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第8巻「薔薇色の姫君の戦い」

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第1章 幕開け

1.朝の光

 晴れ渡った青空の下で、勇者の子どもたちと仲間の大人たちは、そろって朝食を取っていました。

 低い階段のある石の高台に食卓を据え、四人の少年少女と二匹の犬と九人の大人たちが、長椅子に腰を下ろしたり階段に座ったりしながら、思い思いに食事をしています。

「ちょっと、ゼン! ホントにいいかげんにしなよっ! みんなの食べる物がなくなっちゃうじゃないのさ!」

 食卓の前で、海のように青い瞳の少女が声を上げていました。長い緑の髪を一つに束ね、痩せた長身に袖なしの色とりどりのシャツとウロコ模様の半ズボンを着て、素足には編み上げのサンダルをはいています。この季節にはなんとも寒そうな格好ですが、本人は少しもそれを感じていないようです。

 少女にどなられている相手は、焦茶色の髪に明るい茶色の瞳の少年でした。背は低いのですが、肩幅のあるがっしりした体型をしていて、背中や腕はもう大人のようです。少女をじろりと見返す顔も、ふてぶてしいほどの面構えをしています。

「うるせえな、メール。俺は黄泉の門の前からやっと生還してきたんだぞ。体力使ったんだから、食い物ぐらい好きに食わせろよ」

 声が少ししゃがれているのは、少年が変声期にさしかかっているからです。

 一方の少女も、痩せてはいますが、体のあちこちが丸みやふくらみを帯びて、女性らしい体型に変わりつつあります。ただ、その仕草やことばづかいの方は、お世辞にも女性らしいとは言えません。むしろ元気のよい少年のように、遠慮もなくどなり続けます。

「馬鹿だね、ゼン! 腹も身のうち、ってことばを知らないのかい!? 食べ過ぎだったら! それに、フルートとポチはさっき東から戻ってきたばかりなんだよ! フルートたちの分まで食っちゃう気かい!? いいかげんにしなったら!」

 ああ、うるせえ、と少年は顔をしかめながら、自分の隣に座っている人物を見ました。金色に輝く鎧を身につけた、小柄な少年です。兜も同じ金色ですが、今は外して足下に置いてあるので、少年の顔がよく見えます。少し癖のある金髪に鮮やかな青い瞳の、まるで少女のように優しい顔立ちをしています。

 その膝の上には、銀の首輪をした白い子犬が座っていました。金の鎧の少年は薫製肉をのせたパンを食べながら、ちぎって子犬にもわけてやっているところでした。

「おい、フルート、ポチ」

 と茶色の瞳の少年は言いました。

「おまえらが食いたくないもんは全部俺によこせよ。俺が責任持って全部胃袋に片付けてやるからな」

 それを聞いて鎧の少年は穏やかに笑っただけでしたが、子犬はぴん、と耳を立てて、幼い少年の声で言い返してきました。

「ワン、残念でした。ぼくたちだって、東のシェンラン山脈から帰ってきたばかりで、お腹がぺこぺこなんです。残り物なんて何も出ませんよ。ほんとにゼンは意地汚いんだから」

 この子犬は人と話ができるもの言う犬なのです。なんだとぉ!? と茶色の少年が腹を立てて、子犬と盛大な言い争いを始めました。間にはさまれる形になって、鎧の少年が迷惑そうな顔になります。

 

 食卓をはさんで反対側の席には、黒い長衣に赤いお下げ髪の少女が、若い雌犬と一緒に座っていました。少年たちも小柄ですが、この少女はそれよりもさらに小柄で、まるで宝石のような緑色の瞳をしています。雌犬の方は、ところどころに銀の毛が光る茶色の長い毛並みをしていて、先の子犬によく似た銀の首輪をしめています。あきれたように少年と子犬の言い争いを眺めていると、先の長身の少女に呼びかけられました。

「ポポロもルルも、ゼンになんか言ってやってよ! この食いしん坊、ホントにみんなの食料を全部胃袋に入れちまうよ!」

「でも、本当に、ゼンが元気になるのには食べなくちゃいけいないわよ。闇の毒で死にかけていた間、三日間も絶食していたんだもの」

 と雌犬は言いました。この犬も、先の子犬と同じように、人のことばを話すことができるのです。

 たちまち長身の少女が言い返しました。

「ルルったら、甘いって! ゼンは昨日から嫌ってほど食べてんだ! もう絶対に三日分以上食べてるんだよ!」

「そこまでは食ってねえ! だから食わせろ!」

 と突然茶色の少年が口をはさんできました。ワンワン、と白い子犬が吠えます。

「でも、だからってぼくたちの食べる分まで取っていくのはやめてくださいよ」

「うるせえ。余ったときに食ってやるって言ってんだろうが――!」

 

 この、なんとも賑やかな少年少女と犬たちが、金の石の勇者の一行でした。

 金の鎧を着た物静かな少年が、リーダーのフルートです。金の石と呼ばれる守りの魔石に選ばれた勇者で、見た目通りのとても優しい性格をしています。

 子犬と口喧嘩をしている茶色の少年は、フルートの親友でサブリーダーのゼン。人間の血を引いたドワーフで、百発百中の魔法の弓矢と怪力が自慢です。自分でも言っているとおり、魔王に危うく殺されかけて、生還してきたばかりでした。

