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第8巻「薔薇色の姫君の戦い」

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第3章 追及

8.ロムド国王

 ハルマスから戻った人々は、リーンズ宰相に連れられて執務室に入りました。皇太子オリバン、占者ユギル、ゴーリス、ゴーリスの妻のジュリア、ノームの鍛冶屋の長ピラン、四大魔法使い、それに、フルート、ゼン、メール、ポポロ、ポチ、ルルの四人と二匹の子どもたちです。

 ロムド王は大きな机に向かって山のような書類に目を通していましたが、彼らが部屋に入ってくると、顔を輝かせて立ち上がりました。

「おお、戻ったな、皆の者」

 一同はいっせいに王に会釈をしました。戦士たちは片膝をついて両手をもう一方の膝に置き、剣を持たない男たちと白の魔法使いは片手を胸に当てて、それぞれに頭を下げます。ジュリアとポポロは服の裾をつまんで膝を曲げ、メールは手を舞うように優雅に動かして海の民のお辞儀をします。二匹の犬たちさえ前足を曲げて深々と頭を下げました。

 一同を代表して、オリバンが口を開きました。

「父上、ただいまハルマスより戻りました。大変ご心配をおかけいたしました」

「そなたたちの力を信じてはいたがな――だが、無事な姿を見られて本当に嬉しく思うぞ」

 とロムド王が笑顔で答えます。

 フルートが、もう一度頭を下げてから口を開きました。

「陛下のご親切にはことばにできないくらい感謝しています。陛下がたくさんの方たちと魔法の護具をお貸しくださったおかげで、魔王を倒してゼンの命を助けることができました。本当にありがとうございました」

 そう言われて、ゼンもあわててフルートの隣でお辞儀をしました。いつもおしゃべりなゼンですが、こういう場面ではどうもうまく話せなくなってしまいます。ただとにかく、深い感謝を込めて王に頭を下げます。

 王は優しく目を細めました。

「魔王に倒したのはそなたたちだ。死の招きにさえ、あきらめることなく立ち向かって打ち勝った、そなたたち自身の強さの勝利だ。ハルマスの有り様については報告を受けている。皆の者、本当によく無事で戻った」

 王は一人一人の顔をしっかり見て、それぞれにほほえみかけていました。心からその無事を喜んでいる顔です。一同も笑顔を返したり、感激したようにまた会釈をしたりしました――。

 

 すると、王が言いました。

「ここでは狭いし、話もゆっくりできん。リーンズが隣の部屋に茶の準備をしてくれたから、そちらへ移動するとしよう」

 と立ち上がって、自分から隣の部屋に続く扉を開けます。七十に近い年齢を全く感じさせない、軽い身のこなしです。

 隣室に入ったとたん、子どもたちは歓声を上げました。お茶の用意といいながら、大きなテーブルの上ではたくさんの料理が湯気を立て、パンやケーキ、果物なども所狭しと置かれていたのです。もちろんティーカップもありますが、ワインの瓶とグラスも一緒に並んでいます。酒好きのノームが、これはこれは、と目を輝かせました。

「もう晩餐の時間だが、そういう席ではゆっくり話もできぬからな。時間もあまりない。さっそく食べながら話を聞かせてもらおうか」

 とロムド王が言います。本当に、形式にこだわらない、行動の早い王でした。

 そこで、一同はテーブルにつき、魔王レィミ・ノワールとの一連の戦いを王に報告しました。大いに食べながら、飲みながらです。王自身も、話を聞きながら遠慮なく料理を平らげていきます。

 ハルマスでの戦いを報告したのは、もっぱら皇太子とユギルでした。夜ごと闇の軍勢がハルマスを襲い、ついには魔王自身がハルマスまでやってきて、黒い魔法で町を吹き飛ばしたことを語ります。

 町が黒い光の中で一瞬のうちに消滅し、見渡す限りの焦土に変わった様子を聞いて、さすがの王もリーンズ宰相も絶句しました。想像以上の惨状だったのです。そんな王に、ユギルが静かに話し続けます。

「魔王は、いたぶるために我々を生かしておりました。そこへ二度目の黒い魔法が襲ってきたのですが、ポポロ様がピラン殿の改良した護具を使ってそれを防がれました。空に大きな光の竜が現れ、闇の究極魔法を飲み下して消え去ったのです。その際に光の竜が破裂したので、わたくしは心の目がくらんで、占いができなくなってしまいました――。ですが、これは一時的な現象です。少し時間はかかりますが、また占いの力は戻ってまいりますので、ご心配には及びません」

 王はうなずきました。

「占えなくなったのはユギルだけではない。城や城下町の占い師も同様だ。そなたたちの戦いの場面を占っていた者たち全員が、光に目がくらんで占えなくなった、と言っている。相当の人数に上っているようだ」

 それを聞いたとたん、ポポロが顔色を変えました。彼女の魔法は強力でコントロールが悪いのが特徴です。いつも思いがけない人まで巻き込んでしまうのですが、護具で強化されたために、魔法の影響力が信じられないほど広範囲まで及んでしまったのでした。

