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第8巻「薔薇色の姫君の戦い」

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31.ザカラス王

 ザカラスの首都ザカリア。ザカラス城は、その都を見下ろす山の中腹にそびえ立っていました。国の北部で産出される岩を使っているために全体が赤い色をしていて、「暁城(あかつきじょう)」という別名で呼ばれています。

 城の君主であるザカラス王は今年六十二歳です。東隣のロムド王より五つほど年若いのですが、五十になる前から髪は雪のように白く、姿も年齢よりずっと老けて見える王でした。金と宝石でできた重い王冠をかぶり、恰幅の良い体に立派な衣装を着込んでいます。その薄水色の目は冷淡で、ほほえみを浮かべるところなど、誰も見たことがありませんでした。

 家臣が玉座から一段低い場所にひざまずいていました。ザカラスの宰相ですが、王は自分の片腕とも言える重臣にも、自分の前で立ち上がることを許しません。家臣と平気で同じ場所に立ち、時には軽口や冗談まで言い合うロムド王とは、ずいぶん印象の違う王でした。

「ロムド城の家臣たちの馬車が城に近づいてきております」

 と宰相が言いました。

「ロムド王から報告があった者たちだな。確かにそうか?」

 とザカラス王が聞き返します

「それはなんとも。ロムドからの報告書にあったように、侍女が三人と道化が一人、それに下男と御者が一人ずつという一行のようですが――」

 ちらりと宰相は王を見上げました。ご機嫌を伺うような目です。ザカラス王は冷ややかにそれを見返しました。

「かまわん。言え」

「は……。実は、その一行の中に金の石の勇者が混じっているとの報告も入ってきております」

 言って、宰相は王の顔を見守り続けました。ザカラス王はすぐには何も言いません。ただ、その水色の目がふいに燃え上がり、表情が硬くこわばっていくのを見て、あわててまた顔を伏せました。余計な態度を見せて王の怒りに触れないようにと、必死で下を向き続けます。

「金の石の勇者!!」

 とザカラス王はどなりました。それまでの冷淡な態度が嘘のような、激しい口調でした。

「あのロムド王の子飼いか! またしても、わしの邪魔をしようとしゃしゃり出てきおったな――!」

 

 今から十五年あまり前、ザカラスの東の国境を流れる川から、一つの金色の石が発見されたのが、ザカラス王の計画のそもそもの始まりでした。

 ただの金塊かと思われたその石は、非常に純度の高い魔金の鉱石でした。魔金は金の数千倍、数万倍もの価値がある鉱物です。王はさっそく川の上流を調査させ、魔金の鉱石が川の源のジタン山脈から流れてきたことを突き止めました。魔金の鉱脈がジタン山脈の地下に眠っていたのです。

 ザカラス王は、ジタン山脈を何とか手に入れようと考え始めました。ロムドは魔金の存在にまったく気がついていません。しかも、当時、ロムドは東隣のエスタ王国と一触即発の状態にありました。王都が戦火に巻き込まれる危険を避けて、幼い皇太子が西の国境を守る家臣の城へ預けられた、という情報に、ザカラス王は即座に動き出しました。軍隊を送り込んで、ロムドの皇太子を人質に取ろうとしたのです。皇太子の命と引き替えに、ロムドの西の領地をジタン山脈ごと手に入れることが、ザカラス王の目的でした。ロムド-ザカラス戦の勃発です。

 

 ところが、結果はザカラスの惨敗に終わりました。国境を守る城主が命を捨てて皇太子を逃がし、さらに、最高司令官のワルラ将軍が軍勢と共に王都から風のような速さで駆けつけてきて、ザカラス軍をことごとく討ち破ったのです。

 ザカラス王は、ロムド-ザカラス戦のすべての責任を自分の弟になすりつけました。王である自分の命令を聞かずにロムドへ攻め込んだとして、弟の公開処刑を執り行い、ロムド王に謝罪したのです。

 ロムド王もこれを受け、ザカラスとロムドは再び和平協定に調印しました。ザカラス王は寛大なロムド王に感謝して、自分の末の娘をロムド王に差し出しました。実際のところは、和平を裏切らない証拠としての人質です。

 ロムド王はこれも受け、ザカラスの末の王女はロムド王の妃になりました。先の王妃は、その二年あまり前に病気で亡くなっていたからです。この末の王女というのがメノア王妃、そこに生まれたのがメーレーン王女でした。

 