 それに文句をつけている長身の少女はメールです。西の大海を治める渦王(うずおう)の一人娘ですが、母が森の姫と呼ばれる森の民だったので、母譲りの花使いの魔法が使えます。

 黒い衣を着た小柄な少女はポポロ、天空の国の魔法使いです。とても引っ込み思案で泣き虫な少女ですが、すさまじく強力な魔法を使うことができます。ただ、魔法は一日に二回しか使えないという制限がありました。

 二匹の犬たちは、ポチとルルです。二匹とも、首に巻いている風の首輪の力で、風の犬と呼ばれる魔法の生き物に変身することができます。ポチは天空の国のもの言う犬と普通の犬の間に生まれているので、人や動物と会話できますが、ルルの方は純粋なもの言う犬なので、人のことばしか話せません。ただ、ルルは風の犬になったときに、風の刃と呼ばれる強力な攻撃をすることができました。

 この四人と二匹の子どもたちは、これまでの三年間に何度も魔王を討ち破って世界を守ってきました。魔王の正体は闇の権化デビルドラゴンに取り憑かれた生き物です。人とは限りません。心の中に深い闇の想いを持つものが、デビルドラゴンに誘惑されて、残酷な魔王に変わるのです。魔王を倒しても、デビルドラゴンはその宿主を離れるだけで、また別のものを魔王にして襲ってきます。魔王と勇者たちの戦いは、何度繰り返されても、終わることがないのです――。

 けれども、勇者の子どもたちは魔王にもデビルドラゴンにも決して屈しませんでした。命がけで戦って魔王を撃退し、その後はこんなふうに元気な子どもたちに戻ります。

 その中でも特に元気で陽気なのはゼンです。単純で喧嘩っ早いところはありますが、勇者の一行にいつも明るい雰囲気を運んでくれます。そのゼンが黄泉の門の戦いで死にかけ、こうして無事に生還してきたので、子どもたちは嬉しくて、いつも以上に騒々しくなっているのでした。

 

 すると、同じ食卓を囲んでいた大人の一人が、穏やかに口をはさんできました。

「まあまあ。大丈夫よ、ゼンも、みんなも。食べるものなら他にもまだちゃんとあるわ。みんなお腹いっぱい食べられるから、心配なんかしないで好きなだけ食べなさい」

 落ちついた色合いのドレスで身を包んだ美しい貴婦人でした。もう若いとは言えない年齢ですが、その分、しっとりと穏やかな雰囲気を漂わせています。

 やった! とゼンが歓声を上げました。フルートとポチの目の前から、ひときわ大きな薫製肉の切り身をさらって口に入れてしまいます。

「ワンワン、ゼンずるい! それはぼくたちの分ですよ!!」

 とポチが抗議します。ちょっと、ゼン! とメールがまた説教を始めます。

「ああもう! あなたたちって、どうしていつもそう子どもっぽいのよ!?」

 と犬のルルがたまりかねたように声を上げ、フルートとポポロが目を見交わして思わずうなずき合います。

 子どもたちは本当に元気で賑やかです。

 

 そんな勇者たちを大人たちが見守っていました。誰もが優しい目をしています。体は小さくとも、普段どれほど子どもっぽくとも、ひとたび闇の敵と立ち向かうことになれば勇者たちがどれほど勇敢に戦うか、大人たちは皆よく知っています。こんなふうに年相応の子どもらしい様子を見せている彼らを、むしろ喜ばしく感じているのでした。

 彼らが囲む食卓の周囲には、白い百合に似た花が咲き乱れています。守りの花です。目を東に向ければ、すぐ近くにリーリス湖と呼ばれる大きな湖が横たわり、湖面に銀のさざ波を輝かせているのが見えます。その向こうにくっきりとそびえているのはデセラール山です。明日から十二月になるという時期にふさわしく、山は中腹まで雪におおわれて、白と黒の版画のような姿を湖に映しています。

 けれども、花畑と湖の間に広がっているのは、一面の焼け野原でした。ここはハルマスと呼ばれる風光明媚な保養地だったのですが、今では家も店も街道も、町があったことを示すものは何一つ残っていません。ただ黒く焦げた荒れ地が見渡す限り広がっているばかりです。山や湖が鮮やかに見えているのも、途中に目をさえぎるものが何もないからでした。魔王が黒い魔法と呼ばれる究極魔法で何もかも焼き払ってしまったのです。

 魔王の正体はレィミ・ノワールという名の魔女でした。以前、勇者の一行に敗れたことを恨みに思い、その復讐を遂げるために魔王になって復活してきたのです。レィミ・ノワールは勇者の一人のゼンを闇の毒で死の寸前まで追い込み、さらに他の者たちも皆殺しにしようとしました。ハルマス、東の彼方のシェンラン山脈、死者の国へ続く黄泉の門がある狭間の世界。この三つの場所で激戦が繰り広げられ、三日三晩の死闘の末、彼女はついに敗れて死者の国へと去っていきました。つい昨日のことです。

 ハルマスは焦土と化しましたが、食卓を囲む人々は、誰もが明るい顔をしていました。強敵にうち勝って仲間と世界を守った喜びに輝いています。そんな人々を、朝の光が照らしていました。穏やかで暖かな、初冬の光です。

 降りそそぐ日の光と同じ優しい時間が過ぎていきます。それは、勇者たちに訪れた、ほんの束の間の至福の時でした――。

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