 すると、そんな少女を見ながらオリバンが言いました。

「ポポロは大変な働きをしたのです。彼女が魔法を使わなければ、我々は間違いなく全滅していました」

「その通りです。ポポロの光の魔法がデビルドラゴンを魔王から追い払ったので、ぼくたちはレィミ・ノワールを倒すことができたんです」

 とフルートも言い切ります。今にも泣き出しそうになっていたポポロが、目をしばたたかせました。

 王は言いました。

「そなたたちは皆、本当によくやった。ハルマスを離れてシェンラン山脈まで魔王を倒しに向かったフルートとポチも、きっと命がけで戦ってきたのであろう。そなたたちが守ったのは世界だ。そなたたちの働きは、賞賛されるべきことであって、決して責任を問われるようなことではないのだ」

 力強い王のことばにポポロはうつむいたまま涙をこぼし始めました。そんな少女の肩をメールが抱き寄せます。

 

「でもよぉ、ハルマスはどうするんだ? あんなに何もかもなくなっちまったら、元に戻すのは相当大変だろう?」

 とゼンが尋ねてきました。この少年はいつも現実主義なのです。オリバンが即座に答えました。

「どうであろうと復興させてみせるぞ。彼らと約束したからな」

「彼らとは?」

 と国王が耳ざとく聞き返し、裏門であったハルマスの男たちとのやりとりを聞くと、深くうなずきました。

「よく言った、オリバン。国民を不安から守ってこそ、本当の君主と言えるのだ。……むろん、ハルマスは再建する。そのために、国土大臣と建設大臣と大蔵大臣に招集をかけてある。明日からさっそく復興のための話し合いに取りかかるぞ」

 とにかく、決断と行動が素早い王でした。

「ですが、その前に、ハルマスに別荘を構えていた貴族たちと一悶着はあるでしょうな」

 とずっと黙っていたゴーリスが口をはさんできました。自分自身も貴族で、ハルマスの別荘をすっかり失っているのですが、まるで他人事のような言い方です。

「まあ、それが一番の問題ではあるが、それも――」

 と国王が言いかけたとき、部屋の扉がノックされて、一人の家臣が入ってきました。一同に頭を下げてから、宰相と国王に近寄って何かをささやきます。

 ふむ、と国王が言って、テーブルを囲む一同に言いました。

「噂をしておれば、だ。ディーラに住む貴族たちがハルマスのことで話がしたいと大集団で押しかけてきた。さすがの門番たちも手を焼いているらしい。――大広間へ通せ。わしが行く」

 王の命令を受けて、家臣がまた一礼して部屋を出て行きます。

 

「いよいよでございますね、陛下。思っていたより早うございました。彼らが城に殺到するのは明朝かと思っておりましたが」

 とリーンズ宰相が言い、金の鎧を着たままの少年を見て続けました。

「彼らは勇者殿からも直々に話を聞きたいと言っております。あまり気は進みませんが、勇者殿にもご同席いただくしかありません」

 とたんに、仲間の子どもたちは顔色を変えました。

「おい、あの貴族どもの前にフルートを引き出すってのか!?」

「前にフルートのことを悪く言ってたヤツら、今もそのままいるんだろう? 冗談じゃない。またフルートが悪者にされるじゃないのさ!」

 とゼンとメールが口々に騒ぎます。

「フルート」

 とポポロと犬たちも心配そうな目をします。

 フルートは、にっこりとそれに笑い返して見せました。

「大丈夫だよ。いくらなんでも、今度は暗殺されるようなことはないはずだからね。陛下だっていらっしゃるし――」

「私もいるぞ」

 とオリバンがおもむろに口をはさみ、ユギルとゴーリスがうなずきます。やはり同席するつもりなのです。

 けれども、ゼンは絶対に承知しませんでした。

「ダメだ! おまえだけで行かせられるか! 俺も行くぞ――!」

「俺もじゃなくて、俺たちも、だろ、ゼン。あたいたちも一緒に行くってば」

 とメールが言い、うんうん、とポポロと二匹の犬たちも首を縦に振ります。

 ふむ、と国王はまた言いました。

「では、我々全員で彼らの前に姿を現してやることにしよう。四大魔法使い、そなたたちも同席するように。ハルマスで何があったか、彼らにとくと話して聞かせよう。――ジュリア殿だけは、一足先にご自宅に戻られよ。令嬢がお待ちだろうからな」

 とゴーラントス家の幼い娘のことを思いやります。ジュリアとゴーリスは国王に深く頭を下げて感謝しました。

 ドワーフの少年が息巻きながらぽきぽきと指を鳴らしました。

「貴族どもめ! またフルートを悪者にしてみろ。今度こそ、絶対にただじゃおかねえからな!」

 それを聞いて、勇者の少年は眉をひそめました。

「ゼンったら……。くれぐれも騒ぎは起こすなよ。貴族たちの恨みを買ったら君まで危険になるよ」

 自分自身のことよりも友人の心配をする、相変わらずのフルートでした。

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