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第8巻「薔薇色の姫君の戦い」

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45.味方

 「この野郎!!」

 ゼンは一声叫ぶと、入り口に立つトウガリに飛びかかりました。トウガリを部屋の中に引きずり込むと、メールがすぐさま扉に飛びついて閉めます。そのまま扉に耳を押し当てますが、外から部屋に駆けつけてくる足音は聞こえませんでした。トウガリは一人で牢の部屋にやってきたようです。

 ゼンがトウガリの襟首をつかみ、だん、と勢いよく部屋の壁にたたきつけました。ゼンは金の鎧兜を着て、二本の剣を背負っています。そのフルートそっくりの格好で、トウガリを壁に押しつけて絞め上げます。

「おい、よくも俺たちの前にまた顔を出せたな……。よっぽど命が惜しくねえらしいや。無事ですむなんて思うなよ」

 とごく低い声で言います。どなるよりはるかに危険な響きでした。

 トウガリは道化の化粧を落とし普段着を着て、普通の人の姿になっていました。じたばたともがきますが、とてもゼンを振り切ることはできません。喉元を猛烈な力で絞め上げられて顔を歪めます。その顔色がみるみる青ざめていきます。

「ま――待て――」

 とトウガリが声を絞り出しました。今にも息が止まりそうになりながら、必死で言います。

「お、俺を殺す前に――は、話を――話を、聞け――」

 けれどもゼンはまったく手をゆるめません。それどころか、トウガリの長身を持ち上げて、また壁にたたきつけてしまいます。ぐうっとトウガリがうめき声を上げました。そのはずみに何かが床に落ちて、メールの足下まで転がってきました。

 メールはそれを拾い上げました。鎖の切れたペンダントです。細かい彫刻をした銀の丸いトップは少し厚みがあって、横に小さな突起があります。それを押すと、銀の蓋がぱちんと開きました――。

 

 え? とメールはそれを見つめました。いぶかしそうな顔が、やがて、意外そうな表情になっていきます。目を上げ、ゼンに絞め上げられているトウガリを見ます。トウガリの顔色は、青を通り越して、もう透き通るほど白くなっていました。そばでポポロが泣きそうになりながら、おろおろと立ちすくんでいます。

 メールはあわてて声をかけました。

「待ちな、ゼン! ちょっと待ちなよ――!」

 ゼンがじろりとメールを振り向きました。

「なんだよ? こいつは裏切り者だぞ」

 ドワーフの信条は、裏切り者は絶対に許すな、です。本気でトウガリの息の根を止めるつもりでいることを、ありありと見せています。邪魔すればメールでも承知しないぞ、と態度で示します。

 メールは首を振りました。

「ちょっと待ちなったら。ちょっとあたいに話をさせてよ」

 恐ろしいほど怒っているゼンに大胆に近づき、トウガリの首からゼンの両手を外してしまいます。ゼンはかっとしましたが、かろうじて思いとどまると、メールをまたにらみつけました。

 トウガリの痩せた体が、ずるずると壁の上を滑り、その場に座り込んでしまいました。絞め上げられた咽に手を当ててあえぎます。化粧を落としたその顔には脂汗が吹き出していました。

 その目の前に、メールは手を差し出しました。銀のペンダントを突きつけます。

「これ、あんたのかい、トウガリ?」

 とたんに、トウガリが動きました。ばっと顔を上げ、誰もが驚くほどの勢いでメールからペンダントをひったくってしまったのです。そのまま、また目を伏せ、ぜいぜいと息を続けます。その姿は、とっさにそんな反応をしてしまった自分を後悔しているようにも見えました。

「それ、もしかしたら――」

 とメールが言いかけると、トウガリがどなりました。

「うるさい!」

 咽を絞められたので、かすれたしゃがれ声です。銀のペンダントトップを手の中に握りしめてしまいます。

「なんだよ、それ?」

 とゼンが不思議そうに尋ねました。ポポロもわけのわからない顔でいます。

 メールは侍女の服を着た腰に両手を当てて、じっとトウガリを見つめました。トウガリは目を合わせようとしません。

 やがて、メールは、ふっと大人のような溜息をつくと、ゼンを振り向いて言いました。

「どうやらわけありみたいだ。トウガリの話を聞いた方が良さそうだよ」

「な――なんでそうなるんだよ!? こんなヤツの話をどうして――!」

 ゼンがわめき出すと、トウガリがまた口を開きました。相変わらず荒い息をしながら言います。

「大声を出すな、馬鹿……。時間がないんだ。急がなくちゃならん……」

「なんだと、この野郎! このうえまだ俺たちの味方面するつもりか!?」

 ますますいきり立つゼンを、メールが止めました。

「静かにしなったら。大声出したら外に聞こえちゃうよ。たぶん、トウガリには作戦があるんだよ。そうなんだろ、トウガリ?」

 とメールはまたトウガリを見つめました。かがみ込み、真実を見抜こうとするように、深く青い瞳で男の目の中をのぞき込みます。トウガリはさらに視線をそらしました。手の中のペンダントをズボンのポケットにそっと突っ込みます……。

 

