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第8巻「薔薇色の姫君の戦い」

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9.非難

 城の大広間にたくさんの貴族が詰めかけていました。

 フルートを悪者にするならただではおかない、と息巻きながらやってきた勇者の子どもたちは、その様子を見てびっくりしました。広い大広間の中は、文字通り身動きもできないほど、ぎっしりと人で埋まっています。これほど大勢の貴族が一度に集まっているのを見るのは初めてだったのです。夜は次第に冷え込みを強めているのに、火の気のない大広間は熱気と人いきれでいっぱいでした。

 人々の中には、美しく着飾った貴婦人たちも大勢いました。貴婦人たちは皆、とても興奮していて、声高に家族や知人と話し合っていました。非難するような鋭い響きが、いたるところから聞こえてきます。大広間全体が、非常に落ち着かない、険しい雰囲気に包まれていました。

 一段高くなった壇上で王の玉座の隣に立ちながら、ユギルが眉をひそめました。

「これはよろしくありませんね……皆様方は大変お腹立ちでいます」

 つぶやくような声を、ピランが聞きつけました。

「まあ、大事な別荘を吹っ飛ばされたんだから、怒るのは当然じゃろうな」

 すると、その隣に立っていたゴーリスが低く言いました。

「いや、ユギル殿が言っているのは、彼らが尋常ではなく怒っている、という意味だ。彼らはまだハルマスを自分の目で見たわけでもないというのにな――」

 と、いぶかしむように貴族たちを見渡します。こういう状況であれば、現状がはっきりするまで人は漠然とした不安や恐怖に包まれているのが普通なのに、彼らはすでに相当怒っています。ハルマスが壊滅したことを、ほとんど確信しているのです。どうやってその事実を確かめたのだろう、とゴーリスは考えていました。

 リーンズ宰相が難しい顔で言いました。

「誰か、彼らをあおっている者があるようです……。そうでなければ、こんなに早く彼らがいっせいに動き出すはずがありません。誰の仕業でしょう」

 と、そっと探る目を人々に向けます。すると、ユギルが小さく頭を下げました。

「申し訳ございません。わたくしが占いの力を失っているばかりに……」

 王や国に良くない動きをする者が出れば、いち早くそれを見抜くのがユギルの役目だったのです。

「それは言っても仕方のないことだ」

 とオリバンが言い、こちらは隠すこともなく厳しい目を貴族たちに向けました。本当に人々は興奮していて、危険な気配が漂うほどだったのです。

 王は玉座に座り、自分の左側に重臣たちを、右側に勇者の子どもたちを置いていましたが、広間の様子に、そっと子どもたちに言いました。

「わしのそばから離れずにいるように――」

 四人の魔法使いが、壇上の人々を守るように、さりげなく両端に分かれて立ちました。万が一、駆け上がってくる者があれば即座に王たちを守ろうと、魔法の杖を握ります。壇の前には城の衛兵たちが並びます。

 

 すると、集まった人々の中からひときわ大きな声が上がりました。

「陛下、わたくしたちはハルマスの町について大変恐ろしい噂を聞いております! ハルマスが闇の敵に襲われ、跡形もなく消え去ったという噂です。これは本当のことなのでございましょうか――!?」

「誰じゃ?」

 とピランがユギルに尋ねます。

「大貴族のセートラ伯爵です。穏健派で有名な方なのですが……」

 と銀髪の青年は考え込む顔になりました。

 国王が伯爵に答えていました。

「本当のことだ。それに関して、戦いの陣頭に立っていたゴーラントス卿から説明がある。皆の者、よく聞くように」

 王があっさりとハルマス壊滅を認めたので、大広間を大きなどよめきが埋め、静まるまでにはかなりの時間がかかりました。ゴーリスが進み出て、ハルマスで行われた闇との攻防戦を話して始めてからも、時折鋭い揶揄や非難の声が飛びます。

 先にユギルや皇太子が国王に聞かせた内容から比べれば、ゴーリスの話はかなり省略されていて、話し方もぶっきらぼうでしたが、それでもハルマスが魔王の黒い魔法で破壊された場面になると、広間のあちこちから悲鳴や大声が上がりました。何人もの貴婦人が卒倒します――。

「金の石の勇者は何をしていたのだ! ハルマスを守って戦っていたのだろう!?」

 とまた鋭い声が飛びました。強く叱責する響きです。

 壇上の人々は、はっとしました。思わず金の鎧の少年を見てしまいます。

 フルートは青ざめたまま、貴族たちの視線にさらされていました。彼らは行き場のない怒りを、勇者の少年に責任を問う形でぶつけてきています。一気に不満がふくれあがってくるのを感じて、ゼンが拳を握ります。

 ゴーリスが落ち着いた声で答えました。

「金の石の勇者も我々も、それぞれに全力を尽くして戦った。勇者は魔王を倒した。ハルマスにはもう、闇の敵は残ってはいないのだぞ」

 それだけの働きをした勇者を何故責めるんだ、という気持ちを隠そうともしません。

 

 その時、人々の間からまた別の声が上がりました。

「ですが、闇の敵がハルマスを襲ったとき、金の石の勇者はハルマスにいなかったではありませんか――!」

 人々の中から前に進み出てくる男がいました。初老に足がかかろうとしている年代で、口ひげをたくわえ、立派な衣装を着ています。壇上の人々を見上げる顔は、いやに落ち着き払っているように見えました。

「誰だね、あれは」

 とピランがまた尋ねました。ユギルがごく低い声で答えます。

「ミントン殿です……」

 それを補うように、リーンズ宰相が続けます。

「ユギル殿が城に来るまで、城一番の占者だった方です。嫉妬のあまり、ユギル殿を殺そうとして陛下のお怒りを買い、城から追放されました。三年間刑に服した後、今はコーツ侯爵のお抱え占者になっております」

