浴場に入り込んだ流し屋の女は、じろじろと石のベッドの上のフルートを眺めました。優しい曲線を描いた体は、どう見てもやっぱり女性です。それも、かなりスタイルが良いのです。
すると、フルートは長い金髪を裸の胸に引き寄せるようにしながら、女をにらみつけました。
「何をそんなに見ているの!? 本当に失礼ね! 出て行きなさい!」
怒ってどなる声も女性そのものです。メールとポポロはあっけにとられて、何も言えなくなってしまいました。夢でも見ているように、呆然と立ち続けます。
太った女が言いました。
「あたしゃお客さんの体を洗ってあげる流し屋ですよ。お嬢さんのお体も流してあげますよ」
けれども、そう言う声に力がありませんでした。肩すかしを食らったように、意外そうな顔になっています。
フルートの青い瞳に怒りがひらめきました。
「けっこうよ!! さっさとあっちへ行ってちょうだい!!」
その声に追い出されるように、女は浴場の外へ出ました。メールとポポロもあわてて後について出ます。
最後に、女はもう一度浴場の中に目を向けました。湯気の立ちこめた中に、他に人影は見あたりません。石のベッドのかたわらには水風呂がありました。薬草を溶かしてあるので白く濁った水ですが、その水面はずっと静まりかえっていて、中に人が隠れているとも考えられませんでした。
そんなはずはなかったんだけど……と女はぶつぶつ独り言を言いながら脱衣所からも出て行きました。重たい足音が外の通路を遠ざかっていきます。
また脱衣所の扉に鍵をかけて、メールはポポロと見つめ合いました。二人とも、鳩が豆鉄砲を食らったような顔をしていました。
「どういうことだい?」
とメールは尋ねました。
「ポポロ、フルートに女になる魔法をかけたのかい?」
「ううん」
ポポロは首を振りました。そんなこと、とっさには思いつきませんでした。本当に、何がどうなっているのかわかりません。
二人の少女は、幽霊でもそこにいるように、薄気味悪そうな顔になって浴場を見ました。
浴場で、水風呂の水面が揺れて、中からフルートが顔を出しました。短い金髪の頭を振って水しぶきを飛ばします。水風呂からのぞいているのは、細くて筋肉質な少年の肩や背中でした。
フルートは、石のベッドの上に座っている女性を見ました。真っ赤になりながら言います。
「金の石の精霊……」
フルートと同じ顔をした裸の娘は、片手をくびれた腰に当てて首をかしげてみせました。
「これまでずいぶん勇者を助けてきたけど、こんな助け方をしたのは初めてだったな」
姿も声も若い娘なのに、何故か少年のような、年のいった大人の男のような、不思議な話し方をしています。
フルートはますます顔を赤らめました。
「どうしてそんな格好ができたのさ? 君は、ずっと小さな男の子だったのに」
「石の精霊に性別はないよ。決められた姿も年齢もない。今まで少年の格好をしていたのは、あれが君の前に出るのに楽だったからだ。その気になれば、老若男女なんにでもなれるし、人でないものの形を取ることさえできるんだよ」
言いながらフルートの方に近づいてきます。フルートは浴槽の中で思わず後ずさりました。相手は腰の周りに布を巻いただけの娘の姿をしています。精霊が化けているのだとわかっていても、どうしてもどぎまぎしてしまいます。
「この格好は気に入らないのかい、フルート?」
と精霊の娘が尋ねました。
フルートは真っ赤になって言い返しました。
「お、落ち着かないよ。早くいつもの姿に戻れったら。で、その布を返せ!」
すると、精霊の娘が、くすりと笑いました。
「いいもの見られて得した、とか考えないんだ。こんなに綺麗なのにさ」
と長い金髪を手でかきあげて見せます。その拍子にまた胸が見えてしまって、フルートは思わず叫びました。
「やめろったら! ぼくと同じ顔で体が女だなんて気味が悪いよ!」
「本当に、君は純情だなぁ」
意地悪く、くすくす笑いながら、精霊の娘は姿を消していきました。浴場の床の上に腰の周りをおおっていた布だけが落ちていました。
「……もう……」
フルートは真っ赤な顔のまま頭を抱えて溜息をつきました。
脱衣所では、メールが決心した顔をしていました。
「やっぱり、あれが本当にフルートなのかどうか、もう一度確かめなくちゃ! ポポロ、おいでよ!」
とポポロの手を引くと、浴場の戸に手をかけます。
勢いよく戸を開けたとたん、水風呂から身を乗り出して床の布を取ろうとしていたフルートと目が合いました。フルートは少年の姿です。しかも、裸です――。
フルートとメールとポポロの三人が同時にあげた悲鳴が、浴場の中に盛大に響き渡りました。フルートが音を立てて水風呂の中にまた潜ります。
少女たちは大あわてで浴場から飛び出しました。戸を閉めて、メールが叫びます。
「ごめんよ、フルート! あ、あのさ――見えてなかったからねっ!」
ポポロは耳まで真っ赤になって顔を両手でおおってしまっています。声も出せません。
フルートは浴場の水風呂からまた顔を出しました。
「本当にもう……勘弁してよ……」
そう言って、ぐったりと浴槽の縁石に寄りかかってしまったフルートでした。