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第7巻「黄泉の門の戦い」

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エピローグ 三年

 リーリス湖の岸辺で、人々は東の大海の王子を見送っていました。勇者の少年少女たちと、大人たちです。

 アルバは地面に立つようにまた湖面に立って、人々の一番前にいるゼンに話しかけていました。

「まったく、君の力にはかなわないな。湖の中で絞め殺されるんじゃないかと本気で思ったよ」

 今はまた穏やかで優しい表情に戻って、そんなことを言います。ゼンはちょっと笑いました。

「あれでも手加減したんだぞ。本当に絞め殺したら、次の海王がいなくなっちまうからな」

「それは困るな。海の民とドワーフで大戦争だ」

 とアルバも笑います。ゼンに負けても屈託のない顔をしています。

 すると、ゼンの隣からメールが言いました。

「あたいもそのうちちゃんと帰るけどさ、とりあえず、父上たちに事情を話して、なだめといてよ。絶対に大嵐なんか起こさないでよ、って」

「わかった。ゼンはぼくと正々堂々勝負して勝ったんだ。そこのところはしっかり話しておこう。だから、君もできるだけ早く海の王たちに会いに来るんだぞ、ゼン。今度は君がメールの婚約者だ。次の渦王なんだからね」

「こ、婚――次の渦王だぁ!?」

 ゼンが仰天したように声を上げました。その驚き方に、アルバやメールのほうが驚きます。ゼンはあわてたように言いました。

「待てよ、俺はそんなつもりで決闘したわけじゃねえぞ! 今、メールを結婚させるわけにはいかねえから、それで――こいつがいなくちゃデビルドラゴンは倒せねえんだよ! だから――!」

 言いながら、だんだん口調が弁解めいてきます。それを聞いていたメールが次第に驚きから悲しげな顔に、そして、あきらめるような苦笑いの表情に変わっていきました。あきれているアルバに、肩をすくめてみせます。

「ってことさ。海に帰ったら、特に父上によく言っといてよ。デビルドラゴンを倒すまでは、あたいの結婚話は延期だ、って。世界が平和になったら考えるからさ」

 だが、とアルバはメールとゼンの顔を見比べました。ゼンはそっぽを向いてしまっています。そして、その後ろで、他の者たちは、やれやれ、という表情をしていました。本当に、なかなか素直になれない少年と少女です……。

 

 アルバはハルマスを立ち去りました。リーリス湖は魔法で東の大海とつながっていました。そこを水蛇に乗って帰っていったのです。

 それを見送って、人々はまた中庭へと戻り始めました。ゴーリス、ジュリア、ユギル、オリバン、ピラン、四人の魔法使い、そして勇者の子どもたち――互いに話をしながら、驚くほど足早に引き上げていきます。気がつけば、ゼンとメールだけが一番最後に残されていました。

 気をきかせた人たちから二人きりにされたのだと気がついて、ゼンとメールは思わず赤くなりました。互いに堅く押し黙って歩き続けます。そのうちにもう、中庭は目の前まで近づいてしまいました。

 

 ところが、庭のはずれの木立まで来ると、ゼンが足を止めました。先を行くメールに唐突に話しかけます。

「もしか、デビルドラゴンをすぐに倒せたとしてもよ――」

 メールは目を丸くして振り返りました。何の話をしているのだろう、とゼンを見ます。

 ゼンは足下を見るように目を伏せながら続けました。

「例えばよ、あと半年後とか、一年後とか、そのくらいでデビルドラゴンが倒せたとしてよ、世界が平和になったとしても、おまえはあと三年ぐらいは結婚しないでいろよ」

 メールは、ますます目を丸くしました。いやに期限が具体的です。どうしてさ、と聞き返します。

「早すぎるからだよ。おまえはやっと十五になるところだ。いくら海の民の血を引いてるからって、結婚なんて早すぎらぁ。もっと大人になるまで待てよ」

 なんとなく命令口調な言い方に、メールはむっとしました。口をとがらせて言い返します。

「なんでゼンにそんなことを言われなくちゃならないのさ。ゼンはあたいの婚約者じゃないんだろ? だったら、いつ誰とあたいが結婚したって、あたいの勝手さ。デビルドラゴンを倒すまでは一緒に行動するけどさ、その後のことまでゼンに指図される筋合いはないよ」

「いいから待てって!」

 とゼンは強く繰り返しました。ふう、と何故か大きく溜息をついてから、上目づかいでメールを見ます。

「俺たちドワーフの男は、十八にならないと結婚できねえんだからよ」

 

 メールは、ぽかんとしました。ゼンはメールと同い年で、やっぱりもうじき十五です。十八になるには、あと三年かかるのです。それがわかるにつれて、みるみるメールの顔は赤くなりました。ゼンはふてくされたようにまたそっぽを向いてしまっています。メールを見ようともしません。

 メールはとまどいました。うろたえるあまり、こう言ってしまいます。

「そ――そんなこと言われたって――あたいは短気なんだ。そんなに待てるかどうか――わかんないよ――」

 とたんにゼンが振り向きました。怒ったように、また繰り返します。

「待てって言ってんだろ! ゴチャゴチャ言うな!」

 言いながらゼンはメールの手を取りました。自分の手のひらにメールの手のひらを重ね、指に指を絡めるようにして手をつないで見せます。

「おまえはちゃんと言ったんだぞ。待ってる、ってな」

 メールはまたうろたえました。

「あれは――ゼンが目を覚ますのを待ってる、って意味じゃないか! 何を勘違いして――」

 言いかけて、メールは、はっとしました。ゼンが言っているのは、メールが夢に見た場面のことでした。体力を失って死にかけていたゼンにメールが自分の力を分け与えた時、守りの花を握りながらゼンとかわしたことばです。同じ夢をゼンも見ていたのだと、メールはようやく気がつきました。思わず耳の先まで真っ赤になってしまいます。

 すると、つないだ手に力をこめて、ゼンが言いました。

「あと三年だ。三年間待ってろ。いいな?」

 メールはうつむきました。ゼンの顔がまともに見られません。真っ赤になったまま、小さく、うん、とうなずきました――。

 

 

 ゼンとメールがいる木立のすぐ陰に、フルートが座りこんでいました。金の鎧兜を着た姿を、咲き乱れる守りの花が隠しています。なにしろ、なかなか素直になれないゼンたちです。立ち聞きは悪いことだと思いながらも、心配でこっそり二人の会話を聞いていたのでした。

 フルートのすぐ隣には、小さな金色の少年も座っていました。異国風の服を着た膝を抱え、黄金そのもののような瞳でフルートを見上げてきます。

「どうやら、あの二人もやっと落ちつけたみたいだね。本当に手間がかかるなぁ」

 姿形は小さな子どもなのに、金の石の精霊は大人のような話し方をします。フルートは笑ってうなずき返しました。

 すると、そんなフルートに精霊が静かに言いました。

「それで――次は君の番かい、フルート?」

 とたんにフルートは表情を変えました。とまどったように目をそらし、うつむいてしまいます。

 精霊はフルートを見つめています。

 すると、フルートは顔を上げました。青い瞳が遠くを眺めます。少女のように優しい顔が、薄い微笑を浮かべます。

「さあ……」

 それだけをつぶやいて、少年は黙り込みました。

 朝風を受けて、守りの花は一面に揺れ続けていました。

The End

(2007年7月14日初稿/2020年3月20日最終修正)

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