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第8巻「薔薇色の姫君の戦い」

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42.再会

 「ザカラス王の御前である。一同の者、面を上げよ」

 と呼びかけられて、フルートたちは深くお辞儀をした格好から顔を上げました。暁城と呼ばれるザカラス城の広間。彼らが頭を下げている間に入ってきた王が、一段高い壇上の玉座に座っていました。

 ザカラス王は初老の人物でした。雪のように白い髪とひげをして、恰幅のよい体に豪華な衣装をまとっています。六十歳を少し過ぎたばかりだと聞いていましたが、本当の年齢よりずっと年を取っているように見えました。その薄水色の目は冷ややかに一同を見ていて、少しも暖かみがありません。いかにも目下の者を見る目つきをしています。

 けれども、道化の衣装と化粧をしたトウガリは、臆することもなく口を開きました。

「これはこれは、中央大陸に名君の名をはせるザカラス陛下。またその偉大で元気なお姿を拝見することができて、不肖トウガリ心から嬉しく思っております。嫁ぐメノア様にご同行してザカラスからロムドの住人となって間もなく十四年、その間、偉大なる陛下を忘れた日は一日たりとてございませんでした――」

 道化のトウガリは流れるような口調で話し続けています。このあたりの前置きは単なるリップサービスなので、王もそばに控える家臣たちもなんと言うこともなく聞いていますが、ただルルだけは、ちらっと疑わしい目をトウガリに向けました。ことばの通り、今でもトウガリはザカラス側に忠信を尽くしているのでは、と考えたのです。すると、ポチが、そっとルルに体を寄せて、無言で注意しました。ここはザカラス王の面前です。絶対に、自分たちの正体を疑われてはならないのです――。

 トウガリは話し続けていました。

「ここに控えておりますのは、メノア様がロムド城よりお送りくださった侍女と犬たちでございます。メノア様はザカラス城をご訪問中のメーレーン様をご案じになって、慣れない城でも自分の城のように過ごせるようにと、勝手を知った侍女たちと、かわいがっていた犬たちをおつかわしになりました。また、母君を恋しがって心ふさぐ夜には姫様を笑わせてさしあげるように、とこの道化のトウガリにお命じになりました。偉大で寛大なる陛下には、メノア様のこの切なる母心をおくみくださいますよう、心よりお願い申し上げます」

 トウガリのことばには少しのよどみもありません。わきに控えるフルートたちは、何も言わずにただ、改めてザカラス王へ会釈をしました。侍女姿のフルートとメールとポポロはドレスの裾をつまんで深くお辞儀をし、下男姿のゼンは両膝をついたまま頭を下げます。そうして下を向いたゼンの顔が「ったく!」という表情を浮かべたので、ポチはあわてて今度はゼンに体をすりつけました――。

 

「長旅、大儀であった」

 とザカラス王が口を開きました。一行をねぎらっていますが、その声にはやはり少しも暖かみがありません。

「聞けば、道中何度も賊に襲われたそうだな。国内の治安は強く命じているつもりであったが、ロムド城の印をつけた馬車で、しかも侍女がこれほどの美人揃いであれば、狙われたのも無理はなかったかもしれぬな。無事到着してなによりであった」

 自身が刺客を次々と送り込んできた張本人のはずなのに、少しも顔色を変えずにそんなことを言います。そして、口調は相変わらず冷淡なままです。フルートは、心の奥でいっそう用心を固めました。このザカラス王には絶対に油断してはいけない、と考えます。

 

 そのとき、外の通路からぱたぱたと走る足音が近づいてきたと思うと、突然広間の入り口が開きました。銀に近いプラチナブロンドにバラ色のドレスを着た、小柄な少女が飛び込んできます。

「おじいさま、おじいさま! ロムドのお城から家来たちが来たのですって!? メーレーン、飛んでまいりましたわ!」

 と、ザカラス王に駆け寄って、ためらうことなく飛びつきます。メーレーン王女でした。突然ロムド城からザカラス城へ誘拐されたはずなのに、とても元気そうで、屈託のない笑顔をしています。祖父に当たるザカラス王の首に腕を回し、大きな灰色の瞳で王をのぞき込みます。

