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第8巻「薔薇色の姫君の戦い」

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16.容姿

 メーレーン王女を誘拐した犯人がザカラス王だと聞かされて、子どもたちはあっけにとられました。

「あのくそ王様! まだあきらめてなかったのかよ!?」

 ゼンが、かっとなってののしりますが、誰もそれをたしなめません。部屋にいた全員が同じことを思っていたのです。

 

 ザカラスは、ロムド国の西隣にある国でした。古くから海洋貿易で栄えてきた国で、今のロムド王妃はそこの末の王女です。オリバンは病気で亡くなった先の王妃の息子なので、ザカラスと血縁関係はありませんが、メーレーンはザカラス王の実の孫に当たります。

 ザカラス王はこれを利用しようとしていました。表向きはロムドの同盟国としてふるまいながら、皇太子のオリバンを暗殺して、ザカラス王家の血を引くメーレーン王女を次のロムド女王に据えようとしたのです。常に暗殺の危険にさらされるようになったオリバンは、危険を避けて宮廷を離れ、十八の年になるまで辺境部隊を転々としました。ザカラス王の目的は、ロムドの南西にあるジタン山脈に眠る魔金の大鉱脈です。ほんのわずかしか採れない非常に貴重な鉱物なのですが、これが、ザカラスとの国境のすぐ近くに大量に埋蔵されていたのです。

 鎧を修理するための魔石を探しに行ったフルートたちが、このたくらみに気がついたのは、一年前の願い石の戦いの時でした。探し求める魔石が、偶然同じジタン山脈にあったからです。焦ったザカラス王がオリバンと金の石の勇者の命を狙って軍隊を動かしたために、ロムド王はついにその尻尾をつかみ、ザカラス王は責任を取って近々王座からも退くだろう、と噂されていました。もうジタン山脈の魔金を狙って動くことはないだろう、と思われていたのですが――。

 

「ジタン山脈の秘密は、まだ世間には知られておりません。あそこにあれほどの魔金があると知れたら、中央大陸中の国々がロムドに攻め込んで来かねませんので」

 とユギルが静かに話し続けていました。輝く長い銀髪に浅黒い肌、青と金の色違いの瞳の、美しい青年です。

「それを避けるために、陛下がジタン山脈をゼン殿の故郷のドワーフたちに委ねようとしていることは、皆様もご存じの通りです。来春には有志のドワーフがたちがジタン山脈へ移住することになっております。……ザカラスに限らず、どこかの国がジタンの魔金を手に入れてしまったら、その国は必ず軍事力を伸ばしてきます。ロムドでさえ、ジタンに魔金があると知られてしまったら、周囲の国々から警戒されてしまいます。大陸の国家勢力の均衡が崩れて、大戦争が始まってしまうのです。どこの国にもジタンを渡してはなりません。唯一安心してお任せできるのが、北の峰のドワーフの皆様方なのです」

 そんなふうにまともに故郷のドワーフをほめられて、ゼンは嬉しそうに笑いました。

「おう。北の峰の洞窟の連中、えらく張り切って準備してるぜ。魔金を掘り出して、すばらしい道具をたくさん作るんだって言ってる。ドワーフは正直だし実際の力も強いから、ジタン山脈を任せたら絶対に守り抜いて、他の国に渡したりなんかしないぜ。」

 ユギルはうなずきました。

「ザカラス王は、その動きをつかんだのでしょう。オリバン殿下や勇者殿の命を狙ったのは自分ではなく、野心を持つザカラスの皇太子だったと、すべての責任を自分の息子になすりつけて、陛下が追及しても、のらりくらりと逃げ続けていました。そうしながら、まだジタン山脈を手に入れる機会を狙っていたのですが、北の峰のドワーフにジタン入りされてしまっては、それももう難しいと考えて、今回の強硬手段に出たのです」

「ザカラスからは伝声鳥が届きました」

 とリーンズ宰相がユギルの話を引き継ぐ形で話し出しました。

「伝声鳥というのは魔法使いが飼っている魔法の鳥で、遠い場所にいる魔法使いが話すことばを人に伝えることができます。送り主はジーヤ・ドゥ。ザカラス王に仕える魔法使いです。伝声鳥を通じてこう言ってきました。『メーレーン王女は祖父の元へ遊びに来ている。ザカラス城が大変気に入ったようで、当分滞在したいと言っている。ザカラス城としても、ロムド王女の訪問は大歓迎である。このうえは、ぜひロムド皇太子にもザカラス城を訪問していただきたい』と――」

「遊びに来ている――って、なにさそれ!? 王女を勝手に寝室から連れ去っておいて、そんなこと言うわけ!?」

 とメールが憤慨して声を上げました。フルートは真剣な顔をオリバンに向けます。

「行っちゃだめですよ、オリバン。ザカラス王はまだオリバンの命を狙っているんだ。間違いなく暗殺されてしまう」

「だが、それではどうする!? ザカラス王は絶対にメーレーンを帰してよこすつもりはないぞ! メーレーンは人質だ! その命と引き替えにジタン山脈を要求してくるつもりなのだ!」

