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第8巻「薔薇色の姫君の戦い」

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第4章 失踪

13.バラ色の部屋

 メーレーン王女の部屋がある城の一角は騒然とした雰囲気に包まれていました。大勢の下男や侍女たちが廊下を走り回り、部屋という部屋を片端からのぞき、窓を開けて夜の暗がりを見透かしています。皆、突然姿が見えなくなった王女を捜しているのです。

 そこへオリバンが、占者ユギルやノームのピラン、勇者の子どもたちをつれて到着しました。王女の部屋の中に数人の女性たちを見つけると、一番年かさの人物に声をかけます。

「レイーヌ侍女長、メーレーンがいなくなったというのは本当か?」

 ふくよかな体型の侍女長は、すぐさまドレスの裾をつまんでお辞儀をしました。優雅なしぐさですが、内心の動揺は隠せません。

「申し訳ございません、皇太子殿下。皆に探させておりますが、王女様がどちらにいらっしゃるのか、まだわからないのでございます」

 と早口で報告します。

「メーレーンのそばにいたのは誰だ?」

 とオリバンが重ねて尋ねたとたん、侍女長の前でひとかたまりになっていた三人の娘たちが身をすくませました。全員が侍女の制服を着ています。皇太子の厳しい顔におびえて声も出せずにいるので、代わりに侍女長が答えました。

「この者たちでございます。いつものように姫様のお休みの支度を手伝った後、姫様がお床に入るのを確かめてから、部屋の灯りを落として隣の部屋に控えておりました。侍女たちは夜通し隣に控えていて、一時間ごとに姫様のご様子を確かめに行くのですが、夜十時に見に行ったときには姫様は普通にお休みでした。ところが、十一時に見に行くとお床の中は空っぽで、姫様の姿はどこにも見あたらなかったのです。姫様がいつの間に抜け出したのか、本当に誰も気がつかなかったと申しております。部屋の外には衛兵も立っていたのですが、扉から姫様が出てくることはなかった、と証言しております」

 

 オリバンはうなり、王女の部屋を見回しました。部屋はバラの模様の薄紅の壁に囲まれていて、窓にはピンクのカーテンが下がっています。家具は白ですが、それ以外のものは、布団もクッションも絨毯も、飾り棚の上に並ぶ小さな飾りにいたるまで、すべてピンク一色です。壁の高い場所に大きな王女の肖像画が掲げられていましたが、そこに描かれている王女も、ピンクのドレスで身を包んでいました。

「すっげぇ。どこもかしこもピンク色じゃねえか」

 とゼンが部屋を見回してあきれると、オリバンが、にこりともせずに答えました。

「メーレーンはバラ色が何より気に入っているのだ。それ以外に好きなものと言えば、犬と遊ぶことと、クラブサンを弾くこと。それで毎日充分幸せなのだ。勝手に城を抜け出して、外に出て行くような子ではない――」

 話しながら、皇太子の視線は自然とユギルに向いていました。何かわからないこと、困ったことが起きると、占者に意見を求める習慣が身についているのです。けれども、銀髪の占者は頭を振って見せました。

「今のわたくしに何が起きたのか見通すことはできません、殿下……。ですが、ポポロ様なら、何かおわかりになるかもしれません。ポポロ様は何でも見ることができる魔法使いの目をお持ちですので」

 急に指名されて黒衣の少女は驚いた顔になりましたが、人々に期待の目を向けられると、とまどいながらうなずきました。

「う、うん、わかった……やってみるわ」

 とバラ色の部屋の中を見回します。

 一方、犬のルルは人々の足下で鼻をあげ、部屋の中の空気の匂いをかぐような格好をしていました。

「かすかだけど、魔法の匂いがするわよ、ポポロ。誰かがこの部屋で魔法を使ったんだわ。そんなに前のことじゃないわね」

「うん」

 とポポロが遠い目をしながら答えました。魔法使いの目で王女の行方を捜していたのです。が、まもなく、また近くに焦点をもどすと、ふう、と疲れたように肩で息をしました。

「ダメよ、見えない……。王女様のいる場所を見ようとするんだけど、途中で何かにさえぎられてしまうの。魔法の壁みたいな感じだわ」

 それを聞いてノームのピランが言いました。

「ということは、王女は魔法で城の外に連れ出されたんじゃな。魔法でこっそり部屋の中に忍び込まれて、また、こっそりと連れて行かれたんでは、誰も気がつかんのも当然だ」

「普段ならば、決してこのようなことは起こりません」

 とユギルが答えました。

「城の中はたくさんの占者で見張られていますし、さらに魔法使いたちと魔法の護具に守られているので、魔法で外から城の中に入り込むことは不可能なのです。ただ、今回はそのすべてがロムド城から失われておりました。占者は占いの力を失っていましたし、四大魔法使いは大広間におりました。魔法の護具も壊れております。代わりの魔法使いや護具は使われておりましたが、普段の守備力に及ばないのは、どうしようもないことです。……その隙を、敵に突かれました……」

