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第8巻「薔薇色の姫君の戦い」

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32.危険

 「怪しい! ぜぇってぇに怪しいっ!!」

 とゼンがわめいていました。

 ザカラス城を目ざしている一行は、城まであと三日という場所の宿場町にたどり着いていました。あたりはとっぷりと日が暮れ、馬車は一軒の宿の前に停まっています。その馬車の中で、ゼンは仲間たち相手にどなっていたのです。

「こんな手頃そうな宿屋なんだぞ!? 町中の他の宿屋が、高いところも安いところも軒並み満室だってのに、なんでこんな良さそうな宿屋に空き部屋が残ってんだよ!? しかも、都合良く三人部屋が一つに一人部屋が二つだなんて! できすぎてらぁ!」

「なんかいわくのある部屋なんじゃないの? 幽霊が出るとかさ」

 とメールが肩をすくめながら言うと、とたんにポポロが小さな悲鳴を上げました。ゼンが顔を真っ赤にしてどなりつけます。

「んなわけあるか、馬鹿! 絶対になんかの策略なんだよ!」

「馬鹿とはなにさ! 冗談に決まってるじゃないか、もう! あたいだって怪しいとは思ってんだよ!」

 とメールが怒って言い返します。

 トウガリが手を振ってそれを抑えました。

「静かにしろ。外にまで聞こえるぞ……。確かに匂うな。ザカラス城に近づくにつれて見張りが増えてきたのはわかっていたんだが、どうやら本気で何か仕掛けてくるつもりかもしれないぞ」

「どうします? 泊まるのをやめますか?」

 とフルートは尋ねました。相変わらず髪を結い上げて化粧をした、美しい侍女姿です。

「いや、断る理由がない」

 とトウガリは難しい顔で答えました。

「俺たちは城の使用人たちで、夜通し走って先を急ぐような旅をしているわけでもないし、もちろん野宿をするような人間でもない。ここで泊まらなかったら、かえって向こうに怪しまれるだろう」

「なんか、ぞっとしないよねぇ。敵の罠と知りながら泊まるだなんてさ」

 とメールが言って溜息をつきました。こちらも侍女姿はだいぶ様になってきたのですが、ことばづかいだけはいつまでたっても少しも変わらない鬼姫でした。

 トウガリは、そんな子どもたちに念を押しました。

「いいな。ここだけじゃなく、ここから先は本当にザカラス城に近づく一方なんだ。絶対に自分たちの正体を見破られないように気をつけるんだぞ」

 侍女と下男の変装をした四人の子どもたちは、緊張した顔でうなずきました。ただ、犬たちだけが彼らの足下で黙りこくっていました。ポチはじっと馬車の床に伏せています。ルルは、道化の化粧をしたトウガリの顔を、密かに見上げ続けていました。

 

 宿に入ると早々にショックな出来事が起きました。犬たちを宿の裏手にある檻(おり)の中に閉じこめるように、と言われたのです。他の泊まり客の迷惑になるのは困る、と強く言われては、彼らも従うしかありませんでした。

 犬の世話係ということになっているゼンが、二匹の犬たちを裏庭の檻に入れ、宿の使用人が扉に鍵をかけていきました。

「こんな侮辱初めてよ」

 彼らだけになると、ルルが目に涙をにじませて言いました。天空の国のもの言う犬の彼女は、今までこんなふうに檻に閉じこめられた経験などなかったのです。

「明日の朝までだ。我慢しろよ」

 とゼンが言い聞かせました。

「ちゃんと宿のヤツが食い物は運んでくれるって言ってるし、俺だってちょくちょく見に来てやるから。それより、二匹で人間のことばでしゃべってるところを、誰かに聞かれたりするんじゃねえぞ」

「そっちこそ気をつけてくださいよ。ぼくらがそばにいないんだから」

 とポチは逆にゼンたちの心配をしました。

 

 裏庭から部屋に戻りながら、ゼンは、ふう、と溜息をつきました。

 やはりどうも面白くない雰囲気です。宿には他の泊まり客も大勢いて賑やかなのですが、なんとなく、首筋の後ろがちくちくするような気配がします。ゼンの野生の勘が警告を発しているのです。

「絶対に敵が混じってるよな……間違いねえや」

 裏庭に面した窓から明るい宿の中を眺めながら、ゼンがそうつぶやいたときです。突然、建物の陰から何者かが襲いかかってきました。三人組の男です。顔を黒い布でおおい、手に手に太い鉄の棒を握りしめています。

「な――なにしやがる!?」

 とゼンはとっさに飛びのきました。鉄の棒が、ずしん、と地面を殴りつけます。

 男たちがまた襲いかかってきました。ことばは一言も発しません。ただ鉄棒を大きく振り回してきます。

「こんちくしょう!」

 ゼンはわめくと、今度は逃げずに両手を挙げました。ゼンの頭めがけて振り下ろされてきた鉄棒をはっしと受け止め、そのまま力任せにもぎ取ってしまいます。とても少年とは思えない力に、棒を奪われた男が息を呑んだ気配がします。

