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第8巻「薔薇色の姫君の戦い」

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20.謁見の間

 謁見の間で数人の城の要人が、旅立つ者たちを待っていました。ロムド王と皇太子のオリバン、占者ユギル、ゴーリス、リーンズ宰相、ワルラ将軍という顔ぶれです。

 そこへ、真っ先に入ってきたのはゼンでした。紺色の地に金の刺繍をした裾の長い服を着て、背中には大きな荷物を背負っています。自分の背丈ほどもありそうな、巨大なリュックサックです。

「これはまた大きな荷物だな、ゼン殿」

 とロムド王が声をかけると、ゼンは肩をすくめました。

「別にこれくらいどうってことねえさ。中身はほとんど王女様の服だしな」

 従者としてのことばづかいや礼儀の稽古をしたはずなのに、ゼンの態度は以前と全然変わっていませんでした。一緒に入ってきた家臣が、王に向かって平身低頭して言いました。

「も、もうしわけございません……! 懸命にゼン殿に従者の決まり事をお教えしようとしたのですが、どうしてもゼン殿が聞き入れてくださいませんで……。不自然に見えないように、荷運びのために連れてこられた下男の少年、ということにいたしました」

「あったりまえだ! 俺に百回もお辞儀の練習させようとするんだもんな。そんなの、つきあってられるかよ!」

 とゼンが下唇を突き出します。オリバンが声を上げて笑い出しました。

「案の定だな。北の峰の野生児に宮廷の礼儀を教え込もうとする方が間違いなのだ」

「おい、オリバン、野生児ってなんだよ、野生児って!」

 とゼンが皇太子を呼び捨てにして言い返します。まったく、ロムド城でなければ、こんな光景はまずお目にかかれません。

「うむ、確かに、従者よりもこちらのほうがよく似合っている」

 と国王がうなずき、ゼンの稽古係だった家臣が、また恐れ入ったようにひれ伏しました。ゼンの方は、頭一つ下げようとしません。

「で、他の連中はどうしたんだよ?」

 と逆に偉そうにふんぞり返って尋ねます。

「最後のお支度中です。間もなくいらっしゃいます」

 とリーンズ宰相が答えたところへ、ワンワン、と犬たちの元気な鳴き声がして、ポチとルルが謁見の間に飛び込んできました。ちょっと芝居がかかった様子で王たちに一礼してみせると、高らかに言います。

「ワン、お待たせしました。メールとポポロの準備ができました」

「すてきな侍女の完成よ。見て驚きなさい」

 とルルが笑うようにゼンに言います。驚くって何にだよ、とゼンが言い返す間もなく、部屋にレイーヌ侍女長と二人の少女たちが入ってきました。メールとポポロです。それを見たとたん、確かに部屋の中の一同は驚いてしまいました。

 

 二人の少女は紺色の侍女の制服を着ていました。華やかな飾りはほとんどありませんが、仕立てのよいドレスです。地味なほどの装いなのに、それを着ている二人は、人々が、はっと息を呑むほど美しく見えました。ポポロは赤いお下げ髪をほどいてたらし、メールは逆に長い髪を結い上げています。緑の髪が黒くなっていたので、ゼンがまた仰天しました。

「ど、どうしたんだよ、おまえ! その髪の色! それに――化粧してんのか、おまえら!?」

「王女様の侍女なら、化粧しないとおかしいんだってさ。緑の髪は絶対怪しまれるからね。色粉で染めたんだよ」

 とメールが答えます。すらりとした長身を侍女のドレスで包んだ彼女は、とても大人びて見えましたが、しゃべる口調は、やっぱり今までとあまり変わりません。

 レイーヌ侍女長が、やれやれ、というように首を振りました。

「メール様には三日間教育係が張り付きでお教えしたのですが、どうしても話し方を変えることはできなかったそうです。とても強情で、どうしようもなかった、と……」

「なんだ、おまえもかよ」

 とゼンがにやりとしました。メールが、にやっとそれに笑い返します。まったく侍女らしくない笑い方です。

「ゼンも、ちっとも変わってないね。従者になるんじゃなかったのかい?」

「従者はやめて下男に変更だ。こっちのほうが合ってらぁ」

「それは確かにそうだね」

 とメールが声を立てて笑います。

 そんな二人に、ユギルが注意しました。

「お二人とも、ザカラスに入ったら、くれぐれもそのような言動はなさらないよう、お気をつけください。正体がばれてしまいます」

 レイーヌ侍女長が続けました。

「とりあえず、メール様とポポロ様には、ロムド式の挨拶のしかたと、王女様の侍女としての仕事をお教えしました。そちらの方は、なんとか覚えていただけたようです」

「ザカラスについたら、できるだけ口をきかないように、慎ましい侍女のふりをするさ」

 とメールが言ったので、赤い髪の少女が、ちょっと疑わしそうにそれを見上げました。こちらは、ふりなどしなくても、いつも慎ましいポポロです。

 

