メーレーン姫が部屋から失踪した翌日、フルートたちは城内の自分たちに与えられた部屋にいました。
王女の行方は相変わらずわかりません。王女を連れ去った犯人からの連絡もまだありません。大人たちはそれぞれ極秘に調査に動いているようでしたが、子どもの彼らにはできることが何もなくて、ただ部屋に集まって話をしているしかありませんでした。
「ったくよぉ。ホントにいつまで待たせやがんだ、犯人は! とっとと連絡してきたらいいだろうが!」
とゼンがとうとう声を上げました。青い防具や弓矢を外して、布の服に毛皮の上着という格好です。床の絨毯に直接座り込んでいたメールがそれにうなずきました。
「まったくだよね! 犯人が誰かわかれば、できることもあるかもしれないってのにさ! こういう、ただ待ってなくちゃいけないって状況は一番苦手だよ!」
とかたわらに置いてあったクッションを拳で殴りつけてしまいます。
「二人ともせっかちねぇ。まだ事件が起きて半日しかたってないじゃないの」
とルルが最年長らしくたしなめましたが、そういうルル自身も、実は内心いらいらしていました。早く何か知らせに来てくれないかしらと、さっきからずっと部屋の外の通路へ耳を澄まし続けていたのです。
フルートは手に金の石のペンダントを持ちながら、考え込むような顔をしていました。こちらも金の鎧兜を脱いで普段着姿です。それへポチが尋ねます。
「ワン、どうしたんですか、フルート? 金の石が何か教えてくれてるんですか?」
ううん、とフルートは首を振りました。
「教えてほしいと思ってるんだけどね。いくら呼びかけても、全然答えてくれないんだ」
すると、ゼンが突然フルートのペンダントにどなりました。
「おい、こら、金の石の精霊! 目が覚めてるんだから、ちょっとくらい姿を現したらどうなんだよ!? 何かわかることがあるんなら、けちけちしてねえで教えろってんだ!」
けれども、ゼンの悪態にも金色の小さな精霊の少年は姿を現しませんでした。石はただ金色に光っているだけです。
はーっと子どもたちは思わずまた溜息をつきました。
窓の外には青空が広がっています。暦は十二月になりましたが、今日も天気は上々です。綺麗な水色の空の上に、ぽっかりと白い綿雲が浮び、窓から差し込む日差しは絨毯の上に日だまりを作っています。あまりにものどかな天気が、ひどくちぐはぐに感じられてしまいます。
すると、ふいにポポロが、ひっく、としゃくりをあげました。小さな魔法使いの少女は、昨夜からずっと泣き通しでいたのです。
メールが肩をすくめました。
「ホントにいいかげんにしなよ、ポポロ。あんたのせいじゃないんだったら。そんなに気にすることないんだよ」
「でも……」
ポポロは緑の瞳から大粒の涙をこぼし続けていました。座り込んでいる絨毯の上に、涙のしみができています。
「あた……あたしの光の魔法のせいで、ユギルさんや他の占い師たちが何も見えなくなったから……。そうでなかったら、王女様がさらわれることなんてなかったのに……」
今度はゼンが大きな溜息をつきました。
「馬鹿なこと言ってんなよ、ポポロ。あそこでおまえが光の魔法を使わなかったら、俺たち全員、レィミ・ノワールの黒い魔法で吹っ飛ばされて跡形もなくなってたんだぞ。王女の誘拐どころの話じゃねえ。ロムド全体が魔王の魔法で吹き飛ばされて、世界中が魔王とデビルドラゴンの手に落ちたんだ」
けれども、ポポロの涙は止まりません。狙った以上の範囲にまで影響力を及ぼしてしまう自分の魔法を、いつまでもくよくよと思い悩んでいます。ゼンは顔をしかめました。
「泣くな! ――って言っても、ポポロには無駄なんだよなぁ。おいフルート、何とか言ってやれよ」
けれども、フルートも何と言っていいのかわからなくて、とまどった顔をするばかりでした。代わりにポチが伸び上がって、ポポロの頬から涙をなめてやりました。
穏やかな冬の昼下がり、時間はじれったいほどゆっくりと過ぎていきます。子どもたちは部屋の中で立ったり座ったりしながら、ただひたすら待ち続けました……。
そんな子どもたちの元へ知らせが来たのは、午後の三時も回った頃でした。初冬の空には、早くもうっすらと夕方の影が差し始めています。
「ゴーラントス卿がお呼びです。すぐに部屋までおいでください」
と召使いに言われたとたん、子どもたちは部屋を飛び出し、先を争うようにゴーリスの部屋へ駆けていきました。
