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第7巻「黄泉の門の戦い」

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97.寄り道

 砂漠を夕日が照らしていました。大小の砂丘が赤く染まり、長い影を地上に伸ばしています。

 グリフィンのグーリーに乗って空を飛びながら、フルートとポチはその光景を見下ろしていました。

「やっぱり大きな砂漠だね……ぼくたち、あそこにいたんだよ」

「ワン、夕方だけど砂漠はまだまだ暑いんですよね。よく歩いたなぁ」

 空から見ていても、あるのは砂の丘と谷ばかりで、一筋の川もひとかたまりの緑も見あたりません。乾ききった景色が広がっているだけです。そこを旅したこと自体、なんだか夢だったような気がしてきます。

 フルートは、そのまましばらく黙って砂漠を眺めていましたが、やがて、アリアンを振り向いて言いました。

「ねえ、ちょっとだけ、寄り道してもらってもいいかな……?」

「寄り道?」

 アリアンが不思議そうな顔をしました。

 

 キャラバンは砂漠の中を進み続けていました。

 荷物を山と積んだたくさんのラクダと共に、十数人の男たちが砂の中を歩き続けています。その先頭近くを行くのは、まだ年若い隊長のダラハーンです。白っぽい服も日に焼けた顔も、夕日に赤く染まっています。

 すると、突然のその行く手の空から一匹の怪物が現れました。まるで巨大な空飛ぶ蛇のような生き物です。地上に舞い下りると、ごうっと風が吹き、細かい砂が巻き上げられて一面に砂埃が立ちました。

 ダラハーンは刀を抜きながらどなりました。

「怪物だ! みんな、気をつけろ!」

 砂埃にかすむ視界の中、怪物がどこから襲いかかってくるかと身構えます。

 すると、少年の声がしました。

「ぼくです、ダラハーン。おどかしてすみません」

 その穏やかで優しい口調に、ダラハーンは驚きました。

「フルート! フルートなのか!?」

 風がやみ、砂埃がちぎれていきます。その中から姿を現したのは、輝く金の鎧兜で身を包んだ少年でした。驚いているキャラバンの男たちに、少女のように優しい顔で、にこりと笑って見せます。怪物は姿を消し、代わりに一匹の白い子犬が足下で尻尾を振っていました。

 ダラハーンは歓声を上げてフルートに駆け寄りました。

「やっぱり無事でいたな! おまえたちが流されていった後、涸れ川の水が急に澄んで静かになったから、おまえたちのしわざだろうと思っていたんだ!」

 キャラバンの隊長は、フルートの無事を心から喜んでくれていました。フルートが思わずまたにっこりすると、その表情にダラハーンも笑顔になります。

「どうやら、アジの女神がほほえんでくれたらしいな。友達は助けられたんだな?」

 フルートはうなずきました。自分たちが一番つらかった時に助けて励ましてくれた人物です。会って一言お礼を言いたいと思ったのに、胸がいっぱいになってしまって何も言えませんでした。ただ、黙って深く頭を下げます。

 

 すると、キャラバンの男の一人が尋ねてきました。

「ところで、あんたの弟はどうしたんだ? 姿が見えないようだが」

 彼らは少年の姿のポチしか知りません。ワン、と子犬のポチが吠えて答えました。

「ぼくは、ここにいますよ」

 犬がいきなり人のことばで話したので、男たちはいっせいに驚いて飛びのき、それが白い髪の少年の声なのに気がついて、また仰天しました。ダラハーンは子犬にかがみ込みました。

「かわいそうに。魔女に呪いをかけられて犬にされたのか! どうにもならんのか?」

 本気で心配するダラハーンに、ポチは耳と尻尾をぴんと立てて言いました。

「ワン、違いますよ、隊長さん。呪いが解けたんです。こっちがぼくの本当の姿だったんです」

 そう言い切るポチは、小さな体を自信と喜びではち切れそうにしていました。ダラハーンはますます驚いた顔になりました。

「呪いが解けた……? じゃあ、フルートの弟というのは……」

 フルートがくすくす笑いながら答えました。

「嘘じゃありません。ポチはぼくの弟です。だけど、ポチは犬なんです」

 ダラハーンもキャラバンの男たちも、意味がわからなくて、呆気にとられた顔をしました。

 地平線に夕日が近づいていきます。赤い光が照らす中、砂漠は見渡す限り続いていました。ラクダと共に旅する人々を、厳しく優しく見守りながら……。

 

 薄暗くなってきた空を、フルートと風の犬になったポチは、アリアンたちの元へ戻っていきました。アリアンとグーリーは、キャラバンの人々を驚かせないように上空の離れた場所で待っているのです。

 急激に涼しくなっていく砂漠の空気を切り裂いて飛びながら、ポチが言いました。

「ワン、それにしてもアリアンの透視力はすごいですよね。この広い砂漠の中からキャラバンを見つけ出しちゃうんだから」

「うん、本当だね」

 とフルートは答えました。地上をラクダと共に進むキャラバンは、上空から見れば、小さな小さな蟻の行列のようです。アリアンの能力がなければ、絶対にダラハーンと再会することはできませんでした。

 すると、ちょっと考えてから、ポチがまた言いました。

「ワン、アリアンに頼んだら、指輪も見つけてもらえるんじゃないかなぁ? メールの婚約指輪……」

 闇の敵に襲われて涸れ川に巻き込まれた時、メールの青い婚約指輪は川の流れを聖水に変えて、フルートとポチを水魔から守ってくれました。けれども、指輪自体はどこへ流れていってしまったのか、どうしても見つけることができなかったのです。

 涸れ川は雨が降った後にだけ地表に現れる川です。今はもう、水は地中に吸い込まれて流れも消え、指輪も砂に埋もれてしまったかもしれません。それでも、アリアンの透視能力なら指輪を見つけられる気がしました。

 すると、フルートが苦笑いしました。

「うーん、見つかるかもしれないけど……なんだかさ、やりたくないんだよね……」

 カマキリの怪物に襲われて黄泉の門の前まで行ったとき、フルートはゼンの声を聞きました。絶対に生きて帰る、そして、メールが作ったスグリのケーキを食べるんだ、と金の石の精霊相手に言っていたのです。親友の気持ちを考えると、積極的に婚約指輪を探す気持ちにはなれませんでした。

 すると、ポチが笑うような声で言いました。

「ワン、それじゃ正直にメールに謝りましょう。指輪はどうしても見つけられなかった、ごめんなさい、って」

 ポチもフルートと同じ気持ちだったのです。二人はなんだか悪い企みでもしているように顔を見合わると、ふふふ、と笑い合いました。

 日が沈んで完全に暗くなった空に月が出ていました。満月に近づきつつある、丸い月でした――。

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