 ゼンは、鉄の棒をくるくると風車のように回すと、びしりと構えました。殴りかかってきた別の男の鉄棒をガギン、と受け止め、あっという間に押し返します。さらにまた棒を回し、今度は後ろから襲いかかってきた敵へ一撃。男は腹にまともに棒を食らって吹き飛ばされ、地面に倒れてうめきました。

「おまえら何者だ!? なんで俺を狙う!?」

 とゼンはどなりつけました。答えはありません。また男が殴りかかってきたので、ゼンは鉄棒で受け止め、さっきよりも遠くへ跳ね飛ばしました。

 

 すると、ゼンに鉄棒を奪われた男が、突然ゼンの後ろでナイフを抜きました。小柄なゼンに飛びかかるようにして、ナイフを振り下ろしてきます。

「ち!」

 ゼンは棒を地面に突き立て、それでナイフを握る男の腕を防いで飛び下がりました。棒が手から離れます。

 すると、するりと男が棒の脇を抜けて、さらに切りかかってきました。プロの身のこなしです。

 ゼンは、はっとしました。ナイフが突き出されてきます。ゼンはよけられません。

「なろぉ!」

 ゼンはわめくと、よける代わりにさらに後ろへ下がり、ナイフを握る敵の手首をつかみました。そのまま力任せに地面に投げ飛ばしてしまいます。

 別の地面の上からは、先に倒された男がまた鉄棒を握って立ち上がってくるところでした。ゼンはそちらへ走り、頭を下げて鉄棒をやり過ごすと、地面に滑り込むようにして男の足に蹴りを食らわせました。ぼきり、と嫌な音がして男が絶叫します。足の骨が折れたのです。

 その声に、宿の中の人々が気がつきました。ざわざわと廊下から声が聞こえ始め、裏庭に面した窓が開けられます。

 すると、三人の黒覆面の男たちがたちまち逃げ出しました。一人が足の折れた仲間に肩を貸して、必死で走っていきます。ゼンは後を追いましたが、男たちは闇に姿をくらませて、どこへ行ったかわからなくなってしまいました。

 ゼンは息を切らしながら立ち止まりました。息が上がっているのは、戦いのせいではなく全速力で走ったためです。木立、宿の建物、その陰が作る暗がり、と暴漢たちが逃げ込みそうな場所を見回しましたが、どうしても見つけることはできませんでした。

 

 どうした!? と宿の窓から人が尋ねてきました。窓に大勢の泊まり客が群がって、不安そうに暗い中庭と、そこに立つゼンを見ています。

 その中に、薄青い目と短い茶色の髪の中年男が混じっていました。背が高くて痩せています。化粧を落として普段着姿になったトウガリでした。

 トウガリは他の客たちと一緒に中庭のゼンを見つめていましたが、やがて、その場から離れていきました。何も言いません。表情も変えません。さらに集まってくる客たちに紛れるようにしながら姿をくらませていきます。中庭に立って肩で息をしているゼンは、それにまったく気がつきませんでした――。

 

 そして、それと同じ頃、フルート、メール、ポポロがいる三人部屋に、宿の女中が来て言っていました。

「お風呂の準備ができました。大浴場の方へどうぞ」

「大浴場!?」

 と侍女姿の三人は驚きました。メールとポポロが思わずフルートを見つめてしまいます。

 フルートは、あわてて尋ねました。

「あ、あの……大浴場ってなんですか? この宿に普通のお風呂はないんですか?」

 顔が真っ赤になっているのは演技ではありません。ことばづかいも、なんだか危うい感じになっています。

「この宿の名物が大浴場なんでございますよ、お客様」

 と女中がにこやかに答えました。

「ザカラスの北方にあるツムルという地方で有名な湯気風呂です。この宿場でこのお風呂があるのは、うちだけなんでございますよ。お客様方はロムドのお城からいらっしゃったとか。ぜひ、当宿の湯気風呂をご体験ください。美容にも大変よろしゅうございますよ」

「ゆ、湯気風呂……?」

 さらに目を丸くして焦るフルートと、同じようにあわててしまっているメールとポポロを、女中は強引に部屋から押し出しました。

「さあさあ、どうぞ。お嬢様方は大切なお客様ですから、この時間帯だけ大浴場をお嬢様方の貸し切りにしたんでございますよ。他のお客様たちが順番をお待ちですから、お急ぎください」

 にこやかでも女中は強引でした。有無を言わさずフルートたちを大浴場へと連れて行ってしまったのでした――。

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