。

「あたいはちょっと残念な気がするなぁ。フルートの女装姿が見られなくなって。ほぉんと、信じらんないくらい美人だったもんね。できるなら、あの格好で町中に立たせてみたかったよ。きっと美しさに目がくらんだ男たちが山ほど殺到して――」

「メール!!」

 とフルートは大声を上げました。顔を真っ赤にしています。

 とたんに、隣に座っていたポポロが、びくり、と飛び上がりました。まるで夢から覚めたように、何度もまばたきを繰り返します。

「あ、ご、ごめん……邪魔しちゃったかい?」

 とフルートがあわてて謝りました。ますます赤い顔になっています。ポポロは首を振りました。

「ううん、大丈夫。ちょうど終わって戻ってくるところだったから……。今、このあたりに敵はいないわ。ルルも跡をつけられたりしてないわよ」

 ポポロは魔法使いの目を使ってあたりを調べ回り、追っ手が迫っていないかどうか確かめていたのでした。ルルたちは人目のある街道の町まで飛んで行ったのですが、用心して遠回りして戻ってきたので、姿を見つけて追ってくる者もなかったのでした。

 なんとなく、ほっとした雰囲気が流れる中、ゼンは仕入れてきたばかりの鍋を火にかけ、やはり新しく手に入れた水筒から水を注いで、仲間たちに呼びかけました。

「さあ、ぱっぱっと料理してやる。王女様を起こして朝飯にしようぜ!」

 子どもたちはいっせいに歓声を上げました。どんな状況にあったって、彼らは食べることが大好きです。そんな子どもたちの上に、朝の光は明るく降り注いでいました――。

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