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第8巻「薔薇色の姫君の戦い」

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27.荷物

 この者の荷物は大きすぎて怪しい! と関所を守るザカラス兵に言われて、フルートたちは緊張しました。

 下男に変装しているゼンは、自分の背丈ほどもあるリュックサックを背負っています。確かに、子どものゼンが運ぶには不自然なほど大きかったのです。

 ゼンがリュックサックを押さえる兵士を振り飛ばしながらどなりました。

「放せ! 放せよ、この野郎! 荷物にさわるなって言ってんだよ!!」

 その強硬な様子に、ザカラス兵たちがいっせいに反応しました。武器を手に駆け寄って、ゼンに突きつけてきます。それでもゼンは荷物を守るように暴れ続けます。

 そこへ、トウガリがまた馬車から降りてきて、穏やかに口をはさみました。

「こらこら、そんなに抵抗したら変に思われるじゃないか。すみませんね、関所を守る皆様方。この少年は自分の仕事に命をかけておりまして、荷物にさわられるのをものすごく嫌がるんです。ですが、荷物の中身は決して怪しいものではございません。だいたい、こんな子どもにも運べるんですから、大して重いものではないのです。今お見せいたしましょう。ほら、降りて手伝って」

 最後の一言は、馬車に乗っていた侍女姿の子どもたちに言ったものでした。あわててフルート、メール、ポポロの三人がまた馬車を降ります。

 トウガリはゼンの荷物の口を開け、中身を取り出しました。――それは、薄紅色のドレスでした。

「ご覧のとおり、メーレーン様のお着替えでございます。これも、これも、これも……これもメーレーン様のお衣装です」

 とリュックサックの中から次々とドレスを取り出し、横に控える侍女たちに渡していきます。たちまち、侍女たちは山のような衣類を両腕に抱えることになりましたが、それでもまだドレスは出てきます。それがすべてピンク色をしていたので、兵士たちは目を丸くしました。

「皆、同じ服ではないか!」

 と警備隊長があきれます。

 トウガリは十一枚目のピンクのドレスを広げて見せながら一礼しました。

「おことばですが、隊長殿、どれもデザインは違っているのでございます。メーレーン様はバラ色がそれはそれはお好きで、持っているお衣装は全部バラ色をしているのですが、それも微妙に色合いが違っております。オレンジがかったバラ色とか、淡いバラ色とか、海に映った朝焼けのバラ色とか……。それを取り替えながら装って楽しまれるのは、王女様も普通のご婦人方も変わりはございません。まだまだお衣装はございますが、最後までお見せいたしましょうか?」

 と言いながら十一枚目を隣のフルートに手渡し、十二枚目のバラ色のドレスを広げて見せます。戦いと警備を生業にする兵士たちには、ドレスのデザインや色合いなど、言われてもさっぱりわかりません。うんざりした表情になってきます。

 ところが、トウガリが十三枚目を広げたとき、ポポロが突然悲鳴を上げて飛び出してきました。

「な――なりません! それは王女様のお寝間着です! ぶ、無礼ですよ――!」

 とピンク色のレースがついた服をトウガリからひったくってしまいます。……それは確かに、以前王女の部屋で見かけた王女の寝間着でした。ポポロは、侍女のスリナが見せた態度を、とっさに真似したのでした。

 一瞬驚いた顔をしたトウガリが、にやりとポポロに笑いかけました。同じように驚いていた警備隊長たちに、改めて深くお辞儀して見せます。

「侍女の言うとおりでございました。ここから下に入っているのは、王女様のお寝間着や――そのぅ――お下着などでございます。これをお見せしてしまっては、後でわたくしたちどもが王女様からきついおとがめを受けてしまいます。お怒りになった王女様が、父君の国王陛下に訴えられるかもしれません。罰を受けることになるわたくしどもを哀れと思って、このあたりでご容赦いただけると、まことにありがたいのでございますが」

 トウガリは、自分たちが罰を受けるのを恐れるふりをしながら、王女が関所のザカラス兵をロムド王に訴える可能性があることを匂わせていました。警備隊長はすっかり渋い顔つきになると、彼らに向かって大きく手を振りました。

「ああ、もうよい。その服を全部しまって、さっさと行け。我々はこの一件を黙っていてやるから、おまえたちも余計なことは言わんで良いぞ」

 と最後に口止めもして、さっさと一行を関所から追い出してしまいました。正直、王女のお付きの者など、扱いが面倒でたまらなかったのです。

 

 ガラガラと関所の先の街道に車輪の音を響かせながら、馬車はまた走り出しました。ここはもうザカラスの領地内です。

 関所からも充分に離れた頃、むっつりと座り込んでいたトウガリが子どもたちを見ました。子どもたちは、無事に関所を通り抜けることができて、皆ほっとした様子をしています。それへ、トウガリは短く言いました。