 ザカラス王にしてみれば、メーレーン王女は実の孫です。ザカラス由縁の王女がロムドの女王になってくれれば、非常に都合の良い状況になります。親族であることを利用してうまい話を持ちかけ、ジタンと別の領地を交換することが可能になるのです。さらに、ザカラス王は、三歳になる孫の王子とメーレーン王女を婚約させようとも企てていました。女王とその夫がザカラス王室の血縁になれば、さらに確実にロムドを動かせるようになります。

 けれども、この計画が実現するためには、ロムドの皇太子が邪魔でした。ザカラス王は皇太子を暗殺しようと幾度も手のものを送り込み、時には、国境争いの小競り合いに見せかけて、辺境部隊にいた皇太子を殺そうともしました。

 ところが、皇太子は武人としても強く大きく成長していました。暗殺者は皇太子やその周囲の人間にことごとく敗れて、どうしても皇太子の命を奪うことができません。

 

 そんなところへ、ロムドに突然現れたのが、金の石の勇者と呼ばれる少年でした。皇太子の子どもの頃の鎧兜を賜った勇者は、ロムド王のお気に入りで、皇太子を差しおいて次の王になるのではないかとまで噂されていました。メーレーン姫をロムド女王にしようとするザカラス王には、さらに邪魔者が現れたことになります。

 ちょうど今から一年前、その金の石の勇者と皇太子とが、ジタン山脈へ貴重な石を探しに出発したと聞いて、ザカラス王は決断しました。自分の直属の軍隊を動かして金の石の勇者と皇太子をまとめて殺し、それを二人の仲違いの結果に見せようとしたのです。魔金の存在を知らないはずの彼らが、ジタン高原へ足を踏み入れようとしていることが、王を焦らせました。

 王が動かした軍隊が二百数十名だったのに対して、金の石の勇者と皇太子の一行は、わずか四人でした。彼らは護衛の兵もつけずに動いていたのです。簡単にその息の根を止めて、誰にも見られないうちに引き上げられるはずだったのに、何故か、そこへ突然ロムド軍が姿を現して、ザカラス軍はジタン高原から敗退しました。勇敢なはずの王の直属部隊が、得体の知れない臆病風に吹かれて戦場を放棄するという、前代未聞の醜態でした。

 

 再び苦しい立場に立たされたザカラス王は、ジタン高原の戦闘はザカラス皇太子の独走であった、と今度は責任を自分の息子になすりつけようとしました。ロムド王が平和主義のお人好しであることは、十数年前のロムド-ザカラス戦の和平の際にわかっていたので、今回もそれで追及をかわせると考えたのです。

 ところが、今度はロムドもなかなか納得しませんでした。ジタン高原の出兵はザカラス王本人のしわざではないかと、しつこいまでに追及してきます。それをのらりくらりとかわしているザカラス王のもとへ、やがて驚くべき知らせが入ってきました。ロムドが、ジタン山脈をそっくり北の峰のドワーフ一族へ譲渡することに決めたというのです。

 ここに来て初めて、ザカラス王は自分の企てがことごとくロムドに漏れていたことに気がつきました。ロムドは、大陸の他の国々に狙われることを恐れて、ずっとジタン山脈の魔金について知らん顔をしていたのです。そうやって皇太子を暗殺者から守り、ザカラスの企てを阻止してきたのが誰かもわかりました。ロムド国王付きの若い占者です。女のように長い銀髪をした優男ですが、その占いの正確さは大陸中に知れ渡っています。

 してやられたのだと知って、ザカラス王は歯ぎしりをしました。ドワーフ一族は力が強く、戦士としても一流だというのは有名な話でした。しかも、北の峰のドワーフは人間嫌いで有名で、密かに手を結ぶことも不可能です。北の峰は、金の石の勇者の仲間であるドワーフの故郷でした。またしても金の石の勇者に邪魔されたのだとザカラス王は思い知り、金の石の勇者にいっそう恨みを募らせたのでした。

 

 ところが、そんなザカラス王に、つい十日ほど前、意外な朗報が入ってきました。ロムド城の南にあるハルマスで謎の戦闘があり、その影響でロムドの大半の占者が占いの力を失ってしまったというのです。その中には、あの銀髪の占者も含まれていました。