「メーレーンはとても嬉しいです、おじいさま! ザカラスの方たちはとても良くしてくださるけれど、お城を思い出して、ちょっぴり淋しくなっていたんですの。お母様やお父様やお兄様の話を聞かせてもらえるなんて、本当に嬉しいですわ!」

 と笑顔のままで言います。まったく疑うことのない声でした。怖がったりおびえたりしている様子もありません。

 それを見たとたん、フルートたちは悟りました。メーレーン王女はザカラスで何も知らずに過ごしているのです。ザカラス王のたくらみにも、自分が誘拐されていることさえにも気がつかずに。

 ザカラス王が答えました。

「そなたの母も、そなたが淋しくないようにと家来をよこしたのだ。それ、そこにいる」

 王も孫のメーレーンに笑顔を向けていますが、その目は少しも笑っていませんでした。笑って見せているだけなのです。

 けれども、メーレーン姫はそんなことにはまったく気づかずに、王の前に控える者たちを振り向きました。人々の中に道化の姿を見つけて、手をたたいてまた歓声を上げます。

「トウガリ! トウガリが来てくれたのね! 嬉しい!!」

 と壇上から駆け下り、今度は道化に抱きついてしまいます。本当に、このロムドの王女は誰の前でも自分の嬉しい気持ちをはっきりと表現します。その素直さに、居並ぶザカラスの家臣の間から、くすりと小さな笑いが漏れました。意外なほど好意的な微笑でした。

 道化が一度王女を抱きしめ返してから、そっとそれを離しました。

「お元気そうでなによりでございます、メーレーン様。ですが、トウガリにそんなに近づいてはなりませんよ。トウガリは見ての通り、少々厚化粧でございますから、姫様のお召し物が汚れては大変です」

 冗談めかしたことばの陰に、ロムドの王女を思いやる響きがありました。道化の流ちょうな話し方とも、フルートたちといるときのぶっきらぼうな調子ともまた違う、優しいと言ってもいいほどの声でした。

「そちらに侍女と犬たちをお連れしましたよ」

 とトウガリに言われて、王女がフルートたちを振り向きました。変装した子どもたちは今度は王女へ頭を下げました。内心、いっせいに緊張します――。

 

 城には侍女が大勢いるし、メーレーン王女は物事にこだわらない性格をしているから、見たこともない侍女がやってきても疑うことはないだろう、とトウガリは彼らに言っていました。ところが、逆にフルートたちは素顔の時に、兄のオリバンを出迎えに来た王女と一度会っているのです。王女が彼らの顔を覚えていて、まあ、金の石の勇者たちじゃない、と言い出したら、それでもう、彼らの計画はすべて水の泡になるのでした。

 侍女姿のメールとポポロ、下男姿のゼンは、王女の前でいっそう深くお辞儀をしました。顔を見られないようにと、必死でうつむきます。

 ただ、フルートだけは、逆に顔を上げて王女をまっすぐ見ながら話しかけました。

「お元気そうなご様子で安心いたしました、姫様。メノア王妃様より、姫様の身の回りのお世話を言いつかってまいりました。姫様のお着替えもお持ちいたしましたわ――」

 オリバンやゴーリスでさえ見破れなかったフルートの女装です。内心の緊張は深く隠して、堂々とほほえんで見せます。神秘的なほど美しい笑顔が広がり、居並ぶザカラスの家臣たちが思わず、ほうと溜息をつきます。

 そんなフルートと仲間たちを、メーレーン王女は目を丸くして見ていました。美しすぎる侍女に、さすがの王女も疑問を感じたのかもしれません。ちょっと不思議そうにロムド城から来た家来たちを次々に眺め……ふいにまた大きな笑顔になると、ぱん、と両手を打ち合わせました。

「まあ、あなたたちは!!」

 子どもたちはいっせいにどきりとしました。王女が目を輝かせて近づいてきます。まずい、ばれた――! とゼンとメールは心で叫びました。冷や汗がどっと吹き出してきます。

 王女は一行の前で両手を広げると、それは嬉しそうに言いました。

「あなたたちが来てくれたのね! 嬉しい、なんて素敵なの! メーレーンは幸せよ! 本当によく来てくれたわ――ポチ、ルル!」

 とフルートのそばにいた二匹の犬たちを抱きしめてしまいます。

 侍女と下男に化けた子どもたちは、思わず体中の力が抜けてその場にへたり込みそうになりました。なんのことはない、王女が覚えていて再会を喜んだのは、ポチとルルの二匹の犬たちだったのです。いかにも犬好きで有名な王女らしいことではありました。

