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第7巻「黄泉の門の戦い」

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98.朝

 ハルマスに朝が訪れました。空は今日も青く晴れ渡り、デセラール山がリーリス湖にくっきりと山の姿を映しています。十二月はもう目前の寒い朝でしたが、不思議なことに、ゴーリスの別荘の中庭だけは、あまり冷え込んでいません。澄んだ朝の光の中、まるで夏の早朝のような爽やかさでした。

 庭に立って一面に咲き乱れる白い守りの花を見ながら、オリバンが言いました。

「この花のおかげのようだな、あまり寒くならないのは。庭の外では薄氷が張っていたぞ」

「いろんなものから守ってくれる花なのさ」

 と一緒にいたメールが答えました。花使いの姫の声は、どこか得意そうです。

「でも、今日中に花たちをデセラール山に戻してあげるつもりだよ。ずいぶん戦ってくれて、花たちも疲れてるからね。最初に咲いていた場所に戻してあげるのが一番いいんだ」

「それがいい。本当に役に立つ花だが、それだけに、人里に置いておくと金の亡者どもに狙われるからな」

 ロムドの皇太子はいつも生真面目です。

 

 すると、ワンワン、と犬の吠える声がして、ルルが呼びかけてきました。

「メール、オリバン、朝食よ!」

 東屋のあった場所に人々が集まっていました。屋根も壁もすっかり飛ばされて、ただ石の土台だけが残った上に、ゼンが三日あまり眠り続けたベッドがあります。マットレスや毛布を取り去ったベッドに真新しいシーツをかけて、それが食卓の代わりでした。ジュリアがパンや薫製肉、チーズや果物などを手際よく並べていきます。ポポロがそれを手伝い、ゴーリスが人数分のグラスにワインをつぎわけています。

「こりゃこりゃ、大したもんだ。屋敷もハルマスの街も全焼してしまったのに、まだこんなに食い物があったのかね!」

 とピランが嬉しそうに言って、さっそくワインに手を伸ばします。ユギルが穏やかに笑いました。

「昨夜、敵が総攻撃を仕掛けてくる前に、ゴーラントス卿の別荘から食料を避難させておきました。そうしなければ、なにより目覚めたゼン殿が元気になれない、と占盤に出ておりましたので」

 ユギルの占盤は小さなテーブルの上に置かれたままになっています。今はそれをのぞき込んでも、何も占うことはできませんが、ユギルは落ち着き払っていました。いずれまた、占いの力が自分に戻ってくるとわかっていたからです。

「ありがたいよなぁ。狭間の世界じゃ腹が減ってよぉ! 腹ぺこで全然力が出なかったんだぜ」

 そう言いながら、ゼンはもうテーブルの上の食べ物を次々にほおばっています。庭からやってきたメールが眉をひそめました。

「ちょっとゼン、一人で先に食べてんじゃないよ! あんた一人で全部食べちゃいそうな勢いじゃないのさ!」

「だって、俺は丸三日も絶食してたんだぞ! その分くらいは食わせろ!」

「なに言ってんだい。昨日だって、さんざん飲み食いしたじゃないか! そろそろ遠慮しなよ!」

 メールとゼンはもうすっかり以前の調子です。喧嘩をしているのではないかと思うほどの勢いで、ぽんぽん言い合いますが、どこかでぴったりと息が合っています。その様子に、オリバンが黙って肩をすくめました。

 人々は座って食事を始めました。長椅子に座りきれなかった者は、石の階段に座ります。大柄な青の魔法使いがテーブルに届かない赤の魔法使いに食べ物を取ってやっています。白の魔法使いと深緑の魔法使いが、ワインをくみ交わしながらのんびり話をしています。戦いの際に彼らが負った傷は、もう跡形もなく消えていました。ゼンが金の石を使って癒したのです。

 平和な朝の光の中、和気あいあいとした雰囲気が漂います。

 

 すると、急にポポロが顔を上げました。朝日の差してくる方を見ながら歓声を上げます。

「フルートだわ! ポチも! 戻ってきたわ――!」

 ポポロの魔法使いの目は、まだ誰にも見えない彼方の仲間の姿を見つけていました。たちまち人々は立ち上がり、階段を下りていきました。庭の中に立って、東の空を見つめます。

