三台の馬車は走り続けました。焼け野原になったハルマスを抜け、霜枯れした大地に街道を見つけて、そこをひた走ります。めざすは北にある王都ディーラです。
けれども、ディーラはハルマスから半日あまりの距離にあります。さすがに休憩も食事もなしで走り続けることはできなくて、昼を回った頃に街道の途中で止まりました。ゴーリスが、子どもたちの乗った馬車にやってきます。
「昼飯だ。馬車の中で食べても、外で食べてもいいぞ。三十分たったらまた出発だ」
と食料の入ったバスケットを入れてよこします。馬車には少女や犬たちもデセラール山から戻っていました。
「あら、泉よ、あれ」
とルルが窓の外を伸び上がって見て言いました。街道のすぐわきの切り立った岩壁から、澄んだ水がほとばしっていました。落ちてくる水を大理石の水槽が受け止めています。この街道はハルマスと王都の間を往来する貴族が利用するので、途中にはこんな場所も整備されているのです。色違いの衣を着た四人の魔法使いたちが、次々と馬車を降りてそちらへ歩いていくのが見えました。
「あたし、水をくんでくるわね」
とポポロが水筒を手に立ち上がると、メールも席を立ちました。
「あたいも行くよ」
「あら、それなら私も」
とルルも加わり、二人と一匹の少女たちは馬車を降りていきました。後には少年たちだけが残ります。
すると、メールがくるりと馬車を振り返ってどなってきました。
「ゼーン! あたいたちの弁当まで食べちゃだめだからねーっ!」
「馬鹿、わかってらぁ!」
とゼンはどなり返すと、ちぇっと舌打ちしました。
けれども、フルートとポチに向き直ったとき、ドワーフの少年は意外なほど真剣な表情に変わっていました――。
「どうもおもしろくない気配だよな」
とゼンは低い声で言いました。
「ディーラに近づくほど、やばい雰囲気が強まってくる。絶対に何かあるぞ。首筋の後ろが、なんかちくちくしやがる」
ゼンの野生の勘が警告を発しているのです。
すると、フルートが即座にうなずきました。
「ただ国王陛下に挨拶に行くだけにしては、馬車が急ぎすぎてるからね。一刻も早くディーラに着きたがってるんだ。ゴーリスも、まるで一年前にディーラに行った時みたいに警戒しているよ」
「ワン、ゴーリスだけじゃないです。オリバンもユギルさんも、四人の魔法使いたちも、みんなすごく緊張してます。別の馬車に乗っていても、匂いではっきり伝わってくるんですよ」
とポチも言います。
ゼンは思い切り渋い顔になりました。
「ったく。また、ろくでもない城の貴族どもが騒いでるんじゃねえのか? あいつらときたら、くだらねえことばかり気にしてやがって、肝心のことが全然見えてねえんだからな!」
まったくの当てずっぽうで言っているのですが、かなり鋭いところをついています。
「また誰かがフルートを狙っているのかなぁ」
とポチが心配そうに言いました。一年前の願い石の戦いの時に、金の石の勇者が皇太子をさしおいて王位に就くのではないかと心配した貴族たちが、フルートを暗殺しようとしたことは、忘れようとしても忘れられない出来事でした。
すると、フルートが考え込むようにつぶやきました。
「そのくらいのことならいいんだけどね……」
ゼンとポチは驚きました。
「おいフルート、そのくらいって――!」
「ワン、命を狙われてるかもしれないのに!」
すると、フルートはまっすぐな目で友人たちを見つめました。フルートの瞳は、広がる空のような鮮やかな青です。そのまま、黙って自分の首の金の鎖を引っ張って、鎧の胸当ての下からペンダントを引き出して見せます。草と花を刻んだ細やかな縁飾りに囲まれた中で、守りの魔石が金色に輝いていました。
あ、そうか、とゼンがうなりました。
「金の石は目覚めたままでいるんだな――。ってことは、まだ闇の敵が近くにいるってことなのか」
「ワン、魔王は死んだのに……」
とポチも困惑した表情になります。
フルートが持つ金の石には聖守護石という名前があります。その名の通り聖なる石で、闇の危険が世界に迫ると灰色から金色に変わって、鈴を振るような音で勇者を呼びます。
先に魔女のレィミ・ノワールが魔王として復活してきたとき、守りの石は目覚めて金色に輝き出し、闇の毒に倒れたゼンを守り続けてくれました。ところが、魔王が敗れ去ったにも関わらず、石は金色のままで、まだ眠りについていなかったのです。
「まさか、あの魔女がまだ生きてるんじゃねえだろうな?」
「ワン、金の石の精霊は何も教えてくれないんですか?」
魔石には精霊が宿っていて、時々、金色の髪と目の小さな少年の姿で現れては、直接フルートたちを助けてくれるのです。けれども、フルートは首を振りました。
「全然だよ。声も聞こえないから、どんな敵が潜んでいるのかもわからない。ただ、こうして石が眠っていない以上、闇の敵がいるのは間違いないんだよ」
ポチとゼンは思わずため息をつきました。
「ワン、やっと一安心できたと思ったのになぁ」
「まったくだ。おい、金の石がまだ目覚めてるってこと、今度はあいつらにもちゃんと教えるんだろうな?」
あいつら、というのは仲間の少女たちのことです。フルートは苦笑いの顔になりました。前回、金の石が目覚めていることを仲間たちに教えなかったばかりに、フルートは先手を打たれて、魔王にゼンを襲われてしまったのです。
「言うよ。……もうこりたからね」
と答えます。金の兜は足下の床に置いてあるので、金髪の頭がむき出しになっています。見れば見るほど、少女のように優しい顔をした勇者です。
すると、ポチがゼンを見上げました。深刻な雰囲気になってきた馬車の空気を払うように、口調を変えて話しかけます。
「それにしても、ゼンとメールも災難ですよねぇ。これじゃ、ディーラについてもデートもできないじゃないですか」
とたんにゼンは真っ赤になりました。たった今までの真剣な様子はどこへやら、怒ったように子犬をどなりつけます。
「な、なに馬鹿なこと言ってやがる! デ、デートだなんて、そんなもん――!」
「あれぇ、デートしないつもりですか? ゼンはメールの婚約者なのに」
婚約者、というところを強調して、ポチが言います。ゼンを冷やかしているのです。
このぉ! とゼンが子犬を捕まえようとしました。その手をするりと抜けて、ポチが馬車の中を逃げ回ります。
「ワンワン、そんなに照れなくたっていいじゃないですか。ゼンらしくもない。もっと堂々としてればいいんですよ」
「うるせぇ! チビ犬がわかったようなこと言うんじゃねえ!」
狭い馬車の中で鬼ごっこが始まってしまいます。
フルートはあきれてそれを見ていましたが、やがて、ぷっと吹き出すと、声を上げて笑い出しました。振り向いたゼンとポチに、笑いながら言います。
「うん、決めた。ディーラで何が待っているのかはまだわからないけどさ、何があったって負けないでいこう。そして、ゼンとメールに無事にデートさせてあげるんだ!」
「だから! なんでそこに俺たちが出てくるんだよ!? 俺たちのことはいいから、自分たちのことを考えろよ! 自分たちの!」
けれども、ゼンがいくらどなっても、けしかけても、勇者の少年はただ笑い続けるだけです。
馬車を降りて水をくみに行っている黒衣の少女には、少しも目を向けようとはしませんでした――。