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第8巻「薔薇色の姫君の戦い」

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10.貴族たち

 ロムド城の大広間には、ハルマスの別荘の保証と責任の追及のために、大勢の貴族たちが押しかけていました。その先頭に立っていたのは、かつて城の一番占者だったミントンです。占いの力も強いのですが権力欲も強い男で、現役の頃には地位を鼻にかけて非常に派手にふるまったので、「ロムド王よりも王様のような占い師」と陰口をたたかれていました。

 その彼が、新しい若い占者に地位を追い払われたのは、今から十三年ほど前のことでした。当時まだ少年だったユギルに負けたのです。占い師としての力がかなわなければ、一番占者の地位を譲り渡すのは当然のことでしたし、たとえ二番占者に降格したとしても、城の要人としての扱いは保証されていたのですが、権力に固執するミントンにはその処遇が我慢できませんでした。事故に見せかけてユギルを殺そうとして、それを逆にユギルの占いで見破られ、失墜して城を追われました。

 こういう者は、処罰されてなりを潜めても、本当の意味で反省することはまずありません。王都に屋敷を持つ貴族に召し抱えられると、そこでじっとユギルに復讐する機会を狙い続けていたのでした。

 ハルマスを闇の軍勢が襲撃し、魔王が魔法でハルマスを消滅させる場面を、ミントンも占いを通じて眺めていました。ロムド国の中にいて、ある一定以上の力がある占者であれば、誰もがこの異変を感じて、それぞれの占い方でハルマスを見ていたのです。その中でも特に力の強いミントンは、ハルマスにいる勇者の仲間の一人が死にかけていることも、それを救うために金の石の勇者が東方へ向かったことも読み取っていました。残った者たちが必死でハルマスを守る様子も見ていたのです。

 すべてを承知の上で、ミントンは貴族たちにハルマス壊滅を告げ、その責任はハルマスを離れていた金の石の勇者にあるのだ、と言っていました。その後ろで勇者たちを支援していたユギルもろとも、彼らを追い詰めるために――。

 

 金の石の勇者はハルマスを守ることより、個人的な自分の友達を助けようとした、そのためにハルマスは失われたのだ、と言われて、壇上にいた勇者の子どもたちや仲間の大人たちは顔色を変えました。リーンズ宰相が声を上げます。

「控えなさい、ミントン殿! 言って良いことと悪いことがありますぞ!」

 普段穏和な老宰相がこんなふうに声を荒げるのは珍しいことでした。

 けれども、ミントンは黙りませんでした。騒ぎ出す貴族たちの声を聞きながら、それを上回る声を張り上げました。

「私は間違っておりますか、宰相殿!? ハルマスのすべての家や建物、あらゆるものが焼き払われてしまったのは、動かしようのない事実ですぞ! 『麗しのハルマス』と吟遊詩人にも歌われた貴重な町が失われたのです! これも、本来ならばハルマスにいて町を守るべきだった勇者が、町を離れたからです。いいや、そもそも、今回の一件のすべての責任は、そこの勇者たちにあったと言えます! 私の占いには、魔王がそこの勇者の一行を狙って闇の軍勢を送り込んできたことが、はっきり現れておりました! 魔王が狙っていたのは、ハルマスではなく勇者たちです! ハルマスは、その戦場として踏みにじられ、破壊されてしまったのです――!!」

 大広間の中は騒然となりました。貴族たちが大声を上げ、声高にしゃべり合い、貴婦人たちが悲鳴と金切り声を上げます。すさまじい非難と憎悪が、壇上に立つ子どもたちに集中します。

 ゼンとメールとポポロ、それに二匹の犬たちは、青ざめきった顔を見合わせました。貴族たちに責められているのはフルートだけではありません。同じ勇者の仲間の彼らまで、同罪として追及されているのでした。

 興奮と怒りを高めていく人々を見ながら、フルートはそっと鎧の胸当てからペンダントを引き出していました。金の鎖の先で、聖なる魔石はただ静かに輝いています。金色をしていますが、暗く明るく光って闇の敵が迫っていることを知らせてはいません。

「デビルドラゴンに取り憑かれているわけじゃないんだ……」

 とフルートはミントンや貴族たちを見ながら密かに考えました。

 