ゴーリスの部屋には、すでに数人の大人たちが集まっていました。ゴーリス、ロムド王、リーンズ宰相、オリバン、ユギル――少女たちが知らない人物も一人混じっていました。がっしりした体格の、初老の男です。白い髪とひげをきちんと刈り込み、濃紺の鎧で身を包んでマントをはおっています。
「ワルラ将軍」
とフルートが言うと、鎧の老人が丁寧に頭を下げてきました。
「これは金の石の勇者殿。それにゼン殿にポチ殿。お久しぶりです。一年前に皆様方がおいでになったときには、わしは所用で城を離れておりましたから、二年ぶりくらいになりますか。エスタ国と我が国で和平調印を結んだとき以来ですな。――皆様、それなりに大きくなられた」
日に焼けて浅黒い顔は、老将軍が今でも現役として活躍していることを示しています。年はロムド王よりもう少し上のようでしたが、王と同じように、腰も背中も少しも曲がっていませんし、動作も話し方もきびきびしています。
すると、ゼンが口をとがらせました。
「それなりに大きくなった、って言い方はねえだろ、将軍。俺たち、もうすぐ十五歳だぜ。そろそろ大人の仲間入りを始めてるつもりなのによ」
ゼンは相変わらず、相手がどんなに年上でも少しも話し方を変えません。老将軍のほうでも、そんなことはいっこうに気にせず、孫のような子どもたち相手に敬語で話し続けます。
「おお、もうそんなになられますか。初めて勇者殿たちにお会いしたときには、お二人ともまだ十一歳だったのに。月日がたつのは早いですな。――だが、もうすぐ十五になるにしては、やはりお二人とも小さいですなぁ。いや、それなりに、大きくはなられているようだが」
それなりに、という部分をわざと強調して、老将軍は、はっはっと声を上げて笑います。からかわれたのだとわかって、ゼンはますます口をとがらせ、フルートも憮然とした顔になりました。
すると、ロムド王が話しかけてきました。
「四大魔法使いはもう城の守備についておるし、ピラン殿も城の鍛冶場にこもって仕事を始められた。ワルラ将軍と勇者の少女たちが顔を合わせるのは初めてだったな。ここにいるのはワルラ将軍。我が国の軍の最高責任者だ。将軍、こちらが、西の大海の王女メール殿と、天空の国の魔法使いのポポロ殿、そして、もの言う犬のルル殿だ。皆、美人ぞろいだが、れっきとした勇者たちなのだぞ」
紹介されて、メールとポポロとルルは将軍に向かって頭を下げました。引っ込み思案のポポロは、メールの背中に半分隠れてしまっています。
ワルラ将軍がまた声を上げて笑いました。
「なるほど、これは本当にかわいらしい勇者の皆様方だ。お噂はかねがね聞いておりましたぞ。近いうちに、そのすごいお力も拝見したいものです」
すると、ゴーリスが笑いながら口をはさみました。
「ポポロの魔法は、充分離れた場所から見るようにしなくては危険だろうな」
ポポロはいっそう小さくなって、メールの後ろにすっかり隠れてしまいました。
そこへ、美しい制服を着た二人の下男が飲み物を運んできました。それを受け取って、ゴーリスが言います。
「私的な集まりだ。後はこちらでやるから下がっていいぞ」
下男たちはすぐに承知して、ゴーリスの部屋から退出していきました。足音が廊下を遠ざかっていきます――。
それが聞こえなくなったとたん、部屋の中の人々は、がらりと顔つきを変えました。
たった今までにこやかに笑っていたワルラ将軍が、白い眉の下で鋭く目を光らせます。
「実に容易ならぬ事態になりましたな。これでは身動きがとれませんぞ」
と、難しい声で言います。とたんにオリバンが声を上げました。
「父上! ですから私が――!」
必死の表情ですが、ロムド王は厳しく首を振りました。
「ならぬ、オリバン。おまえまで敵に捕らえられる。命を奪われてしまうぞ」
勇者の子どもたちはあわてて大人たちを見回しました。
「な、何がどうなったってんだよ? 犯人から連絡があったんじゃねえのか?」
とゼンが尋ねると、リーンズ宰相が憂い顔でうなずきました。
「ありました。思いも寄らぬ人物から、メーレーン様を預かっていると声明があったのです」
「それは!?」
と子どもたちはいっせいに尋ねました。大人たちの顔はどれも本当に深刻でした。非常に大変な相手が犯人だったのです。
すると、銀髪の青年が静かに答えました。
「メーレーン様をロムド城から連れ出したのは、王女様の祖父君でした。つまり――隣国ザカラスの国王だったのです」