 宰相は深い憂い顔になっていました。誰がこの事態を扇動しているか、わかってきたのです。

 やれやれ、とピランは声を上げました。あきれていますが、それでも壇の下の人々には聞こえないように声を低めています。

「つまり、ユギル殿の商売敵ということじゃな。城での地位を奪われたと恨みに思っているんでは、そりゃやっかいだ。まったく、人間というのはどうしようもないのう」

「返す言葉もございません」

 とユギルが答えました。今のこの騒ぎに自分の個人的な敵が絡んでいたとわかって、考え込む顔になっています。けれども、どれほど敵やその周りの動きを読みたいと思っても、占いの力を失っている今のユギルには、それはどうしても不可能なことなのでした。

 占い師のミントンは、堂々とした風格の人物でした。着ているのは占者を表す灰色の衣装ですが、全体に豪華な刺繍があって、灰色の地の色などほとんど見えないほどです。落ち着いた雰囲気と人を黙って従わせる不思議な威圧感があって、壇上に並んで立てば、多くの人々が、若いユギルよりもミントンの方を偉いと感じるに違いないと思われました。そのミントンが話し出せば、自然と大広間の人々もその声に耳を傾けました。

「私は五日ほど前からハルマスの様子を占っておりました。近年なかったような大嵐がハルマスを襲う、とユギル殿が言われたと聞いていましたが、私の占いには、ハルマスに来るのは嵐ではなく、強大な闇の敵だと出ていたからです。そして、その占いの通り、夜になって非常に大きな闇の軍勢が、南東の国境にある闇の森からハルマスめがけて動き出しました――」

 例え城を追放されても、占者としての能力が失われるわけではありません。ミントンは城一番の占者を務めたほどの実力者だけに、その占いも正確だったのです。さすがに、壇上の人々もそれに異を唱えることはできませんでした。

 

 すると、ミントンが壇上に目を向けてきました。鋭い視線で見据えたのは、城一番の占者ユギルではなく、金の鎧兜で身を包んだ小柄な少年でした。

「ですが、それに先だって、不思議な動きが見えました。金の石の勇者がハルマスを離れていったのです。かなりの勢いでした。これから闇の軍勢が襲いかかってくるというのに、そちらにはまったく向かわず、ただ東へと去ったのです。私の目には、勇者が臆病風に吹かれたように見えました」

 とたんに、フルートより先に、両脇にいたゼンと皇太子が反応しました。なんだと! とゼンが大声を上げ、オリバンも思わず腰の剣に手をかけて身を乗り出します。

「フ――フルートが闇の敵を怖がって逃げ出したって言うのか!? よくもそんなことを抜かしやがるな!! このへぼ占者!!」

 とゼンがわめきます。

 けれども、ミントンは表情も変えずに言い続けました。

「では、金の石の勇者が肝心なときにハルマスを離れたのは何故だね? ハルマス中の住人に退去命令まで出しておきながら、肝心の勇者はハルマスにいなかった。そのあげくにハルマスは壊滅だ。勇者が自分の務めを果たさなかったから――と考えるのはおかしいかね?」

 相手が子どもなので、ミントンの口調は非常に横柄です。

 オリバンが低く答えました。

「フルートは東のシェンラン山脈に向かったのだ。そこに魔王が潜んでいたからな」

 フルートは青ざめたまま、何も言おうとしませんでした。ただ、人々の非難の視線に耐え続けます。

 すると、ミントンが一礼しました。皇太子にはうやうやしく言います。

「それは確かにそうでございましょう、殿下。私の占いにも、東のシェンラン山脈に大きな闇が潜んでいることが現れておりましたので。ですが、それが魔王であれば、そこからハルマスまで距離を超えて一気に襲ってくることは目に見えていたはず。魔王がわざわざ遠いシェンラン山脈にいたのは、金の石の勇者を誘い出してハルマスから引き離すためだったのです。そんな初歩的な陽動も見抜けなかったとは、失礼ながらあきれかえるばかりです。天下の占い師のユギル殿がついておられたというのに――」

 ミントンの目が銀髪の青年に向きます。その視線も声も、あからさまにユギルを侮蔑しています。ユギルは何も言わず、ただじっと、青と金の色違いの瞳で相手を見つめ返しました。今、ユギルは占いの力を失っていますが、それでも心の奥底で警戒の琴線を鳴らすものがありました。ミントンは明らかに挑発する言い方をしています。この男がそんな態度に出るときには要注意なのです……。

 

 ところが、ゼンにはそんなことはまったくわかりません。侮辱されれば即言い返す。それがゼンのモットーです。相手がどんなに年上でも、どれほど立派で偉そうに見えていても、まったく気にせずにどなり返してしまいます。

「馬鹿野郎! フルートはな、俺の命を救うためにシェンラン山脈まで命がけで行ってくれたんだ! 魔王を倒さなかったら、俺は助からなかった――」

 けれども、ゼンは最後まで言い終えることができませんでした。ミントンが待ちかまえていたようにこう叫んだからです。

「君の命を救うために勇者は東に向かった! ハルマスを闇の軍勢が襲うとわかっていたというのに! 金の石の勇者は、ハルマスより自分の友達を助けることの方を優先させたというのだな! 人々の財産や平和を守ることよりも、個人的に大切なもののほうを助けようとしたわけだ! ――それがハルマスの壊滅を招いたのだ!!」

 フルートを非難するミントンの声は朗々と響きます。壇上の人々は、思わず声を呑んで立ちつくしました。

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