 それは、ロムド城が敵に対する目を失ってしまったことを意味していました。しかも、謎の戦闘の余波でロムド城の守りの力も弱まっているという、信じられないほど好都合な話も聞こえてきます。ザカラス王はメーレーン王女誘拐を即断しました。十数年前、皇太子を人質に取ろうとしたように、今度はメーレーン王女の命とジタン山脈を引き替えにしようとしたのです。メーレーン王女は自分の孫に当たります。祖父の城へ遊びに誘ったと言えば、公に責められる心配もありません。

 ザカラス王にとっては、我が子や孫も政治の駆け引きのための道具に過ぎませんでした。肉親への愛情など、生まれてこの方感じたこともありません。自分自身が先王である父から同じように扱われ、会ったこともない他国の王女をめとり、国と国のつながりを強めてザカラスを強国にしてきたのです。ザカラス王にとって、王室というのはそういうものなのでした。

 

 今、誘拐したメーレーン王女の救出に金の石の勇者が動き出したと聞いて、ザカラス王は激しく怒りました。今度こそ、勇者の息の根を止めなくては、と考えます。

「こちらへ向かってくる一行の中の、誰が金の石の勇者だというのだ!?」

 とザカラス王にどなりつけられて、宰相はいっそう頭を下げました。

「そこまではわかりません……本当に金の石の勇者が混じっているのかどうかも、確認は取れておりません」

「ならば早く確かめろ! 本当に金の石の勇者だったら、即座に息の根を絶つのだ! ぐずぐずするな!」

 本当に、少しでもためらえば、王の逆鱗に触れるのは間違いありませんでした。宰相は、御意、と頭を下げると、全速力で王の間から飛び出していきました。

 

 とたんに、王の間の前でうろうろしていた人物と、もう少しで激突しそうになりました。贅沢な服を着た痩せた男で、青年と呼ぶには少しとうが立っています。

「殿下」

 と宰相は驚きました。ザカラスの皇太子だったのです。

 すると、皇太子が言いました。

「ち、父上は……父上は中か? は、話があるのだが」

 話し方にも目つきにも神経質そうな印象があります。皇太子は恐れているのです。

「陛下はただ今、大変お怒りでございます。後になさった方がよろしいかと存じますが」

 と宰相はことばづかいだけは丁寧に、その実ひどくそっけなく答えました。皇太子はもう四十に近い年齢でしたが、まるで少年のように幼く頼りない雰囲気があります。実年齢より老齢に見える父のザカラス王とはまったく対照的です。他に王位継承者になる男子がいなかったからとはいえ、こんな人物を次の王と仰がなくてはならないのかと思うと、宰相でさえザカラスの未来を憂慮したくなるのでした。

「ち、父上は、ジタン高原に出兵したのが私のしわざだと、ロ、ロムドに言い続けている」

 と皇太子は訴えるように宰相に言いました。焦るとことばがつまずきがちになるのが、この皇太子の癖でした。

「ち、父上はきっと、昔処刑された叔父上と同じことを私になさるつもりなのだ――わ、私はこの国の皇太子なのに――」

 痩せた顔が歪んで、今にも泣き出しそうになります。宰相は心の中で溜息をつきました。

「陛下は決してそのようなことはなさいません。殿下は大切なこの国の次の王でございます。ロムドの追及をかわすための、陛下の方便でございますよ」

 でも、ひょっとしたら、と宰相は心で思っていました。ひょっとしたら、陛下は本当にこの皇太子をジタン出兵の責任者にして切り捨てるおつもりなのかもしれない、と。この皇太子が次のザカラス王にふさわしくない人物なのは、誰の目にも明らかでした。皇太子の息子で今年十一になる上の王子の方が、よほど王位継承者としてふさわしく見えるのです。この王子は、幼いながら祖父のザカラス王によく似ていて、冷淡なまでの大胆さがありました。

 けれども、宰相は口ではこう言い続けました。

「陛下をお信じなさいませ、殿下。陛下は決して殿下をお見捨てになるようなことはありません。すべては、陛下の大きな計画の一環なのです。ですから、殿下もいたずらに騒ぐようなことはなさらずに――」

 

 では、私は陛下に言いつかったことがございますので、と言って、宰相は皇太子から離れました。皇太子は、まだうろうろと王の間の前でためらい続けています。あの優柔不断さでは、一時間たっても中に入る決心はつかないことでしょう。

 やれやれ、と宰相は心でまた溜息をつきました。

 隣国ロムドの皇太子は、まだ若いながらあれほど落ち着いていて、王者の風格を内外に示しているというのに。

 考えてもしかたないことと承知しながら、つい、そんなことを考えてしまったザカラスの宰相でした。

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