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第7巻「黄泉の門の戦い」

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102.勝利

 エルフの矢がアルバ目がけて飛んでいきました。狙ったものは決して外すことがない百発百中の矢です。

 すると、その目の前に突然、ばっと水煙が破裂しました。矢が巻き込まれてはじき飛ばされます。

 驚くゼンにアルバが言いました。

「ぼくは水の魔法が使える。空気中の水蒸気を集めて防御や攻撃に使うこともできるんだよ」

「なんだかわかんねえよ」

 とゼンは答えると、弓を背中に戻して駆け出します。理屈はよくわからなくても、矢が効く相手ではないと瞬時に判断したのです。ショートソードを抜いて、駆け寄りざまアルバに切りつけます。とたんに、また白い水煙が上がり、ゼンがはじき飛ばされました。

「ゼン!」

 とメールが声を上げましたが、ゼンはすぐに跳ね起きました。地面にたたきつけられても、あまりダメージは受けていないようです。

 ピランが嬉しそうに手をすり続けながら言いました。

「フルートの金の鎧ほどじゃないが、あの胸当てもかなり防御力を上げておいたんじゃ。ちっとやそっとじゃ、まいらんぞ」

 ゼンがまた切り込みました。力強い剣先をアルバがかわします。そこへさらに踏みこんでいくと、その刃が突然剣に受け止められました。アルバが幻のように白く輝く剣を握っていました。たった今まで何も持っていなかった手です。

「水蒸気を集めて実体化した剣ですね。ここは水辺の場所です。海の上でなくても、水の魔法には不自由しないのでしょう」

 ユギルがいやに冷静に戦いを分析していました。脇にやってきたオリバンがそれを聞きつけました。

「それではゼンに圧倒的に不利ではないか。ゼンは魔法を防ぐことはできないのだろう?」

「なんの。あれは水の防具だぞ。水とは大の仲良しじゃ」

 ピランがわくわくしながら答えます。

 その時、アルバの剣がゼンに向かってくり出されました。目にも止まらない勢いで、胸当てにおおわれていないゼンの腹を突き刺そうとします。少女たちが思わず悲鳴を上げます。

 すると、切っ先が突然、白く崩れて流れました。ゼンの体には届きません。霧がまとわりつくように漂います。

 そらな、とピランが言いました。

「あの防具を着ている限り、水がゼンを傷つけることはないぞ。なにしろ、水のサファイヤでしっかりメッキされとるんだからな!」

 

「ずいぶんといい防具を着ているな」

 とアルバがゼンに言いました。

「実に我々好みだ。戦いっぷりも思い切りがいい。こんな状況でなければ友達になりたいくらいだったな」

「誰がなるか! てめえなんかたたきのめしてやる!」

 とゼンはどなりかえしました。また切りかかっていきます。それをかわして、アルバは笑いました。

「上等。そうでなければ戦う意味がない。――場所を変えるぞ。来い、水蛇!」

 とたんに、東に横たわるリーリス湖から、巨大な生物が姿を現しました。全身が水でできた大蛇です。朝の光に水色に輝きながら空中を何百メートルも飛び、中庭に立っていたゼンをあっという間に水の体で絡めとってしまいました。海王や渦王たち、海の王族が飼っている水の怪物です。

「ゼン!」

 とメールが悲鳴を上げ、とっさに両手を挙げました。

「花たち――!」

 庭一面の守りの花が、ざわりと揺れます。

 すると、ゼンがどなりました。

「手を出すな!! これは俺とこいつの勝負だ!!」

 その剣幕にメールがたじろぐと、ジュリアが少女の肩を抱きました。

「ゼンの言う通りね。こういう勝負は殿方同士のもの。私たちが手や口を出してはいけないわ」

「だって……!」

 メールは必死でゼンの姿を目で追いました。水蛇がまた湖へ戻っていきます。ゼンを絡めとったままです。アルバが飛ぶような勢いでその後を追っていきます。人々もそれを追いかけて走りました。リーリス湖は朝日に青く輝いています。

 

 バシャーン、と湖面に水柱が上がりました。飛び戻った水蛇が、湖に飛び込んで姿を消したのです。絡めていたゼンも一緒です。そのまま湖面が静かになってしまいます。

 と、岸辺まで来たアルバが大きく飛びました。手に魔法の剣を握りながら、湖面に向かって切りつけていきます。

 水中から突然剣が現れて、アルバの剣を返しました。ゼンです。水中から湖面に浮いてきていました。

 水面に陸地のように降り立って、アルバがまた笑いました。

「水中に引き込まれても溺れない。水蛇も振り払ってくる。なるほど、さすがだね」

「人魚の涙を飲んでるからな。水中でもおまえらと同じように息ができらぁ。水蛇との力比べなら、俺の方が上だぞ」

 とゼンが答えます。アルバのように水面に立つことはできませんが、気持ちではまったく負けていません。

 アルバが笑いながら頭を振りました。

「なるほど、メールが君を気に入るわけだ。これはますます負けるわけにはいかないな。――っと!」

 海の王子がふいに声を上げました。ゼンがいきなりその足をつかまえて投げ飛ばしたからです。反動でゼン自身も水中に沈み、また浮き上がってきます。

 水の中に落ちたアルバが、また水面に立ち上がりました。相変わらず笑顔のままで言います。

「水の魔法は効かない。水蛇にも負けない。力も強い。さて、どうやって君と勝負しようかな」

 立ち泳ぎで湖面に浮かびながら、ゼンは目を細めました。

「てめえ、戦うのを楽しんでるだろ?」

「当然。ぼくたちは海の戦士だ。戦うことはぼくたちの本能だよ。でも、それは君も同じじゃないのか? 君だって勇者なんだろう? 戦うことが生きがいで喜び――違うかい?」