 とオリバンがどなり続けます。しっ、とロムド王が言いました。

「声が大きい、オリバン――。何度も言うとおり、おまえをザカラスへやるわけにはいかない。そんなことをすれば、ザカラス王の思うつぼだ。ここまでおまえをザカラスの暗殺者から守り続けた意味がなくなる。それだけは、断じて許すわけにはいかないのだ」

「ですが、父上、メーレーンをどうなさるのですか!? ザカラス王は、メーレーンと三歳になる孫を結婚させるつもりでいるのですよ!」

 それを聞いて、フルートたちはまたびっくりしました。

「ワン。自分の孫と未来のロムド女王を結婚させて、ロムドを支配しようって考えてるんですね。でも、三歳の王子様だなんて――メーレーン姫だって、まだ十二歳じゃないですか。あざといなぁ」

 とポチが言います。

 

 白い髪とひげに日焼けした顔のワルラ将軍が口を開きました。

「王女様はどうやら、ザカラス王の空飛ぶ馬車で連れ去られたようです。ディーラ郊外の田舎町で、空を行く馬と馬車のようなものが目撃されています」

 それを聞いて驚いたのはポポロとルルでした。

「空を行く馬って、ペガサスのこと? ザカラス王はペガサスを飼っているの? まさか!」

 とルルが叫んでしまいます。ペガサスは翼ある聖なる馬で、彼女たちが住む天空の国にはたくさんいます。非常にプライドが高いので、滅多なことでは人を乗せたりしません。それが地上の人間の王に飼われているだけでも驚きなのに、さらに誘拐などという悪事の手伝いをしたということが信じられなかったのです。

 すると、ユギルが首を振りました。長い銀の髪が揺れます。

「いいえ、違います。本物のペガサスではございません。ザカラスはロムドよりも歴史の古い国で、魔法の民や人ではない種族とも親交があります。空飛ぶ馬というのは、そういう魔法の民が魔法で作り上げた馬のことです。もともとはペガサスを作ろうとしたのかもしれませんが、しょせん聖なる馬を人が作り出せるはずはありません。全身が灰色でたてがみは黒、背中にコウモリのような翼を持っていて、牛の吠えるような声でいななくと言われています」

「ペガサスとはずいぶん違うわねぇ」

 純白の体に金のたてがみ、白い大きな翼の美しい馬たちを思い浮かべて、ルルが溜息をつきました。

「でも……それでも、その馬は空を飛べるんですね? それで王女様はザカラスまで連れて行かれてしまったんですね?」

 とポポロが尋ねました。引っ込み思案な彼女も、夢中になれば気後れすることなく話すことができます。大きな緑の瞳で、ひしとワルラ将軍を見上げます。

 老将軍は難しい顔でうなずきました。

「ザカラスの空飛ぶ馬車は風の速度で空を駆けると言われています。伝声鳥が届いたタイミングから見ても、王女様はもうザカラス城に幽閉されてしまったでしょうな。途中で王女様を奪い返すことも不可能になったわけです」

 部屋の中の全員はことばもなく黙り込んでしまいました。王女を連れ去っておいて、ザカラスに遊びに来ているだけだ、と言うザカラス王。王女の実の祖父だけに、それは誘拐だろう、と表立って責めるわけにもいきません。

 すると、ゴーリスが重い口を開きました。

「メーレーン様は、今はザカラスにとって利用価値があるから大切にされている。だが、こちらが軍を動かしたり、強行に責め立てて王女様を取り返そうとすれば、必ずザカラス王は前面に王女様を出して、盾にしようとするだろう。いよいよとなれば、王女様の命も交渉の材料にしてくるのは間違いない」

 今はメーレーン姫は無事でも、こちらの出方次第では王女の命が危険になる、という意味でした。

 部屋はまた沈黙に包まれます。

 

 すると、ポポロがまた顔を上げました。ワルラ将軍を見上げながら、きっぱりと言います。

「あたしが王女様を助けに行きます」

 人々は驚きました。

「ポポロ、何を言い出すの!?」

 とルルが叫びます。

「どうやって?」

 と老将軍も尋ねます。

 ポポロは緑の瞳に決心の色を浮かべながら話し続けました。

「王女様の侍女に化けていくのよ――。王女様はザカラス城に遊びに行ったことになっているんでしょう? それなら、お世話のためにこっちから侍女が行ったっておかしくないもの。助けに行くのが大人や男の人なら向こうも警戒するけど、小さな女の子ならきっと油断するわ。きっと王女様のそばまで行けると思うのよ。そしたら、王女様を連れて逃げてくるわ」

 あっけにとられる人々の中、ぴゅう、とメールが口笛を鳴らしました。あまり行儀がよいとは言えません。少年のような表情で、にやっと笑います。

「それいいね、ポポロ。あたいたちと王女様はあんまり歳が違わないもんね。侍女だって言っても全然不自然じゃない。よし、一緒に行こう、ポポロ! 二人でザカラス城に乗り込んで、王女様を奪い返してこよう!」

