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第8巻「薔薇色の姫君の戦い」

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11.計画

 ロムド十四世は賢王とあだ名されるほど聡明で、思いやり深い王でした。地声は大きく、伝令の家臣など使わなくとも広間中に自分の声を響かせることができますが、これまで決して家臣をどなりつけるようなことはしませんでした。いつもどんな危険な事態がロムドに迫ってきても、落ち着き払って冷静に対処してきたのです。庶民寄りの施政は貴族の不満の種ではありましたが、それでも、貴族をないがしろにすることは決してありませんでした。だから、貴族たちもいささか図に乗った形で、王を前にして勇者たちの責任を追及していたのです。それだけのことをしても、王に処罰されるようなことはないだろう、と高をくくっていました。

 ところが、今、ロムド王は怒りもあらわにして、大広間中の貴族たちをどなりつけていました。ロムドを救ってきた勇者を悪く言う者は国外追放にする、と宣言しています。本当に、こんなに怒るロムド王を見るのは全員が初めてのことでした。仰天して立ちすくみ、何も言えなくなってしまいます。

 すると、王が繰り返すようにどなり続けました。

「期限は明日の深夜十二時!! それまでに立ち去れ!! 期限を過ぎてもディーラにとどまっている者があれば、いっさいの配慮なく逮捕して投獄するから、その心づもりでおれ!!」

「へ、陛下、それは……」

 リーンズ宰相が青くなって引き止めにかかりました。宰相も貴族たちの態度は腹に据えかねていましたが、それにしても、居合わせた貴族全員に国外退去命令を出すというのは尋常ではありません。大広間には三百人あまりの貴族たちが詰めかけているのです。しかも、その家族や親族まで一緒に出て行け、と言うのですから、その命令が実行されたら、とんでもないことになってしまいます。

 ゴーリスやユギル、四大魔法使いたちも、驚いて自分たちの王を眺めていました。こんなに怒っている王を見るのは、彼らも初めてのことだったのです。皇太子のオリバンでさえ、信じられないように父王を見つめてしまいました。

 わあっと人々の間から激しい泣き声が上がりました。貴婦人が泣き出したのです。それがきっかけになって、広間のそこここで悲鳴と泣き声がわき起こり、王に許しを求める声が上がり始めました。王に向かってひれ伏す者が続出します。

「陛下、なにとぞ……なにとぞご恩情を……!!」

 貴族たちが必死で王に謝り始めます。

 けれども、王は貴族たちに目を向けようとはしませんでした。かたわらで青ざめていた子どもたちに向かって言います。

「すまぬ、勇者たち……。そなたたちは命がけで我らのために戦ってくれているというのに、恩を仇で返すようなことを聞かせてしまった。このような愚かな臣下を抱えていた、わしの責任だ。まことに申し訳ない」

 自分の孫と言ってもおかしくないような子どもたちに向かって、王自らが深く頭を下げて見せます。貴族たちはまた仰天し、あわてて王にならいました。床にひれ伏し、勇者の子どもたちに頭を下げていっせいに許しを請い始めます……。

 

 フルートたちは困惑しながら周囲を見回していました。

 貴族たちからあしざまに言われて本当に傷つきましたが、それでも、こんなふうに王や貴族たちからいっせいに頭を下げられる状況は、全然落ち着きません。いくら勇者でも、彼らはただの子どもなのですから――。

 フルートが王に言いました。

「陛下……ぼくたちのために貴族の皆さんを追放するなんてことはおやめになってください。これだけの方たちがロムドからいなくなってしまったら、ロムドは成り立たなくなってしまいます」

 ゼンも渋い顔をしながら言いました。

「だよなぁ。ディーラの都がからっぽになっちまうぜ。そりゃ、これだけ戦ってきてあんなふうに言われりゃ、こっちだって面白くねえけどよ、だからって、貴族全員を国外追放なんてのはやり過ぎだと、俺も思うぜ」

 そのことばに、リーンズ宰相が深く頭を下げました。恩知らずな貴族たちの態度を怒ることもなく、逆に王を取りなしてくれる少年たちに、感謝の気持ちを示したのです。

「勇者たちはそのように言ってくれるか」

 と王は真面目な顔で答えました。鋭い目をまた家臣たちに向けます。貴族たちはいっそう低く伏して、額を広間の床にすりつけました。ただただ王と勇者の子どもたちの許しを請い求めます。