「あとはフルートだな」

 とオリバンが言いました。腕を組み、入り口を見つめます。メールがにやにやします。

「それこそ、見たら驚くよ、オリバン。フルートったら、ただドレスを着ただけでホントに女の子にしか見えなかったんだから」

「ホントに美人だったわよねぇ。本物の女の子より綺麗だったんだもの」

 とルルもうなずきます。ゼンが苦笑いしました。

「そのくらいにしといてやれよ。あいつが女の格好するなんてのは、決死の覚悟なんだぞ。俺だってそうだ。ドレスを着ろ、なんて言われたら死んだって抵抗するぞ」

「ゼンのドレス姿なんて、こっちだって願い下げだよ」

 とメールがすかさず言えば、ルルも言い返します。

「あら、そんなこと言うけど、一番フルートのドレス姿をからかってたのって、ゼンでしょうよ」

「あいつが泣きそうになってたからだよ。ったく……。今も泣きながら来るんじゃねえのか、あいつ?」

「そんなに嫌がっていたのか、フルートは?」

 とオリバンが心配そうに尋ね、ワルラ将軍は難しい顔になりました。

「この計画、やはり無理があるのではありませんか? どんなに見た目は女のようでも、嫌々やっているようでは、絶対にうまくいきませんぞ」

「さて、いかがでございましょう」

 とユギルが静かに答えます。落ち着き払った顔は、薄い微笑を浮かべているようにも見えました。

 

 そこへ、外から家臣が入ってきて、一同に告げました。

「オリビア様が、殿下にお目通りを願っておいででございます」

 皇太子は不思議そうな顔をしました。聞いたことのない女性の名前です。

「私にか?」

「誰、誰? オリバンの恋人?」

 とメールが興味津々で身を乗り出します。馬鹿者! とオリバンは言うと、とまどいながらロムド王を振り向きました。

「いかがいたしましょう、父上?」

 この場所に関係者以外は立ち入り禁止です。が、ロムド王も、皇太子を訪ねてきた女性には興味があるようでした。皇太子は今年十九になったというのに、真面目一途で、まだ浮いた噂一つなかったのです。少し考えてから答えます。

「通しなさい」

 そこで、家臣は扉を開け、外で待っていた女性を通しました。淡い水色のドレスを着た、若い貴婦人でした。謁見の間に入るとすぐに、ドレスの裾をつまんで丁寧にお辞儀をします。ぷん、と強い香水の匂いが部屋に漂いました。

 オリバンは、ますますいぶかしい顔になりました。やはり、見覚えのない女性です。他の者たちは、そんな皇太子と貴婦人を交互に見比べていました。

「あなたはどなただ?」

 とオリバンは貴婦人に尋ねました。

「私になんの用事があってこられた?」

 けれども、貴婦人は答えません。お辞儀をした格好のまま、深く頭を下げています。その細い肩と背中が小刻みに震え出していました。

「あぁ、オリバンったら! 女の人を泣かせたぁ!」

 とメールが声を上げました。ゼンもどなります。

「おい、オリバン! おまえ、この人に何をしたんだよ!?」

 何をしたもありません。オリバンは、この女性に会うのは初めてです。けれども、部屋中の者たちは皇太子に疑惑の視線を向けてきました。非難するような目を向ける者もあります。オリバンは、ますます焦りながら尋ね続けました。

「あなたはどなただ、と聞いているのだ! 顔を上げられよ!」

 けれども、貴婦人は身をかがめたまま、震えて泣き続けるばかりです。

 

 ふっと、控えていたゴーリスが表情を変えました。真剣な目になって腰の大剣に手をかけます。

「殿下、お下がりを――。女、殿下になんの用だ! 目的を言え!」

 強面(こわもて)の剣士に厳しく問いただされても、貴婦人はやっぱり何も答えません。

 と、低い声が聞こえ始めました。……笑い声です。貴婦人は、体を震わせて泣いていたのではなく、こみ上げてくる笑いを必死でこらえていたのでした。

 その顔をそっとのぞき込みに行ったポチが、突然、一メートルも飛びのきました。恐ろしいものでも見たように、背中の毛を逆立ててしまいます。

 すると、貴婦人がやっと顔を上げて立ち上がりました。薄水色のドレスが柔らかく流れます。長い金髪を綺麗に結い上げてネットをかけ、手袋をはめた細い手を組み合わせています。その顔は、信じられないくらい美しくて、誰もが思わずうっとりと見とれてしまうほどです。今は、目を細めていかにもおかしそうに笑い続けています。

 その笑い声を聞いて、ゼンが、ぎょっとした顔になりました。改めて、まじまじと貴婦人の顔を見つめます。

「ほぉんとに……みんな、全然気がつかないんだからな」

 と言ったのは若い貴婦人でした。まるで少年のような口調です。

 そして、その声を聞いたとたん、部屋の中にいた全員は仰天してしまいました。それは、彼らがよく知っている人物の声だったのです。

 謁見の間に突然入ってきた絶世の美女。それは――

「フ、フ、フルートだぁぁっっっ!!!」

 子どもたちは、悲鳴のように叫びました。

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