 ゼンは思いきり顔をしかめました。

「冗談じゃねえ! 俺はドワーフだ! てめえら海の民やあの牛男とは違わぁ! 戦いなんか誰が楽しむか! 俺はデビルドラゴンや魔王をぶっとばしたいから戦ってるんだよ! この世界を闇から守りたいだけだ! フルートたちと一緒にな!」

 

 アルバは驚いた顔になりました。肩をすくめて言います。

「立派なものだ。それを本気で言ってるところが、また怖いな。これは絶対に負けられない。勝負と行こう、ゼン」

 青年の片手が高く上げられました。突然湖面に風が吹き出し、上空に黒雲が渦巻き始めます。雷鳴がかすかに響き始めます。

 岸辺に駆けつけてきた人々の中で、メールが顔色を変えました。湖に向かって金切り声を上げます。

「やめて、アルバ! 雷の魔法なんか使わないでよ! ゼンが死んじゃうじゃないか――!!」

 海の王族は水蒸気を操って雲を起こし、嵐を呼ぶことができます。嵐の中から稲妻を下すこともできるのでした。

「雷の魔法では防具も防げんぞ!」

 とオリバンが声を上げます。とたんに、ポポロが両手を高くかかげました。ゼンを守る呪文を唱えようとします。ルルも風の犬に変身して飛んでいこうとします。

 すると、フルートがポポロの腕をつかみました。ポチもいきなりルルの背中に歯を立てます。

「手を出しちゃだめだ、ポポロ」

「いけません、ルル」

 驚く少女たちに、きっぱりとそう言います。

 その時、暗雲から光の柱が落ちてきました。湖面に浮かぶ少年を直撃します。光とともにドドドーン、とものすごい衝撃が広がり、湖面から水蒸気が煙のようにわき起こります。

 少女たちは悲鳴を上げ、思わず顔をおおいました。

 

 ところが、水蒸気が風にちぎれていくと、空からまた照り始めた日差しの中に、ドワーフの少年が姿を現しました。さっきと少しも変わらず湖面に浮いています。驚いているアルバに向かって、にやりと笑って見せます。

 いよっほぉ!! と突然歓声を上げたのは、岸辺でそれを見ていたピランでした。飛び上がって叫びます。

「どうじゃ、見たか! 今回ゼンの防具に組み込んだ最大の力だぞ! 魔法を中和する魔力じゃ! ゼンに魔法攻撃は効かんわい!」

「魔法の中和」

 岸辺に立つ人々は驚きました。オリバンがあきれたようにフルートとポチを見ました。

「おまえたちは雷の魔法にも焦らなかったな。これがわかっていたのか?」

 フルートは笑顔で首を振りました。

「いいえ。でも、ピランさんがとても自信ありそうにしていたから、きっと何かあるんだろうと思って」

「ワン、ぼくは匂いでなんとなくわかりました」

 犬に戻ったポチは、また人の感情を匂いで感じ取れるようになっていたのでした。

 ノームの老人は小さな体で飛び上がり、叫び続けていました。

「そりゃいけ、ゼン! もうそいつには決め手はないぞ! 本当の一対一じゃ、決めてやれ!」

「だとよ」

 とゼンが湖面からアルバに言いました。ふてぶてしいほどの顔で笑って見せます。

「確かにな。この上は、本当に力と力の勝負があるだけだ」

 アルバも笑います。穏やかに見える笑顔の奥に、激しい戦士の炎が燃えています。湖の上を走り、湖面に浮かぶゼンへ素手で飛びかかっていきます。

 ゼンは、がっちりとそれを受け止めました。そのまま二人とも勢いよく水中に沈んでしまいます。大きな水しぶきが上がり、湖面がまた静かになっていきます。二人は浮いてきません。

 

 見守る人々にとって長い時間が過ぎていきました。風が吹き渡り、湖面にさざ波を立てていきます。日の光が波間に砕けて、ちらちらと銀に輝きます。

 すると、その水面がふいに持ち上がって、中から頭が出てきました。濡れた焦茶色の髪がへばりついた顔が岸辺を振り向きます。

 と、少年は片手を高く上げて、青い髪の少女へ大声で呼びかけました。

「一緒に来い、メール! おまえは勇者の仲間だ! これからもずっと、俺たちと一緒だぞ――!!」

 勝利の宣言でした。アルバは湖面に浮いてきません。見守る人々が、いっせいに歓声を上げました。

 メールは両手で口を押さえました。なんだか胸がいっぱいになって、ことばがまったく出てきません。涙がこみ上げてきてしまいます。

 すると、ゼンが湖からまたどなってきました。

「な、く、な!! おまえに涙は似合わねえって言ってんだろ! 笑えよ、鬼姫!」

「まったくもう――ゼンったら――」

 メールは声を上げて笑い出しました。笑いながらも、涙はこぼれ続けます。

 その目の前で、湖は青く輝いていました。ちらちらと、銀のさざ波が揺れていました――。

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