 冷静に話していたユギルの声が、ふいに震えました。いつも美しく整ったまま表情を変えない顔が、悔しそうに歪められています。奥歯が、ぎりっと低く音を立てます。

「ロムド王が、あたいたちに魔法使いや護具を貸してくれたせいだね。あたいたちのために城の守備力が一時的に下がったところを、敵に攻め込まれたんだ」

 とメールが言いました。彼女は鬼姫と呼ばれるほどの戦士です。こういう状況はしっかり見極めることができます。

 子どもたちはいっせいに胸を突かれる想いがしました。なんだか、この事件が自分たちのせいで起こったような気がしてきます。馬鹿な! とオリバンが吐き出すように言いました。

 

 ところが、フルートだけは他の子どもたちから離れて、ベッドのそばにいました。薄絹のカーテンがかかった天蓋付きのベッドは、王女を捜して布団と枕がはねのけられ、ピンクのシーツを掛けたマットレスがむき出しになっています。フルートは、じっとそれを見つめていましたが、やがて、つぶやくように言いました。

「シーツにしわが全然寄ってない」

 それから、目を上げて部屋全体をざっと眺めると、ふいに部屋の隅のタンスへ向かいました。子どもが四、五人も隠れることができそうなほど大きな衣装ダンスです。そこも、王女を捜して扉が開けっ放しになっていました。フルートはかがみ込んで中をのぞき、やがて、タンスの隅からピンク色の塊を取り出しました。立ち上がって広げてみると、それは女物の服でした。ゆったりしたデザインに、かわいらしいピンクのレースが全体に縫いつけられています。

 とたんに、侍女の一人が悲鳴を上げて飛んできて、フルートから服をひったくりました。真っ赤な顔で叫びます。

「な、なりません、無礼者! これは――王女様の寝間着です!」

「メーレーンの寝間着?」

 とオリバンがいぶかしそうな顔になりました。

「それが脱いでタンスに隠されていたのか? では、メーレーンは着替えていることになるぞ」

 人々は困惑しました。魔法で侵入してきた敵にさらわれてしまった王女様。けれども、王女はその時、寝間着からドレスに着替えたのです。静かに着替えろ、と誘拐犯に脅されたのでしょうか? すぐ隣に侍女たちが控えている状況では、ずいぶん悠長なことのように思えますが……。

「姫様がどのお衣装をお召しになったか、すぐに調べなさい!」

 と侍女長が侍女たちに命じました。三人の娘は飛び上がり、すぐさま衣装ダンスに頭をつっこむようにして中を調べ始めました。まもなく、一人が振り返ります。

「王女様の一番お気に入りのドレスがございません――! バラの花飾りが裾についたお衣装です!」

 うん? とゼンが首をひねりました。

「なんか変じゃねえか? 誘拐されるって時に、わざわざ自分の一番好きな服を選んで着ていくかぁ? なんでもいいから、一番手近にある服を着るのが普通だろ?」

 

 すると、フルートに抱かれていたポチが、ぴょんと床の上に飛び降りました。タンスに駆け寄り、そこに立っていた三人の侍女たちの足下で匂いをかぎます。

 と、その一人に向かって、ポチがワンワン! と吠え出しました。

「この人だ! この人が何か知ってますよ、フルート! 隠し事をしている匂いがします!」

 それは、フルートから王女の寝間着をひったくって「無礼者!」と言った侍女でした。人々の視線が、いっせいにその娘に集まります。

「スリナ!?」

 と侍女長が厳しく問いただします。

 スリナと呼ばれた侍女は顔色を変え、逃げるように後ずさると、急に背中を向けて部屋を飛び出していこうとしました。

 が、その行く手をフルートが素早くさえぎりました。扉の前に立ちふさがって出られないようにしてから、他の二人の侍女に尋ねます。

「今夜、最後まで残って王女様が眠るお世話をしたのは、この方じゃありませんでしたか? 十時に王女様が寝ているところを確かめに行ったのも――」

 二人の侍女は驚いた顔をしました。フルートの言う通りだったのです。

「どういうことだ?」

 とオリバンが尋ねます。

 フルートは部屋の奥のベッドを指さしながら言いました。

「王女様のベッドには、シーツにしわ一つ寄ってません。王女様はあそこに全然寝てないんですよ。寝るふりをして、すぐにまたドレスに着替えて、部屋を出て行ったんです。それを実行するためには、協力してくれる侍女が絶対に必要になります。それで、ポチに探してもらいました――」

 とスリナという侍女を見上げます。

 侍女は赤くなったり青くなったり、めまぐるしく顔色を変えていましたが、フルートにじっと青い目で見つめられると、とうとう顔をおおってしまいました。大きく頭を左右に振ります。

「申し訳ありません! 申し訳ありません! 王女様に頼まれて、お城の外に行くお手伝いをいたしました――!!」

 それだけを叫ぶように言うと、侍女は、わあっと声を上げて泣き出してしまいました。

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