「案外と芸達者だったな。まあ上出来なほうだ」

 フルートは、思わずにこりと笑い返しました。

「トウガリさんの笛のおかげです。とっさに言い出したのに、あんなに見事に伴奏をつけてくださったから」

「あれくらいできないようでは、宮廷道化は務まらんさ」

 とトウガリは面白くもなさそうに答え、窓から行く手を眺めました。山の下り道がうねうねと続く先には、また荒れ地が広がっています。国境付近は、こういう人も住めない荒れ地が多いのです。

 どこを見るともなく目を向けながら、トウガリはまた言いました。

「関所は無事に越えた。だが、連中はまだ俺たちを疑っている。まだまだ油断はできないからな」

 厳しいほどの声でそう断言する道化に、子どもたちは思わずことばを失いました――。

 

 そのトウガリの予言が的中したのは、その日の夕方のことでした。

 日が暮れ始めた荒れ地を、馬車は灯りを掲げ、次の宿場町目ざして急いでいました。関所を抜けるのに時間を取られたので、予定より旅程が遅れたのです。ザカラスに入ってから、街道は急に状態が悪くなっていました。幅は広いのですが、敷石のないむき出しの道なので、轍(わだち)の跡が何本も深く刻まれていて、馬車がひどく揺れます。時々、馬車の車輪が石に乗り上げてしまって、車体が悲鳴を上げます。

「や、やだね。な、なんかずいぶん揺れるじゃないか」

 とメールが言いました。しゃべっているだけで、振動で舌をかみそうになってしまいます。

「ここはザカラスだ。国境まで街道をきちんと整備しているロムドとは違うに決まっている」

 とトウガリが例によってむっつりと答えたときです。

 薄暗くなってきた荒野の向こうから、人の叫ぶ声が聞こえてきました。ふいに馬車がひときわ大きく揺れ、馬たちがいななきます。

 とたんに、トウガリが馬車の窓に飛びつきました。前で手綱を握る御者に叫びます。

「どうした!?」

「夜盗です! 数頭の馬が追ってきます――!」

 と御者の返事が聞こえてきました。緊張した声です。

 馬車の中のフルートたちは、いっせいに立ち上がりました。トウガリとは反対側の窓に飛びついて外を見ます。

 どんどん暗くなっていく景色の中、今越えてきた国境の山の方向から、数頭の馬がこちらに向かって駆けてきていました。鞍に一人ずつ人が乗っています。いぉっほぉぉ! と奇声とも歓声ともつかない男の声がまた荒野に響きます。

「振り切れそうか!?」

 とトウガリがまた御者に尋ねました。

「無理です! 向こうの方が速い! 応戦するしかありません!」

 と御者が答え、馬車が止まりました。

 

「ポチ――!」

 とフルートは叫びました。真っ先にポチと馬車を飛び出していこうとします。すると、いきなりトウガリにものすごい声でどなられました。

「出るな!! 侍女が夜盗と戦いに飛び出してどうする!?」

 笑うような派手な道化の化粧の中、トウガリは驚くほど真剣な顔をしていました。

「あれはただの夜盗じゃない。おまえらの正体を確かめようとしている敵だ! おまえらは絶対に外に出るな。犬どもも変身するんじゃないぞ。金の石の勇者の一行だと、絶対に悟られるんじゃない」

「でも、襲ってきてるんだろ!?」

 とメールが金切り声を上げました。御者が剣を手に馬車から飛び降りるのが見えていました。迫ってくる敵は数人です。一人で戦いきれるはずはありません。

 すると、トウガリが言いました。

「俺が行くさ」

 そして、子どもたちが何も言えずにいる間に、いきなり長剣を手にとって馬車を飛び出していきました。座席の後ろに剣が隠してあったのです。

「な、なに……?」

 ルルが驚いて言いました。他の子どもたちも、思わずあっけにとられてそれを見送ってしまいました。派手な衣装を着た背高のっぽの道化と、ロングソード。なんだかこれほどちぐはぐに見える組み合わせもありません。けれども、トウガリは馬車の前で夜盗に向かって立ち、剣を抜いて鞘を地面に投げ捨てました。

「トウガリ!」

 とフルートは思わず叫びました。自分も飛び出したいのですが、確かに侍女姿では戦うわけにはいきません。

 すると、ゼンが言いました。

「俺も出るぞ!」

 と、これまた座席の足下に置いてあったショートソードを手に、馬車から飛び降りていきます。続いて、ポチもワンワンと吠えながら外へ飛び出していきました。

 荒野を越えて敵の馬がやってきました。またがった男たちは、皆、手に手に剣を握っています。馬から飛び降りざま、御者やトウガリに切りかかっていきます。

 ガキン、シャリーン、と剣と剣とがぶつかり合う音が、日暮れの荒野に響き始めました。

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