 トウガリはおもむろに皮肉っぽい顔に変わりました。メールをじろりと見て答えます。

「まあな……。信じるかどうかは知らんが、一応おまえらを助けに来たつもりだったんだ。どうやら必要はなかったようだが」

 と手にしていた扉の鍵を見せ、壊れた牢の鉄格子に肩をすくめて見せます。

「わけがわかんねえだろうが! 俺たちを敵に渡したり助けに来たり! ちゃんと説明しろよ!」

 とゼンがわめくのにも知らん顔で、トウガリは立ち上がりました。

「後で教えてやる。だが、今は本当に時間がない。いいか、王女を助けてここから脱出したかったら、俺の言うとおりにするんだ」

「おまえの言うことを信じろって言うのかよ!?」

 ゼンは腹を立てて拳を握りしめていました。今にもまたトウガリに殴りかかりそうです。

 すると、メールがきっぱりと言いました。

「あたいはもう一度信じてみる。トウガリはやっぱりあたいたちの味方だよ。そうだろ?」

 青い瞳に信頼を込めてトウガリを見上げます。背の高いメールですが、トウガリはもっと背高のっぽです……。

 トウガリが薄く笑いました。普段着姿のままで、大げさな道化のお辞儀をして見せます。

「海の王女様から信頼されるとは光栄至極――。すべてはロムド国王陛下とユギル殿が立てた作戦だ。そんなふうに考えてろ」

 ロムド王とユギルの名を出されて、さすがのゼンもとうとう黙りました。ふしょうぶしょうという感じですが、鎧をつけた腕を組んでトウガリを見ます。ポポロもとまどいながら、それでもやっぱりトウガリを見つめます。

 子どもたち全員が自分に注目したのを確かめて、トウガリは言いました。

「いいか。さっきも言ったとおり時間がない。おまえらを取り調べに、ここに人が来るからな。ゼンはそうやって金の石の勇者のふりをして外に出て、城の外へ向かえ。正面の階段を二つ上がって左に行けば、城の出口がわかる。女の子たちは俺と一緒だ。ゼンが城中の奴らの気を惹いている間に、メーレーン様の部屋へ行って王女を連れ出すんだ」

 それはゼンたちが立てていた計画とまったく同じでしたが、具体的な道順がわかることが大きな違いでした。これならば、無駄なく効果的に行動することができます。

 すると、メールが言いました。

「あたいはゼンと行くよ。ポポロ一人で王女のとこに行かせるのが心配だったんだけど、トウガリが一緒に行くなら大丈夫だろ。あたいはゼンの方だ」

「おい、メール!」

「危険だぞ」

 とゼンとトウガリが異口同音に心配しますが、メールは考えを変えませんでした。

「ここはお城さ。お城では冬でも花を飾るだろ? 花さえあれば、あたいには怖いものなんかないんだよ」

 ずっと花一輪咲いていない冬の中を旅してきた花使いの姫は、そう言ってにやっと得意そうに笑って見せました。慎ましい侍女の格好にはとても似合わない笑顔ですが、見る者たちの目には鮮やかなほど美しく映ります。

「ったく、この跳ねっ返りが」

 とゼンがぶつぶつ言って、ちらっと複雑な目をしました。心配と嬉しさが入り混じったまなざしでメールを見ます……。

 

「よし、ここで迷ってる暇はない。それで行くぞ」

 とトウガリが言いました。

 すぐさまメールがまた扉に張り付き、外へ耳を澄まします。

「足音が近づいてきてる……誰か来るよ」

「取り調べ官が来たな。間一髪だ」

 とトウガリが答えます。行け、と目で合図をします。

 ゼンは盛大に舌打ちしました。

「おい、トウガリ。俺はまだおまえを完全に信用したわけじゃねえんだからな。今は貸しにしておいてやる。後で納得のいく説明ができなかったら、そのときにはとことん問い詰めてやるからな」

「やれやれ。俺の取り調べ官はゼンか? わかったから早く行け。部屋に入ってこられたら計画がおじゃんだぞ」

 ふん、とゼンは鼻を鳴らすと、背中から銀のロングソードを抜きました。金の鎧兜に盾に長剣――ゼンの姿は本当にフルートのように見えます。そうして、ゼンはどなりました。

「開けろ、メール!!」

 メールがすぐさま扉を開けます。ゼンは外へ飛び出していきました。

 部屋のすぐそばまで来ていた人々が、ぎょっと立ち止まり、飛びのきました。そこへ剣を振り回しながらゼンはどなりました。

「おらおらおら、怪我をしたくなかったらどきやがれ!! 金の石の勇者に道をあけろ!!」

「やだね。フルートがそんな言い方するかい」

 メールがあきれたように言いながら、ゼンに続いて部屋を飛び出していきます。

 金の石の勇者だ! 牢を逃げ出したぞ! と騒ぐ人々の声が上がり、剣を抜く音が聞こえてきます。剣を切り結ぶ音が響き、たちまち通路を遠ざかっていきます。人々の声も離れていきます。逃げるゼンを金の石の勇者と信じて追っていったのです。

 トウガリは、一人残っていたポポロを振り向きました。

「よし、俺たちも行くぞ」

 ポポロはためらいました。トウガリに対する疑いはまだ完全には晴れていません。この男は自分たちをザカラスに引き渡したのです。ザカラスの家来と親しそうに話もしていました。怪しいけれども、どうしても疑わしいけれども、それでも、ポポロに選ぶ道はありませんでした。ゼンが敵の目を惹きつけている間だけがチャンスなのです。

 ポポロは侍女のドレスを堅くつかむと、何も言わずにうなずいて、トウガリの後について部屋を飛び出していきました――。

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