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第8巻「薔薇色の姫君の戦い」

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48.逃亡

 王女の部屋の中で、フルート、ポポロ、ポチ、ルルがトウガリと向き合っていました。

 ルルがトウガリに尋ねました。

「あなた……なんなのよ、本当に! どうして私たちが王女を助け出す手伝いの真似なんかするわけ!? ザカラスの間者のくせに!」

 と歯をむきます。トウガリは芝居がかったしぐさで手を上げ、首を振って見せました。

「怖い怖い、かみつかないでくれったら……。まあな、ザカラスの間者だというのは本当のことなんだが、えぇと――ポポロに弁護してくれと言っても、ポポロも何も知らないわけだからなぁ。さてと、どう申し開きしたものやら」

 困ったような顔も、本気なのか、困っているふりをしているだけなのか、どうもはっきりとは読み取れません。フルートは後ろに立つ少女を振り向きました。

「何があったの、ポポロ?」

「あの……トウガリはあたしたちを牢から逃がしてくれたのよ。ゼンとメールにも城から出る道を教えてくれて……でも……」

 とまどうように口ごもってしまったポポロに、ルルが鋭く突っ込みました。

「あなたたちを牢に入れたのは誰!? 金の石の勇者のことをザカラスに教えていたのは!?」

「うーん、困ったことにそれも俺なんだな。本当にまいったな」

 とトウガリがまた顎をかきます。どこか他人事のような、不思議な態度です。

「そもそも、計画ではおまえらを窮地から助け出して、それで俺のことを信用してもらうつもりだったんだ。ところが、おまえらは自分で牢から抜け出していた。フルートもだな。どうやって皇太子殿下の部屋から逃げ出してきた?」

「案内されてきたんです。皇太子に。秘密の通路を通ってきました」

 とフルートは答えました。トウガリが意外そうな顔になります。

「殿下が……? ははぁ、とうとう父君のやりように我慢ができなくなったか。殿下にしては上出来なことだ」

 自分が仕える主君たちの話をするにしては、いやに冷めた口調でした。

 すると、いつのまにかトウガリの足下に近寄っていたポチが、くんくん、と鼻を鳴らしました。聡明な瞳でトウガリを見上げます。

「ワン、やっぱりだ……。あなたからは敵の匂いがしません。どんなに隠したって嘘をついたって、敵かどうかだけはぼくにはわかるんです。あなたは敵じゃない。それだけは確かです」

 とたんにルルがまた叫びました。

「だけど! それじゃどういうことなのよ、これは!? トウガリはいったい何者なの――!?」

 ところが、トウガリがそれに答えようとしたとき、それより早くフルートが言いました。

「トウガリは二重間者なんだ。そうでしょう?」

 

 二重間者? と仲間の子どもたちが聞き返しました。あまり聞いたことがないことばです。フルートは続けました。

「つまり、ザカラスの間者でありながら、本当はロムドの間者だった、ってことだよ。ザカラスには自分の仲間だと思わせているけど、実際にはぼくたちの方の味方だったんだ」

 とたんに、ルルがまたかみつくような勢いで反論してきました。

「どうしてそんなことがわかるのよ!? トウガリはザカラス人よ! ロムドの味方のふりをしていて、本当はザカラス側なのかもしれないじゃない! 私たちを信用させて、油断したところをザカラス王に引き渡すつもりなのかもしれないわ! こいつは金の石の勇者のことをザカラス王に教えていたのよ!」