 占者のミントンも、今はもう声もなく、青菜に塩の有り様でひれ伏していました。周囲の貴族たちの怒りは、今度はミントンに向けられています。これで王が命令を撤回してくれなければ、今度はミントンが貴族たちからつるし上げられ、下手をすれば命さえ奪われかねない状況になっていたのです。

 王はしばらく考え込んでから、おもむろに玉座に座り直しました。重々しい声で言います。

「だが、この者たちは罰を受けねばならぬ。自分たちのしたことと言ったことの責任を取ってな――。わしはハルマスに家や別荘を持っていた者たちの財産をすべて保証して、ハルマスを復興させるつもりでいた。だが、ここにいる者たちの財産に関しては、保証をその五割までとする。この決定に不服を申し立てる者があれば、その者は即刻国外退去。この命令は変更せん。しかと心得よ」

 さっきから王や宰相が保証と言っているのは、失われたハルマスの家や別荘の価値に見合うだけの金を国家が出してやる、ということです。それで失われたものを建て直せ、という意味なのですが、ロムド王は、大広間の貴族たちに関しては、その保証金を百パーセントではなく、半分の五十パーセントに引き下げる、と言っているのでした。彼らが勇者たちを侮辱した罰なのですが、それに不満があれば、それこそ国外追放にすると言っています。どれほど不服でも、これには貴族たちも従うしかありませんでした。もとより、自分たちがまいた種です。ただひれ伏し、王の仰せのままに、と答えます。

 

 すると、王はしばらく口をつぐみ、やがて深い溜息を漏らしました。厳しいまなざしはまだゆるめずに貴族たちへ話し始めます。

「わしは今回のハルマス壊滅の知らせを聞いて、これを再生のための良い機会だと考えるようになっておったのだ……。むろん、失われたものは大きく、その中には金では補えないものもたくさん含まれていた。だが、ユギルがいち早くハルマスの危険を察知したおかげで、そなたたちの命は、一つも失われずにすんだ。命は何より尊い。そなたたちさえ生きて元気でおれば、どのような形であれ、町はまた再建できるのだ。……わしは、かねてからハルマスを医療の町にしていきたいと考えておった。あそこは気候も良く、デセラール山の麓にあるために温泉も湧く。温泉は病や傷に効用があるのだ。また、国内では今、医者の卵たちが次々に誕生していて、さらなる研鑽の場を求めている。彼らが集まって互いに技術を学びあえる場所をハルマスに作れば、医学はいっそう発展し、病や怪我で苦しむ国民がハルマスで治療を受けられるようになるだろう。幸い、ハルマスは王都ディーラからそう遠くはない。あそこが医療の町になれば、きっと、そなたたちの中にも助かる者が出てくるのだ……」

 王はまた、少しの間、黙り込みました。青ざめ、神妙な顔つきで自分を見上げ続ける家臣たちを見渡し、静かな声になって続けます。

「どうであろうな、皆の者。そなたたちが別荘を再建するつもりであれば、わしはその半分の額を保証するが、医療の町を作るために、その土地をロムドに提供してくれるというのであれば、保証金を八割まで引き上げよう。その保証金をどのように使おうとも、それはそなたたちの自由だ。医療の町ハルマスの建設に協力したいと思う者があれば、ぜひ宰相まで申し出てもらいたい」

 王は怒りの表情から、またいつもの思慮深い落ち着いた顔に戻っていました。王からの指名を受けて、リーンズ宰相がうなずきます。王が昨夜、執務室で「知恵の使いようでは、災いも好機に変えることができるだろう」と言っていたのはこのことだったのだ、と察したのです。改めて大広間の貴族たちに向かって呼びかけます。

「陛下の裁定は今のおことばの通りです! 屋敷に戻り、家人と今後の方針について話し合われるように。別荘を建て直すことにした者には、失われた別荘の評価額の半分を、また、医療の町を作るために土地を寄付しても良いと思う者には、評価額の八割を保証します。後ほど受付窓口を城内に設けるので、方針が決まり次第、そちらへ申し込まれるように――!」

 王の決定を実際の施政に移していくのが宰相の役目です。今初めて王の計画を知ったばかりだというのに、てきぱきと処理していきます。

 大広間の貴族たちは、またいっせいに礼をしました。王に向かって下げられる頭が、まるで海の波のようにうねって見えました――。

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