「やれやれ。ロムドでは最近まともな戦争が起こっとらんから、貴族どもは平和ぼけしとるようじゃな」

 とノームのピランがつぶやいていました。

 すでに百年以上生きているノームの老人は、これまでに何度も大きな戦争を目にしてきています。戦いが起これば、その場所は否応なしに戦場になり、家も畑も町も何もかもが焼き払われ、一面の焦土になっていくのです。戦いと何の関係もない町や村の人々も、無差別に巻き込まれて殺されていきます。戦争とはそういうものなのです。

 けれども、このロムド国では、現王ロムド十四世の治世になってから五十年あまり、大きな戦争は一度も起きていませんでした。国境付近で隣国とのいざこざが起きた程度です。長い平和の中で戦争の残酷さと非条理さを忘れた貴族たちは、戦いの戦場となって自分たちの財産が失われたのは、そこで戦った者たちのせいなのだ、と怒り狂っているのでした。

「陛下はハルマス復興に全力を尽くすとおっしゃっておいでです!」

 とリーンズ宰相は言い続けました。広間にわんわんと響く騒ぎに負けまいとして、本当にどなるような声になっています。

「皆様方の別荘や財産は保証されます! また、ハルマスで暮らしていた住人たちの生活の再建も、皇太子殿下が約束していらっしゃいます! いたずらに騒ぐことなく、落ち着いて陛下の援助をお待ちください!」

「保証と言っても、どの程度の保証か!?」

 と貴族の中から声が上がりました。

「我が家の別荘には先祖伝来の家宝があった! それについてはどう保証するといわれるのだ!?」

「私の別荘には先頃亡くなった天才画家クミルスの名画が何枚も! あれは、どれほどの金を積まれたところで戻ることはないのですぞ!」

 国家による保証を約束しても、人々が責める声はやむどころか、どんどん大きくなっていくばかりです。

 

「どれもこれも、戦場になったハルマスで陣頭指揮をとっていた者の、采配の甘さによるものです!」

 とミントンが言い続けていました。

「先ほど、陛下はゴーラントス卿が陣頭指揮をとっていたと言われていたが、私の占いにはそうは出ていなかった! 実際に戦いの采配をふるっていたのはユギル殿だ! ユギル殿がもっと戦況をしっかり見極めていれば、魔王の陽動にのって、むざむざと金の石の勇者を東に向かわせることもなかっただろうし、そうすればハルマスは失われずにすんだかもしれない! すべては貴殿の責任だ、ユギル殿!!」

 ミントンの声は、まるで告発する者のようでした。芝居がかったしぐさで壇上のユギルを指さします。

 銀髪の占い師は少しもあわてずにそれに答えました。

「まるでご自分ならばもっと上手に采配をふるえたのに、とおっしゃりたいような口ぶりでございますね。それは、ミントン殿の占いの結果でございますか? では、あの時、ぜひミントン殿に占い師の役目を変わっていただくべきでした」

 と美しく整った顔で鋭い皮肉を投げかけます。すると、ミントンは顔を歪めるようにして笑いました。

「いいや、私は真実を語っているだけだ。私は今、何も占うことができないからな。私だけではない。あの時、ハルマスを占っていた占者全員が、闇を破った光に目がくらんで、何一つ占うことができなくなってしまったのだ。――だが、それは貴殿も同じはずだぞ、ユギル殿! 同じ光を貴殿も見ているのだからな! 城一番の占者が戦いの最中に占いの力を失ってしまうなど言語道断! 己の職務をわきまえていない証拠だ!」

「……馬鹿者が……!」

 と思わずオリバンが歯ぎしりしました。壇上の人々を守っていた四人の魔法使いもいっせいに顔色を変えます。

「なんと軽はずみなことを」

 とリーンズ宰相がつぶやきます。

 四大魔法使いや占者ユギルは、ロムド城の重要な守りです。一時的にでも彼らの守備力にほころびが出たと敵に知られたら、それは即、城の危機、国家の危機につながってしまいます。普段、所用で城を離れるときにも、外部には不在を秘密にするほどなのです。ユギルへの個人的な恨みに凝り固まっていたからとはいえ、ミントンの発言は先の一番占者にあるまじきものでした。