 怒りと不安とじれったさで、ルルは目に涙さえにじませていました。あまりにも怪しい人物をあっさり信用してしまうフルートやポチに腹を立てていたのです。

 すると、フルートが静かに答えました。

「だからだよ――。ザカラス王は一行の中に金の石の勇者が混じっていること『しか』知らなかったんだから」

 「しか」という部分を強調して、フルートは仲間たちを見回しました。皆が意味のわからない顔をしているのを見て、また続けます。

「もし、トウガリが本当にザカラス側の間者だったら、やってくるのは金の石の勇者の一行だと伝えていたはずなんだよ。金の石の勇者のぼくだけでなく、怪力のゼンも、花で戦うメールも、魔法使いのポポロも、風の犬に変身できるルルやポチも一緒に来るってね。だけど、彼らは金の石の勇者がいることだけしか知らなかった。だから、ゼンやポポロを牢に閉じこめて、それで大丈夫だなんて思ったんだよ。ゼンたちがおとなしく牢に捕まってるわけないのに。それは、トウガリが本当のことの一部分しか伝えてなかったからだ。大事なことはザカラスに隠していた。……そうやって、トウガリはザカラス側の間者のふりをしながら、ロムドのために動いていたんだよ」

 子どもたちは驚いて、背の高い痩せた男を見ました。道化の化粧を落とした平凡そうな顔を見つめます。

「やれやれ」

 とトウガリが笑いました。

「ポチも賢かったが、金の石の勇者も負けないくらい賢いもんだな。ご名答だ。俺はもともとザカラス側の間者で、メノア様が嫁いだ際に同行してロムドに潜入したんだが、あっさりユギル殿に見破られてな。そのまま国王陛下に口説かれて、ロムド側の間者に寝返ったというわけだ。以来、時々ザカラスに戻っては、ロムドの情報を伝えるふりをしながら、ザカラスの様子を探ってきた。こんなふうに寝返った間者を『反間(はんかん)』と呼ぶんだが……まあ、そんなのはどうでもいいか」

 ルルとポポロは、あっけにとられてトウガリを見つめ続けていました。ポチが満足そうに尻尾を振り、フルートがほほえみます。

 すると、トウガリは苦笑いになりました。

「どうも弱いな、おまえのその笑顔には……。どうしてこんな怪しい奴をそうまで信じられるのやら。まあ、信じてもらえて、ありがたいはありがたいんだが。ゼンなど、裏切り者! と言ってもう少しで俺を絞め殺すところだったぞ。それが普通なんだ」

 それを聞いて、フルートはまた、にこりとしました。

「だって、トウガリはずっと、ぼくらを助けてくれていたもの。何を言ったって、何をしたって、いつだって肝心な場面では必ず助けてくれていたから」

 揺らぐことのない笑顔と声でした。トウガリはまた、やれやれと芝居がかったしぐさで大きく肩をすくめると、そっと顔をそらしました。思わず浮かべそうになった表情を、子どもたちの目から隠します……。

 

 窓の外から、ふいにすさまじい声が聞こえてきました。人の声ではありません。獣の咆吼(ほうこう)です。

 トウガリと子どもたちはまたベランダへ走り、城の前庭に巨大な生き物が引き出されているのを見て驚きました。

「ワン、あれは――」

 巨大な体、長い首、背中には二枚の大きな翼を持ち、全身をオレンジ色のウロコでおおわれた怪物です。

「ファイヤードラゴンだわ!」

 とルルが叫びました。すさまじい炎を吐く怪物です。

 トウガリが舌打ちしました。

「とんでもないものを引っ張り出してきたな。戦闘用に城で飼われている怪物なんだが……こんな場所でつかったら、城が火事になるかもしれないじゃないか」

「ゼンは金の鎧を着ているから炎も平気だ。でも、メールは火を防げない――!」

 とフルートが叫びます。身を乗り出し、今にもベランダから飛び出していきそうになるので、あわててトウガリが引き止めました。

「落ち着け。ここは五階だぞ」

「ワン、ぼくが風の犬になります!」

 とポチが身構えました。その場で変身して、ゼンとメールを助けに駆けつけようとします。

 ファイヤードラゴンの前では、さすがのゼンとメールも戦うすべがありませんでした。魔法の鎧を着たゼンがメールをかばうように立ち、二人じりじりと後ずさっていきます。黒い集団に見える兵士たちは、逆に二人から離れます。ドラゴンが吐く炎に巻き込まれないように遠ざかったのです。