 

 トウガリが小さく苦笑しながら言いました。

「犬たちも姫様にまた会えて喜んでおりますよ。ずっと、姫様がいなくて淋しがっておりましたから」

 そこで、ポチとルルは王女に体をすり寄せ、伸び上がって顔をなめて再会を喜ぶ様子を見せました。単なるお芝居なのですが、王女の方は本当に嬉しそうな笑顔になると、二匹の犬たちを抱き寄せ、笑い声をはじかせました。

「ふふ、くすぐったいわ、ルル、ポチ……。私の部屋にいらっしゃい。おやつをあげましょう」

 ワンワン、とポチたちは返事をしました。ごく当たり前の犬のふりをして、王女に尻尾を大きく振って見せます。その様子はとても自然で、久しぶりに再会した犬とその主人にしか見えません。

 トウガリがまた言いました。

「のちほどお部屋にうかがわせていただきます、メーレーン様。トウガリたちはもう少し、ザカラス陛下にご挨拶をしなくてはなりませんから。先にお行きくださいませ」

「わかったわ。あとで必ず来てちょうだいね。お城の様子をたくさん聞かせてちょうだい」

「承知つかまつりました、姫様」

 と大げさなほどうやうやしくトウガリが頭を下げました――。

 

 メーレーン王女が犬たちと一緒に出て行くと、居並ぶ人々は急に夢から覚めたような顔になりました。とまどったように広間の中を見回します。

 ザカラス王が玉座にいるときには、広間は厳しさに包まれるのが常でした。家臣たちも、王の機嫌を損ねないよう細心の注意を払って控えます。

 ところが、ロムドから来た王女は、厳格で恐ろしげなザカラス王にも少しもおびえることなく、素直に甘えます。かわいらしい笑顔を王や周囲の人々に向け、明るい声で笑い、屈託なく話します。王女自身はとても小柄なのに、その無邪気な明るさは広間中に広がって、あっという間に和やかな雰囲気で充たしてしまうのです。

 その和やかな夢の名残を求めるように、家臣たちはロムドの客人たちを眺めました。侍女や下男たちはまだお辞儀を続けています。背の高い道化が、いかにもそれらしいしぐさでひょっこりと体を起こし、そのかたわらには金髪の侍女が静かに控えています。各国の王族の中にもめったに見られないほど綺麗な娘です……。

 トウガリが今度はザカラス王に向かって頭を下げて言いました。

「それでは、この侍女たちと王女様のお荷物も王女様へお届けしたいのでございますが、お許しいただけますでしょうか?」

 ザカラス王は玉座から泰然(たいぜん)とうなずき返しました。

「よかろう。メーレーン姫の元へ連れて行くがいい」

 フルートたちはトウガリと一緒に、また深く王へお辞儀をしました。ほっとしたものが、全員の間を流れていきます――。

 

 ところがそのとき、玉座のある壇上から別の声がしました。

「お、お願いがございます――」

 人々はいっせいに声の主を振り返りました。壇上の片隅に、目立たないほどひっそりと、一人の男が立っていたのです。青年と呼ぶには少し歳が行きすぎていますが、なんだかいやに頼りない顔つきをしています。痩せた体に立派な服を着て、おどおどと王に向かって言っていました。

「そ、その者たちのことで――は、話がございます、父上――」

 フルートたちはまたいっせいに緊張しました。ザカラス王を父と呼ぶからには、ザカラスの皇太子に違いありません。自分たちの正体を勘づかれたのだろうか、と内心身構えます。

 すると、ザカラスの皇太子はフルートたち以上に緊張した様子で、こう言いました。

「わ、私もその者たちから、ロ、ロムドの話を聞きたいと存じます。ど、どうか侍女を一人、わ、私の部屋へよこしてください」

 皇太子の痩せた顔が興奮で真っ赤に染まっています。

 居並ぶ人々は驚きました。ザカラス王も意外そうな顔をします。フルートたちは思わず顔を見合わせました。

 皇太子が何を目的にそんなことを言い出しているのか。

 美しすぎるフルートの侍女姿を見れば、それは言わずともわかってしまう気がしました――。

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