 一度人の口から発せられてしまったことばは、どんな魔法でも元に戻すことはできません。人の口から口へと伝わっていき、やがては必ず敵の耳にも届いてしまいます。現に、広間に詰めかけた貴族たちは動揺して、今まで以上に大騒ぎをしていました。彼らは占い師たちが急に占えなくなってしまったことは知っていましたが、まさか城一番の占者であるユギルまでが、占者として役に立たなくなっているとは思っていなかったのです。

「それもこれも、金の石の勇者たちのせいだ!」

 と貴族の間から声が上がりました。貴婦人も金切り声を上げます。

「勇者たちがハルマスにいなければ、こんなことにはならなかったではないですか! 魔王は勇者たちを殺しに来ていたのですから!」

「何が金の石の勇者だ! 彼らこそ、我々の疫病神ではないか!」

「我らのハルマスを返せ!」

「かけがえのないロムドの宝を返せ!」

 責める声が続きます。

 すると、貴族の誰かが、ひときわ大きな声を張り上げました。

「いっそ金の石の勇者たちを魔王に引き渡せば良かったのだ!! そうすれば、魔王もハルマスには手を出さなかっただろうに――!!」

 

 貴族たちは、ぎょっとしました。いっせいに顔色を変えて、壇上の玉座に座る国王を見上げます。さすがに、最後の一言は言い過ぎだと、誰もが感じたのです。言った当の本人さえ、すぐに失言に気づいたようで、集団の中に姿を隠して誰が言ったのかわからなくなってしまいました。

 国王のかたわらで勇者の子どもたちは蒼白になっていました。誰も、何も言えません。ゼンでさえ、両手を拳に握ったまま歯を食いしばっていました。魔王と闇の軍勢が狙ったのはゼンの命です。ゼンを見殺しにすればハルマスは助かったのだ、と言われたのだとわかっていたのです。メールがそんなゼンと貴族たちを見比べて、顔を歪めながら唇をかみます。

 ポポロが宝石のような瞳から涙をこぼし始めました。ポポロはポポロで、光の魔法の影響に占い師たちを巻き込んでしまった責任を感じています。今のこの貴族たちの怒りの原因が自分にあるように感じて、とうとう泣き出してしまったのでした。すると、フルートが右手を伸ばして、ポポロの左手を取りました。顔は正面に居並ぶ貴族たちを見つめたまま、ぎゅっと強くポポロの手を握りしめます。

 子どもたちの足下で、二匹の犬たちが黙って牙をむき、背中の毛を逆立てます――。

 

 壇上の大人たちも、これには怒りを隠しませんでした。ゴーリス、ユギル、ピラン、オリバン、リーンズ宰相――これまで何も言わずにいた四大魔法使いでさえ、勇者の子どもたちを弁護するために口を開こうとします。

 ところが、彼らが何か言うより早く、低い声が壇上から流れました。

「なるほど、これがそなたたちの考えであるわけか」

 ロムド国王でした。

 王は玉座に座ったまま、冷静に貴族たちを見渡していました。その口調は静かで、いつもの若々しい、張りのある声とも違った話し方をしていました。――静かすぎて、不気味なほどです。壇上の人々は、思わず王を振り返りました。

 王が深い灰色の目を細めました。無表情のままで言い続けます。

「ここに集まっているのは誰であろうな? わしの臣下たちがいるものとばかり思っていたが。――このロムドを三度も闇の敵の攻撃から救ってくれた勇者たちを悪者呼ばわりし、世界を魔王の脅威から守り続けてくれている彼らを魔王に売り渡せと言う。このような愚か者たちが、わしの臣下であるはずがない。ロムド国民であれば、自分たちを救ってくれた勇者への恩を忘れるはずはないのだからな――」

 言いながら、王は、すっくと立ち上がりました。王は腰も背中もまだ少しも曲がってはいません。一段と高いところから、ゆっくりと広間の面々を眺め渡します。反射的に貴族たちは身を引きました。思わず逃げ腰になる者も出てきます。

 すると、王が突然、誰もが見たこともなかったような怒りの表情で貴族たちをどなりつけました。

「城から立ち去れ、皆の者!! ここにいるのは我が国民にあらず!! 家族親族と共に即刻この国を去れ!! 今後二度とこのロムドの地を踏むことは許さん!!!」

 大音声はびりびりと窓のガラスを震わせ、人々を震撼させて、大広間中に響き渡りました――。

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