 メールの叫ぶ声が聞こえて、花の集団がいっせいにドラゴンに襲いかかっていきました。巨大な鋭い針のようになって、ドラゴンを貫こうとします。

 とたんにドラゴンが火を吹きました。激しい炎が花の針を包み込み、あっという間に花を燃やしてしまいます。

「ゼン! メール!」

 フルートがトウガリを振り切り、ポチが風の犬になろうとした瞬間、同じベランダの上で別の声が響きました。

「レマート!!」

 ポポロがベランダの柵にしがみつき、隙間から精一杯手を伸ばしていました。その華奢な指先はファイヤードラゴンに向けられていました。淡い緑の星が散り、前庭の怪物に降りかかっていきます……。

 

 ドラゴンの動きがぴたりと止まりました。立ちすくむゼンとメールに向かって、今にも炎を吐き出しそうに口を開けながら、まるで凍り付いたように動かなくなります。ポポロが停止の魔法をかけたのです。同時に前庭の動きがいっせいに止まり、突然あたりは静寂に包まれました。動かなくなった兵士たちは、まるで黒い銅像の群れのようです。

「ああ、また!」

 ポポロが泣きそうになって顔をおおいました。ドラゴンだけを停止させようとしたのに、やっぱり周囲の人々まで魔法に巻き込んでしまったのです。どうしても魔法のコントロールが思うようにいかないポポロでした。

 けれども、今はそれが幸いしました。魔法は追っ手の動きを封じた上に、ドラゴンから離れていたゼンやメールまでは届かなかったのです。二人はすぐに身をひるがえすと、ドラゴンに背を向けて逃げ出しました。その後を同じように魔法から逃れた兵士たちが追っていきますが、その数はごわずかです。追っ手を振り切るように、二人が城の大門から飛び出していくのが見えます――。

 

 トウガリはフルートたちを振り向きました。

「今のうちだ。おまえらも逃げろ。フルートが通ってきた秘密の通路というのはどこだ?」

「暖炉の後ろです。暖炉の横にスイッチがありました」

 とフルートが答えます。トウガリが暖炉のわきを探ると、音もなく暖炉が動いて、その奥に暗い通路の入り口が現れました。

 なるほど、とトウガリはうなずきました。

「これが噂に聞くザカラス城の秘密通路か。下りていけば城から抜け出せるはずだ。……ここから脱出したら、人目を避けて東を目ざせ。城に入る前に休憩した丘を覚えているな? あそこでロブ・コラムが馬車で待っている。それに乗って大急ぎでロムドに戻るんだ。追っ手がかかるからな。ぐずぐずするんじゃないぞ」

「トウガリは? 一緒に行かないの?」

 とフルートは驚いて聞き返しました。すると、トウガリは口の片端を持ち上げて、笑うような顔をして見せました。

「新しい仕事ができた……。俺はザカラス王に金の石の勇者が来ることしか教えていなかったのに、王は侍女も偽物かもしれないと気がついていた。誰かがおまえらの情報をつかんでいたんだ。それが誰のしわざか、確かめなくちゃならない」

「ワン、危険ですよ!」

 とポチが言いました。彼らはこれから、王女を連れてザカラス城を逃げ出すのです。トウガリが後に残れば、何かしら怪しまれることは間違いありません。

 けれども、トウガリは今度は口の両端を持ち上げて、にんまりと笑って見せました。

「なぁに、大丈夫だ。俺は間者としてザカラスじゃ一目も二目も置かれているからな。おまえらが逃げ出したら、せっかくここまで連れてきてやったのに逃がすとは何事だ、と逆に連中を怒ってやるさ。俺の心配はいいから、王女を頼む。外歩きなどほとんどされたこともない方だ。身を守るすべも何も知らん。守れよ」