 張り切ってそんなことを言うメールに、ゼンが焦った声を上げました。

「ちょっと待てよ、馬鹿! おまえらだけでそんな危ない場所に行かせられるか! 俺たちも一緒に行くぞ!」

「ぼくたちは従者に化けていくよ。それならおかしくないだろう」

 とフルートも急いで言います。すると、二匹の犬たちがワンワン吠えました。

「それなら私たちだって!」

「メーレーン様は犬が大好きなんだから、ぼくたち犬が一緒なのもおかしくないですよね」

 よし、それじゃ全員で行こう、と勇者の子どもたちは意気込んでうなずき合います――。

 

 ところが、ユギルが静かに首を振りました。

「それは無理でございましょう……。皆様方は確かに子どもですが、金の石の勇者とその仲間たちの噂は、最近ではかなり遠い場所まで伝わっております。二人の少年と二人の少女と二匹の犬――この組み合わせだというだけで、敵には警戒されてしまいます。しかも、ザカラスは願い石の戦いの際に、何度も勇者の皆様方を襲っております。ポポロ様とルル様はあの時、後から参戦したので敵にはあまり知られていないかもしれませんが、それ以外の皆様方は、容姿を覚えられている可能性が高いのです」

「容姿ねぇ」

 とゼンが腕組みをしました。大人のように肩幅も背中も広くなった自分自身を見回して言います。

「俺、一年前よりけっこうでかくなったぜ? どうせ、あいつら俺を普通のドワーフだと思ってんだろ? 聞こえてくる勇者の噂は、いつもそうだもんな。実際には、俺はあんまりドワーフらしく見えないんだから、このままでも大丈夫じゃねえのか?」

 すると、メールもくびれた腰に両手を当てました。

「あたいはドレスを着るよ。侍女に化けるんだもん、それくらいの格好はしなくちゃね。そしたら、一年前にザカラス軍と戦った鬼姫には見えないだろ」

 と胸を張って見せます。ふくらんできた胸を目の当たりにすることになって、ゼンが思わず顔を赤らめてしまいます。

「ワンワン。ぼくは犬ですよ。白い子犬なんて、どこにでもいます。ことばさえ話さないようにすれば、ばれませんよ」

 とポチも尻尾を振りながら言います。

「ぼくはもちろん装備を外していくけど――それじゃ、だめかな――」

 自信なさそうにフルートが言いました。困惑した顔をしています。

 ふむ、とゴーリスがうなりました。

「最近では噂もだいぶ正確になってきているからな。金の石の勇者が金髪に青い目の美少年だというのは、けっこう知れ渡っているぞ。それに、一度おまえと戦ったことがある者は、絶対におまえの顔は忘れんだろう」

 えぇ、とフルートは声を上げました。ますます困った表情になってしまいます。

 そんな親友の肩にゼンが腕を回しました。

「しょうがねえだろ。今回、おまえは留守番してろ。俺たちが王女様を助け出してくるからよ」

「そんな!」

 とフルートはまた大声を上げてしまいました。

「そんなのは絶対にできないよ! ザカラスが待ちかまえてるんだ! 金の石だってまだ……。だめだ、絶対に君たちだけでなんて行かせられない! ぼくも行くよ!」

「だが、現実問題、おまえは目立ちすぎるんだぞ。鎧兜を脱いだって、その容姿だもんな。従者にしては綺麗すぎらぁ」

 ゼンが言うとおりでした。輝く金髪に鮮やかな青い瞳、少女のように整った顔をした少年は、おとなしげでも、しっかり人目を惹きます。

「ぼくも変装するったら! 金の石の勇者だとばれないようにするよ!」

「どうやって? おまえ、自分の顔を鏡でじっくり見たことあるのか? どんな格好したって、美形なのは隠せねえぞ」

 それにはメールやポポロ、ポチやルルも思わずうなずいてしまいました。彼らのリーダーは、本当に優しくて綺麗なのです。

 フルートは思わず顔を歪めました。怒り出したらいいのか、泣き出したらいいのか、自分自身でもわからなくなったのです。そんな表情さえ、はた目にはとても綺麗に見えてしまっていました。

 

 ところが、そんなフルートの前に、ふいにユギルが立ちました。じっと色違いの瞳で少年を見下ろし、やがて、細い指を自分のあごに当てて、考え込むようにつぶやきます。

「そうですね……よろしいかもしれません」

 仲間の子どもたちは驚きました。

「フルートに従者をやらせるってのか? 無理だぞ、それ!」

「王女様にフルートみたいに綺麗なお供がいたら、絶対疑われるって!」

 ゼンとメールが口々に言います。

 すると、ユギルは静かに答えました。

「いいえ、従者になるのではありません。もっとふさわしい格好に変装するのです」

「ふさわしい格好?」

 とフルートは目を丸くしました。それが何なのか、すぐにはぴんと来ません。

 長身の青年は少年にかがみ込みました。長い銀の髪が揺れて、さらりと音を立てます。

「あなたも侍女になるのです。――ドレスを着て女装なさいませ、勇者殿」

 大真面目で、ユギルはそう言いました。

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