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第8巻「薔薇色の姫君の戦い」

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38.刺客

 突然窓ガラスを破って飛び込んできた男に、ゼンとメールはベッドから飛び上がりました。左右に飛びのいて、切りかかってきた剣を避けます。

「き――金の石の勇者だとぉ!?」

 とゼンはどなりました。覆面の男は、ゼンに向かって確かにそう言ったのです。

 剣の切っ先が鋭くゼンを狙い続けます。それをかわしながらゼンは後ろへ飛びのきました。剣がゼンを追ってきます。すると、ふいにゼンが反撃に移りました。逆に一歩深く踏み込むと、頭を下げて剣をやり過ごし、男の顎に拳をたたき込もうとします。

 とたんに、今度は男がそれをかわしました。小柄な男です。後ろへ宙返りをし、とっと床に降りたって、ゼンへまた剣を突き出してきます。

「ゼン!!」

 とメールが思わず声を上げました。

 ゼンは大きく飛びのき、かろうじて剣の切っ先をかわしました。冷たいものが、ぞおっとゼンの背中を這い上っていきます。この男の動きは驚くほど鋭く正確です。プロの刺客なのです――。

 

 男がまた動きました。今度は身を低くかがめてゼンの足を切り払おうとします。ゼンはまた飛びのき、歯ぎしりをしました。相手のペースです。逃げてかわすことしかできません。せめて剣を手にしたいのですが、ショートソードは部屋に入ったときにテーブルの上に置いたままで、手が届きません。

 すると、そのゼンの視線にメールが気がつきました。即座に駆け出し、テーブルの剣を取り上げてゼンに投げようとします。

「よせ、メール!」

 とゼンが叫びました。刺客がメールの方に動いたのです。メールをあっという間につかまえ、剣をつかんだ細い腕を後ろ手にねじ上げてしまいます。

「い、痛いっ……!」

 メールが思わず悲鳴を上げました。メール!! とゼンは叫び、次の瞬間息を呑みました。刺客が自分の剣を振り上げ、メールの胸に突き立てようとしたのです。覆面の隙間からのぞく冷酷な目が、ゼンの表情を見て笑ったようでした。

 

 ところがそこへ扉が開いて、外の通路から金髪の侍女が飛び込んできました。フルートです。

 部屋の中の様子を見ると、一瞬もためらうことなく駆け寄り、ドレス姿のまま刺客に体当たりを食らわせます。男がよろめき、その隙にメールは敵を振り切って逃げ出しました。それをゼンがつかまえて、自分の後ろにかばいます。

 フルートは覆面の男と一緒に床にひっくり返りました。侍女のドレスは動きにくいことこの上ありません。受け身が取れなくて、床に勢いよく倒れてしまいます。

 と、フルートがまた動きました。床の上を転がります。男が今度はフルートに切りかかってきたのです。男の動きには無駄がありません。フルートは攻撃をかわすのがやっとです。

「フルート!」

 とゼンがどなりました。

「こいつ、金の石の勇者を狙ってやがる! 自分でそう言ったぞ!」

 言いながら、メールから受けとった自分のショートソードを抜き、男の背中へ切りかかっていきます。

 すると、その目の前から男が消えました。あっという間に飛びのいたのです。素早すぎて、ゼンの目には魔法で姿を消したように見えました。思わず立ちすくんでしまいます。

 すると、フルートが床から跳ね起きました。

「貸して、ゼン!」

 と叫びながら、ゼンのショートソードを取り上げてしまいます。

 フルートは反射神経がずば抜けて優れています。素早く動き回る刺客の動きを見切って剣をショートソードで受け止め、跳ね返して、逆に切り込んでいきます。

 刺客が、おっと意外そうな反応を示しました。侍女が剣を持って反撃してきただけでも驚きなのに、その狙いがやけに鋭かったからです。飛びのいて剣をかわすと、疑わしそうな目をフルートに向けてきます。

 

 そんなフルートにゼンが並びました。

「馬鹿、おまえが手を出すな! おまえは侍女なんだぞ!」

 言いながらまた自分から踏み出し、男に殴りかかっていきます。ゼンの拳は、その気になれば熊さえ殴り殺すことができます。以前ポチが言っていたように、他のどんな武器より強力な攻撃を繰り出すことができるのです。