「トウガリ……」

 それでも心配そうな顔をするフルートに、トウガリは自分の上着を脱いで投げつけてきました。

「そら、これを着ろ。そんな格好で外へ出たら、あっという間に凍えるぞ」

 侍女のドレスを脱いだフルートは、袖無しのシャツに半ズボンという服装です。確かに、これで十二月の戸外を歩けば、たちまち寒さで動けなくなりそうでした。長身のトウガリの上着は、小柄なフルートが着ると丈が長くて、まるでコートをはおったようになりました。

 

 すると、窓の外からまたふいに大きなどよめきと怪物の咆吼が上がりました。人々が口々に騒ぐ声が聞こえ始めます。

 ポポロが顔色を変えました。

「あたしの魔法が切れたんだわ……」

 彼女の魔法は強力ですが、ほんの二、三分しか続きません。よし、とトウガリは言い、隣の部屋へ呼びかけました。

「姫様! 姫様、ご準備はできましたか!?」

 はぁい、と返事があって、メーレーン王女が出てきました。バラ色のドレスの上に、これまた同じようなバラ色のコートを着込み、暖かそうな帽子をかぶっています。その帽子もやっぱりバラ色をしていました。

「おお、帽子とはよくお気づきになられました。うっかりして、トウガリは思いつかずにおりましたよ」

 と急に穏やかな口調になって、トウガリは王女に言いました。にっこりする王女に、さらに続けます。

「よろしいですか、姫様。ここから先、姫様は金の石の勇者たちと一緒にロムドに戻ります。トウガリはまだやることが残っておりますので、後ほど城を出て、皆様の後を追いかけます。ロムド城に戻るまで、勇者の皆様方の言うことをよくお聞きください。よろしいですね」

「わかったわ」

 とメーレーン王女はうなずきました。幼く見える顔に、それでも決心の色を浮かべています。

「さあ、行け」

 とトウガリはフルートたちに呼びかけました。暖炉の後ろに隠されていた秘密通路に、王女が目を見張って、まあ、と驚きます。

「ワン、足下に気をつけて」

 真っ先にポチが階段を下り始め、その後ろに、王女に手を貸したフルート、侍女姿のままのポポロが続きます。フルートはもう一方の手に、暖炉から拾い上げた薪の火をかざしていましたが、それでも王女は、暗いのね、と不安そうな声を出しました。

 

 一番最後に通路に向かったルルが、入り口でトウガリを振り返りました。痩せた男は体を折り曲げるようにして、通路を下っていく一行を見送っています。それへルルは話しかけました。

「どうしてずっと黙ってたのよ、トウガリ。味方なら味方と最初から言えばよかったのに。そうすれば疑われたりしなかったのよ」

「どうも照れ屋なたちでな」

 とトウガリは肩をすくめ返しましたが、ルルがじっと見つめ続けているので、ちょっと苦笑いの顔になりました。

「敵をあざむくにはまず味方から、と言ってな、例え味方でも、こういうことは秘密にしておくのが間者の決まり事なんだよ。疑わせて悪かったな」

「いいわ。こっちこそ疑って悪かったと思ってるから」

 とルルは答え、ちょっとためらってから、こう言い添えました。

「気をつけなさいよ、トウガリ――無事で戻ってくるのよ」

 トウガリは目を丸くすると、面白そうな顔になって、にやりと笑い返しました。

「意外と素直だな、ルル」

 ふん、とルルは顔をそらしました。そのまま、後はもうなにも言わずに通路の入り口をくぐり、階段を下りていってしまいます。

 トウガリは暖炉脇のスイッチをまた操作して入り口を隠すと、身を起こして肩をすくめました。

「金の石の勇者の一行か……。かなわんな、まったく」

 そうつぶやいて、小さく笑います。見られる心配のなくなった顔には、照れくさそうな表情が浮かんでいました――。

 

 開け放たれたままの窓の外からは、騒ぐ人々と怪物の声が聞こえ続けていました。

 遠く大門の方向から、人が叫ぶ声が伝わってきます。

「金の石の勇者が水路に飛び込んだぞ!」

 声は、そう言っていました。

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