 すると、朝日の輝きの中から現れるように、空飛ぶ影が見えてきました。どんどん近づいてきて、ユラサイの竜のような風の犬と、その背に乗った少年の姿に変わります。少年の全身が朝日を浴びて金色に輝いています。

 ゼンは庭を駆け出しました。大きく手を振りながら、空に向かって呼びかけます。

「フルート! おぉい、フルート――!」

 ひゃっほう、と空から歓声が返ってきました。フルートとポチの声です。風の犬が空から急降下してきます。

「ゼン!」

 とフルートがポチの上から身を乗り出しました。満面の笑顔です。ポチが地上に降り立つのも待ちきれなくて、空からゼンに向かって飛び下りてきます。

「わわ――お、おい!」

 ゼンが焦って腕を広げ、落ちてきたフルートを受け止めました。勢い余って、その場に二人ともひっくり返ってしまいます。

「ってぇ……! おい、無茶するな! 危ねえだろうが!」

 文句を言うゼンに、フルートは言いました。

「あれ、この程度も受け止められないくらいひ弱だったっけ、ゼン? 寝てた間に体がなまったんじゃないのか?」

「なんだとぉ!?」

 思わず本気で怒るゼンに、フルートは笑いながら抱きつきました。腕の中にしっかりとした友人の体の手応えを確かめて、また笑います。

「うん、今度はちゃんとつかめるね」

 遠いシェンラン山脈での戦いを思い出して、ゼンは真顔になり、それから、にやりといつもの笑いを浮かべました。

「おう。ちゃんと本物だぜ」

 言うべきことはあまりに多すぎて、かえってことばにできません。ゼンはそれだけを言うと、親友をしっかりと抱き返しました。フルートも何も言いません。ただ、いっそう強くゼンを抱きしめます。

 

 その時、ゼンは友人が泣いていることに気がつきました。フルートは、ゼンを固く抱いたまま、はらはらと涙をこぼしていたのです。たちまちゼンは顔をしかめました。

「そら、またそうやって、すぐに泣く! どうしておまえはそう泣き虫なんだよ――!?」

 すると、風の犬から子犬の姿に戻っていたポチが、二人の足下で言いました。

「フルートはずっと泣いてませんでしたよ。人間にされちゃって、ぼくは不安で泣いてばかりいたんだけど、フルートは、ゼンを助けに出発してから今まで、一度だって泣かなかったんです。今、初めて泣いてるんですよ」

 ゼンは驚きました。声を立てずに泣き続けている親友を見ます。少女のように優しい顔を、大粒の涙が後から後から伝っていくのを見つめます……。

 ゼンは、フルートを改めて強く抱きしめました。自分より少し高くなってしまった肩に顔を埋め、笑うようにこう言います。

「ありがとうな、フルート。ありがとうな……」

 そのことばの最後が震えたことに、居合わせた全員が気がつきました。感極まって泣き出したような声でした。

 朝の光を浴びて、白い守りの花が一面に輝いています。庭の真ん中で抱き合う二人の少年を、人々は笑顔で見守っていました――。

 

 

 そして、それと同じ頃。

 中庭から少し離れた場所に横たわるリーリス湖で、青い湖面がふいに盛り上がると、そこから一人の人物が現れました。

 まだ年若い男です。トーガと呼ばれる青い長い衣を着て、肩のところを金のブローチで留めています。短い口ひげをたくわえた顔は整っていて、高貴な雰囲気が漂います。その瞳は深い青、髪もひげも青い色をしています。

 青年はまるで地面の上に立つように、輝く湖面に立っていました。視線を巡らせ、岸辺の景色を見渡します。何もない焼け野原に、一箇所だけ、白く輝いている場所が見えました。遠い人影もいくつも見えています。じっとそこへ目を向けて、やがて、青年はつぶやきました。

「メールはあそこにいるのか」

 意外なほど優しく穏やかな口調でした。水の上を陸地のように歩いて、岸に上がっていきます。

 それは、東の大海を治める海王の息子でした。トーガに光る金のブローチには、王位継承者の印である、海の王家の紋章が刻まれています。メールの婚約者が、ハルマスに姿を現したのでした――。

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