 刺客がまた身をかわしました。本当に動きの素早い男です。一瞬と同じ場所に留まることなく動き回って、いつの間にか部屋の出入り口に近づいていました。そこでは、ポポロが真っ青になって立ちすくんでいました――。

「逃げろ、ポポロ!」

 フルートが叫んで駆け出しました。男が危険な目でポポロを見据えたからです。男の握る剣がぎらりと光り、ポポロに向かって振り上げられます。ポポロが悲鳴を上げました。とっさには動けません――。

 フルートはポポロの前に飛び込みました。素早く振り返って、ショートソードで男の剣を受け止めます。紺色のドレスの裾がひるがえり、ガギン、と剣が剣を跳ね返す堅い音が響きます。

 再び、男が驚く目をしました。はっきりと疑う様子でフルートを見ます。金髪を結い上げた美しい侍女は、剣を右手に握り、小柄な侍女を守るように左腕を伸ばして男の前に立っています。その構えは、紛れもなく剣士のものです――。

 刺客の目が、ふいに見開かれました。覆面の下から声が上がります。

「そうか! 貴様の方が金の石の勇者か!!」

 

 子どもたちは思わず立ちすくみました。刺客の男を見つめてしまいます。

 そして、そんな子どもたちの反応で男は確信したようでした。フルートめがけて、ためらいのない一撃を繰り出します。フルートが反射的にまた剣で受け止めてしまいます――。

 黒い覆面の隙間から、男がにやりと笑いました。突然フルートから飛びのくように離れると、壊れた窓に向かって走り出します。

「待て!!」

 フルートとゼンが、とっさに追いかけます。

 すると、窓の直前で男が身をひるがえしました。部屋の奥で立ちつくしていた侍女姿のメールに飛びつき、後ろから細い首に腕を回します。

「――!」

 メールはとっさに両手を腕と首の間にはさみました。首を絞められるのを必死で防ぎます。

「メール!!」

 フルートとゼンはまた同時に叫びました。メールを人質に取られては動けません。メールは勇敢な戦士ですが、ここは宿屋の一室です。メールに味方して敵を攻撃してくれる花は、一輪も咲いていないのです。

「こんちくしょう! 放せ! 放しなよ!」

 メールが男の腕の中で暴れました。とても王女付きの侍女の態度ではありませんが、そんなことは気にしていられません。

 ゼンは拳を握ったまま歯ぎしりをしていました。フルートもショートソードを手に身構え続けます。メールを奪い返す隙を狙います。

 すると、男がまたフルートを見て笑いました。冷酷そのものの目です。男の右手の剣がぎらりと白く光り、メールの胸めがけて振り下ろされます――。

 

 そのとき、メールが首を絞めている男の腕にかみつきました。男が思わず声を上げ、その拍子に剣の狙いがそれます。剣はメールの左腕をかすめ、侍女のドレスの袖を切り裂きました。たちまち傷口から赤い血が吹き出します。

「メール!!」

 フルートとゼンがまた叫びました。ゼンが猛烈にうなりながら男に飛びかかります。相手が剣を持っていてもお構いなしに、まっしぐらに殴りかかっていくと、男がメールを放して飛びのきました。メールが床に崩れるように座り込みます。

「おい、メール!」

「メール!」

 少年たちは真っ青になって駆け寄りました。メールは歯を食いしばり、傷を負った右腕を押さえていました。その指の隙間から紅い血があふれ出しています。

 フルートはあわてて首の鎖をつかみ、ドレスの胸元からペンダントを引き出しました。癒しの魔石が金色に輝いています。それを首から外して、メールに押し当てようとします。

 とたんに、ポポロの声が響きました。

「フルート、危ないっ!!」

 はっと顔を上げたフルートの目に、剣を構えた刺客の姿が飛び込んできました。鋭く光る剣は、金のペンダントを握るフルートの右手を狙っています。

「勇者! 金の石をいただくぞ――!」

 男は叫びながら、フルートの手首に剣を振り下ろしてきました。

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