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第8巻「薔薇色の姫君の戦い」

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28.襲撃

 暗くなっていく荒野で戦闘が始まりました。

 襲いかかってきた男たちは、全部で七人いました。手に剣を持ち、次々に馬から飛び降りてトウガリや御者に切りかかっていきます。

「なにぃ?」

 少し遅れて馬車から飛び降りたゼンが目を丸くしました。ドワーフの血を引くゼンは夜目が利くので、薄暗くなってきた荒野でも、昼間のようにはっきりと見通すことができます。道化の化粧と衣装のトウガリが、抜き身のロングソードで敵の攻撃を受け止め、跳ね返したのです。しかも、二人の敵を同時に相手にしています。

 その隣で、御者も剣をふるっていました。こちらもかなりの腕前です。やはり二人の敵の攻撃を返します。

「な、なんだよ、あいつら……!?」

 とゼンはわめきました。とても道化や御者の動きではありません。

 すると、突然足下を走るポチが立ち止まり、ぱっと身をひるがえしました。ワンワン激しく吠えながら飛び上がり、後ろからゼンに切りつけようとしていた敵に飛びかかっていきます。男が腕をかまれて悲鳴を上げました。

「おっと、いけねぇ」

 ゼンも我に返って振り向くと、すぐさまショートソードを繰り出しました。血しぶきが飛び、男がまた悲鳴を上げて倒れます。急所は外したので死んではいません。うめきながらまた立ち上がってきたところを、ゼンは殴りつけました。軽く頭を小突いただけのように見えたのに、あっという間に男が気絶します。

「ワン、ゼンの場合、剣を使うより素手のほうが絶対に効果ありますよね」

 とポチが言うと、ゼンは肩をすくめました。

「だから剣を使ってんだよ。素手で戦ったら、人間なんかあっという間に殴り殺しちまわぁ」

 

 行く手ではトウガリが激しく戦っていました。背の高い彼はいつの間にか四人の敵に囲まれています。ますます暗くなっていく荒野は、人間のトウガリには視界がきかなくて不利なはずなのに、敵の攻撃を確実に見切って受け止め、切り返しています。ゼンはまた眉をひそめるようにして、それを見つめました。

 トウガリの背後の敵が、ものも言わずに切りかかってきました。派手な色合いの服を着た背中に剣を振り下ろそうとします。すると、トウガリの細い体がくるりと後ろを振り向きました。ロングソードで剣を受け止め、跳ね返し、さらに別な方向から切りつけてきた敵をかわして、ロングソードを突き出します。悲鳴が上がり、敵が倒れます――。

「あいつ……むちゃくちゃ強いじゃねえか!」

 とゼンは声を上げました。宮廷道化なんて嘘だ! と心でわめきます。絶対にこの戦いぶりは戦士です。ただ、その身のこなしは、フルートやオリバン、ゴーリスなどの戦い方ともまた少し違っているように見えました。

「ワン。あっちの御者さんもですよ!」

 と同じく暗闇でも目が見えるポチが言いました。ずっと普通の御者のように見えていたし、匂いでもそう感じていたのに、剣を持ったとたん、戦士そのものの動きで戦い始めたのです。御者も、たちまち敵を一人切り倒します。ゼンとポチは、ただただあっけにとられるばかりでした。

 

 残る敵は四人になっていました。トウガリの周りを囲んでいた敵を、トウガリと御者が相手にしています。すぐに、トウガリが二人、御者が一人と戦う形になります。

 ゼンが、うん? と気がつきました。

「もう一人はどこだ?」

 と暗くなった荒野を見回します。敵が一人足りません。

 そのとたん、馬車の方から悲鳴が上がりました。メールとポポロの声です。ワンワン、と甲高いルルの吠え声も上がります。

「しまった!」

 とゼンとポチは振り返りました。一人別行動を取っていた敵が、馬車に忍び寄り、中にいた女の子たちに襲いかかったのです。トウガリも、はっとしたように馬車を振り向きました。

「急げ! 彼らを守るんだ!」

 とゼンに向かってどなったとき、そのトウガリの体から鋭いものが飛び出しました。血に濡れた刀身です。トウガリの後ろから、敵の男が剣を突き立てていました。

「トウガリ――!!」

 ゼンは叫びました。馬車ではなく、道化のトウガリへ走り、駆け寄りざま、敵を切り伏せました。さらに襲いかかってきたもう一人へは、手加減なしの一発を食らわせます。男は何メートルもはじき飛ばされ、地面にたたきつけられて動かなくなりました。

「トウガリ! トウガリ!!」

 ゼンは背の高い男を抱き起こしました。剣が背中から腹にかけて突き抜けています。それを急いで抜こうとして、ゼンはかろうじて思いとどまりました。剣はトウガリの体内の太い血管を傷つけている可能性があります。剣を引き抜いたら、大出血を起こしてしまうかもしれません。

「おい、トウガリ! しっかりしろ! 死ぬなよ!」

 ゼンは必死で呼びかけました。夜目の利くゼンには、トウガリの道化の服が、剣の周りからみるみる赤く染まっていくのが見えていました。

「ワン、ぼく、フルートを呼んできます!」

 とポチが駆け出しました。

 

 けれども、馬車の中でも戦闘が始まっていました。剣を手に乗り込んできた敵の男相手にルルが飛びかかっていきます。男が剣を突き出してそれを切り殺そうとします。ルルは身をひねってかわしました。狭い馬車の中です。思うように戦えません。

 男が侍女たちに向かって剣を振り上げました。ポポロが悲鳴を上げ、メールがそれを抱きかかえるように腕を回します。そうしながら、メールは小声で呼び続けていました。

「花たち……花たち……!」

 メールは花使いです。咲いている花を呼び寄せ、それで思いのままのものを形作って戦わせることができます。

 けれども、今、呼びかけに答えて馬車にやってくる花はありませんでした。冬枯れの十二月の荒野。花は一輪も咲いていないのでした。

 すると、突然フルートが動きました。ドレスを着た侍女の姿のまま、剣を振り上げている男の胸元に飛び込み、思い切り体当たりを食らわせます。ふいを突かれて男はよろめき、開けっ放しにしていた扉から馬車の外へ転がり落ちました。フルートも一緒です。

「この……!!」

 男が怒り任せに剣を突き出し来ました。フルートはとっさにそれをかわしました。ドレスでは動きにくいことこの上ありませんが、それでもなんとか剣を避けます。

 そこへ、ポチが駆けつけてきました。ワンワンワン!! と激しく吠えながら男にかみついていきます。馬車の中からはルルも飛び降りてきました。ポチと一緒になって男に襲いかかります。手首をかまれた男が、思わず剣を取り落としました。

 フルートはその剣に飛びつきました。男より早く剣を取って立ち上がります。

 馬車の前に掲げたランプが光を投げる中、男が顔色を変えました。フルートの握る剣の刃が光を返して黄色く光ります。剣を失った男は、もう武器がありません。フルートは、そのまま剣を振り上げ、男へ振り下ろそうとしました――。

 が、そのとたん、フルートは急に動けなくなりました。強いためらいの心が生じて、全身を縛ったのです。フルートは、優しすぎる勇者です。相手が人のときには、殺すことはおろか、切りつけることさえ難しくなってしまいます。迷いと恐れに美しい女性のような顔が歪み、今にも泣き出しそうになります……。

 その隙を、男は見逃しませんでした。犬たちを振り飛ばすと、目の前で剣を持つ侍女に飛びかかり、押し倒して剣を奪い返そうとします。

「あっ!」

 フルートは剣の柄を握りしめました。剣を取られまいと必死になります。それを力ずくで取り上げようとした男に、またポチたちがかみついていきます。顔や首筋といった、むき出しの場所を狙います。

 ついに男は悲鳴を上げて逃げ出しました。元より、武器を持たない人間と本気で戦う犬とでは、犬の方が強いに決まっているのです。顔や首から血を流しながら離れていきます。

 

「フルート、大丈夫!?」

 とルルが駆け寄りました。フルートは地面に起き上がりました。手元に男の剣が残っています。それを見ながら、フルートはまた顔を歪めました。

「ごめん……また、ためらっちゃった……」

 と言って唇をかみます。フルートは勇敢な戦士ですが、人を相手にしたとたん、本当に思うように体が動かなくなってしまうのです。

 そんなフルートにルルが言いました。

「ううん、それで良かったのよ。侍女が剣で戦ったりしたらおかしいんですもの。必死で剣を使おうとしたけど怖くてできなかったように見えたわよ、きっと」

 すると、そこへポチも駆け寄りました。焦った声で言います。

「ワン、大変なんです! トウガリが敵に刺されたんですよ! 大怪我しています!」

「えっ!?」

 とフルートは顔色を変えて飛び起きました。とっさにドレスの胸元からペンダントを引き出します。癒しの魔力を持つ石は、静かな金色に輝いていました。

「トウガリは!? どこ!?」

 人間のフルートには、すっかり夜に包まれた荒野を見通すことはできません。ポチの後について、全力で駆け出しました。

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